2月になりました。
明日は2月2日。氷川きよしがこの世に誕生した日。
明日から16年目に突入ですね。

ということは、きょうは、きよしさんの”デビュー記念日イブ”。
お祝いは明日、あらためてさせていただくことにして、今日は、以前から書きたいと思っていた”おついたち”の話題をさせてください。

昨年の12月1日に、きよしさんがいたみホールでコンサートを開催された折、堺のお友だちのUさんが、1日だからと、”おついたち”のお赤飯をくださって、わたしは、そのとき、恥ずかしながら、1日にお赤飯をいただくという風習を初めて知りました。

古来、商家では、おついたち(朔日)を大切にし、今月もおついたちを無事に迎えられた喜びと、新たに迎えた月を、また息災で過ごせるようにと願いをこめ、お赤飯をいただいたということですが、それが転じて、一般の家庭でも、毎月1日には、お赤飯を食べて新しい月の無事を祈るという風習が生まれたそうです。


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昼の部と夜の部の間に、いたみホールのエントランスでこのお赤飯をいただきましたが、とてもおいしかったです。
そのときに、、近くにいらしたUさんのお知り合いの方にもうかがったところ、
”ああ、そういう風習あったわね~。子供のころ、うちなんて親が1日だけでなく15日にもお赤飯を炊いてくれていたんですよ”
とのお答えをいただきました。

とても素敵な風習だなあと感じ入って、帰宅してから、東京の下町育ちの母に聞いたのですが、母はそのような風習を知りませんでした。
堺に限った風習というわけではないとは思いますが、一般家庭はもちろん、今でも生活のなかにそのような風習が自然に残っていることに、中世に”東洋のベニス”といわれ、自治都市として栄えた”堺”の歴史の奥深さを感じたのです。
今月はこのご報告でいっぱいいっぱいでしたが、来月からは自分の生活に取り入れてみたいものです。



そして皆様、先の記事に、コメントをありがとうございました。
いただいたコメントを読ませていただきながら、キサー・ゴータミーという女性とブッダのお話を思い出していました。
有名なお話なので、ご存知の方も多いかと思いますが、
幼い子供を亡くしたゴータミーは、死んだ子供の死骸を抱いて、ブッダのもとに、”子供を生き返らせてほしい”とお願いにきます。
ブッダはゴータミーを理屈で説得するようなことはせず、
”子供を生き返らせてあげるから、ケシの実をもらってくるように”というのです。
ただし、そのケシの実は一度も、死者を出していない家のものでなければならないという条件がありました。
ゴータミーは必死になって探しますが、死者を出していない家は見つかりません。
彼女はようやく、誰もが、大切な人の死の悲しみを背負いながら、生きていることに気づくのですね。


皆様、ありがとうございます。
昨年の12月にカラオケにいき、叔母にきよしさんの曲をリクエストされたとき、”HKのど自慢”の課題曲は「しぐれの港」だったのに、なぜかきよしさんの「櫻」を歌いたくなったのです。
叔母とカラオケにいく機会もそれほどなく、ましてこれまでに歌ったことは1、2回。
そんなわたしが、叔母に「櫻」を贈ることができたことは偶然とは思えず、きよしさんのおかげで、悔いのないお別れをさせていただけたのだと、今になって思えてなりません。

明日は夕方まで、締切の原稿があるため、夜になりそうですが、お祝いの記事をあらためて書かせてくださいね。
そして3日には、”ちょっとした”サプライズを用意させていただけたらと思っています。

それではまたお逢いしましょう!