いよいよ、これから幕が開く!
そのとき、どこからともなく手拍子が起こりました。
パン、パン、パン、パンッ!!
手拍子はどんどんどんどん広がっていって、
”きよし! きよし” きよし!”
とコールしているかのようでした。
そこで、きよしさんのオープニングコールがこだまして、幕があがり、センターステップ上段に、きよしさんは颯爽と登場したのでした。
「星空の秋子」から、きよしさんの歌唱はもちろんのこと、振りもエネルギッシュで、”ブンッ!”と音がしそうなほど。
オープニング早々猛ダッシュのきよしさんだったのです。
そして続いての”股旅演歌”のコーナーで、「箱根八里の半次郎」を唄うために舞台上手から下手へと移動する際、一瞬、勢いあまって”ん!”と、言葉を止めてから、
「皆さん、今日はありがとうございます。
楽しんでいきましょう!」
ときよしさんは明るくおっしゃったのです。
五反田ゆうぽうとホールでのコンサート、1日・夜の部に参加しました。
少し早めに行くことができるようになったので、昼夜とも参加するお友だちと昼の部終演後に待ち合わせてお茶していたのです。
昼の部でのきよしさんの熱唱の様子をうかがって、安堵してはいたのですが、いざホールに行ってみると、きよしさんの対マスコミ(マスコミの窓口になる)マネージャーさんはじめ、ふだんのコンサートでは見かけない事務所のかたたちが入口付近に立っていらっしゃいました。
通りすがりに見ると、皆さん、スッキリとしたお顔で、談話しながら笑みさえこぼれている様子でしたので、心配されて会場に詰めていらしたのかもしれませんが、昼夜とも満員御礼の状況に安堵されていたのではないかと感じたのです。
「皆さん、こんにちは!
じゃなくて(笑)、こんばんは!」
きよしさんはオープニングで開口一番そんなふうにご挨拶されました。
2階席、1階席後方、1階席前列と順番にエールとアイコンタクトを交わしたとことろで、司会の西寄ひがしさんが登場され、
「ファンの皆さんとすごさせていただくことが何よりの幸せでございます」
と、きよしさんの心境を代弁してくださると、
きよしさんは、
「みなさんに喜んでいただけることでしたら、
何でもさせていただきます。
何がいいでしょう?」
と客席に問われたのです。
大反響の客席に、
「おひとりおひとりに舞台にあがっていただきましょうか?」
と西寄さんが言ってくださいました(笑)。
きよしさんは、クスッと笑ったあと、居住まいを正して、
「皆さんに喜んでいただけるような歌手に成長していきたいと思います」
とおっしゃったのです。
ここで5月21日にリリースされる「氷川きよしの昭和の演歌名曲集」のインフォメーションとなりました。
「『演歌名曲コレクション』ではないのですが、15周年ということで、昭和の名曲を集めたアルバムを作らせていただきました。
全12曲すべて昭和の名曲です。
以前、アルバムに収録した曲ですが、今回すべて新たに録音させていただきました。今の氷川きよしの声で唄わせていただきたいと思って。
あらためてどの曲もいい曲だなあと思いましたし、心がある曲だなあと感じています」
きよしさんがそうおっしゃると、西寄さんが、新曲「大利根ながれ月」の紹介をしてくださって、6月に握手会を予定していることを案内されたのです。
「皆さんのお手にさわらせていただいて、握手をさせていただきたいと思って。
ただ申し訳ありありませんが、CDの封入はがきで応募していただくというシステムになっていまして...」
と、そのシステムが申し訳なくてしかたない様子のきよしさんでした。
ここで、ふれあいコーナーとなりました。
前回のまつもと市民芸術館でのコンサートから、ゴールデンウィーク特別企画ということで、5名のかたのメッセージが読まれることに。
ひとりめは、「大利根ながれ月」をカラオケで歌うときに、3コーラス目のラストの、「♪利根の月~」と歌う部分の歌い方がわからないので教えていただきたいという質問でした。
きよしさん、固まった様子で(笑)、
「歌えばいいんです」
と一言。
「歌い方を聞いているんです」
と西寄さんが、さらに聞いてくださり、きよしさんもその場で考えられたのですが、
「歌えばいいんです(笑)」
とまた一言。
きよしさんには当たり前にできてしまうことなので、説明が難しいのかもしれませんが、業を煮やした西寄さんが、
「ブレスをするとか?」
とフォローしてくださって(笑)、結局、きよしさんと一緒に歌ってみることになったのでした。
ア・カペラできよしさんが、まず、その前のフレーズを唄ってくださったのですが、一番の歌詩に変わって、
「♪義理の着流し~」
”はいっ!”
「♪落し差し~」
ときよしさんと一緒に歌わせていただいたのです。
きよしさんのア・カペラ歌唱、最高に素敵でした。
きよしさんのア・カペラ歌唱、最高に素敵でした。
2番目のかたは2階席。
昨年の明治座公演の第2部の歌謡ショーで、きよしさんがかけていたピンクのメガネが気に入って、その後、ピンクのフレームに度を入れて、プライベートでかけているとのこと。この日もかけていらしたそうです(残念ながらわたしの席からは見えなかったのですが)。
その質問から明治座公演の話題になりました。
「昨年の今頃はゴールデンウィーク返上でお稽古の真っ最中でしたね~」
という西寄さんの言葉に、きよしさんはうなずいてから、
「昨年はありがとうございました」とお礼をおっしゃったのですが、そんなきよしさんに、西寄さんが、
「またお芝居、やっていただきたいですよね?」
と客席に同意を求めてくださると、大きな賛同の拍手が起こったのです。
「座長はスターの宿命ですからね~」
との西寄さんのさらなる言葉に、
「またいつかします」
と、きよしさん、あっさりしたお答えでした(笑)。
そして、
「ピンクは元気が出る色なんです」
とおっしゃって、先日放送された旅番組(「ぶら~りふれあい珍道中 島旅ニッポン」)で訪れた小値賀島で、ピンクのお召し物で登場された島のかたを思い出されたそうで、番組をご覧になったかたにはおわかりかと思いますが、ノリのいい方だったので、大阪の芸人さんかと思ったのだと、このときもお話しになったのです(笑)。
続いては90歳の方で、FCのはっぴを着用されていました。
”いつもありがとうございます。きよし君の歌にいつも元気をいただいています”
というようなメッセージを書いてくださっていて、西寄さんが読み上げてくださいました。
そしてふたたび2階席のかた。
新潟からいらしたそうで、10月に新潟でコンサートが開催されることになったことを喜ばれていました。
”佐渡へいらしたことはありますか? ぜひ一度いらしてください。そのときはわたしが佐渡を案内したいです”
というようなメッセージだったと思います。
ここで西寄さんが、お仕事のご縁で10回以上佐渡にいらしたことがあるとお話しくださって、
「きよしさんも気に入りますよ」
とおっしゃってくださいました。
佐渡でしたら、わたしもお宿付きでご案内させていただくんだけどなあ、なんて思っておりました(笑)。
最後は1階席から。
”母の日に、きよしさんのコンサートのチケットをプレゼントしようと思っていますが、きよしさんは何をプレゼントされますか?”
という質問でした。
きよしさんは、少し考えてから、
「カーネーションを贈りたいと思っています。
でも、枯れるのが悲しいですね~。
そうだ、ドライフラワーにすればいいですね(嬉)」
と、そんなふうにお答えになられたかと思います。
素敵なカーネーションが届いて、喜ぶお母さまのお顔がうかぶようでした。
質問者は後方席でしたが、
”どちらですか~”ときよしさんと西寄さんが探しておられたので、立ち上がって、大きく大きく手を振っていました。
”きよしさんのファンとしても15周年。
これまでも、これからも、ずっと大好き。応援しています”
とのメッセージを西寄さんが心を込めて読んでくださったので、聞いていて、じんときてしまいました。
「○○さん、ご近所の皆さんに、お元気で、笑顔でおすごしくださいと、お伝えくださいね」
きよしさんは最後にそう結んでくださいました。
「七つ星」、「ふるさとの風」と真心あふれる歌唱が続きました。
ここで、きよしさんのモノローグがふたたび入って、「かあさん日和」です。
”おかあさん”と呼びかけると、”は~い!”とちらほらと返事が(笑)。
なんだか微笑ましくなってしまいましたが、きよしさんのお顔を見ると、きよしさんもちょっと笑っておられました。
そこで、ピアノ・ソロでイントロが奏でられ、数フレーズ目からギターが重なりました。
これまでとまたテイストがちょっぴり違って、新鮮な響きに感じたのです。
きよしさんは、今日、どんな思いで「かあさん日和」を、唄っているのかしら?
このとき、わたしには、笑顔で唄うきよしさんの心が、静かに泣いているように感じられてしかたなかったのです。
この日、唄っていて、きよしさんは、ご自身のお母さんのことも思っていたでしょうか。
きよしさんの歌唱に共鳴するように、わたしの心もまたふるふると震え出したのです。
ここで暗転して、袴姿での「白雲の城」から、みごとな”氷川節”が朗々と響きました。
きよしさんご自身が、今の歌唱が好きだとおっしゃっていた「玄海船歌」の冴えわたる歌唱に酔わされていたのです。
過去の楽曲をこうして、いっそう唄い込んでいくきよしさんに、歌への愛はもちろんのこと、歌手としての執念のようなものを感じながら、「玄海船歌」に聴き入りました。
「浪曲一代」を唄い終えて、「一剣」1曲を残すのみとなったとことろでラストトーク。
きよしさんが何か話そうとするのを(申し訳ないことに)待ちれなさのあまり、さえぎって、”きよしコール”が起こったのです。
”きよし! きよし! きよし!”
というコールに、きよしさんは笑いながら、
”皆さんコール”を重ねてくださり、
”皆さん、皆さん、まだあります(笑)”とおっしゃったので、笑いがどっとこぼれて、コールは止んだのです。
「おかげさまで、2002年にデビューして今年デビュー15周年を迎えさせていただきました。
今日お越しの皆さまが氷川きよしを支えてくださり、作ってくださって、今日まで唄ってくることができて、うれしいです。
15周年の次は20周年です。
20周年も皆さん、お元気で(一緒に)いてくださったらいいなあと思います。
僕自身も健康で、ずっと好きな歌を唄っていかれたらと思います。
とにかく、皆さんに喜んでいただけることだったら、僕、何でもします!」
きよしさんは、そう言いながら、右手を前方に差し出すようにして、そのまま数歩前に歩み出たのでした。
そして次が最後の曲だということをきよしさんがおっしゃると、”えーっ!”という声の大合唱。
「また幕が開くって知っているでしょうにー」
きよしさんはそうおっしゃってから、客席を見渡して、
「うれしい」
と、一言小さな声でおっしゃったのです。
「一剣」でいったん幕がおりましたが、この日の「一剣」の研ぎ澄まされた歌唱に、わたしは鬼気迫るものを感じて、息を呑みました。
そして、アンコール。
「きよしのソーラン節」、「大利根ながれ月」と続いて、いよいよ「きよしのズンドコ節」。
と、ここででしたでしょうか。
”はーっ、疲れた~”
舞台中央に戻ってきたきよしさん、思わずそんな言葉を口に出されると、
「あっ、本音言っちゃった!」
とおっしゃったのでした(笑)。
オープニングから猛ダッシュしたまま全力疾走されているんですもの、疲れて当然ですよね。
きよしさんは、「きよしのズンドコ節」を唄う前に、
「僕のせいで皆さんにご心配とご迷惑をおかけして申し訳ありません。
それなのに、今日はお越しくださってありがとうございました」
とおっしゃって、深々と頭を下げられました。
わたしはこのときの、きよしさんの、”僕のせいで”という言葉に、一瞬、なんで? きよしさんは何も悪くないのにと思ったのですが、きよしさんがもっと深いところで、理不尽で暴力的な一連のバッシングを受け止めていることを感じたのです。
わたしはこのときの、きよしさんの、”僕のせいで”という言葉に、一瞬、なんで? きよしさんは何も悪くないのにと思ったのですが、きよしさんがもっと深いところで、理不尽で暴力的な一連のバッシングを受け止めていることを感じたのです。
きよしさんは、守るべき者のために、”氷川きよしとしてどんなときも唄っていこう”と覚悟を決めておられるのでしょう。
先日の松本でのコンサートで、”いいときも、ダメなときもあると思います。でも僕はどんなときでも希望を持って唄っていきたい”とおっしゃっていたきよしさんのことも思い出されました。
きよしさんは、
「それでは『きよしのズンドコ節』の大合唱でお別れといたしましょう!」
そうおっしゃって、「きよしのズンドコ節」を唄い出したのです。
この前に唄った「大利根ながれ月」から、声がガラガラし始めていましたが、きよしさんの情熱歌唱は、もう誰にも止められません。
きよしさん、わかっています。
わかっているから、もうそんなに無理しないでください。
わたしは心のなかでそう反芻していました。
この日は演奏のHKピュアリバーの皆さんも熱演でした。
もちろん、いつだって熱演されていますが、この日はきよしさんを盛り立てようと、さらに熱が込められているように感じられたのです。
「きよしのズンドコ節」を唄い終えると、この日は、ステージのセンター階段を上がることなく、ステージにとどまってのエンディングとなりました(昼の部も同様だったそうです)。
大きな翼の演出を控えて、客席に近いところでお別れしたいと思ってくださってのことかもしれません。
わたしは、この日のきよしさんに、どんなときも笑顔で”氷川きよし”として超然と生きていく覚悟を感じていたのです。
内気で心優しいきよしさんが、なぜそこまで強くなれるのかといえば、それはたくさんの守るべき者があるからに違いありません。
2014年5月1日。
きよしさんの15周年を心から受け止めさせていただくことになり、わたしにとっても忘れられない日となりました。
明日(すでに今日ですね)、夜の部に参加させていただきますので、また楽しいご報告をさせていただければと思います。
以下、話題が変わります。
2012年になって間もなくのころだったと思います。
”他の方に読まれないように投稿するにはどうすれば良いでしょうか?”
と、まずおたずねになるコメントが届きました。
シークレットでの投稿が可能な旨、お返事したものの、前もっておたずねのコメントが届いたので、どんなメッセージが届くものかと、少し不安に思ったのです。
間もなくシークレット投稿で届いたコメントはきよしさんの事務所に数年前まで働いていらした男性からのものでした。
在職中に、たまたまわたしのブログのある記事を読まれ、機会があればお礼をとずっと思ってくださっていたそうですが、在職中はファンと直接交流を持つことを禁じられていたため、退職して相当の時間が経ってからのことだったようです。
所属部署も書かれていましたが、ここではふれないこと、ご了解ください。
所属部署も書かれていましたが、ここではふれないこと、ご了解ください。
その方は芸能界への憧れや夢をお持ちだったことから、芸能事務所(きよしさんの所属事務所)で働くことになったので、きよしさんに対して特別な思い入れはなく、最初はとても客観的に、言い換えれば冷めた眼差しできよしさんを見つめていらしたようです。
入社当時は、現場のマネージャーさん(皆さんがよくご存じのかたです)がスタッフにとても厳しく、その一方できよしさんに会社は優しすぎる(座長公演をやらずにいるなど諸々の理由から)のではないかとまで感じていたそうですが、コンサートを共に回り、次第にマネージャーさんからも信頼していただけるようになり、きよしさんのコンサート以外のスケジュールも把握するようになってみたら、
入社当時は、現場のマネージャーさん(皆さんがよくご存じのかたです)がスタッフにとても厳しく、その一方できよしさんに会社は優しすぎる(座長公演をやらずにいるなど諸々の理由から)のではないかとまで感じていたそうですが、コンサートを共に回り、次第にマネージャーさんからも信頼していただけるようになり、きよしさんのコンサート以外のスケジュールも把握するようになってみたら、
”こんなに礼儀正しく仕事を大切にし、努力を惜しまない人間は、同世代では”氷川きよし”だけじゃないのか”
と思うようになったそうです。
そして、気が付いたら、きよしさんの“魅力にはまり”、仕事だからというだけではなく“本心からきよしさんを守り、盛り立てていこうと決心“ されたということが書き添えられていました。
そんなお気持ちになったところに、ブログの記事がお心に届いたということを説明されるため、そのようなことまで書き添えてくださっていたのです。
その方は一身上の都合(本当は理由も書いておられましたが、そのことを書いてその方が特定されてしまうことになったら申し訳ないので)で事務所を離れましたが、今でもきよしさんの成長を楽しみにされ、応援されているということでした。
そんなお気持ちになったところに、ブログの記事がお心に届いたということを説明されるため、そのようなことまで書き添えてくださっていたのです。
その方は一身上の都合(本当は理由も書いておられましたが、そのことを書いてその方が特定されてしまうことになったら申し訳ないので)で事務所を離れましたが、今でもきよしさんの成長を楽しみにされ、応援されているということでした。
わたしはその方からのコメントを大事に胸にしまい、Kさんに話しただけで、誰にも言わずにおりましたが、ずっと忘れることはありませんでした。
事務所の様子や、スタッフからさえもきよしさんを守ろうとするマネージャーさんの仕事ぶりまで自然に想像できる、このときのコメントを思い出し、このような形で書かせていただくことになるとは思ってもみませんでしたが、今回、いつもブログをお読みくださる皆さんにお伝えしたいと考えたのです。
コメントをくださったその方も、今このときに書かせていただくこと、きっとお許しくださると思ってのことですが、事前にご相談するすべがありませんでした。
もしも、お目にとまって、掲載を控えたいと思われましたら、お手数ですがご連絡いただけますでしょうか。
もしも、お目にとまって、掲載を控えたいと思われましたら、お手数ですがご連絡いただけますでしょうか。
できる限り早く対処します。
※コメントをくださった方にご迷惑がかかることのないよう、いただいたメッセージのごく一部を抽出し、ぼやかして書かせていただいていますこと、ご了解ください。
そして、もうひとつ書いてみたいと思っていたことは、またの機会にさせていただこうと思います。