都内は朝から雪。
夜にはやむという予報ですが、このペースで降り続けたらかなりの積雪になるのでしょうか。
これから仕事で出かけるのでフル装備で外出します。
昨夜、仙台から帰ってきました。
北海道の皆様、お楽しみくださいませ。
他の地域にお住まいの皆様(わたしもそうですが)、全国放送をNHKさんに、リクエストしましょう。
それでは、できれば2月1日にまた記事を書きたいと思っています。
またお逢いしましょう。
26日の夜遅く、仙台に住む叔母が急死したのです。
このブログにも何度かその叔母のことを書かせていただいたことがありますが、わたしにとっては叔母というより、姉に等しい存在で、お別れのそのときまでずっと、”○○○お姉ちゃん”と呼んでいました。
スポーツジムに通い、定期健診でもどこも異常がない健康体で年齢は60代。
亡くなったその日も変わりない1日を過ごしていたそうです。
叔母は父の妹で、その夫である叔父は母の弟なので、親戚のなかでも近しく、叔母の一家の男の子2人兄弟は弟同然。子どものときから、わたしには4人の弟がいるようなものだと思ってきました。
父が新潟の佐渡ヶ島から東京に出て働いていたので、高校を卒業してからしばらくして、上京することを望んだ叔母は、わたしの両親の家の近くのアパートの一室を借りて東京での社会人生活をスタートさせたそうです。
なので、叔母はわたしが生まれる前からわたしのことを気にかけてくれ、わたしは自分の人生がスタートしたそのときから、優しい叔母の愛を当たり前のように受けていました。
昨年の12月の半ばに、末の叔父さんの家の次男(わたしにとってはいとこ)の結婚式があり、叔母にも会っていたので、27日の早朝、電話での突然の訃報をすぐには受けとめられずにいました。
12月のあの日、わたしたち(新郎側)の親族で夜、宴会をしたあと、12名ほどでカラオケに出かけたのです。
叔母に“HKのど自慢”の予選会に参加したことを話していたので、
「氷川きよしくんの歌を聴かせて」
と、リクエストしてもらい、
わたしは「惚れて一生」と「櫻」を歌いました。
そのとき、隣にすわっていた叔母が、とりわけ「櫻」をほめてくれたことが思い出されます。
今にして思うと、おたがいに魂の深いところで、お別れが近いことを感じていたのでしょうか。
その日の披露宴で、わたしが何気なく撮ったスナップの一枚が、いとこの、できるだけ最近のもの(写真)にしたいという思いから、叔母の遺影になりました。
あの楽しかった日から、年が変わったとはいえ、1か月半も経っていないので、
“みんな、どうしたの?”
といって、叔母が旅行にいっていただけだよと、ひょっこり姿を現してくれそうな気がしてなりません。
これから時が経つほどに、叔母の存在の大きさを、そしてそのかけがえのなさを、わたしは思うのでしょうね。
今回、祖父の葬儀のときからお世話になっているお坊さんに、
”定命(じょうみょう)”という言葉を教えていただきました。
昨年の12月の半ばに、末の叔父さんの家の次男(わたしにとってはいとこ)の結婚式があり、叔母にも会っていたので、27日の早朝、電話での突然の訃報をすぐには受けとめられずにいました。
12月のあの日、わたしたち(新郎側)の親族で夜、宴会をしたあと、12名ほどでカラオケに出かけたのです。
叔母に“HKのど自慢”の予選会に参加したことを話していたので、
「氷川きよしくんの歌を聴かせて」
と、リクエストしてもらい、
わたしは「惚れて一生」と「櫻」を歌いました。
そのとき、隣にすわっていた叔母が、とりわけ「櫻」をほめてくれたことが思い出されます。
今にして思うと、おたがいに魂の深いところで、お別れが近いことを感じていたのでしょうか。
その日の披露宴で、わたしが何気なく撮ったスナップの一枚が、いとこの、できるだけ最近のもの(写真)にしたいという思いから、叔母の遺影になりました。
あの楽しかった日から、年が変わったとはいえ、1か月半も経っていないので、
“みんな、どうしたの?”
といって、叔母が旅行にいっていただけだよと、ひょっこり姿を現してくれそうな気がしてなりません。
これから時が経つほどに、叔母の存在の大きさを、そしてそのかけがえのなさを、わたしは思うのでしょうね。
今回、祖父の葬儀のときからお世話になっているお坊さんに、
”定命(じょうみょう)”という言葉を教えていただきました。
仏教の考え方だそうですが、
人には、生まれるときに定められた寿命があり、そのことをいうのだそうです。
わたしたちは現世では、年とともに年齢を重ねていきますが、もし60歳が”定命”であるなら、生まれたときが”60”で、1年、1年、その数字が少なくなり、いずれは0になるということ。
今日は北海道内で、「北の大地コンサート 2015」が放送されますね。人には、生まれるときに定められた寿命があり、そのことをいうのだそうです。
わたしたちは現世では、年とともに年齢を重ねていきますが、もし60歳が”定命”であるなら、生まれたときが”60”で、1年、1年、その数字が少なくなり、いずれは0になるということ。
それは生まれてきたときに決まっていることで、どのようなお別れになろうとも、その人はみごとに天寿を全うしたのですよと。
今、その言葉を噛みしめながら、降る雪を見つめています。
昨夜は帰宅してから、「木曜8時のコンサート」の録画を見ました。
きよしさんの「玄海船歌」の熱唱に、ぼうっと聴き入りました。
きよしさんの歌声のあたたかさ、力強さを感じながら、この一瞬、一瞬の尊さをずっしりと感じて生きていきたいという思いにさせていただきました。
今、その言葉を噛みしめながら、降る雪を見つめています。
昨夜は帰宅してから、「木曜8時のコンサート」の録画を見ました。
きよしさんの「玄海船歌」の熱唱に、ぼうっと聴き入りました。
きよしさんの歌声のあたたかさ、力強さを感じながら、この一瞬、一瞬の尊さをずっしりと感じて生きていきたいという思いにさせていただきました。
北海道の皆様、お楽しみくださいませ。
他の地域にお住まいの皆様(わたしもそうですが)、全国放送をNHKさんに、リクエストしましょう。
それでは、できれば2月1日にまた記事を書きたいと思っています。
またお逢いしましょう。