”美ら旅”に出かけた日からあっという間に1週間。
帰宅してからもきよしさんにお逢いしてはおりますが、あらためて”沖縄”ですごした時間を思うと、早いなあと思わずにはいられません。
きよしさんに出逢ってからというもの、すごした宝物のように素敵な時間をふり返りつつ、いつでも未来を見据えてすごさせていただいてきました。
きよしさんのおかげで自分の人生がどれほど豊かな日々になったかをあらためて思うのです。
そんなきよしさんへの感謝の思いをこめて、9月28、29日に開催される”ファンクラブ限定 氷川きよしリクエストコンサート”(2日間3公演)のリクエストに備えて、曲目リストを今週アップしてみようと思います。
オリジナル曲を選ぶ段階で、しぼりにしぼってみても9曲!
ここからどうやって3曲をきめたらたいいのでしょう?
そんな自分のためのリストをつくることにしたのです。
自分なりにアレンジを加えてシングル曲リスト、オリジナル曲リスト、カバー曲リストと3回にわけてアップする予定です。
シングル曲はリリース順ですが、オリジナル曲リストは収録年、収録CD、唄いだしがわかるようにして50音順、カバー曲リストは50音順で、作詩、作曲、オリジナル歌唱のかたのお名前を付記してみたいと思っています。
このリストをみたら、迷うこと請け合いですので、インスピレーションでパッと思いうかんだ曲にきめるのも良策だと思います。
でも、わたしのように、とことん悩んでみたいと思われる皆さまは、ぜひ一緒に悩みましょ! ということでリストをつくってアップしてみますね。
正直、2日まではいくつかの締切がつづくのですが、茨城コンに参加できることを思うとがんばれますし、このリスト作りについては、むくむくとやる気が抑えようがないほどにわいているのです。
では以下は沖縄コンベンションホールで開催された「演歌まつり in 沖縄」でのことを。
”長良グループ演歌まつり”は今年で10回目ということで初の沖縄での開催となったということでしたが、

※ホールは3階まであります。
オープニングは出演者「上を向いて歩こう」を歌唱されると、皆さまでご挨拶されたのですが、きよしさんはひときわ大きな声で、
「皆さん、ハイサイ! グスーヨ、チューガナビラ? ニフェーデービル!!」
とおっしゃったのです(喜)。
そして、出演者の皆さま各々が、
”皆さん、今日はよくお越しくださいました。めんそーれ!”
と客席にお声をかけながらご挨拶され、オープニングから出演者の皆さまのまごころがつたわってきて、アットホームなムードになりました。
きよしさんはクリームイエローの三つ揃いのスーツをお召しになっていたのですが、そのスーツの色を共演者の皆さまが”シークワーサーカラーだね”といっていただいて、嬉しそうなきよしさんでした。
すっかりうちとけたムードのなか、山川豊さんが皆を代表して、この日のお礼をあらためておっしゃったのでした。
前日のトークイベントでもそうでしたが、山川さんのひとことひとことから感謝の思いが並々ならぬことを感じて、スケジュールや旅費など諸々のやりくりをして参加させていただくことができ、よかったとあらためて思ったのです。
「長良グループ演歌まつり」も今年で10年めをむかえ、初の沖縄公演をおこなうことになり、そのコンサートをもりあげるために、所属歌手の皆さんのファンクラブが共同で、2泊3日の沖縄ツアーが企画されたのです。
コンサート前日に羽田空港、福岡空港、中部国際空港から沖縄へと361名の皆さまが集結していたのでした。
飛行機が大の苦手でしられる山川さん、
「事務所のみんなと同じ便で手と手をとって14日に沖縄にきました」
とおっしゃり、そのときの思いを、
「命がけでやってきました」
とむすばれると、その言葉をうけて、司会の西寄さんが、
「今日は命がけの歌唱をおとどけします」
とおっしゃったので、大きな拍手と歓声がおこりました。
ホールにテレビカメラがはいっていたのですが、コンサートの様子はQAB(琉球朝日放送)さんで放送されるのだそうです。
なんとかみてみたいですね。
そして、”代表曲を披露するコーナー”となり、
トップバッターはきよしさん!
「きよしのズンドコ節」を声高らかに唄われ、
水森かおりさんが「鳥取砂丘」、
田川寿美さんが「女ひとり旅」
山川さんが「アメリカ橋」を歌唱されたのです。

※入場時はグループごとの団体行動で、すぐに入場の列に並ぶことに。
そのためこの案内図のみ写メしました。
つづいて、これからもっとも期待されるフレッシュな2組ということで、岩佐美咲さんとはやぶさの皆さんが登場。
岩佐さんは4月21日から開催される「沖縄映画祭」にゲスト出演されるそうで、一度東京にもどってまた沖縄にいらっしゃるということでした。
また、はやぶさの皆さんからは5月28日に高知市で開催される「NHKのど自慢」へのゲスト出演決定という嬉しおしらせがあり、2組の活躍を嬉しく、また頼もしく感じたのです。
そして、番組の収録でニシキヘビを首に巻くことにトライされ、岩佐さん、ヒカルさん、ショウヤさんは大丈夫だったのですが、ヤマトさんだけは”どうしてもできませんでした”とおっしゃったので、いつも落ち着いているヤマトさんのあらたな一面を発見して、一気に親近感がわきました。
だってわたしも絶対にダメ! 想像しただけでゾゾッとするんですもの。
きよしさんはできるかしら?
新人時代に、海ヘビを料理した”イラブー汁”を涙目になりながらも笑顔をつくって試食されていたきよしさんのことを思い出して、胸がきゅんとしたのです。
そして、わたし、きよしさんと一緒だったら、嬉々としてヘビを首にまいて、”イラブー汁”もいただけちゃうけどねっ! と、一瞬妄想の世界に足を踏み入れておりました(笑)。
ここでさっそくの”ふれあいコーナー”となったのです(喜)。
3月に開催された、こどもたちの芸能コンテスト(こども芸能祭)に出場し、県知事賞を受賞を受賞された皆さんを含むこどもさん40名あまりと、八重瀬歌舞団の皆さんが加わって総勢50人がステージに登場。
2歳のこどもさんも参加されていたのでかわいらしい演技に感動してしまいました。
コーナーのオープニングは「お祭りマンボ」で、つういて沖縄民謡を唄い舞ってくださったので、客席の地元のかたはかけ声をかえたり、その場で手振りをされておられるかたもいらして、ああ、沖縄にいるんだなあとしみじみ感じていたのです。
と、きよしさんはいずこに?
ステージの熱演を見る一方で、ドキドキしながらホール全体をみわたして...。
あっ! 2階席にきよしさんの姿がみえたのです。
お客様と握手をしながら2階席をまわるきよしさんは、照明の色を映しこむミラースパンコールのジャケットに黒のサテンのパンツとベスト、シャツは白という出で立ちでした。
石垣島や宮古から来てくださった方もおられることをマイクをとおしておしえてくださり、1階席、3階席を他の歌手の皆さんがまわられ、後半、2階席をまわれていたきよしさんと、3階席をまわられていた歌手の皆さまは1階席へと移動され、また客席をまわってくださったのです。
ステージでは歌唱と舞がつづいていて...。
以前、きよしさんが”農業賞記念コンサート”で歌唱された「安里屋ユンタ」もここで披露されたのです。
このとき、きよしさんとお話しすることができたご主人からうかがったのですが、きよしさんは、「昨夜はありがとうございました」とあらためてお礼をいってくださったということでした。
そして、いったんステージ近くまで進まれたのですが、また後方へともどられたのは、車椅子席の皆さまのところにいこうとされたからなのだとおしえてくださったのです。
わたしのすわっている位置からはきよしさんを囲む人垣で、途中経過がよくみえなかったのですが(汗)、たくさんのさしだされる手にひかれて、車椅子席にたどりつけないまま前方へと進んだきよしさんでしたが、ひとことお礼をという強い思いで、ふたたび後方へと歩まれたのですね。

※屋根の形が印象的な沖縄コンベンションホール
きよしさんもようやくステージにのぼられたところで、”夢のデュエットコーナー”となりました。
お客様とのふれあいにとろけるような笑顔のきよしさんでしたが、ここで”よいしょっ”という感じでパンツのウエストを引き上げられたので場内大爆笑だったのです。
もう、きよしさん、飾らなすぎですよっ(汗)。
歌唱モードに切り替わったとたん、気になられたのでしょうね。
最初の曲は「誰よりも君を愛す」。
どなたが歌唱されるかは明かされていないので、どなたが? と期待が高まるのですが、ここで、きよしさんは”僕が唄いますよ~”という素振りすると、水森さんも唄いだされる雰囲気に...。
と皆が思ったところで、ふたりはサッと身をひかれ、唄いだされたのは山川さんと田川さんでした(笑)。
きよしさんと水森さんの”フェイント”にわいた場内が、ムーディーな山川さんと田川さんの歌唱に静まって耳を傾けたのです。
と、つづいてながれてきたイントロは、おなじみのあの曲!
そう、「麦畑」でした(喜)。
もう、この曲といえば、水森さんときよしさんにデュエットですよね。
大爆笑をうけてますます熱のこもったおふたりのやりとりと、東北なまりに、客席はさらにさらにもりあがったのです。
ここで「ソーラン節」を岩佐さんとはやぶさの皆さんが歌唱され、後半はきよしさんはじめ先輩がたも加わって全員で歌唱され、最後はジャンプ!
西寄さんも一緒に歌唱されていたのです。
そして、下手側から男性陣が西寄さん、はやぶさのヤマトさん、ヒカルさん、ショウヤさん、きよしさん、山川さんの順番でならばれ、つづいて女性陣は田川さん、水森さん、岩佐さんの順番でした。
ここで女性陣だけで唄われたのは「涙そうそう」。
きよしさんもマイクをとおさずにその場で気持ちよさそうに歌唱されていて、その姿にまた心惹かれていたのです。
そして男性陣(西寄さんも一緒です)は「島唄」を歌ってくださり、このコーナーのラストは「花~すべての人の心に花を~」でした。
思えば、喜納昌吉&チャンプルーズの唄うこの歌をラジオで聴いて、なんて素敵な歌なんだろうと感動すると同時に”沖縄”を意識するようになったのでした。

※デイゴの花はこんなふうに咲いているのだということをはじめて知りました。
次のコーナーは”沖縄を描い歌のコーナー”でした。
トップバッターは水森さん、「満天のてぃんがーら」という素敵な曲を唄ってくださったのです。
”てぃんがーら”とは沖縄のことばで天の川のこと。
沖縄の魅力がたちのぼってくるような歌唱にうっとりと聴き惚れておりました。
この曲を沖縄で唄える嬉しさや沖縄の魅力をお話しされたあとで、
5月2日にリリースされる「早鞆ノ瀬戸」を唄われました。
つづてい登場されたのは田川さん。
このコンサートのために、まだアルバムにいれたこもない「さとうきび畑」を歌唱され、その慈愛にみちた歌声に大きな拍手がおこったのです。
明るく楽しい沖縄だけでないものを感じて、そのことばにならない思いを、今だからこそ歌でつたえたいと選曲されたということでした。
昨年、25周年を迎えた寿美さん、
「戦ってきた歴史が支えになります」
とのことばがこころにしみたのです。
「火の舞」を唄われました。
3番めはきよしさん!
「男の絶唱」のコスチュームである紋付袴姿にお召し替えされての登場でした。
このコンサートのためにつくっていただいたという「美ら旅」を唄ってくださったのですが、歌唱されているときのきよしさんの大自然に身を任せているかのように揺らめく仕草に見とれていたのです。
波の音に耳を傾け、風を感じているかのようで...。
またあらためてその歌詩にこめられた力強さや厳しさも感じて、その歌唱がわたしのこころにぐっと迫ってきたのでした。
きよしさんのはじめてのコンサートツアーの初日が沖縄(そのときは那覇市民会館)からスタートしたのですが、このホールでは2004年3月に2日間4公演を開催され、以来13年ぶり。
「僕の原点です」とおっしゃり、
西寄さんは「当時は、お客様に゛どうぞくつろいでお楽しみください゛っていいながら、私たちふたりがいちばん緊張していました(笑)」
とおっしゃっておりました。
「僕の原点です」とおっしゃり、
西寄さんは「当時は、お客様に゛どうぞくつろいでお楽しみください゛っていいながら、私たちふたりがいちばん緊張していました(笑)」
とおっしゃっておりました。
2002年2月28日に沖縄の地(そのときは那覇市民会館大ホール)で、氷川きよし初の゛全国ツアー゛の初日を飾り、このホールでは2004年3月27日(翌28日と昼夜4公演を開催)にその年のオープニングをむかえています。
きよしさんはその話題になると、
「沖縄は僕の原点ですね。沖縄は人間・氷川きよしに戻れる場所。素直な気持ちになれるんです。
都会にいますと、こころが”これ”して、”あれ”しますでしょう。芸能界って厳しい競争の世界だから...。
でも沖縄にいると、こころの栄養をもらえて、感謝の気持ちがあふれてきます」
と、そこまでお話しされると、ちょっと高めのトーンで、
「それでねっ!」
と前置きされてから、沖縄に到着された14日のある出来事をお話ししてくださったのです。
「おととい(14日)から沖縄に来ているんですが、番組収録をしていて、1時間だけ空いたんです。
僕、国際通りに行きたかったので、メイクさんやマネージャーさんと一緒に出かけたんですけど、ソーキそばが食べたくなって、ふらっとお店にはいってみたんです。
そうしたら80歳くらいのご夫婦がやっているお店だったんですけど、30分くらい待ってもできてこないんですね。
そのうち他のお客さんもはいってきたのに、まだできてこないんで、僕、心配になって厨房をのぞいてみたら、おふたりで大変そうだったので、それで”お手伝いしましょうか?”っていって、手伝わせていただくことになったんです。
おばあちゃんに、”お兄ちゃん、こっち(お皿)洗って”っていわれて」
と、そのときの様子を思いだして楽しくてたまらない様子のきよしさんでした(笑)。
すると、西寄さんが、
「そうなんですよ~。
マネージャーさんがその様子を動画で撮って(笑)、
”氷川きよしさんは歌手をやめて、沖縄でおソバ屋さんになるそうです”って、メールでおくってくれたんですよ」
と(笑)。
ところでお店がそのような状況になったのには事情があったそうで、
「娘さんがいて、いつもは娘さんが中心になってお店をやっているんだけど、その日は子どもさんの運動会で休んでいたそうなんですよ」
と、きよしさんがおしえてくださり、皆、安堵したのでした。
きよしさんににとって忘れられない素敵なこころのふれあいをうかがえて、わたしもまた幸せな思いになりましたが、でも、それもこれも1時間しかない貴重な時間なのにお店の方を思いやるきよしさんの優しいこころがあってこそですよね。
あらためてこのコンベンションセンターでのコンサートが2004年以来13年ぶりであることをきよしさんがおっしゃると、
「”今日はリラックスしてお楽しみください”っていいながら、いちばん緊張していたのはわたしたち二人でしたから(笑)」
と西寄さん。
今、そういって、笑いあっている西寄さんときよしさんが、なんだか輝いてみえたのです。
思えば、いつでも一生懸命にがんばることのたいせつさをきよしさんにおしえていただいて、今日まで生きてきたのだなあと感慨がわいてきたのでした。
きよしさんは、
「いよいよ30代が終わって40代に突入します。
(20代のころと比べると)毛も薄くなったような気がしますし、白髪もありますが(笑)、(30代最後にめぐりあえたこの歌を)希望の歌になったらという思いで唄っています。
皆さんの人生の応援歌にしていただけたら嬉しいです」
とおっしゃって、
「男の絶唱」を唄ってくださいました。
トリは山川さん。
田端義夫さんの「19の春」を唄われたのです。
西寄さんが、昨年、山川さんが「輝く! 日本レコード大賞」で”日本作曲家協会選奨”を受賞されたをあらためておっしゃると、
「賞をいただいて”またこれからがんばれよ”と励まされましたね」
とあらためてそのときの思いをことばにされると、さらに、
「ああいう番組は見るものじゃなくて出るものだと思いました」
とおっしゃったのです。
山川さんのパワフルさに、わたし、とても嬉しい思いになったのでした。
昨年の35周年記念コンサートで西寄さんがのストップで語られた”山川豊ヒストリー”への感動を感謝の思いをことばにされたのです。
そして、「蜃気楼の町から」を歌唱されたのでした。
フィナーレは「ハイサイおじさん」を客席もいったいになっての歌唱。
八重瀬歌舞団の皆さんが登場され魅惑の演奏、お囃子、そして舞を披露されてもりあげてくださると、歌手の皆さまはステージの上を唄い踊りながら輪になってまわられたのです。
沖縄の皆さまにも気持ちだけは負けずに(笑)、合いの手をいれながら踊らせていただきながら、ああ、わたし、ほんとうに沖縄にくることができて、今そこにいるんだなあと熱いものがこみあげてきたのでした。
はじめて訪れた沖縄の地で、世代を超え、はじめて会った人たちのこころをひとつにしてしまう歌の力を感じて...。
いずれは国境をも超えていくのだろうなあと思ったのです。
こころもからだもホットになって、ホールをあとにしたのです。
さてさて、きよしさんは明日24日は秋田県民会館で昼夜コンサートを開催されますね。
ご参加される皆さま、素敵な時間をおすごしくださいね。

※デイゴの花のアップです。
”♪でいごの花が咲き”という歌いだしの「島唄」
その歌詩にこめられた意味をバスのガイドさんがおしえてくださいました。
そのことはまた別の記事で書きますね。
ところで、文末に、こそっと。
きよしさん、この夜、”来年も沖縄に来ます”って約束されていたかと...。
ということは、またきよしさんと一緒に沖縄にいかれるのでしょうか(喜)。
ここにこっそり書きとめつつ、ひそかに期待していたいと思います。
それでは皆さま、しばし仕事にがんばりながら、曲目リストをアップしていきますね。
またお逢いできますように!
”またやーさい!”
と、もう沖縄から帰ってきてはいますが、沖縄のことばで結ばせていただきます。