皆さま、こんにちは。
今日は、「氷川きよし節」(文化放送)で、「涙を抱いた渡り鳥」が流れましたね。
もう、最高!
以前カバーしてくださった頃にも、その歌唱を聴かせていただいて胸がすく爽快感に心地よくさせていただきましたが、今回、こちらの曲もキーを前回収録時より半音上げて唄っておられるのだそうです。
”技”も随所にさり気なくきかせていらっしゃるのでしょうし、詩の理解もいっそう深まっていることでしょう。
それを、”ぜひ聴き比べてみてくださいね”とにこやかにおっしゃるきよしさんに、これまでの歩みへの自信を感じさせられるのです。
その「涙を抱いた渡り鳥」も収録されている「氷川きよしの昭和の演歌名曲集」がいよいよあさって5月21日に発売されますね。
わたしは1日早く、明日、山野楽器さんで受け取って、その足でNHKホールに向かう予定です。
また、ブログに書くタイミングがなかったのですが、実は22日に奈良にまいります。
別の用事を組み入れたので前日に関西入り(きよしさんも大阪の番組に出演されるようですね)し、当日は夜の部のみの参加(昼の部は落選してしまったのです・涙)します。
わたし、きよしさんとの思い出の投票の参考資料をまとめているときに、きよしさんの15周年というこの年に、長良じゅん会長が不慮の事故で旅立たれたあのときに、きよしさんがどんな思いであのステージに立たれたのかをわたしなりにあらためて感じ取ってみたいという思いがわいて、申し込んだのです。
それからお待たせしている記事、明日の「NHK歌謡コンサート」の前までには途中でもアップしてみたいと思っていますので、もう少しお待ちくださいね(って、読んでみたら、たいしたことないなって思われてしまうかもしれませんが、そのときはごめんなさい)。
さて、今日の1曲ですが、カバー曲が2曲続いたところで、書かれていたのは、オリジナル曲。
「白虎(とら」でした。
2005年11月23日にリリースされた「演歌十二番勝負~面影の都~」に収録されていますね。
勇壮で、あらためて聴き直すと、歌詩も素晴らしくて。
15周年にはこの「白虎」を含む”四神”の歌を唄ってほしいなあなんて、思ってしまいます。
「白虎(とら)」
作詩:麻こよみ
作曲:杜奏太朗
作曲:杜奏太朗
編曲:伊戸のりお
飛び散る火の粉 振り払い
千里の道を 駆け抜ける
夢をこの手に つかむためならば
懸(か)けて悔いない この命・・・・・
俺は若虎(わかとら) 血潮が騒ぐ
荒野に咲いた 一輪の
色は薄紅 可憐(かれん)花
愛する者を 守るためならば
たとえ嵐も 受けて立つ・・・・・
俺は若虎 弱音は吐かぬ
己を信じ どこまでも
天に恥じない 心意気
夢をこの手に つかむためならば
遥(はる)か地の果て まっしぐら・・・・・
俺は若虎(わかとら) 後には引かぬ
飛び散る火の粉 振り払い
千里の道を 駆け抜ける
夢をこの手に つかむためならば
懸(か)けて悔いない この命・・・・・
俺は若虎(わかとら) 血潮が騒ぐ
荒野に咲いた 一輪の
色は薄紅 可憐(かれん)花
愛する者を 守るためならば
たとえ嵐も 受けて立つ・・・・・
俺は若虎 弱音は吐かぬ
己を信じ どこまでも
天に恥じない 心意気
夢をこの手に つかむためならば
遥(はる)か地の果て まっしぐら・・・・・
俺は若虎(わかとら) 後には引かぬ
※皆さま、駆け足での更新で失礼します。
今日は夕方から夏木ゆたかさんの「ホッと歌謡曲」にきよしさんが出演されますね。
今から楽しみです。
以下はひとりごと。
いくつかの媒体に、余波や残響のような記事や諸々がちらほら。
そのなかに、書かれていた”無垢なるファン”、あるいはステージ外のことは不問というような言葉を読んでいて、あれ、これってわたしのこと言ってるのかしら?
と、今頃、自分にも大きな悪意が向けられていたことに気づいたのです。
そう思ったら、少し見えてきたものがありました。
あの方たち、おかしな記事や諸々にファンがショックを受けて、コンサートに皆が来ないとか、離反するとか、そんなことを期待していたんですね、きっと。
でもコンサートはどこも満員御礼。
幕が開く前から拍手や手拍子が鳴って...。
自分たちがありったけの力で痛めつけたはずなのに、氷川きよしのファンはなぜ変わらずコンサートに足を運ぶのだろう?
氷川きよしを求め、その歌を聴き続けるのだろう?
”わけわからん!”(きよしさん用語です・笑)と。
大上段に構えてのものいいながら、その実は精彩に欠ける文面に、あの方たちが歯噛みしているように感じられたのです。
そもそも、きよしさんの歌をちゃんと聴いたこともない方に、”氷川きよし”の何がわかるというのでしょう。
だいたいファンというものは、無垢であるものなのです。
皆さん、とてもとても傷ついたと思います。
涙もいっぱい流したと思いますし、あまりのことに泣くこともできない方もおられたでしょう。
だってファンであるわたしたち目がけての礫がたくさん含まれていたのですから。
ほんとうに、どうしたら、そんなにひどいことができてしまうのでしょう?
わたし、一時は書かれたひとつひとつを論破したい気持ちもわきました。
でもそれは親しくしている方たちとのやりとりのなかで、あまり意味のないことだと気づかされ、ブログに書くことはやめたのです。
だって論破しても、また、”じゃあこれは何でなの?”と、当事者でないのですから、結局堂々巡りを繰り返してしまうのですものね(まさにそのことを友人たちがわたしに、辛さを乗り越えて本音を伝えてくれたことで教えてくれたと思っています)。
そこで立ち戻ったのが”歌・命”。
迷いそうになったときに、”氷川きよし”の歌声のもと、皆さんと一緒にその日同じ1曲を聴かせていただいてきて、ほんとうによかったです。
今日で13曲目になりましたが、その間、考えて、考えて、考えて...。
わたしなりに思ったことがあります。
それは、理不尽な諸々を、これから”氷川きよし”が、その歌唱と存在で晴らしていくのだということ。
それが、”氷川きよし”らしいリベンジであり、また”氷川きよし”だからできるリベンジなのではないでしょうか。
いくら言葉を尽くしても、裁判で争って勝利しても一度着せられた汚名や疑惑は完全には晴れません。
でも、”氷川きよし”なら、その歌声と輝きできっとそのすべてを晴らすことができるでしょう。
わたしはそう思っています。
そして、わたしたちの心の痛みや傷もまた”氷川きよし”が癒してくれることでしょう。
その第1歩ともいえる明日の「NHK歌謡コンサート」、オープニングを飾るきよしさんに、精一杯のエールを皆で贈りましょう!
わたくしごとですが、今年に入ってブログをやめることをずっと考えてきました。
皆さんにもそのことで驚かせてしまい申し訳なかったのですが、理由をちゃんと説明できていませんでした。
”氷川きよし”が、国民的歌手というにふさわしい人気・実力を兼ねそなえるようになり、その素晴らしさを多くの人が知っている今、
わたし、きよしさんについて、今さら、あるいはこれ以上何を語りたいのかしら? と自分に問いかけるようになっていたのです。
コンサートの様子も、多くの方が書かれているので、情報にも事欠きませんし、また書きたいことが少し書きにくい状況もありましたので、そのブログを書くエネルギーを仕事の上での自分なりのまとまった作品を仕上げていくことに向けていこうかという思いもありました。
でも、今はまた書きたいことがたくさんたくさんわいてきています。
きよしさんの初めての座長公演である「草笛の音次郎」は、2003年に中日劇場、新宿コマ劇場で開催され、年明けての2004年に新歌舞伎座でフィナーレを迎えました。
わたしは、その新歌舞伎座での千秋楽の日に、きよしさんに宛てた手紙に、
”まだ準備不足ではあるけれど、いずれ、”天晴れHK伝説”というタイトルで、きよしさんの魅力や様々な思い出を書いてみたいと思っている”ことを書かせていただいたのです。
自分が出会って、その軌跡(奇跡)に居合わさせていただいている”氷川きよし”は、人から人へとその魅力が語られ、伝わり、どんどん広がっていく。
出逢った(媒体を通してであっても)人たちの心を動かすことのできる歌手。
その存在は、いずれ生きている伝説にさえなると思ってのタイトルでした。
あれからまる10年が経っていることを思うと、感慨ひとしおです。
長いひとりごとになり失礼しました。
またお逢いしましょう。
今日は夕方から「夏木ゆたかのホッと歌謡曲」に生出演。
夜は「ネプリーグ」の放送があり、きよしさんにお逢いできます。
楽しみです。
今日は夕方から「夏木ゆたかのホッと歌謡曲」に生出演。
夜は「ネプリーグ」の放送があり、きよしさんにお逢いできます。
楽しみです。