「今夜、また夢で逢いましょう?」
きよしさんは、語尾をちょっぴりあげて、優しく確認するかのようにそうおっしゃいました。
”ふれあいコーナー”で当選された方が、終演後は夜行バスに乗り、朝5時に帰宅されてから仕事に出かけるという”強行軍”の予定をお聞きになると、
「移動のバスのなかで、ゆっくりからだを休めてくださいね」
とその方を労わられたあとの、優しい優しいひとことでした。

うわあ、うらやましいですね。
でも、きよしさんにそんなふうにいっていただいたら、今夜、眠れなくなっちゃうかしら?
でも、眠らなかったら会えませんものね。
きっと、素敵な夢をご覧になって帰宅され、今日は元気にお仕事をされていることでしょう。


皆様、2日・夜の部のコンサートのご報告にお時間いただいておりました。
トーク炸裂状態でしたので、記憶とメモをたよりに、どんなふうにまとめたらわかりやくなるかしら? と思案して...。
やはり順を追って書いてみようと考えたのですが、”ふれあいコーナー”で当選された方との素敵なやりとりを冒頭に書かせていただきました。
記事の中盤くらいからアップする2枚の画像は、会場内は撮影禁止になっていますが、1日のご報告でもアップしている全身ボードとともに、多数の方が写メしていたので、念のため近くのスタッフの方にお声をかけ確認してから写メさせていただいています。


そして、先の記事に書かせていただきました、司会の西寄ひがしさんの言葉、皆様もお読みになって赤面されませんでしたか?
ね、きよしさんのいらっしゃらないところでではありましたが、そんなこと今さら言葉にだしてお聞きになるなんて...。
自分でもびっくりするくらい恥ずかしかったのです(汗)。

2001年7月5日に中野サンプラザホールで開催された、氷川きよしの初の単独コンサート「チャレンジステージ」で司会をつとめられてから、ステージパートナーとしてはもちろん公私にわたって、きよしさんとともに歩まれてこられた西寄さんでさえ、毎日会うたびに好きになるのだとおっしゃるのですもの。
わたしがますます好きになるのも当然ですよね。

西寄さんは、どんなにきよしさんが人間的にも魅力的であるかを、お話しされたあと、
”毎日、会うたびに楽しいんですよ~”と、くだけた口調へとモード変更(笑)。
「最近、私、”氷川きよし”の専属通訳といわれておりますが、きよし君の言い間違いや聞き違いを、瞬時に、そうものの1秒でわかってしまうんですよ~」
と前置きされ、auの留守番電話のメッセージを聞いて、外国人の女性が出てしまったとあわてられたこと、ラジオ番組で、”お米にこだわりがありますか?”と聞かれて、”魚沼産のコニシキ”を食されているとお答えになったことなどを矢継ぎ早に(笑)、お話しくださったのでした。

きよしさんは”古賀メロディー”のコーナーの最後の曲である「柔」まで歌いおえると、
「20周年に向けて、さらに成長して、大きな歌手になりたいです。
ここは僕のコンサートの原点の場所ですから...」
と感慨深い面持ちでした。
西寄さんの音頭で、”おめでとう”と皆でいわせていただくと、
「ありがとうございます」
と、かみしめるようにゆっくりとお礼を言葉にされ、
「今日は、”氷川きよし”という責任をいただいて、”氷川きよし”として生涯、歌いつづけていきたいという思いにさせていただく日でもあるんです」
と、おっしゃったのです。

ここで西寄さんをまじえてのトークとなり、きよしさんの言い間違い&聞き違いの話題になると、
「僕、子どもの頃から雰囲気でとらえるんですよ。
ずっと感じるままにやってきて、数学ができるほうではなかったし、計算も得意じゃないから...」
とおっしゃるきよしさんに、西寄さんは、”それでいいんですよ”というようにニコニコ顔でうなづかれてから、
「子どもの頃といえば、わたくし、きよし君の小学校の文集をみせていただいたことがありました。
そのなかに寄せ書きがありまして、野球選手になりたいとか、先生になりたいとか将来の夢を皆さん、書いているんですが、そこになんて書いてあったと思います?」
西寄さんはひと呼吸おいてから、
「”鳥になりたい”」
と(笑)。
わたし、西寄さんの軽妙トークをいちばんの聞き手として、”うん、うん、そうなんだよ~”というように、楽しそうに聞いておられるきよしさんのたたずまいもとても好きなのですが、皆がドドドッと笑った頃合いをみはからって、
「でもね、今、”歌の渡り鳥”になっているじゃあないですか。皆さんに幸せをとどける”歌の渡り鳥”に」
とおっしゃったのです。

ほんとうにそのとおりですね。
笑ってしまってごめんなさい。
きっと学生のきよしさんは、鳥のように大空をはばたきたいという思いもあったのでしょうね。

きよしさんも西寄さんのその言葉に、大きくうなづいて、
「僕は、ほんとうに良い縁に縁してきたんですね~」
とおっしゃったのです。

イメージ 1
※”僕とお話ししませんか?”
質問ボックスが置かれている壁に、こんな素敵な直筆メッセージが!


作曲家の水森英夫先生にスカウトしていただいて、長良会長という名プロデューサーに出会えて...。
水森先生には”デビューできないかもしれないけど、やってみるか”といっていただいて」
このとき、”デビューできなかもしれないけど”の語尾の”けど”が、思いっきり”けろ”になってしまったので、場内大爆笑、きよしさんも苦笑されていたのですが、
そこで西寄さんが、「”けろ”って、前世、カエルだったんですか?」
とつっこまれ、さらに大爆笑となりました。

「縁に感謝したいですね。悪い縁もあったけど...。良い縁を引き寄せるのも自分自身だと思いますから。あたりまえだと思わずに、ずっと感謝したいです」
あらためてそうおっしゃったきよしさんに、
西寄さんが、この日、きよしさんがお召しになっていたハーフコートの色がロイヤルブルーだったことをおしえてくださいました。
その色は、きよしさんがデビューへの最後の望みを賭けて長良会長にはじめて会ったときにお召しになっていたセーターと同じ色だったので、デビュー記念日のときにあえてその色のコートを着ていることに、きよしさんの誠実さと、会長への感謝の思いを西寄さんは感じられたそうです。

きよしさんはだまって西寄さんのお話を聞いておられたのですが、
「人間で、いちばんダメなのはなんだと思いますか?」
と西寄さんに問いかけられたのです。
”さて、なんでしょう?”というように、きよしさんのお顔をご覧になった西寄さんともども、きよしさんの答えを待って、客席は一瞬、しんとしたのです。
「恩を忘れることですよ。
自分が良くなっても、大変だったときにうけた恩を忘れることはありません」
ときっぱりときよしさんはおっしゃいました。
あまりにも誠実でたのもしいきよしさんに、わたし、見惚れてしまったのです。
西寄さんが感じとられたように、きよしさんがデビュー記念日にお召しになっていたコートには長良会長への恩、そしてあの時の思いを忘れず、初心にかえろうという、無言の深い思いがこめられていたのでしょうね。

新曲「みれん心」の発売を皆でお祝いさせていただくと、お礼をおっしゃったあとで、西寄さんに、”欲しいものはなにか聞いてください”と、お願いされたのです(笑)。
それで、西寄さんがいぶかしげに(笑)
「ほしいものはなんですか?」
とおたずねになると、
「『みれん心』のCD!」
とのお答え。
「やっぱり僕は歌い手ですから、CDを買っていただけることがほんとうに嬉しいんです。
もちろん懐の具合もありますから、無理しないでいただきたいのですが。
僕も昨日、ホールのCDコーナーで買いましたよ。
領収書もきってませんよ(笑)」
とさらにおっしゃってから、
「3枚セットで今なら3900円!
お得です!」
と通販会社の会長さんを真似て(そっくりなんです・笑)、大宣伝”をしてくださったのです。
きよしさんは、CDは形としてあとあと残ること、何度もでも聴けること。
CDが売れることで、CDを聴いた人に喜んでいただけて、販売してくださるお店の方もレコード会社の方も皆が喜んでくださること、皆に喜んでいただけることで、自分自身も嬉しいし、幸せなのだと。
そのことを、
”僕だけの幸せではなくて”
という言葉で語っておられたかと思います。

CDコーナーのスタッフの皆さんにもこの様子が伝わっていたのではないでしょうか。そして、きっと涙がでるほど嬉しかったのではないかなと想像します。

イメージ 2
※CDコーナーに飾られているボードです。

続いて、”ふれあいコーナー”になりました。
当選されたおひとりめは2階席の方。ファンになって16年。
町内会にきよしさんの大ファンのご夫婦がいることに、最近きづかれたそうで、
”なぜこれまで気づかなかったのでしょう。いやですね、ばかですね”と(笑)。
きよしさんがデビューした年の11月にご主人が他界されたそうですが、そのご主人がきよしさんのことが大好きだったので、奥様もご主人を偲びながら、きよしさんの歌を聴いているうちに大ファンになられたそうです。
この日、当選されたのもご主人のお導きだったのかもしれませんね。
「ともどもに歌って生きて...」
きよしさんはそこで言葉を選ぶように少し考えてから、あふれる笑顔で、
「あれしましょ!」
左手をその場で掲げて優しくおっしゃったのです。

おふたりめの当選者は1階席の方で岐阜から日帰りでお越しになられたということでした。
ファンになって8年。きよしさんの「草笛の音次郎」の座長公演をご覧になってファンになられたそうです。
深夜バスで帰宅し、明日は仕事に出かけるというその方に、
「○○さん、明日も、がんばれ!」
と励まされ、さらに、
「”がんばれビーム!”」
と左手を前方にさしだして、きよしさんは激励されたのです。

その方に、
「ご期待にお応えできているでしょうか?」
と、おたずねになったきよしさんに、思いきりの”イエス!”のお返事がかえってきました。
すると、
「もっとはばたきたいです」
とおっしゃたところで、”鳥つながり”で、
「そういえば、この間、自分の家で鳥が死んでいたんです。窓にぶつかったみたいで。土にうめてあげましたけど」
と、お話しくださったのです。
すると、西寄さんが、1日にもお話しくださったサラダにモンシロチョウの幼虫であるアオムシがはいりこんでいた話題をされ、
「あれは大阪のフェスティバルホールのコンサートにいっていたときのことでした。きよし君は殺したらかわいそうといって、紙コップにそのアオムシをいれて、外に放してあげていました。
動物にも優しいんですよね」
とおっしゃると、照れてしまったのでしょうか、きよしさん、突然、ステージで横向きになり、からだを前後にうねらせて、”うねうねうね”っとアオムシの動きを再現してくださったのです(笑)。
そんなきよしさんに、
「今日はデビュー記念日ですから、もうなんでもありですけど、それにしてもジャパネット○○が飛びだしたり、今度はモンシロチョウ...」
と言いかけた西寄さんに、
「どうもありがと」
とひばりさんの真似(笑)。
西寄さんは、
「ひばりさんまで(汗)」とひとことおっしゃって、大サービスの”おもしろすぎる”きよしさんに、誰よりも驚いていたのです。
そして、このあと、この記事の冒頭の”夢で逢いましょう?”発言をされたのでした。

イメージ 3
※さらにさらに、こんな吹き出しメッセージも!
嬉しくなってしまいますね。

”ふれあいコーナー”が終了したところで、
「僕、舌がながいんですよね~」
きよしさんが滑舌を気にしてそうおっしゃり、舌をぺローンとだされると、
「えっ、”チャレンジステージ”でもまったく同じことされてましたよ。
先日、映像を久しぶりにみたんですけどね、ほんとうにおんなじ...。
びっくりしたあ!
それくらい初心にもどっているんですね~」
と、驚く西寄さんでした。

ここで、また楽しいトークとなりました。
以前、ココアちゃんをレコーディングスタジオにつれていったのですが、天童よしみさんもレコーディングにいらしていて、なんとココアちゃんが天童さんの足元でおしっこをしてしまったのだそうです。
天童さんは優しい方だから、”いいのよ~”といってくださったそうですが、その瞬間、きよしさんたちはほんとうにドッキリしたでしょうね。

新曲の「みれん心」について、
「この年齢になったから歌えるのかなって思っています。
今の年齢になったから、こういう泥臭い歌が歌えるのかなって」
きよしさんが「みれん心」への率直な思いを言葉にされ、
「もう、いい残したことはありませんか?」
と、西寄さんがお聞きになると、すでに無言でかたまっていたきよしさんでした。

「もう、『みれん心』のモードになっていらっしゃるんですね」
と西寄さんが話題を変えようとすると、
「そそそそ~」
ときよしさん(笑)。
さらに、
「もう、イタコ状態。こんなんでました~って」
とつづけられたので、場内大爆笑。
「こんなんでました~!」
きよしさんはさらに気をされたようで、”イタコ”風のセリフを連発され、
西寄さんが、
「あんまりおっしゃると、皆さん、そのイメージになっちゃいますよ」
ととめてくださるという、またもや”おもしろすぎる”きよしさんだったのです。
もう、なんて楽しくってたのもしいんでしょう。

疲れを微塵も感じさせないパワー全開の歌唱に圧倒され、さまざまに表情を変え魅惑の世界へいざなってくださる鮮やかな歌声に酔いしれ、トークに感動&大爆笑。
これぞ”氷川きよしコンサート”の真骨頂。
だからこそ、何度でもどこまでだって足をはこびたくなるのです。

きよしさんが「新・演歌名曲コレクション2-愛しのテキーロ/男花-」のなからカバー曲とオリジナル曲を披露されて舞台袖に戻られると、西寄さんが登場され、2003年9月におこなわれたハワイツアーのときの思い出をお話ししてくださいました。
「仕事でいくのでVISAをとらなければならなくて。
アメリカ大使館に朝8時にきよし君とふたりで並んだんです。
コーディネーターの方がついてきてくださいましたが、大使館の方との面談は私ときよし君のふたりだけでしなければなりません。
コーディネーターの方に、
”2、3質問されますが、だいたいはいと答えるような質問ですから。じゃあ、私はここまでです。あちらで待っていますから”
といわれたんです。
なかにブースが5つくらいありましたでしょうか。
だんだん、きよし君も私もドキドキしてきたんです。
順番がくると、アメリカ人の係員の方が片言の日本語で、質問されました。
”あなたがたはアメリカ人ですか?”
私たちは、
”はい”と答えました。
すると、”そういうときは、いいえと答えてください”といって、今度は、
”これまで海外に出かけたときに、持ちこんではいけないものを持ちこんだことはありますか?”
と聞いたんです。
それで、僕ときよし君は、また”はい”と答えたんですよ。
そうしたら、係員の方が、”そういうときはいいえといってください”とまたいってから、”いいでしょう”ととおしてくださったんですよね(笑)」
懐かしい懐かしい思い出をお話しくださり、
「まだ時間があるようですから、もう少しお話しをいたしましょう。
尾道にいったときのことでした。
きよし君は釣りが大好きなので、釣具屋さんで道具を調達して、入江をみつけていったんです。
そこには地元のご主人がおひとりで釣りをされていましたが、きよし君をみると、”氷川きよしさんですね”と気づいて、ていねいにご挨拶をしてくださったんです。
それで一緒に釣りをしたのですが、きよし君が思いきり釣り竿をふりあげたら、釣れたのはそのご主人の帽子だったんです(笑)」
ほんとうに愉快そうにお話しされる西寄さんに、そのときどきのきよしさんの姿がイキイキとうかんできて。
多忙なスケジュールのなか、西寄さんのような方がそばにいらしてくださって、どれほどきよしさんが頼りにされ、心安らぐことができたのかを感じて、笑いながらも目頭が熱くなったのです。
西寄ひがしさん、
これまでほんとうにありがとうございます。
ますます活躍の場も広がっていくことと思いますが、これからもどうかよろしくお願いします。


いよいよ2日間4公演のクロージングトークとなりました。
「今日まで歌わせていただいていることに感謝の気持ちでいっぱいです。
デビューしたころは、自分が17年も歌っていけると思っていませんでした。
もしダメになったときは、またアルバイトをしようって思っていましたから。
やっぱりひとりひとりの人となが~く信頼関係を築いていくことがたいせつですよね。
今日が20周年のスタートだと思っています。
そして、20周年のこの日を、今日お越しの皆様とまたすごせることが、僕の夢のひとつになりました」
きよしさんが、ところどころにお礼の言葉をまじえ、会釈しながらそうおっしゃると、”きよしコール”がおこりました。
きよしさんは、”はあ~”、”嬉しい~”、”うわあ~”、”ほお~”と客席をぐるりと見渡しながら、その風景やコールの響きを心に焼きつけ、刻み込んでいるように感じられたのです。
”ながいながいきよしコール”の響きのなんてあたたかで幸せだったことでしょう。
このままこの時間が永遠につづいてほしいような思いがしたのです。
「白雲の城」の歌唱にびりびりとふるえるほどに感動したわたし、ただただ拍手を贈っていました。

アンコールで「きよしのソーラン節」を歌いおえると、
「あのう、しつこいと思われるかもしれませんが、『みれん心』をここでもう一度歌わせていただいてよろしいでしょうか。
昼の部の方には申し訳ないのですが、僕、皆さんに覚えていただきたいので、念押しで」
わあっと歓声と拍手がおこると、リーダーの藤林さんはじめHKピュアリバーの皆さんに、
「2コーラスで」とお声をかけて、「みれん心」を、1コーラスめを下手、2コーラスめを上手で歌ってくださったのです。
そして、
「『みれん心』、今日、発売です。
年末までこの曲で、できればずっと歌っていきたいですね~」
と「みれん心」への思いをお話しされました。

そして、センターに移動されると、昨年末の「NHK紅白歌合戦」で着用されたあのロイヤルブルーの衣裳のマントの裾をひるがして舞台センターに移動されると、くるくるとターンして美しくゴージャスなマントを楽しませてくださったのです。


※皆様、駆け足での更新で失礼します。
今夜はNHKにいき、明日は後楽園にいってまいります。
嬉しい忙しさのなか、お仕事のお話しもいただけて...。
とにかくやるのみ。がんばります!

皆様、またお逢いできますように。