「僕はなにをしたらいいんでしょう...」
突然まきおこった大きな大きな”きよしコール”に、きよしさんは目を真ん丸にしておっしゃいました。
そして、
「イェーイ!」
とひとこと(笑)。
こだまのようにかえってきた皆の声に、
「イェーイ!」
ともう一度おっしゃり、客席のいっそう大きな”イェーイ!”の声に、大きくうなずかれたのです。
宇治市文化センターでのコンサート、夜の部でのことでした。
「福岡・博多から18歳で歌手をめざして上京しました。
作曲家の水森英夫先生にスカウトしていただいたんです。
アルバイトをしながら先生にレッスンをしていただいて3年半でデビューしました。
最初は3年で結果を出す。出せなかったら演歌はあきらめようと思っていました。
水森先生にも申し訳ないですからね」
と、きよしさんはデビューまでのことを話題にされ、
「今年18年目に突入させていただきました。
浮き沈みの激しい芸能界ですが、やっぱり長くやりたいじゃないですか。
そして、長く愛されたいですよね...。
来月40歳になります。
いや~、ね~~(しばし熟考されて)、
マイペースで...、
僕のペースでやらせていただいて。
それに皆さん、ついてきていただきたいと思います」
その言葉に思わずわたしは大きくうなずいて、きよしさんの大いなる決意とうけとめさせていただいたのです。
3年ぶり2度目の宇治市文化センターでのコンサートでしたが、きよしさんはこの日、昼の部が開催される前に宇治の街を歩かれたそうで、
「お抹茶をいただきました。
歴史があって品のある街ですね」
とお話しされ、夜の部では、そんな品のある街に皆さんにお集まりいただいた今の気持ちは、
「英語でいえば”アメージング”!”」
なんておっしゃっていたのです。

※ガラス張りの壁に貼られていたきよしさんのポスターにも、メッセージが書きこまれていました。
先の記事で、昼の部のことを中心にセットリストを添えて書かせていただきましたので、この記事ではトークを中心に昼夜おりまぜて書いてみたいと思います。
「来月2回めの成人式を迎えさせていただきます」
昼の部のオープニングトークのなかでそんなふうに大人っぽくご挨拶されたのですがが、「みれん心」を歌唱されるためにステージの階段をおりてこられた時、最後に1段を、ぴょんっ!とジャンプして着地すると、”ね、ね、見てっ!”というように客席をみつめたきよしさんのまなざしは、まるで小さな男の子のようで(笑)。
客席からもくすくす笑いがおこりました。
8月5日に生放送された「第49回 思い出のメロディー」でのきよしさんの活躍について、
「素晴らしい歌と司会をありがとうございました!」
と司会の西寄ひがしさんがおっしゃると、大きな拍手と、”最高っ!”、”よかった~!”というたくさんの声が客席からきこえてきたのです。
が、きよしさんはといえば、アクアブルーのロング丈のジャケットに三つ揃いのスーツ(12日に放送された「夏祭りにっぽんの歌」でお召しになっていたものかと思います)の、パンツをキュッキュとひきあげていたのです(笑)。
きよしさんは、大まじめな様子で、
「ズボンがずり落ちそうになって...。そのままだとパンツ一丁になっちゃうから(汗)」
と状況を説明されてから、番組でのことをお話しくださいました。
「司会をさせていただいて勉強になりました。
40歳の記念になりますね。以前は30歳に突入したときにやらせていただきましたが、石像のようにじっとしていて、緊張して、松坂慶子さんのうしろにいさせていただきながら司会をさせていただいていたという記憶があります。
今回は有働由美子さんとでしたが、楽しかったです。
でも有働さんをみていて、司会の方って、西寄さんもそうですけど、メインの方をたてられてすごいなって思いました。
オープニングで、(センターに立たれている)小林旭さんと森進一さんの前に立たせていただきましたが、リハーサルのとき、おふたりの前に立つなんて失礼で、とてもできないって思って、
”私はできないです”ってNHKのスタッフの方に僕、いったんです。
でも”そういうわけにはいかない”っていわれたので、小林さんに、
”隠すようになってすみません”
っていったら、
”どんどん隠してよ。君がどんどんしゃべってよ”
っていってくださったんですよ。
怖い方なのかなって思っていたんですけど、とてもやさしい方なんですね~。
前日、1日かけてリハーサルをしましたけど、本番では台本にないことも皆さんおっしゃるので、僕、専門ではないので、どうお答えしたらいいのかなって、緊張しました。
僕、気が弱いから、基本。
でも(そんな)気の弱い自分でもがんばれるっていうところを、皆さんに見ていただけたらという思いでやらせていただいていました。
だから皆さんも、病気とかいろいろな困難を一緒に乗りこえてがんばりましょう」
とおっしゃっていたのです。

※先の画像をもう少しひいて写メしたもの。スタッフさんのセンスと真心を感じました。
そして、広島でのコンサートで、きよしさんが番組のオープニングのトークに込めた思いをお話しされたそうで、参加されたお友だちがおしえてくれたのですが、それは、宇治でのコンサートでの夜の部でお話しされたこととつながっているように勝手ながら感じられたので、ここでふれさせていただきたいと思います。
まずはオープニングの言葉をもう一度ここで。
まずはオープニングの言葉をもう一度ここで。
こんばんは。氷川きよしです。僕は今年40歳になります。この年になってあらためて思うのは、本当に歌は人生を支えてくれるということです。先の見えなかった10代。なりふりかまわずがんばった20代。そして少しずつ自分の進むべき道が見えてききた30代。その時々の自分を歌が支えてくれました。今夜はそんな歌の持つ力を、ご一緒させていただく大先輩と共にお届けします。それではまいりましょう。「第49回思い出のメロディー」!
上記枠内は録画を聞き書きしたものなので、表記は正確でないかもしれないこと、ご了解くださいね。
きよしさんは、このオープニングの言葉について、
「18年間歌わせていただいて。(僕の)過去の映像がながれましたけど、自分のそれまで歩んできた歌手人生...。
一見華やかに見えて、幸せでいいねって思う人もいると思うんですけどね。
僕にとっては、悔しかったり苦しかったこともあって。
もう、死ぬほどつらいこととかもあって...。
そういうこともあっての18年間だったから、あの日を迎えられたことにいろんな思いがあったんです。
だから、ファンの皆さまとともにこの歌の道を歩んでこられたという、僕の思いもこめたオープニングの言葉でした」
と広島でのコンサートでお話しされたいたのだそうです。
宇治でのコンサートの昼の部のラストトークで、
「よく18歳でひとりで東京に出てきたな~って思います。まだ子どもでしょう?
よく生きてこられたなって。
よく生きてこられたなって。
皆さん、お子さんを18歳で東京に送りだせますか?
ね。
ひとりっきりでしたから、話す人がいなくて。
新聞の勧誘にきたお兄さんを家にあげて、1時間くらい話したこともありました(笑)。
僕が自分のこと、いろいろ話したあとで、お兄さんに新聞とってくださいっていわれたけど、新聞をとるお金の余裕がなかったですけどね。
食べるもの大変だっかたから、ご馳走してくれる人についていったりもして...。
今思うと、よくそんなことしたなって。
意外としっかりしていたんでしょうね~(笑)」
と、きよしさんはセルフフォローされていましたけど(笑)、
きよしさんには、”この人は邪まな人じゃない”というような、人を見る目があったのでしょうね。
「なんか、すぐデビューしてちやほやされてって思われる人もいるみたいですけど、そんなことありませんでした。
ファンの皆さんに育てていただいた18年。
世間様にも育てていただきました。
今が一番いいって思っていただける”氷川きよし”でいたいと思いますので、そのために精進していきたいです」
と思いを言葉にされ、
夜の部では、
「(「第49回 思い出のメロディー」のオープニングで)過去の映像が映りましたけど、
あの日の僕はいない。
今の僕しかいない。
そして、未来の僕が待っている!」
と力強くおっしゃっいました。
わたしのなかでここに書かせていただいたきよしさんが発信された言葉と歌唱がすべてつながって、さらに大きな感動となったのです。

昼夜とも、9月5日(きよしさんのバースデイブですね!)に、リリースされる「男の絶唱」のニューバージョンのおしらせとともに、音源をながしてくださっていました。
ジャケットはまだ公開されていませんが、蓮の花をあしらっていて、前回の3タイプとまた趣がちがうものになっていることをインフォメーションされ、
Dタイプの「酒場のひとりごと」は、とくに3コーラス目の歌詩がお好きで、亡くなった友達のことを偲ぶ展開もあるようで、きよしさんの年下のお友達のなかに肺ガンで23歳で亡くなった方がおられることをお話しされ、
「子どもが奥さんのおなかにいたのに、子どもの顔をみることができなかったんです」
とおっしゃり、皆がしんみりしたところで、
「奥さんも大変だろうなって心配に思っていたんです。
でも離婚したそうですけど」
いってから、”あらら?という様子のきよしさんの”正直トーク”に、なんとも”説明しがたい白っぽい空気がただよったのですが(笑)、いろいろご事情があったのでしょうね。
Eタイプは「芝浜恋女房」は古典落語の名作である「芝浜」をモチーフにした作品。「御免」を彷彿させる粋な歌唱に早くフルコーラス聴きたくなりました。
そして、Fタイプの「片恋のサルサ」では、”激しめのステップ”を西寄さんともども披露してくださり(喜)、夜の部では、
「大人の恋の世界なんですよ~。
好きになった人にはパートナーがいたんですという僕の...もはいっていて」
と笑顔でおっしゃたきよしさん、もうっ、きよしさん、その”...”はなんでしょう?
なにかおっしゃったのだと思いますが、聞きとれなくて。
いずれお話ししてくださいますね。
きよしさんは夜の部では、そこまでおっしゃると、
「『男の絶唱』は1年かけて唄うげき歌でしたね」
と結ばれたのでした。
以上、駆け足できよしさんのトークを中心に書いてみました。
゛ふれあいコーナー゛のこと、書けませんでしたので、次の記事で、前回、初めて宇治市文化センターて開催されたコンサートで、わたしにどんな思い出があったのかと一緒に、そして「夏祭り日本の歌」のこともを書いてみたいと思います。
゛ふれあいコーナー゛のこと、書けませんでしたので、次の記事で、前回、初めて宇治市文化センターて開催されたコンサートで、わたしにどんな思い出があったのかと一緒に、そして「夏祭り日本の歌」のこともを書いてみたいと思います。