「皆さん、愛してます。
もう、Chu!(チュー)しちゃう...。
嫌っていっても...Chu!(チュー)しちゃう」
いや~ん、きよしさん。
わたし、嫌だなんていいませんけど、でもどこにするの?
なんて...。
ごめんなさい。
冒頭からうかれていて失礼しました(汗)。
昨日、仙台サンプラザホールで開催されたコンサートの夜の部でのこと。
愛いっぱい、笑いいっぱいで盛り上がった”ふれあいコーナー”で、きよしさんは、”もう、このあふれる気持ちを抑えきれないよ”というように、この記事の冒頭の言葉をおっしゃったのです。
その少し前に、”けっこう、僕、クールなんで”と、力を込めてポーズされたきよしさんでしたが、それは無理だったようです(笑)。
昨日の仙台は肌寒くて。
油断して薄着だったわたしは、ストールを急きょ購入したのですが、昼夜の公演ではきよしさんの言葉をお借りすれば、体温40度”ともいえる熱々状態になっていました。
コンサートのこの日のセットリストは、”オープニングトークのあとのヒット曲コーナー”と”オリジナル曲コーナー”で、わたしが参加させていただいた神戸コンのときからさらに曲の入れ替えがありました。
オープニングで
「一陣の風」、「白雲の城」を歌唱されると、
桜梅桃李の花々と”氷川きよし”の文字が描かれた鮮やかな着流し姿に早変わりされ、
「ちょいときまぐれ渡り鳥」を歌唱されると、オープニングトーク。
「大利根ながれ月」を歌唱されたところで、
「浮雲道中」をあらたに加えてくださり、そのコーナーのラストが「三味線旅がらす」
という構成でした。
そして、”オリジナル曲を披露されるコーナー”では、「夏子の海峡」に代えて「さいはての陽子」を歌ってくださいましたが、この曲を久々に聴くことになった昼の部では、あまりの感動に気づいたら涙がこぼれていました。
青森が舞台ということでのセレクションでしょうか?
これから、きよしさんがどんな曲をセレクトして歌ってくださるのか、ドキドキしてきますね。
この日の昼の部で、
「常に今の”氷川きよし”を愛していただける、”氷川きよし”でありたいと思います」
とおっしゃっていたきよしさんの言葉が心に響き、しみわたりました。
そう、そんなあなただから、わたしは(間違いなく皆さまも!)、まる16年、ずっとずっとずっと惚れつづけてるんですもの。

さて、皆さま、コンサートのご報告の前に帰りの仙台駅でのことを書かせていただこうと思います。
この日、仙台では”仙台国際ハーフマラソン大会”が開催され、過去最多の1万3932人が参加されたそうですが、さらに9、10日の両日、浜崎あゆみさんが、宮城セキスイハイム スーパーアリーナでコンサートを開催されていたことを、きよしさんのコンサートにいこうと仙台駅からホールに向かって歩いていこうとして知ったのです。
夜の部はトークが盛り上がったこともあり、ホールを出たときには8時50分になっていました。
駅まで歩いて、ロッカーに入れておいたキャリーバッグを出して、荷物整理をしていたら、発車時間まで15分を切っていたのです。
ちなみに、キャリーバッグを入れるときは、わかりやすい場所にあるロッカーはすべていっぱいで、係のかたが教えてくださったちょっと陰になっているロッカーに入れたのですが、そこも2つしか空いていなかったのです。
でも、帰るそのときに使用中のランプがついていたのはわたしの分だけでした。
キヨスクでお買い物をして新幹線の改札に向かって歩いていくと、駅員さんがロープのようなものを張って、ものすごい人が改札脇に立っていました。
見ると、浜崎あゆみさんのファンのかたとひとめでわかるグッズやコスプレをしたかたが多数いらして...。
もちろん、きよしさんのファンの皆さんの姿も目に入りました。
ホームに上がるとまたそこもすごい人。
わたしの乗る車両の横に浜崎さんファンのかたの人垣ができていて、その隙間からエスカレーターが見えるのでそのまま見ていたら、あっ、浜崎さんでした。
周囲にスタッフがいらっしゃるので、立っていた位置から小柄な浜崎さんが見えにくかったかたもいたようで、”見えなかった~”とおっしゃるかたもいらしたのですが、浜崎さんはエスカレーターをのぼり切ると、列車が停車しているホームに沿って乗車される車両へと進まれたのです。
たまたまそこで列をなしていたかたは浜崎さんのファンのかたばかりだったようで、浜崎さんが通られると、サーッと立ち去られて、一気に視界が開けました。
その間、HKピュアリバーの皆さんの姿をホームで目にしていたので、きよしさんもこの列車に乗車されるのかしら? と正直、期待感を抱いたのです。
でも、すでに発車5分前をきったので、もしそうだとしてもこのエスカレーターからではないかもしれないなあと、”あきらめ&納得モード”に心を切り替えた瞬間、
きよしさんの姿が!
きよしさんはもしかしたらエスカレーターではなく階段をのぼってこられたでしょうか?
見ていたのにその記憶が定かではないのです(汗!)。
黒いフレームのメガネに、つばのついたフラットな帽子をかぶっておられ、ハーフパンツをはいておられたと思います。
わたしが一瞬全身に視線を走らせたら、あとはずっときよしさんのお顔だけを見ていたことがわかってしまって、お恥ずかしいのですが、きよしさんはエスカレーター(もしかしたら階段)を上がってこられると、そのまま、右側にターンされ列車が停車している側と反対側を歩いて乗車される車両に移動されたのでした。
あまりに自然体なきよしさんはある意味、そこではノーマークだったのでしょうか? 周囲ににものものしいスタッフもいず、きよしさんに似た人かしら(この世にそんな人いるわけないんですけれども・笑)と思いたくなるほどだったのです。
わたしは、きよしさんが降車されるより手前の駅で降りたのですが、改札に降りる階段のほうへホームを歩いていくと、きよしさんの乗っている車両の前に20名ほどの人がかたまって立っているのが見えてきました。
それで、できれば列のうしろからお見送りさせていただけたらと思いましたが、すぐに発車する旨のアナウンスが流れて。
小走りされるかたもおられましたが、キャリーバッグを持っているわたしにはとても無理と、あきらめたのです。
ところが、何やらアテンダントさんが車掌さんに声をかけていて、新幹線はすぐには発車しなかったのです。
なんでもその駅で降車されたかたのなかにデジカメを忘れたかたがいたそうで、まだホームを歩いているのではと声をかけていたようでした。
と、そんなわけで、きよしさんの乗車されている車両の前にからくも到着しましたが、きよしさんは降車ホームと反対側の窓席にすわっておられたので(とあとでわかるのですが)、ホーム側の窓席のブラインドはおりたままになっていたので、なかの様子はよくわからなかったのです。
ところがもう発車するということでなのか、お気遣いくださってのことなのかわからないのですが、
わたしが立っていたホーム側の窓席のかたがブラインドをあげてくださったのです。
その瞬間、通路側にすわっていらっしゃる西寄さんの姿が通路を挟んだその奥に見え、ブラインドがあがったので、”あれ?”という感じで、西寄さんの横からサッと身を乗り出すようにしてこちらをみてくださったきよしさんの笑顔が見えたのです。
と、こちらにわっと人が押し寄せてきてたので、わたしはその勢いにあとずさりしたのですが、
その間に忘れもののカメラの件も解決したようで(笑)、きよしさんを乗せた新幹線は走り出したのでした。
この便は混み合っていたようで、わたしの乗っていた車両には人気ミュージシャンのかたたちが乗車されていました。
ホームで駆け寄ってお話しされているファンのかたがいらしたので気づいたのですが、乗ってみると通路を挟んでお隣だったのです。
発車して10分ほどすると車掌さんがいらして、グリーン車に座席が確保できたということで、車両を移動されていきましたが、”お疲れさん~”とメンバーどうし缶ビールで乾杯し、隣にすわっている赤ちゃんと目が合うと話しかけたりと、とても気さくで素敵な皆さまだったので、どんな演奏をされるのかしら? と興味を抱かせていただいたのです。
というわけで、肌寒さはどこへやら、熱い熱い仙台の夜となったのです。
さて、以下はコンサートのご報告です。
こちらの画像は昼の部の開場の際にできた長い長い列。
うしろ姿ですが、前から見たら、どなたのお顔もとびきりの笑顔だったことでしょう。

きよしさんは昼の部で、オープニングの「一陣の風」から、「白雲の城」、「ちょいときまぐれ渡り鳥」までを息を継ぐ間もないほどに、そのめくるめく”氷川節”で一気に歌ってくださると、待ちに待った1年ぶりの仙台でのコンサートの喜びと、来場のお礼をおっしゃいました。
3月の明治座さんでの1カ月座長公演の第1部のお芝居のなかで、お団子を食べるシーンがあり、そこで、”ずんだ”の餡がかかっているものを所望されたり、実際に召しあがるなどされたことを報告されたのです。
「今日の日を待っていました。
感謝、感謝、感謝、感謝です。
今のこの1秒、1分、1時間...を魂を刻み込むようにしてすごして、皆さまの思い出に残るような時間にさせていただきたいと思います」
ここでは”感謝”という言葉を4度もおっしゃって。
きよしさんが、今、この瞬間のありがたさを、心の底からかみしめておられるのを感じたのです。
”ふれあいコーナー”の前のトークでも、
「僕は感謝をするために歌っているのだと思っています」
と、あらためておっしゃっていらしたのですが、その言葉に、日々のすべてが感謝するためにあるのだと思ってすごすことができたら、もしかして何かが変わってくるかしら?
ふとそんな気持ちにさせていただいたのです。
以前覚えた宮城の方言のなかで、お気に入りの”おしょすい”という言葉(恥ずかしいという意味だそうです)、きよしさんが嬉しそうに連発されると、場内のそこここから、”クスクス”と笑いが聞こえてきました。
きよしさんは、前日のお昼には回転寿司のお店にいらして、ヒラメやカレイといった地元産のものをいただいたそうですが、
西寄さんの報告によりますと、きよしさんは”マヨコン”(マヨコーン軍艦のことでしょうか)がお好きで、6貫もいただいたのだそうです。
客席に、「牛タンは召しあがりましたか?」と、おたずねになったきよしさん、
夜は牛タンを食されたそうで、西寄さんもご一緒に仙台での時間を楽しまれた様子でした。
お寿司のネタも、微力でも地元の活性化になればという思いからカレイなどの食材を選ばれたことをお話しされた際、
「微力ですけれども。
石巻のものとか、気仙沼のものとか。
僕の力なんか微力で、鼻クソみたいなもんですけどね」
とおっしゃって、西寄さんにいさめられると、
「こちらの方言で、”だら”って、フンのこというんでしょう?」
と話題を展開(笑)。
「鼻クソの次はそちらへいくんですかぁ?」
との西寄さんのツッコミに、
「育ちは悪くないんですけどね」
と涼しいお顔のきよしさんでした。
1列めに13歳のとてもかわいらしい少年がお母さまといらしていて、きよしさんが話しかけると、きよしさんのファン歴9年とのこと。
「すごいね~、イケメンだね~」
ときよしさんが絶賛。
西寄さんの「よかったら、皆にお顔を見せてくださいよ」との言葉に、客席のほうを向いてくださったら、とっても素敵な男の子でした。
「おじさんの13歳の頃を思い出します」
と西寄さんがおっしゃると、
きよしさんが、一言、「ずうずうしいですよ~」と(笑)。
ご年配のお客様に声をかけられたきよしさん、そのかたが髪をとてもきれいにされているのを褒めたくなって、髪の毛をていねい語でおっしゃろうとして
”お手手”ならぬ”お毛毛”とおっしゃると、場内大爆笑。
西寄さんが、”おぐし”とフォローされたのですが、きよしさんは、ウケを狙って”お毛毛”とおっしゃったわけではなかったようで、”なにがそんなにおかしいの?”という様子でいらしたので、そのことに、わたしはまたおかしくなったのです(笑)。

※こちらはホテル棟です。
”ふれあいコーナー”に当選されたおひとりめは3階席にいらした89歳のかたでした。
歌うことが大好きで最近は「さすらい慕情」を歌われているそうですが、
”他の(歌手の)かたの歌も素晴らしいですが、きよし君の歌は格別です。
心にしみるのです”
とメッセージをお書きになり、
さらに、”きよし君は歌をどうやって覚えるのですか?”という質問も書き添えておられました。
「そうですね~」
とおっしゃって、少し考えてから、
「何回も何回も何回も聞いて覚えますね~」
とお答えになられたのです。
そして、
「何かしてさしあげたいですね~。
そうだ、僕、SHIZUE(シズエさんというお名前でした)さんの歌を作ります」
とおっしゃって、お名前に、きよしさんにしか歌えない豊かな節回しをつけて、
”♪シズエさあ~~~ん~”と、歌われたのでした。
おふたりめは1階席の山形県の庄内・鶴岡からお越しになったかたでした。
メッセージを書かれたのは娘さんでしたが、79歳のお母さまがきよしさんの大ファン。
”母は、一に女と書いて”カズメ”と読みます。79歳になりますが、氷川さんの大大大ファン。
氷川さんは母の生き甲斐です。
こんなに素晴らしい氷川さんは、その存在そのものがお母さまへのプレゼントだと思いますが、お母さまに母の日の贈り物をされましたか?
わたしの母にお声かけていただければ、10年長く生きてくれる気がします”
というような真心あふれるメッセージを書いてくださっていました。
ラジオの「氷川きよし節」も毎日楽しみにお聞きになっておられるそうです。
母の日の話題に、
「何をプレゼントしよう?
えっと、あの・・・(しばし考えてから)電話しよう。
カーネーションを2,3本買って送ろうかと思っていたんですけど、手配してなくて・・・」
と、あまりにも正直にお答えになったきよしさんに、
「私がいうのもなんですけど、コンサートで日本全国を一緒に回らせていただいていますが、きよし君は、地方にいくと必ず実家に何か送っているんですよ。
だから”母の日”ということではなくても、1年中、親孝行されているんですね~」
と、西寄さんがおしえてくださいました。
その言葉をうけて、
「2日に1度は電話してますよね。
一人っ子だから。
でも、最近、ふたりがおたがいに、”好か~ん”っていってて。
”そんなこといって、じゃあ、なんで僕ができたの?”って。
父がタクシーの運転手をしていて、父の車に母が乗ったのが縁で結ばれて、ふたりが出逢って1か月後には母は僕を身ごもったそうなんです。
だから、”最初のときを思い出しなさいよ”っていってるんですけどね(苦笑)」
と、ますます自然体トークのきよしさんだったのです。
きよしさんが、”何か方言をおっしゃっていただけませんか?”と、”一女さん”にリクエストされると、
「今日はきよし君からお声をかけていただいて、”もっけ”です」
とおっしゃったのです。
皆さま、”もっけ”とは山形の言葉で”すまないねー、ありがとうねー”という意味なのだそうです。
なんだか、じんときてしまいました。
HKピュアリバーの皆さんが身につけていらっしゃるネクタイやスカーフの色が水色からピンク色に変わっていました(衣裳は女性も白に統一)。
そして、キーボードのマルヤマさんの、”ダンシングタイム マルちゃんと踊ろう”というショートコーナーがメンバー紹介の際に織り交ぜられて(笑)。
西寄さんが紹介されると、マルヤマさんはおもむろにピンクのフレームのサングラスをかけて踊ってくださいました。

※プレゼントボックス。西寄さんも大人気ですね。
昼の部の終演後なので、なかには何も入っていませんが、
開演のときにはプレゼントやお手紙がいっぱいです。
会場のスタッフさんにお声をかけて写メさせていただきました。
いよいよ「箱根八里の半次郎」で始まるエンディングに至る”股旅演歌を披露されるコーナー”で、髪をオールバックにして登場された、きよしさん。
あまりにも素敵で、ふんぷんとその色香が、こちらに漂ってくるかのようでした。
時おり、前髪がハラリと美しい額にかかって。
なんてセクシーなんでしょう。
時おり、前髪がハラリと美しい額にかかって。
なんてセクシーなんでしょう。
進化し続ける魅惑の歌声に魅せられつづけているわたしですが、きよしさんがますます頼もしく、人間味あふれ、こんなふうにどんどん素敵になって...。
ほんと、もう困ってしまいます。
きよしさんがラストトークで、
「常に今の”氷川きよし”を愛していただける”氷川きよし”でありたいと思います」
とおっしゃると、大きなきよしコールがおきました。
そして、客席から、”大好き~!”という声がかかると、
即座に、
「オラも大好きだ~」
と東北のイントネーションできよしさんはおっしゃったのです。
うわあ、わたしも、じゃあこの記事の最後でいっちゃう。
”きよしさん、どうしたらいいかしら?って困ってしまうほどに、いつも素敵でいてくださって、ありがとう。”
※皆さま、ここまでで時間切れになってしまいました。
これから仕事で出かけます。
きよしさんがChu!(チュウ)したくなるほどに熱く盛り上がった夜の部のことは、また今夜、続きを書ければと思います。
明日の夜は、「NHK歌謡コンサート」で、きよしさんに会えますね。