今日は1日、自宅近くのセブンにいっただけという、”おこもり仕事日”でした。
なかなか決まりがつかない諸々を、”一気に全部終わらせるぞ!
と気持ちだけははりきっていましたが、いつものことながら目標ほどには進まず...。
でも企画書に添付する資料を仕上げ、確定申告の書類をほぼ書き込み、きよしさんの”握手&2ショット撮影会」をどの日程に申し込むかをようやく(?)決めることができたので、まずまずでしょうか(笑)。
昨日は、映画 「ソロモンの偽証」の”後篇・裁判”の試写を見てきました。
”前篇・事件”は先週7日かから公開され、続編になる”後篇・裁判”は4月11日に公開されるのですが、先週から”後篇・裁判”のマスコミ試写がまわり始めたのです。
上映開始時刻の20分前に試写室に入ると座席は8割がたうまっていて、5分もするともう満席状態。
この段階でこれだけ反響があるということは、後篇の公開に向けていっそう話題になりそうですが、とりわけ映画の主人公である14歳の中学生たちと同世代の中学・高校生の人たちに見てほしいと強く思いました。
”生きている”ということの重みを感じ、これから”生きていく”ことへの大きな力をいただいたのです。
もちろん皆様にもぜひ、お薦めしたい作品です。
※下記は松竹の「ソロモンの偽証」のHPです。
そういえば、松竹のオープニングロゴは、富士山でしたね。
蒲田撮影所から大船撮影所へ移転した1936年から”日本一の映画会社を目指す”という意味を込めて、富士山を背景にしたロゴを作って、映画のオープニングに流すようになったそうですが、今年は創業120年ということで新ロゴも登場します。
どんなときも、富士山を見ると、われらが”氷川きよし”を思い出さずにはいられませんね(喜)。
試写のあとは、銀座三越のレストランで遅めのランチをいただきました。

※2004年夏、”ドドンパ祭り”が開催されたスペースに面したガラス張りのレストランです。
ランチタイムが2時までなので、それ以降のお食事メニューは、ディナータイムまでは、このタイプと、スープカレーの2種のみの提供に。
まだまだ夜遅くまで仕事なので(を言い訳に・笑)スタッフおすすめの春メニューの、”いちご&桜あんみつ”も、しっかりオーダーしてしまいました(喜)。
こちらは、佐賀の”さがほのか”といういちごがちょこんと上に。

※左上に見えるのは桜のゼリー、クリームの横には桜の塩漬けも。
すっかり春めいた気持ちになります。
このレストランは、銀座三越の”みのり食堂”。
全農連で運営しているので、季節の野菜や果物が盛り込まれたメニューが好評です。
座長公演で東京にいらっしゃる皆さま、もし銀座にもいらっしゃるようでしたら、お茶だけもできます。
またガーデンはフリースペースになっています。
そして、次の仕事先へ向かいましたが、途中、三越前駅のメトロの乗換通路には、きよしさんにお逢いできるスポットがあるのです。

※明治座さんの常設コーナーです。
きよしさんが座長公演をつとめている間はいつも、ここにきよしさんの笑顔が!
この地下通路を週に1,2度は通るものですから、もう見慣れたポスターではありますが、通るたびに、きよしさんとつながっているようで、嬉しくなってしまうのです。
だって、だって、わたし、ほんとうは、この3月は、明治座さんに1カ月ずっと泊まって、すごしたいくらいなんですもの!
なあんて、思いきり本音を書いてしまいましたが(笑)。
以下は、この記事のタイトルに書かせていただいた、先週3月5日に放送された「氷川きよし節」(文化放送)のことを。
お聞きになられたかたにはご存知の内容になりますが、
その日、木曜日はきよしさんの”演歌名曲コレクション”から、歌の歴史をひもといていくというテーマ。
「演歌名曲コレクション4~」に収録された「骨まで愛して」がリクエストされたのですが、きよしさんはその曲を聴いて、思い出されたレコーディング当時のエピソードをお話ししてくださいました。
☆以下は聞き手の寺島尚正アナウンサーときよしさんとの会話を書きとめてみたものです。
氷川 「(このアルバムのレコーディングをしたのは)10年前になりますけど、いちばん悩み始めてきたときの、僕の歌なので」
寺島 「悩みというのは?」
氷川 「歌に対しての」
寺島 「ますデビューは、もう、いくしかないという」
氷川 「そうですね。デビュー曲がおかげさまでヒットして。
デビューしてすぐに、そういう状態(ヒットして)に、夢がかなってしまうわけじゃないですか。
だいたい(はそこまで至るまでに)、苦節して(いくものだと思っていましたから)」
寺島 「それまでにね、練習積んだりしましたがね」
氷川 「まあそうですけどね。
なかなか売れるのが大変なことっていうふうにいわれていたんですけど。
(だからそういうものだと覚悟していたのですが)デビューしていきなり、今思うと、すごくいい状況のなかからスタートして...。
(とにかく毎日毎日一生懸がんばってきて)それから数年経って。
ちょうど5周年になるのかな、このときは。すごい悩んだんですよ。
このままの歌い方でいいのかなとか。
この発声っていうか、このやり方でいいのかなとかいう悩みが出てきたときの。
いろんな苦難をしていたときの自分の声なんで」
寺島 「もっとよりよく自分も進化したいし、お客さまにも喜んでいただきたい?」」
氷川 「そうなんですよ。いちばん大事なとこ、そこですよね。
お客さまにもっと喜んでいただきたいというそういう思いでレコーディングした曲なので。
そのレコーディングしていた前後を思い出すんですよね。
すごく、名曲ですね~、『骨まで愛して』。」
寺島 「そうですね。城卓矢さんの昭和41年のヒット曲ですものね。
いやあ、でも、今、きよし君、この『演歌名曲コレクション4~番場の忠太郎~』を収録した当時っていうのは、そういう葛藤、悩みがあったというのは、初めて私も知りまして」
氷川 「レコーディングしながら泣いてましたので。
このアルバムのなかに入っている『青龍』っていう曲があるんですけれど、レコーディングしながら、うまく声が使えなくて、もう、号泣しながら歌っていました」
寺島 「そうなんですか~。それは自分で悔しい?」
氷川 「悔しくて...。
年齢とともに”カァーッ”って出していた声がコントロールがきかなくなってくるんですよ。
やっぱりちょっとこう、変えて。うまく出していくようにしてやっていたんですけどね」
寺島 「まあ~(そうなんですね~)。
一流の人には一流の悩みっていうのが、やっぱりあるんですね」
氷川 「とんでもないですけど。
ですからね、久しぶりにTさんのおかげでこの歌を聴かせてもらって感謝しています。
ありがとうございます」
と、この日も放送は「さすらい慕情」のフレーズが流れて終わりました。
その”氷川節”に幸せな思いにさせていただき、生きる力をたくさんいただいて今日も笑顔で、わたしはすごしているのだなあと、日々、きよしさんに”ありがとう”と心でお礼を言わせていただいています。
わたし、きよしさんの歌唱を聴いたときには、理屈はいつもどこかに吹き飛び、
ただただ、嬉しくて、幸せで...。
きよしさんが輝いているのはもちろんなのですが、きよしさんの周りも、そしてわたしの周りも、気がついたらわたし自身もまた輝きだしているように感じるのです。
そこにはただ、”ありがとう”という”感謝”の思いがあって...。
あとで少し落ち着いてから、なんであれほどに感動したのかしら?
と一生懸命考えて、あれこれと、とてもきよしさんの素晴らしさに追いつくことができないなあと思いながらも、書きとめずにはいられず、こうしてブログを(かつては手帳に)、その感動を綴っているのです。
”氷川節”に酔いしれ、深淵を覗き込むような感動を味わわせていただいたときには、
きよしさんが、デビュー前はもちろんのこと、デビューしてからまる15年間、どれほどの努力をされてきたのかを思うのです。
少し前に作家のよしもとばななさんのことを書かせていただきました。
大学の卒業論文として書いた小説「キッチン」が世に出て、またたく間にベストセラーとなり、人気作家となったよしもとさんが、語っておられた思い...(2月6日の記事です)。
※下記はその記事のアドレスです。
もしご興味ありましたら。
寺島さんの、”一流の人には一流の悩みっていうのがあるんですね”という言葉が心に響きます。
ではでは、皆様、またお逢いしましょう。
きよしさんは明日11日も明治座さんで昼夜公演です。
参加される皆様は、最高に素敵な夢の時間をおすごしくださいね。
さあ、皆様、きよしさんが明治座さんで、今日もがんばっておられると思うと、元気が出てきますね。
わたしたちも、がんばってまいりましょう!