「かあさん日和」のイントロが流れてきました。
五反田ゆうぽうとホールで5月2日に開催されたコンサート・夜の部でのことでした。
きよしさんはステージ中央のステップに腰をおろしてワンコーラス目を唄うことになっていますが、まだ明かりがつかない状態のとき、客席から声援が聞こえるたび、すわったままその場で会釈している様子が、そのシルエットで見えました。
イントロは最初ピアノソロで奏でられ、その後、アコースティックギターとバイオリンが加わります。
きよしさんはワンコーラス目をにこやかに唄い出し、次第にその歌唱に熱がこもっていったのですが、ワンコーラス目を唄い終えても、まだすわったままでした。
2コーラス目もそのまま唄い出されて、そして、2番の歌詩の最後、「♪親子弁当水入らず」のところで、涙声になり、声を振り絞るようにして唄われたのです。
きよしさんの抑えていた思いが堰を切ったようにあふれ出てきたのでした。
「♪お参りしようね 観音さまへ...」
あふれる涙をこらえて、一節、一節きよしさんは唄います。
拍手の音、”きよし!”という声援、きよしさんと一緒に歌う声...。
わたしも、泣いて、泣いて...気づいたら声をあげて泣いていました。
愛するきよしさんをこんなにまで傷つけて、許せない。
絶対に許せない。
わたし、本気でそう思ったのです。
でも、唄い終えた瞬間、きよしさんは笑顔になっていました。
そんなきよしさんを見ていたら、ネガティブな感情にとらわれていては、傷つけた人たちと同じレベルになってしまうということに気づかせていただいたのです。
 
舞台が暗転して、きよしさんが舞台袖に戻られると、司会の西寄ひがしさんが登場し、”氷川きよし”のヒストリーを語ってくださいますが、西寄さんも涙ぐまれていました。
このときの西寄さんのナレーションで、デビューを夢見ていたものの、なかなか決まらずにいたときに、きよしさんががんばる様子を、”よし、明日こそ!”という言葉を繰り返すことで表現されていたのですが、その語りは、ご自身はもちろん、皆を励ますエネルギーに満ちているように感じたのです。
 
オープニングトークでお父さまの話題が出ると(詳細はあらためて書きますね)、
「いくつになっても親は親ですね。
昨日も電話してきてくれて、
父は、”余計なことを考えないで唄えばいい”と言ってくれました。
母には、”からだに気をつけなさいね~”って言ってもらって。
親より自分のほうがずっと強いと思っていましたけど、親に励まされました。
あれ、そんな(強い)親だったっけ? って思って。
ありがたかったですねー」
きよしさんはしみじみそうおっしゃっていました。
 
幕が開く前から、この日も手拍子が起こり、”きよし~!”と、そこここでかけ声がしてきたのです。
「あばよ」を唄い終えたオープニングトークでは、
「よく来たね~。みなさん、うれしいです。ようこそ、ようこそ、うれしいです!」と、元気いっぱい、うれしさいっぱいのきよしさんでした。
「あばよ」が8年前の曲であることを西寄さんとのトークで話題にされたのですが、衣裳も8年前のものをリニューアルさせたということでした。
マリンルックをほめられたきよしさんはサッと敬礼して、
「出発進行!」とおっしゃったのです。
そして5月21日にリリースされる「氷川きよしの昭和の演歌名曲集」の話題になりました。
「シングルのあとは『演歌名曲コレクション』かな? と皆さん、先読みしてくださっていたかもしれませんが、今回は15周年ということで、スタッフの皆さんが考えてくださって昭和の名曲を12曲収録したアルバムを出させていただくことになりました。
今の僕の声で素直に唄っていますので、楽しんでいただけたらと思います」
とここで、きよしさんの歯が1本抜けていることが判明したのです。
「差し歯が取れて、仮歯にしたのですが、歯医者に行く時間がなくて...。
そうしたらさっき仮歯が取れちゃったんですよ。
アロンアルファでくっつけようかと思ったんですが、よくないって言われたから。
だから歯が抜けてます~!
二ヒヒヒヒヒ~!!」
と、わざと唇の端をつり上げて歯が抜けているところを見せてくださった、きよしさんは、いたずらっ子みたいにはしゃいでいるように見えたのです。
ここでこの記事の冒頭に書きましたが、お父さまの話題になりました。
「歯が抜けている顔を鏡で見たら、誰かに似てるなーって思ったんです。
誰かなあと思ったら、父に似ていたんですよ(笑)」
そんな話題から、1日にお父様が電話してきてくださったことを少しお話しされたのでした。
 
そして、この日の”熱烈応援”に感謝されて、お礼をしきりにおっしゃったあと、きよしさんは、
「血液ではつながっていないけど、皆さんと心がつながっているから、家族と思わせていただいてよろしいですか?」
と、客席に問いかけられたのです。
隅々までサーッと何かあたたかいものが広がっていくかのように拍手が起こりました。
きよしさんは、その場で数度うなずかれ、
「ありがとうございます」
とおっしゃったのでした。
 
そして質問コーナーになりました。
ひとりめは1階席のかた。千葉からいらしたそうですが、名前を呼ばれると、うれし泣きされていました。
きよしさんは、
「どうぞ、お泣きなさいよ~」
と優しくおっしゃったのです。
その方の質問は、
”「氷川きよしの昭和の演歌名曲集」のジャケットの衣裳が素敵ですね。オリジナル曲を発表する予定はないんですか?”
というものでした。
「今のところはないんです。
今年のお正月にレコード屋さん回りをしていたときに、演歌コーナーにいらしご主人たちに、”古賀メロディーっていいんだぞ”って言われて。なるほどって思ったんですよ」
と、ここで、音が抜けてしまった言葉があったのですが、客席にいらしたご主人が、”歯がないから!”とおっしゃったそうで(笑)、きよしさんの耳にそのつぶやきが届いたようで、
「音が抜けないようにトウモロコシでも入れておきましょうか(笑)」
とおっしゃって、ドドドッと笑いが起こったのです。
ちなみに、歌にはまったく差支えることはありませんでしたし、普通に唄ったり、お話ししたりする分には気づかないものだったと思います。
 
2人めも1階席の方。埼玉の上尾市からいらしたということでした。
”「ふるさと夜汽車」が大好きですが、聴いていると佐賀から集団就職で静岡に出てきたときのことを思い出します。きよし君は上京したときのことを覚えていますか”というものでした。
きよしさんは、「ふるさと夜汽車」を数コーラス、ア・カペラで唄ってくださって、拍手喝采です。
ここでこの曲はいつ唄ったことがあるかという話題になったのですが、今、確認したら、「きよしこの夜Vol.9」で歌唱されていました。
「僕、覚えてます。
上京したときのこと思い出しますよ~。
高校を卒業して1週間後くらい、3月の20何日かに上京しました。
飛行機に乗ってきました。
親戚のおばちゃんに交通費を出してもらって。
うちは出せなかったから。
そのとき、もう2度と帰ってこれないんだ~と思いました。
晴れていて飛行機の窓から玄海灘がキラキラ光って見えました」
きよしさんはそこまでお話しされると、
”んでもって~”
とおっしゃったので、笑声が場内に起こったのです。
「その前に一度、オーディションで上京したことがあったので、二度目の東京でした。
東京って、お年寄りがいないイメージだったんですが、住んでみてお年寄りもいるんだなあって思って、安心しました。
んでもってさ、
(作曲家の水森英夫先生の)内弟子になったので、先生の家の近くのアパートに住んで、アルバイトをしながらレッスンを受けました。
ほんとうにまだ子供だったなあと思います。
そんな自分がよく東京でやってこられたと思いますが、いい方に恵まれて、そのおかげでやって来られたんですよね。
今日も、お越しくださった皆さんが氷川きよしを作ってくださり、育ててくださいました。
ありがとうございます」
きよしさんはあらためてお礼をおっしゃったのです。
 
3人目は千葉からお越しの2階席の方。
”デビュー当時からこれまでに100回以上、きよし君のコンサートを見てきています。いつもまんべんなく客席を客席を見てくださっていますが何かコツはあるのですか? いつから客席を見ることができるようになったのですか?”
というような質問だったかと思います。
「初めての単独コンサートのチャレンジステージでは、緊張して口から心臓が飛び出そうでした。
もし失敗したら、お客さんに怒られるんじゃないかって思って、ドキドキしていました。
不安と期待で、とにかく無我夢中でした。
司会の方が付くって聞いていたんですが、スケジュールが合わなくてリハーサルでも会えなくて、ステージの上で(この方と)出会ったんですよ」
きよしさんがそうおしゃって西寄さんのほうを見ると、
「15周年ですから正直に、第一印象はご不満でしたか?」
と西寄さんがお尋ねになりました(笑)。
きよしさんは”個性的な方”と思われたそうですが、
「僕のプロフィールを紹介してくださって、あと酵素の話を...」
と、おっしゃるきよしさんに、
「演出家の先生に、ファンの皆さんの気持ちになってコンサートのなかで流れる映像に即興でコメントするように言われたんですよ。
初めて見る画像もあって、コメントするのに緊張しました」
きよしさんは、そのことは初めてお聞きになったそうで、
”はーっ”
と感心されていたのです。
そして、
「声も高かったですよね。だんだん変わります」
とおっしゃっていました。
 
続いては1階席だったでしょうか?
”今度のアルバムの中で、「赤いランプの終列車」が大好きです”
そして、
”何があっても一生ついていきます”
とも書き添えてくださっていたかと思いますが、
きよしさんは、”ありがとうございます”とお礼をおっしゃってから、
「このご縁を、僕、大切にして。皆さんと一生涯おつき合いできるようにと思います」
とおっしゃってくださって、拍手が起こりました。
”きよしさん、わたしたちこそ どうかよろしくお願いします!”と思ったのです。
 
ラスト5番目は2階席の方。
西寄さんが少し考えられてから、「まずはメッセージを先にお読みしましょう!」
とおっしゃいました。
そのかたは、カリフォルニアからいらした方。
”毎年、きよし君のコンサートのためにカリフォルニアから帰ってきています”とお書きになられていました。
「カリフォルニアってどんなところなんでしょう? ヤシの実とかいっぱいあるんですか? 西寄さん、行ったことありますか?」
ときよしさんが問いかけると、
「はい! ...夢で5回ほど」
と西寄さんはお答えになったのでした(笑)。
カリフォルニアからいらした方は、
「アメリカにもたくさんのきよしファンがいます。ぜひ、ロサンゼルス(とおっしゃったでしょうか?)やサンディエゴ(は聞き取れました)でコンサートをしてください」
とおっしゃいました。
わあっと拍手が起こると、きよしさんは、
「やりたいですね~。もしやったら、皆さん、一緒に行きましょう!」
とおっしゃったのです。
と、ここまで会話されていて、きよしさん、
「あの、明治座にいらっしゃったでしょ?」
とお聞きになったのです。
その方が”はい”と答えると、
「ニュースペーパー柄のお洋服を作って、お召しになっていたでしょう?」
とさらにおっしゃって。
お隣で西寄さんが驚かれていましたが、
ステージから2階席のその方をご覧になっておわかりになるなんて、さすがはきよしさんですね。
かと思ったら、西寄さんが、
「では、今日はきよしさんが特別に英語でメッセージを贈ります」
なんておっしゃったので、きよしさん、しばし棒立ちに(西寄さんの意地悪!)。
皆、固唾をのんできよしさんのメッセージを待ったのです(笑)。
きよしさんは、苦笑しながら、
「僕は、英語、デキマセ~ン!」
と一度はおっしゃったものの、負けん気が噴出したようで、
「ミス○○、Thank you very much!」
美しい発音でそうおっしゃって、拍手喝采となりました。
 
ここで思いっきり、盛り上がった”質問コーナー”は名残惜しくも終了となり、
きよしさんは「七つ星」、「ふるさとの風」と唄ってくださいました。
ところで、オープニングから拍手のボリュームが半端じゃなかったのです。
もちろんボリュームの大きさだけでなく、拍手の響き方に、皆の心が感じられて、胸熱くなったのでした。
そして、この記事の冒頭で書かせていただいた
「かあさん日和」の歌唱となったのです。
 
きよしさんの「かあさん日和」の歌唱を受けて、いったん舞台袖に戻られるきよしさんを見送られると、西寄さんの語りとなりました。
この記事の冒頭にも少し書きましたが、この日の西寄さんの語りに、胸が熱くなりました。
言葉をとても書きとめきれませんでしたが、氷川きよしのヒストリーを語ってくださいました。
そして、
「皆さまが氷川きよしを育て、愛し、守ってくれました。
皆さまがたくさんのヒット曲という花を咲かせてくださいました。
氷川きよしは、その一輪一輪を、これからも大切に唄って参ります」
西寄さんはそのような言葉で、”氷川きよしヒストリー”を結ばれたかと思います。
その語りに、これまで幾度も涙してきましたが、この日の西寄さんの力強い語りに、きよしさんを思う気持ちがあふれているのを感じて、また涙がこぼれたのでした。
 
袴姿で、「白雲の城」、「玄海船歌」と熱唱が続きました。
何て美しい歌声なのでしょう。
2日間4公演の最後とは思えない、エネルギッシュな歌唱に、惚れ惚れとしたのです。
「浪曲一代」を唄い終えると、ラストトークとなりました。
きよしさんは15周年のお礼をおっしゃってから、
「15周年の次は20周年です。
15周年だということに自惚れることなく、振り出しに戻ったつもりで、唄っていきたいと思います。
昨日も父と電話でいろいろ話したんです。
父に、”おまえには唄う使命がある”って言われて...。
いやー、泣けましたねー。
大切な人たちに、僕は支えていただいているんだなって思って」
きよしさんが、あらためて客席にお礼をおっしゃると、ここで”きよしコール”が起こったでしょうか(ちょっと記憶がおぼろです)。
大きな大きな”きよしコール”でした。
許されるなら、わたしたち、舞台の上まで走っていって、あなたを思いっきりハグしたいんだよ、肩叩きたいんだよ、手を握ってあげたいんだよ。
と、そんな思いが込められた”きよしコール”に感じられたのです。
きよしさんは少し、間をおいてから、”皆さんコール”を重ねてくださいました。
ああ、この時間がずっと続いてほしいと思うような幸せな空気で満ちていきました。
最後は「一剣」。
迫力の歌唱に圧倒されて、拍手を贈らせていただきました。
きよしさんの笑顔が、ただただまぶしくて...。
何があってもその歌声で、これからも未来を切り拓いてくださることを確信したのです。
そして、こんなに素晴らしい歌手・氷川きよしと同じ時代に生まれて、出逢うことができたことに、心の底から感謝したのでした。
 
アンコールを待ちました。
”きよしコール”と拍手が鳴り響きました。
それはアンコールを求めるためだけでなく、この日のきよしさんの最高の歌唱への賞賛と感謝の思いが込められたものに感じられる熱く、真心がこもった響きに聞こえたのです。
「陽春」、「きよしのソーラン節」、ふたたび新曲「大利根ながれ月」を唄ってくださると、きよしさんは居住まいを正されて、話し出されたのです。
「この度のことで、いろいろと(大切なファンの)皆さまを迷わせてしまうことになって、僕はそのことが...(何より)辛いです」
きよしさんは、ひとことひとこと、噛みしめるようにおっしゃいました。
思わず、手を振りながら、皆が”大丈夫、大丈夫”と口々に言っていたのです。
”迷ってないよ~”
”大丈夫だよ~”
”心配するな~”
そんな声、声、声。
きよしさんは、声がしてくる方に向き直っては、その度、うん、うんとうなずかれていましたが、そこで、
「僕は僕です」
とひとことおっしゃって、さらに、
「ご心配をおかけしまして、申し訳ございませんでした。
また、そんな中、足をお運びくださって、ほんとうにありがとうございました」
きよしさんはそのまま深々と頭を下げられたのでした。
 
そして、
「皆さん、(僕と)一緒に唄ってください。『きよしのズンドコ節』!」
とコールされて、「きよしのズンドコ節」となりました。
「♪ズンズンズン ズンドコ!」
と唄う度、振る右こぶしにも力がこもっていったのです。
激しい「きよしのズンドコ節」の振りに、
きよしさんの怒りというより、これから何が降りかかってきても、皆がいてくれると思えば耐えられる、がんばれるよ!という決意のようなものが感じ取れたのです。
 
唄い終えると、
そのままステージの上にとどまって、何度もお礼をおっしゃてから、
「皆さん、明日もあさっても、ずっと笑顔でいてください!」
きよしさんはそうおっしゃって、わたしたちを見送ってくださいました。
 
天晴れ! 氷川きよし
わたしは心のなかで快哉を叫びながら、拍手をしていました。
素晴らしい歌声でした。

そして2日間4公演めということで、抑えていた思いも吐露してくださったのでしょうから、ブログが不特定多数の人の目にふれることを考えれば、
ブログには、”きよしさんは平気の平左だったよ”と書くにとどめたいという思いが正直わきました。
でも、わたしは、”僕は僕です”とおっしゃってくださった、氷川きよしのファンです。
ならば氷川きよしのファンとしての誇りを持って、見たまま、感じたままを書こうと思いました。
そして、それならいっそと、もっとも心が震えたその部分から書き出すことにしたのです。
 
 
終演後、お友だちのKさんと、食事しながらゆっくりお話しをしていて、また涙。
Kさんが、わたしが想像している以上に傷ついていることを知って、わたし、テーブルの上のKさんの手を思わず握ってしまいました。
ブログをお読みくださる皆さまも、等しく同じお気持ちでしょう。
悪意はボディブローのように、あとになって効いてくるものなのです。
そして何より、真心から”氷川きよし”を愛しているからこそ、その思いが純粋であればあるほど、防御するすべを持ってはいないのですから。
そんなことを思ったら、
”許せない!”
という思いがまたわき出しそうになりました。
でも暴力に暴力で応えても負の連鎖を断ち切ることはできないのですよね。
 
今日、5月3日は長良じゅん会長が旅立たれた日。
今年は三回忌になるのでしょうか。
きっと長良会長は天国からきよしさんを見守り、見事なこの2日間4公演に、”よくやったな”と拍手を贈ってくださっていることでしょう。
わたしは事務所の内情はわかりませんし、実際にどんな方なのかを存じ上げているわけではありませんが、長良会長が未来を託された神林社長を信じています。
 
 
追伸・ここ数日、皆さまからたくさんのコメントをいただきました。
初めてお声をお聞かせいただいた方、その後どうされているかしら?と、おこがましくも気に掛けさせていただいていた方からもいただいて、ありがたかったです。
1件、とても気にかかっていた方にはコメント欄にお返事書かせていただきましたが、他の皆さまにお返事を書くことができなくてごめんなさい。
お返事を書けないこと、心苦しいのですが、コメントをいただけることを当たり前に思っているわけではありません。
いつもコメントくださっている皆さまのお声を聞いて、よし、この感じで書いていけば大丈夫と、教えていただいているのです。
この場で申し訳ありませんが、コメントくださったすべての皆さまにお礼申し上げます。
 
心から感謝しています。ありがとうございました。
 
 
GW中は仕事なので、記事の更新はGW明けになるかもしれませんが、また笑顔でお会いできますように!
創刊準備号でとどまっている「うずしお通信」も、今後続ける予定でおります。
どんなものになるのかはまたあらためて書かせていただきますね。
皆さま、これからもどうぞよろしくお願いいたします。