皆さま、こんばんは。
なら100年会館で開催されたコンサートのご報告、お時間いただきました。
先に、5月21日にリリースされた「氷川きよしの昭和の演歌名曲集」が発売当日のオリコンアルバムデイリーランキング総合で第4位になったそうですね。
上位5曲の顔ぶれを見ると、演歌でのランクインはあり得ない(あり得たわけですけど・笑)くらいの素晴らしい快挙。
うれしいですね。
氷川きよし様、
皆さま、
おめでとうございます!!
それでは時計を1日前に戻してなら100年会館でのコンサートに戻ります。

夜の部のラストトークでのことでした。
「命ある限り唄ってまいります。
僕は、歌で伝えていきます」
わたしは、そのきよしさんの言葉に胸がいっぱいになりました。
それが、きよしさんからわたしがいちばん聞きたかった言葉だったかもしれません。
出逢ったその日から、どんどん”氷川きよし”が好きになって、好きという思いはもちろんのこと、感動や夢というものに”果て”などないのだということを、きよしさんに教えていただいてきたわたしでしたが、こんなにまできよしさんのことを頼もしく、そして好きだと思ったことはありませんでした。
オープニングから拍手と大歓声。
きよしさんの熱唱が続いて。
股旅姿に着替えての登場されたきよしさんは「箱根八里の半次郎」のイントロが流れるなか、
「1年ぶりやのう、盛り上がろうや~」
とご挨拶されながら下手側に進まれたのです。
歌も1曲1曲、磨きがかかって、
わたしがこの日、もっとも感動したのは「あばよ」でした。
「あばよ」のきよしさんの歌唱に、先読みできないスリリングな面白さを感じてドキドキしてしまったのです。
唄うほどに進化するというのは、きっとこういうことを言うのでしょうね。
この日は「番場の忠太郎」では、セリフの前で伴奏がピタリと止まって、一瞬沈黙が漂ってから、きよしさんがセリフを発するのですが、そちらにもドキッとさせられましたし、
続いての「大利根ながれ月」では唄い終えると、先日の「NHK歌謡コンサート」の終演後のアトラクションで見せてくださった見事な(?)千鳥足の演出も加わっていてました。
続いての「大利根ながれ月」では唄い終えると、先日の「NHK歌謡コンサート」の終演後のアトラクションで見せてくださった見事な(?)千鳥足の演出も加わっていてました。
”これでいい”と限界を作らず、常に新しい気持ちで臨んでいるからこその諸々に、幸せな気持ちになったのですが、この日、 「きよしのドドンパ」のインストロメンタル演奏での松本さんのエネルギッシュなパフォーマンスに驚き、感激してしまいました。
どれほど、丸山さんがHKピュアリバーの一員として演奏することを幸せに思い、”氷川きよし”というアーティスト、そして彼の作り出すコンサートを愛しているのかを感じたのです。
おこがましいのですが、誰より、きよしさんにあの丸山さんのパフォーマンスを見ていただきたいと思ったわたしでした。
「あばよ」を唄い終えると、オープニングトーク。
「奈良っていいですね~。夜の部、最高!」
きよしさんは、そうおっしゃると、ぴょ~ん! なんとその場で大開脚ジャンプをしてくださいました。
とてもとてもきよしさんが喜んでくださっていることがダイレクトに伝わってきて、胸がきゅーんとしてしまったのです。
3階席から順番に目と目を合わせ、言葉を交わしていきます。
”ヤッホー!”というきよしさんが呼びかけた声に、大きな”ヤッホー!”が返ってくると、思わず、
「いいですなあ」
なんておっしゃったきよしさんでした。
「皆さんがずっとついててくださるから。
離れていても心がつながっているから」
というさらなるきよしさんの言葉に、
場内から、”当たり前でしょう。何を今さら!”という声、声、声...。
熱い客席の反応に照れてしまった様子のきよしさん、わざと、
「えっ? そうでもない(笑)」
なんて余裕の発言をされたのでした。
もう、なんだかこれって恋人同士の会話になっちゃってませんか?
そして、きよしさんは客席に揺らめく真心いっぱい、愛たっぷりのたくさんのボードに、”皆さんの真心が嬉しいです”とおっしゃったあと、”うんうん”とうなづきながら眺めていらしたのですが、
そのなかに、
わたしからは見えませんでしたが、”バンして!”と書かれているもの(アルファベットで書かれていたかもしれませんが、ここではカタカナで書いておきますね)があったそうで、きよしさんが、
「”バンして!”ってどういう意味なんですか?」
とおたずねになったのです(笑)。
客席からの複数の説明の声に耳を傾けていたきよしさんは、指をピストルの形にして”バン”と(その方を)撃つ仕草をしてほしいという意味だとわかると、”なるほどそういう意味なんだ~”という感じで、”バン!”とおっしゃってその方に人さし指を向けたのです。
”きゃあっ、うれしいっ!!”と大熱狂の場内に、きよしさん、”へえー”という感じで笑っておられたのです。
そして、
「そんなことで喜んでいただけるんだったら、僕、何でもしますよ~」
と、さらにおっしゃったのでした。
皆さま、もし、きよしさんにそんなふうに言われたら、何をおねだりしますか?
わたしは、舞い上がって何もうかばないだろうと思うのですが、逆に舞い上がりすぎて、とんでもないこと(今は想像もつきませんよ!)、おねだりしてしまうかもしれません(笑)。
そして「ネプリーグ」(19日に放送)の話題になると、きよしさんのテンションが一気にあがりトークが止まらなかったのですが、何となく客席の反応が静かだなあと思っていたら、あら大変。
関西地区では関西テレビさんで放送されるのですが、放送日が25日(関東では19日に放送)だということが判明したのです。
きよしさんは、
「そうなの?
ほんまに~? (だったら)言ったらあかんかったな、(でもほとんど)言ってもうた。どうないしよ?」
と、関西弁、炸裂させられたのです(笑)。
きよしさん、大丈夫。
結果よりも、そこに至るきよしさんのやりとりを見るのが、皆、楽しみなんですから。
ね、皆さま。
そして6月19日に放送される「ごきげん歌謡笑劇団」のインフォメーションを司会の西寄ひがしさんがしてくださると、
「(”ごきげん歌謡笑劇場”)の収録で、僕は(演じていて)面白おかしくやらせていただいていたのですが、(ご覧になっていて)涙を流してくださっている方もいたんですよ。
親子の情愛のストーリーなんです」
と、きよしさんが収録の様子をお話ししてくださいました。
どんなお芝居なのでしょう?
そしてきよしさんがどんな役でどんな演技を見せてくださるのでしょう?
いっそう楽しみになってきました。
そしてきよしさんがどんな役でどんな演技を見せてくださるのでしょう?
いっそう楽しみになってきました。
諸々インフォメーションのフィナーレは、なんといっても前日5月21日にリリースされた「氷川きよしの昭和の演歌名曲集」の話題でした。
「母から、”昨日、レコード屋さんに行って、CD2枚買ったよ。レコード屋さんにちゃんとおいてあったよ”って。
写メールだったんですけど、画像が半分切れていて(笑)。
でも、”きよしは唄うことが使命だからね”って書いてくれていて、嬉しかったです」
と、ほんとうに幸せそうなきよしさんでした。
そして、このアルバムを作るきっかけになった、新年のレコード屋さんへのご挨拶まわりでの出来事をお話ししてくださいました。
当時、コンサートでもお話しくださっていたので、このブログにも書かせていただきましたが、事務所へのご挨拶をすませたあと、せっかくなので売り場にも立ち寄らせていただいたところ、3名のご年配の男性がいらして。
そのときに、もっと昭和の名曲、特に古賀メロディーを唄ってほしいと言われたことが、きよしさんの心に残ったのだそうです。
もしかしたら当初はアルバムを出すというようなことではなく、過去にトライした楽曲にご自身で再挑戦する試みを始められたのでしょうか?
その研鑽の積み重ねのなかで、新録で選りすぐりの12曲を”36歳の氷川きよしの声で”聴いていただきたいというアイディアが生まれ、今回のアルバムという素敵なプレゼントへと結実させてくださったのかしら? と勝手ながら想像しているのです。
さあ、そして質問コーナーになりました。
今回も5名の方の質問が読まれました。
お1人目は訪問介護のお仕事をされていらっしゃる2階席の方。
”訪問先にきよし君のファンの方がたくさんいます。いつもきよし君の話で盛り上がり、歌を唄うときもあります。
そんな皆さんに何かメッセージをいただけないでしょうか?”
そんな内容だったかと思います。
「皆さん」
きよしさんはそう言いかけてから、
「アレンジしないでそのまま伝えてくださいね(笑)」
と前置きされて(うわっ! わたしには耳の痛いお言葉でございます・ちなみにメモしきれず、以下はアレンジ入っておりますこと、ご了解くださいませ)、
「氷川きよしと申します。
いつも僕の歌をお楽しみくださって大変光栄です。
皆さんが、これからもずっと健康でお元気でいてくださることを、
東京の空の下で祈っております。
(どうか)お元気で笑顔でいてください」
きよしさんは、ひとつひとつ言葉を選びながら、そうおっしゃって、ふうっと一息つかれると、
「伝わるかなあ?」
とおっしゃたのです。
もう、きよしさんたら、伝わりますとも。
お2人目はずっときよしさんを応援してくださってきた方で、自分も年齢を重ねて、ペンライトの振り方ひとつをとってもかつての勢いはないなあと思われているそうで、
”きよしさんも20代から30代になって感じるそういう思いはありますか?”
と、そんな内容だったかと思います。
「あんまり考えても仕方ないないし、そういうことを思っていくとネガティブになっちゃうから。
年齢を重ねることは幸せを重ねることだと思っていますから」
”ねっ、皆さんもそうでしょ?”
というように、きよしさんは客席に向かって、微笑みかけたのでした。
3人目は大阪からいらした90歳の方。
”(きよし君に会うために)どこにでも行きます。がんばってください!”
と心強いメッセージをくださり、皆でその方に大きな拍手をさせていただきました。
4人目は1階席下手側の車椅子席の方。
ビデオでは毎日、きよしさんをご覧になっているけれど、”生きよし君は久しぶり”と、大感激の様子が伝わってきたのですが、その方が宇治からいらしたということを聞いて、きよしさんが奈良県内と思われるような発言をされたので(言葉のあやですよね、きっと・笑)、
あちこちで、”えっ? 宇治は京都じゃないの”という声がおこって(笑)。
前方席の方が、きよしさんに、宇治は奈良県じゃなく京都府なのだということを説明してくださっていたようです。
西寄さんが、皆の声に、
「えっ? わたしがそう言いましたか?」
なんて確認されていると、前の方からお話をうかがっていたきよしさんが、西寄さんに向かって、
「僕です。だから、今、指摘されて、怒られているんです(笑)」
とおっしゃったのです。
最後は東京からご夫婦で参加された3階席の方。
”私たちは、あさって35回目の結婚記念日を迎えます。
きよし君、20年、30年と唄い続けるようにがんばってください”
とのメッセージとともに、今回リリースされた「氷川きよしの昭和の演歌名曲集」のように、カバー曲を唄うことへの思い(こだわりだったでしょうか)について質問してくださいました。
「歌謡曲の黄金時代の名曲ばかりで。
僕の先輩方のなかにはリアルタイムでその曲をお聴きになっている方もいらっしゃいますが、僕はリアルタイムでは聴いていないので、自分の、僕なりの花しか咲かせられません。
だから僕らしく唄って、僕らしく表現しています」
素敵なご夫婦のおかげで、きよしさんのそんな熱くひたむきな思いを美しい言葉で聞かせていただけて、じんときてしまったのでした。
と、ここで、
「西寄さん、ふなっしーの真似、上手なんですよ(笑)」
と、きよしさん、突然の発言(笑)。
西寄さん、一気に”ふなっしー芸(声真似)”を披露してくださって、大うけになりました。
ふなっしーの声真似ですから超早口。なので何ておっしゃったのかを記憶していませんが(笑)、ほんとうにそっくり!
それに、われらが司会者・西寄ひがしさんですから、本物のふなっしーより美声なんですもん(喜)。
すっかりわいた場内を見渡して、3階席のご夫婦に、
「これからも夫婦(めおと)で仲良く、ケンカをせず、手を、ええと、うーん、なんて...」
と言葉を探すきよしさん。
”手をとって?”
という場内の声に、
「うーん、そう、いや、そうじゃなくって...。
そう、手を携えて、共に歩んでいってください」
そう、手を携えて、共に歩んでいってください」
というようなことをおっしゃったかと思います。
そして再び、ふなっしーの話題になると、
「ふなっしー、やりますと、息が切れて...」
と、ほんとうに息も絶え絶え(?)の西寄さんでしたが、”もっとやって~!”という場内の声に応えて、再び披露してくださったのです。
皆さま、そのとき、誰よりも喜んでいたのは、そうなんです。
”われらが氷川きよし様”でございました(笑)。
きよしさんの歌声は冴え渡り、「一剣」1曲を残すところで、ラストトーク。
「今年15周年に突入させていただきました。
皆さんに作っていただいた歌の道です。
次の目標は大きくいうと、20周年です。
僕は皆さんが楽しい、嬉しい、幸せな景色が見られるようにがんばってまいります。
引き続き、氷川きよしをよろしくお願い申し上げます。
命ある限り唄ってまいります。
僕は歌で伝えていきます!」
この記事の冒頭ですでに書かせていただきましたが、わたしはきよしさんのその言葉で胸がいっぱいになっていました。
きよしさんは、アンコールの4曲を唄い終えると、
「皆さん、お元気で~」
とおっしゃったあと、渾身の力を込めるようにして、
「笑顔で~!」
とおっしゃってくださって、わたしにはその言葉が、胸にぐっと迫ってきたのでした。
終演後、お隣の席の方とお話ししたときに、お話の流れでわたしが東京から来て、一昨日の「NHK歌謡コンサート」の観覧に参加させていただいたという話題になると、
「そうなんですか、それはありがとうございました」
とその方がていねいにお礼をおっしゃったので、わたし、一瞬、えっ、何でわたしにお礼を? と耳を疑ってしまったのです。
その方は「ときめきのルンバ」をきよしさんが唄ったときに聴こえてきた客席からの声のあまりの大きさに、感動してテレビの前で涙が止まらなかったのだそうです。
その方は「ときめきのルンバ」をきよしさんが唄ったときに聴こえてきた客席からの声のあまりの大きさに、感動してテレビの前で涙が止まらなかったのだそうです。
「きよし君を思う気持ちや、絶対に負けないぞというファンの結束の固さ、ほんとうにすごいなあって思って。
番組が終わったあと、5人ほどのきよ友さんと、
”よかったね、応援にたくさんの人が行って、あんなに一生懸命、きよし君を応援してくれて、ありがたかったね、きよし君、すごく嬉しそうだったよね”
と話したんです。
ほんとうにありがとうございました。
でもあのかけ声、事前に練習したわけではないんですよね」
と。
そうなのです。かけ声、練習したわけではなかったので、NHKさんもかけ声が入ることをご存じだったとは思いますが、まさかあの大音量で入るとは予想していなかったと思うのです。
そうなのです。かけ声、練習したわけではなかったので、NHKさんもかけ声が入ることをご存じだったとは思いますが、まさかあの大音量で入るとは予想していなかったと思うのです。
その方は、明日24日の大東市立総合文化センターと、翌25日の枚方市市民会館でのコンサートに参加されるそうなので、”応援をよろしくお願いします”と、今度はわたしのほうがきよしさんの応援をお願いしてきたのでした。
そして、エントランスまで行くと、
堺のヤマブキレコードさんのご縁でお逢いしたお友だちの姿が。
わたし、その方が事前にご連絡くださったのに意味をきちんと理解できていなかったのですが、お仕事でコンサートには参加できないのに、わたしが奈良のコンサートに参加するので終演に間に合うように堺から来てくださって、ヤマブキレコードさんたちや堺のファンの方たちの思いも聞かせてくださったのです。
おいしいパンまでいただいて、ほんとうにありがたさで胸がまたいっぱいになってしまいました。。
きよしさんを通じて、こんなにも深くたくさんの方たちと心をひとつにして繋がっていることを感じて、またも感動していたのです。
※こちらは、なら100年会館の全景です。

今月に入ってから、ずっと気を張ってすごしてきました。
「NHK歌謡コンサート」の、きよしさんの見事な歌唱と目も眩むような輝きに、惚れ惚れとし心から癒されたわたしでしたが、ホッとしたら、気張って日々を過ごすために心にふたをして考えないようにしてきた思い(そのことを考えたら一文字も書けなくなりそうだったから)が襲ってきたのです。
きよしさんがあれほど素晴らしい歌唱をしてくださったのに、自分のなかに閉じ込めていたネガティブな思いが噴出してきて、止めようがありませんでした。
きよしさんはもう前を向いて歩いているというのに、勝手に心が辛かったそのときに戻ってしまい、きよしさんが想像を絶する辛い思いをされたであろうそのときの様子が(そのようなことを考えること自体、勝手で失礼なことなのかもしれませんが)、頭にどんどん浮かんできて、どうしても離れなくなってしまったのです。
それこそが自分が勝手に思い描いて作り出した”地獄”のような底なし沼だったのでしょうか。
なぜ、きよしさんが、そんな思いをさせられなくてはならなかったのですか?
問うても、答えはどこからも返ってはきません。
そして、わたしは、そこから抜け出せなくなって、やるせない思いがわいて止められず、それは京都で過ごしても癒されるものではありませんでした。
問うても、答えはどこからも返ってはきません。
そして、わたしは、そこから抜け出せなくなって、やるせない思いがわいて止められず、それは京都で過ごしても癒されるものではありませんでした。
でも、昨夜のコンサートで、
きよしさんの歌声を聴いているうちに、
わたしのなかにこんな声、そしてイメージがわいてきたのです。
以下は勝手な妄想とスルーして読んでいただけたらと思うのですが、
”心配してくれて、一緒に泣いてくれてありがとう。
でも、苦しむのは僕だけで十分。
僕はもう前を向いて歩き出しているからね。
僕は、あなたが笑顔になるためだったら、これからどんなことだってする。
だから今日も笑ってよ。
さあ、僕の手にしっかりつかまって”
わたしは、その手にしっかりつかまりました。
”よいしょっ!”
力強いその手の主は、そういって一気にわたしを、底なし沼から引き上げてくれたのです。
聴き手にさまざまな力を与えてくれる、”氷川きよし”の歌唱のすごさを身をもって感じさせていただき、今、わたしの心にはむくむくと勇気がわいてきています。
また心を込めて、書いていきたいという気持ちにさせていただきました。
皆さま、ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
明日は「咲かせて きよし 歌の花」でお逢いしましょう!