あれ? と思うくらい日が短くなりましたね。
すっかり秋めいて、冬の足音も聞こえてきそうです。
あわただしくすごしているうちに、11月11日。
この間から書きたいと思っていた記事、のびのびになっていましたが、1並びの今日こそ、書かせていただきたいと思います。
ところで昨日は、山野楽器さんで「演歌名曲コレクション20~ちょいときまぐれ渡り鳥~」の予約をしてきました。
旧譜フェアに参加するべく旧譜を購入し、パネル展のチラシもいただいてきたのですが、アルバム収録曲の「一緒節」は、水木れいじ先生(作曲は岡千秋先生)が書いてくださっているのですね。
どんな曲なのかまだわからないのですが、すでにハマりそうな予感がしているわたしです。
山野楽器さんは、デビュー以来、きよしさんを熱烈応援してくださって、ありがたいですね。
今回も、銀座本店の正面にきよしさんのジャケットを飾ってくださいました。

掲載期間の後半に写メするつもりでいたのですが、
夜間にしか見に行かれず撮影環境がよくなかったので、
これはコロムビアさんの画像です。

ちなみにこちらは10周年。
今週は14日に開催される習志野文化ホールでのコンサートに昼夜参加させていただく予定です。
そして来週は、19日にアルバム発売。山野楽器さんで18日から3日間開催されるパネル展も楽しみですが、「NHK歌謡コンサート」、「きらめき歌謡ライブ」(NHKラジオ第一)に出演してくださり、どちらも生放送。
わたしは前後のコンサートに参加するので、観覧への参加は仕事状況で難しいかもしれませんが(その前に当選するかという問題もありますし)、嬉しさいっぱいの”HK黄金週間”になりそうな予感がします。
さて皆さま、11月6日の「月刊・氷川きよし」(デイリースポーツ)、ご覧になりましたか?
「ファンの方に支えていただいて今がある。携わる皆さんに支えていただいて今日がある。
1人の力では何もできない。多くの方が氷川きよしを支えてくださっている。
感謝の気持ちでいっぱいです。これまでを振り返っても、思い出はファンの皆さんとのことです。
どんな時も僕を見守ってくださり、僕の歌を愛してくださり。だからここまで歌ってこられたのです」
10月7日、8日に日本武道館で開催されたきよしさんのデビュー15周年記念コンサートを紙上再現してくださっていたのですが、そのなかでのきよしさんの言葉(部分抜粋しています)でした。
胸熱くなり、その言葉を、そして込められた思いを抱きしめたくなったのです。
きよしさんのデビュー15周年記念コンサートが大晴天&大成功に終わって、わたしもひとりのファンとしていろいろな思いを抱きました。
もともと富山旅行を予定していたので、10月28日に高岡市民会館で開催されるコンサートを申し込んでいたのですが、そのあと、宇治市文化センターでのコンサート(10月21日開催)のご案内をいただいて、15周年記念コンサートを終えたきよしさんが、新たな第1歩を踏み出されるその日に居合わさせていただいて、きよしさんの雄姿をこの目で見たいという思いがわいて...。
”京都なら日帰りできる”ということを、自分への言い訳(?)にして、前後の仕事を繰り合わせて参加させていただいたのです。
久々のコンサートに緊張されているとおっしゃるきよしさんでしたが、ひとまわりもふたまわりも包容力が増していることを感じて、ファンとしてその雄姿が誇らしく、そして幸せを感じたのでした。
そのことはレポートに書かせていただきましたが、それからまた、きよしさんのことを考えて...。
15周年ということでわたしが言いたいことは、ある意味、この一言に尽きるかもしれないと思ったのです。
それは、わたしは”氷川きよし”になれないということ。
きよしさんの肉体にわたしの魂が宿ったとしても、わたしは”氷川きよし”に絶対になれなかったということ。
あの肉体に、あの魂が宿ったからこそ、“氷川きよし”が、この世に生まれ、今日もまぶしいほどに輝いていてくださるのだということを。
あの肉体に、あの魂が宿ったからこそ、“氷川きよし”が、この世に生まれ、今日もまぶしいほどに輝いていてくださるのだということを。
今さらと思われるかもしれませんが、でも、あらためて心の底からそうはっきりと思ったのです。
デビューする前は、歌手を夢見るひとりの青年だったきよしさん。
苦労と挫折を重ねて、長良じゅん会長(当時は社長)と出会ってデビューした途端に大ブレーク。
長良会長は、”売れるか、まったくダメかのどちらかだと思った”と、のちの取材でおっしゃっていましたがキャンペーンが始まると前代未聞の大反響になり、名付け親の北野武監督は、”こんなに早く売れた人、見たことない”と語っておられました。
ほんとうにそうですよね。
そんな”氷川きよし”について、
きよしさんご自身も、ラジオ番組で、「一気に走り出した”氷川きよし”に追いつけないと感じたこともあった」とお話ししてくださったことがありましたが、その後1日も休むことなくひたむきに努力され、いつしかぴったりと追いつき、今は真の意味で一心同体でいらっしゃることを、ファンとして感じています。
これまで、わたしは、ほんとうに、きよしさんのことを、見て、見て、見て...。
見つめさせていただいてきました。
その歌を聴いて、聴いて、聴いて...。
と、こうして書いていて思い起こされるのは2004年の夏のこと。
炎天下のなか、銀座三越の屋上で開催されたイベントでのこと。
屋根のない櫓の上でスーツで新曲の「番場の忠太郎」を歌唱されたきよしさんの姿が鮮やかにうかびます。
デビュー以来、加速をますハードスケジュールの日々。
けれども疲れも暑さも微塵も感じていないかのような堂々とした歌唱を披露され、ハイタッチ会となったのですが”ハイタッチ”のはずが、きよしさんがひとりひとりの手を握ってくださったので、握手以上に素敵な体験になり、時間もその分相当に押してしまったようでした。
あとになって、その日、お母さまが大変な手術をされ、きよしさんが大きな心労を抱えていらしたことを知らされたとき、わたしは涙が止まりませんでした。
ああ、この人に一生ついて行こう。
心の底からそう思った瞬間でした。
そしてその翌日に開催された八王子市民会館でのコンサートの夜の部でのきよしさんのことも、忘れることはできません。
そのときのコンサートの最後の曲だった「玄海竜虎伝」まで唄い終えると、きよしさんは袴姿のままステージに膝をついてしまいました。
でも少しも揺るぎのない見事な歌唱でしたし、きよしさんは笑っておられ、そのあともアンコール曲を唄われて幕が降りたので、その身に起こっていた異変を、きよしさんはわたしたちに気取らせもしなかったのです。
わたしは、そのときのきよしさんの体調が極限状態にあり、命がけの歌唱だったことを、翌日の渋谷公会堂でのコンサートが延期になって、初めて知りました。
ほんとうに、真にプロフェッショナルであるということはなんて厳しく壮絶なものなのでしょう。
それにしても、あの内気で心優しいきよしさんが、どうしてそこまでがんばれるのでしょう?
きよしさんを何が支えているのでしょう?
わたしは、ずっとずっと考えていました。
そのことは少し前の記事に書かせていただきましたが、
それは”愛”にほかならないのだと、きよしさんを見つめていて、いつしか感じるようになったのです。
自分を愛してくれる人たちに喜んでほしい、笑っていてほしい。
自分のことで絶対に心配をかけたくない。
その思いが、 きよしさんを支えているのではないかと。
そしてその思いこそが”愛”なのではないかと。
きよしさんに確かめるすべはありませんが、でもそうなのではないかなと感じているのです。
「日々感謝して、1人1人の方を大切にできる人に成長したい。
歌で伝えていくことが一番大切だと思います。
この命ある限り歌っていきたい」
10月31日におこなわれたニューアルバム「演歌名曲コレクション20~ちょいときまぐれ渡り鳥~」のリリース取材会でのきよしさんの言葉。
11月1日の日刊スポーツに掲載されていました。
その取材会の報告記事には、
「つらい思いもしましたけど、ずっと見てくれている人たちはわかってくれているんだなって、感謝しました」
というきよしさんの真心こもった言葉も、きちんと載せてくださっていました。
わたしはこの言葉を目にして、取材会に参加された記者の方たちにも、きよしさんの思いがしっかりと伝わっていることを感じたのです。
そして、その思いをその記事を読むであろう、きよしさんのファンに、できる限りダイレクトに伝えてあげたいと思ってくださったであろうことも。
そのときは新聞を抱きしめました。
そして、これこそが”氷川きよし”の真骨頂であることを再認識したのです。
きよしさんはデビューする前から、出会った人たちに誠心誠意を尽くして接し、ひとり、またひとりと、その歌声と笑顔を届けてきたのでした。
どんなにスターになってもひとりの人間であることを大切にしてきた、きよしさん。
その生き方はこれからも揺らぐことはないのでしょう。
そして、これこそが”氷川きよし”の真骨頂であることを再認識したのです。
きよしさんはデビューする前から、出会った人たちに誠心誠意を尽くして接し、ひとり、またひとりと、その歌声と笑顔を届けてきたのでした。
どんなにスターになってもひとりの人間であることを大切にしてきた、きよしさん。
その生き方はこれからも揺らぐことはないのでしょう。
いやん、きよしさん、ますます惚れちゃってます。
もう、困っちゃう!
なんて、心の声、吐露してしまって、ごめんなさい。
掲載時に、ふれられないままでしたが、10月9日の「日刊スポーツ」に掲載されたコラムを紹介させてください。
文化社会部の記者の方が持ち回りで書いておられる”ブンシャ発”。
松本久記者が、
すでにお読みになられたかたも多いかとは思いますが、あらためて。
“氷川きよし 幸せの伝道師15年”
たった1人でも、誰かを幸せにすることは難しい。
それなのに、数千人を1度に幸せな気分にできるなんて何てすばらしいことか!
7日に行われた歌手氷川きよしのデビュー15周年記念コンサートを取材して、そう痛感した。
氷川といえば、デビュー当時から、年配の女性ファンに圧倒的に支持されてきた。
この日も、公演会場の日本武道館の最寄り駅、東京メトロ九段下の改札口から、その年代の女性たちが列をなしていた。
駅から地上に出た後、武道館までは結構、傾斜のきつい坂になっている。杖をついて、娘に背中を押されながら、ゆっくり歩くおばあちゃんたち。車椅子を押してもらいながら会場を目指す女性もいる。
みんなが、氷川に会いたい、歌を聞きたいという一心だ。
公演中、ファンの人たちは、手にしたペンライトを振りながら本当に楽しそうにステージを見つめている。
「きよしぃ~」「きよしく~ん」と叫ぶ声 も弾んで聞こえる。
氷川が何度も感謝の言葉を投げかけ、そのたびに、うんうんとうなずく。
会場中が醸し出す「幸せの一体感」を、同じ空間にいると肌で感じ られる。
この時、氷川は会場の約8000人に間違いなく幸せを届けていた。
たった1人の人でも幸せにするのは難しい。
それを1日に数千、数万人単位で15年も続けてきた氷川。
幸せの伝道師にこれからも注目していきたい。
【松本久】
皆さま、またお逢いしましょうね。