「松本の皆さん、はーるか待たせたね~」
15周年にして初めての松本でのコンサート。
昼の部のオープニングから真心いっぱい、愛いっぱいの情熱歌唱が続いて、続くコーナーで「箱根八里の半次郎」のイントロが流れるなか股旅姿で登場したきよしさんは、開口一番、こちらの言葉でごあいさつされました。
”はーるか”は”しばらく”という意味だそうですが、地元のかたとの距離がその一言で一気に縮むのを感じます。最近のきよしさんのお国言葉でのごあいさつ、鳴門、仙台、松本を聞かせていただきましたが、とてもいいなあと思うのです。
 
25日にまつもと市民芸術館で開催されたコンサートに昼夜参加しました。
先の記事にオープニングでのトークについて書かせていただきましたが、きよしさんは15年目にして初めて松本を訪れましたが、一度訪れた場所には年に一度はお邪魔したい思いを言葉にされて、
「そのときは、また来てくれますか?」
と、客席に問われたのです。
”もちろんですよ~”と言っているかのような大きな拍手が起こると、
「がんばろ!」
と一言おっしゃったのでした。
4階席から順番にお声をかけ、アイコンタクトを交わしていきます。
1階席まで来て、すっかりリラックスされた様子のきよしさん、
”イェイ!”
”ヨッ!”
”ハッ!”
と客席に向かって呼びかけ、返ってくる声に、そのたび、”うわっ!!”と手を広げてその場でジャンプされたのです(笑)。
そして、
「ありがとう~。よく来てくれたね」
とお礼を申されていたときに、客席に、”いつもありがとう” ”15周年おめでとう”という2つのメッセージが書かれたミニ横断幕を見つけると、さらにていねいにお礼をおっしゃったのです。
きよしさんの言葉に、そのミニ横断幕はうれしそうに揺れて、1つは思わずさかさまになってしまっていて...。
途中でさかさまに気づかれたのでした(笑)。
どちらからいらしたのか、客席におたずねになっていたときに、
”あげまつ”という声。
上松と書いて”あげまつ”と読むそうですが、きよしさんの”それはどこなんでしょうか?”という様子に、
”木曽の上松で、そのかたは86歳”というお返事が返ってくると、
「86歳。ああ、キソ(基礎)ができてるから」
とおっしゃったのです(笑)。
皆がクスクスと笑うと、
「笑っていただけてよかった。誰も笑ってくれなかったらどうしようって思いました」
と、おっしゃって、きよしさんは安堵されたのです。
 
きよしさんは松本の街がとても気に入られたようで、
「ここに来るまでに車の窓から景色を見させていただきましたけど、きれいな街ですねー。
川の水がきれいで、川べりにクレソンがたくさん出て(生えて)いて...。僕だったら食べます(笑)」
そんなふうにおっしゃていたかと思います。
そしてここで5月21日にリリースされる「氷川きよしの昭和の演歌名曲集」のインフォメーションがありました。
開演前にロビーで予約の受付が始まっていましたし、アルバムがホール客席に流れているなあと思っていたのです。
「無法松の一生~度胸千両入り~」で始まって、「人生一路」まで全12曲を収録されているということで(先の記事に曲目アップさせていただいています)、夜の部ではアルバムについての思いをお話しされていましたので、そのことはこの記事の後半に書きますね。
 
ここで”質問コーナー”になったのですが、ゴールデンウィーク特別企画ということで、色紙を大盤振る舞いで5名のかたにプレゼントしてくださることに。
そのため時間にも限りがありますので客席とマイクを使ってのやりとりを省いて、西寄さんがメッセージや質問を紹介してくださいました。
まずは3階席のかたで、”ボケ防止のために書道やジム(だったかと思います)に通っています”というもの。
お2人めも3階席のかたで、”「氷川きよし節」を毎日聞いていて、特に水曜日を楽しみにしています”というメッセージでした。
水曜日と聞いて、もちろん”きよ劇場”の話題になり、
「まとめて録音するので、後半になると声が疲れてきて(笑)。
”そうですよね~”(気が抜けた感じで)ってなっちゃって」
ときよしさんはおっしゃっていました。
その後、2階席からは朝6時に家を出て埼玉から初めて松本にいらしたというかた。
1階席からは、地元での1年ぶりのコンサート(前回は長野市で開催)に参加されているというかた、東京からいらしたもうひとりのかたは5月21日にリリースされる「氷川きよしの昭和の演歌名曲集」を楽しみにしていらっしゃるとのこと。
計5人のかたが当選され、今回はあらかじめ用意してくださっていた色紙が係のかたから手渡されました。
皆さま、おめでとうございます!
 
この昼の部では、きよしさんがいつも以上に歌唱に集中されているように感じていたのですが、とりわけ「浪曲一代」を唄い終え、琴を奏でる振りをされたあと、顔をあげて前方を見据えたきよしさんの凛としたたたずまいが心に残っています。
きよしさんはそのあとのラストトークで、15周年を迎えたことへの感謝の気持ちを言葉にされてから、
「おかげ様で15周年を迎えることができました。
皆さんが”氷川きよし”を作ってくださいました。
ありがとうございます。
次は20周年へのスタートです。
20周年に向かって、1歩ずつですけど、成長していきたいと思います。
今後とも氷川きよしをかわいがってやってください」
”きよし!”、”きよし!”という声がホールのあちこちで次第に大きくなって、ひとつの大きな声にまとまっていくと、きよしさんは、”うん、うん”とうなずかれてから、
”きよしコール”に、”皆さんコール”を重ねてくださったのでした。
先の記事にも書きましたが、HKピュアリバーの丸山さんが松本のご出身。そのことを西寄さんが紹介されて、
「ご家族のかたはお越しになっていらっしゃるのですか?」
とおたずねになると、
”母が”というお答え。
西寄さんが、どちらにいらっしゃるのかたずねてくださると、手を振ってくださいました。
とてもおきれいなかたで、お若く見えるので、
「奥様じゃありませんよね」
と西寄さんが確認(?)してくださったのでした(笑)。
 
きよしさんは
「おもちをいただいて。あれ、おもちじゃなくて、おはぎをいただいて、ありがとうございます」
とお礼をおっしゃられていました。
 
そして前後しましたが、コンサートでの”初入り待ち”、ホテルに荷物を置きに行っていたら、道を間違えて、わたしは間に合いませんでしたが、お友だちはきよしさんにお目にかかることができました。
きよしさんはホールの楽屋口に到着されると、車を降りてていねいにご挨拶してくださったということでした。
すっぴんにもかかわらず、スッキリと美しいお顔だったことを教えていただきました。
うーん、いつの日か”入り待ち”なるものに、トライしてみたいと思います。
 
昼の部でのきよしさんの熱唱と、胸にわいた感動をぎゅうっと胸に手を押し付けてしみこませるようにして、会場をあとにしました。
とはいえ、今回は贅沢なことに夜の部も参加させていただくので、会場近くのカフェでお友だちとひとやすみしました。
前日まで忙しかったのですが、こまごまとした雑事をしばし忘れ去り、きよしさんのことだけを考えているその状況に、なんともいえない幸せを感じていました。
 
松本駅に降り立ったとき、空気がとても澄んでいることを感じて、大きく深呼吸をしたのです。
吸えば吸うほど気持ちよくなっていきました。
 
★こちらは今日26日に訪れた松本城です。
天守に登りましたが、今も生きているお城という気がして、ドキドキしました。
 
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さあ、そして夜の部となりました。
めくるめく”氷川節”。
感動のあまり自然に涙腺がゆるんでしまうのです。
”昭和の名曲”に聴き入りました。
アルバムに収録するために、相当の準備をされたはず。
「無法松の一生~度胸千両入り~」以外はワンコーラスか2コーラスの歌唱なので、きよしさんが次の歌へと移るため、会釈されるたびに、”もっと聴きたいっ!”、”フルコーラス聴きたいっ!”なんて思っていたのです。
そんなこと言ったら、西寄さんに、
”そのあとはぜひアルバムをお求めになってお聴きくださいませ”
と言われそうですね(笑)。
 
続いてのコーナーで、マドロス姿で唄う「あばよ」。
その歌唱から胸のすくような爽快感が感じられ、波音が聞こえてきそうです。
こんなことを書くのはお恥ずかしいのですが、先日の仙台サンプラザホールでのコンサートから唄ってくださっている「あばよ」のきよしさんの歌唱を聴いていたら、とりわけ3番の歌詩に描かれている世界の画像が急にうかんできて、これまで、わたし、全然意味がわかっていなかったということに気づかされたのです。
わたしも人生経験をそれなりに積んだ(?)ということもあるかもしれませんが、何よりきよしさんの歌唱にさらなる深みがまし、表現力も高まっているからこそだと思うのです、
3番の歌詩、
「♪鷗の残した 爪のあと
いつかは傷みも うすれるさ
霧笛がひと声 哭(な)いたなら
潮の流れを 風まかせ
あとは ヨ一ソロ…
やがて出船の ドラが鳴る ドラが鳴る」
この唄い出しの”♪鷗の残した 爪のあと”が、とても悩ましく聴こえてくるんですもの。
唄っているきよしさんには、どんな画像がうかんでいるのでしょう?
わたし、聴いていてドキドキしちゃいます。
 
「あばよ」を唄い終えると、「あばよ!」と一言おっしゃって早足で舞台上手袖に去っていってしまうきよしさん。
この日も西寄さんが呼び戻そうと追いかけていってくださったのですが、きよしさんは後ろ向きのまま戻ってきてくださったのです(笑)。
ここでオープニングトークとなって、4階席からまんべんなくご挨拶とアイコンタクト。
「よく来たね~、待ってたよ~」
と腰をツイストさせながらおっしゃって、最高にノッてるきよしさんでした。
初めてきよしさんのコンサートにいらした方に感想をお聞きになって、その方から
”最高!!!”とお返事が返ってくると、
「ありがとうございます。うぬぼれずにがんばります」
とおっしゃり、来年もまた松本にお邪魔したいという思いを夜の部でもお話しされたのです。
そして、
「そうしたら、皆さん、来てくださいますか?」
大きな拍手に、微笑みながら、
「約束ですよ」
とおっしゃいました。
わたし、東京から来ているということをすっかり忘れて、大きな声で”はい”と答えてしまいました。
きよしさん、わたし、約束は守るタイプですからね。
 
そしてあらためて「あばよ」の話題になりました。
きよしさんはすっかりうちとけておられたようで、「あばよ」のことを、”そんなにヒットしていない曲”だなんて、おっしゃったのです(笑)。
西寄さんが、
「オリコン総合チャート初登場第2位になった曲ですよ~」
とフォローしてくださったのですが、尚も、
「勢いはあったんですが、続かなかったんですよね」
と。
その言葉に、きよしさんがどれほど自分自身に厳しい目を向けて、悩み努力されているのかを思って、切なくなってしまいました。
きよしさん、あんまり自分に厳しくしずぎないでくださいね。
おこがましくもそんなことを思ってしまったのですが、そのあとで新曲「大利根ながれ月」が紹介されたときに、きよしさんがその答えをおっしゃってくださったように感じられたのです。
 
トークの流れが前後しますが先にそのことを書きますね。 
西寄さんが「大利根ながれ月」がオリコンシングルチャート総合 初登場トップ10入りが24曲となり、演歌史上初の大記録をご自身で更新されたことをおっしゃると、きよしさんはていねいにお礼を申されて、
「これからも舞い上がらないでがんばります。
僕はいつでも一生懸命唄わせていただいているのですが、でもやっぱり、(結果が)いいほうがいいですよね?」
客席に問いかけるようにおっしゃったかと思います。
そして、
「僕もいいほうがいいと思います。
ただダメなときもあると思うんです。
でも、どんなときも希望をもって唄っていきたいですね」
ときよしさんは言葉を継がれました。
わたしは、その言葉で胸がいっぱいになっていました。
 
「大利根ながれ月」のインフォメーションの前に、5月21日にリリースされることが決定した「氷川きよしの昭和の演歌名曲集」の話題になったのです。
「これまでにアルバムに収録させていただいた曲ですが、すべて新しくレコーディングさせていただきました。全12曲、すべて昭和の名曲です。
若いときには(その年齢では)つかみ切れていなかったこともありますし、36歳の氷川きよしの声で、皆さんに聴いていただきたいと思った曲を選ばせていただいています。
少しは渋味も出ているでしょうか」
ちょっぴり語尾を上げて優しく問いかけるように、きよしさんはおっしゃいましたが、その出来栄えにとても満足されていらっしゃるようで、早く皆の感想を聞きたいと思っておられるようにわたしには見えました。
 
グッズを紹介するコーナーで、きよしさんのストライプ柄のスーツと同じ柄の”15th ロゴ大判スカーフ”の宣伝にとりわけ力が入ってしまったのです(笑)。
「頭巾にしていただいてもよいですし、旅先で”あっ、下着がない!”っていうときも下を通しを端を結べば(?)パンツになりますから(笑)」
とおっしゃって、笑わせてくださいました。
以前、夏木ゆたかさんのラジオ番組にゲスト出演された際、収録のためその日の朝はまだ高知にいらして、下着がなくて苦肉の策で海水パンツを着用することにして、そのまま出演されてされいることをお話しされていたきよしさん。
”あっ、下着がないっ!”というセリフに超リアリティが感じられて(笑)、きよしさんの飾らなさに愉快な気持ちにさせていただきました。
 
続いての”質問コーナー”は、昼の部同様、色紙を5名様にプレゼントというゴールデンウィーク特別企画。
まずは4階席の方で、”北アルプスに一度は登ってみたいですが、きよし君にはぜひ松本城に登ってほしいです。松本は自然がいっぱいあります”
というようなもので、きよしさんは、
「僕も自然が大好きです」
とお答えになっていました。
 
と、ここで松本城の天守から見た松本の街の画像です。今日、登って撮影しました。
 
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続いては階数が書かれていなかったので、座席の位置がわたしにははっきりわからなかったのですが、88歳の方。波田というところからお越しになられたということでしたきよしさんは88歳とお聞きになると、
「やっぱり努力されて。長生きってできるるんですね。僕、尊敬します」
そうおっしゃってから、
「松本は山が綺麗で、でも街にはビルもあるんですね。
街並みがスッキリしていて...。
はあーっ、いいとこだなあって思って。
はあーっ、ゆっくりしたいなって思いました」
きよしさんは松本の街がとても好きになったようで、感慨深気にそうおっしゃっていました。
 
3番目は横浜からいらしたかたでしたでしょうか。あずさに乗ってきたそうです。”ずっと氷川きよしを応援していきたいと思っています”とのメッセージが読まれました。
ここでも西寄さんが、
「関東からありがとうございます。お帰りはよかったら表のトラックに乗りませんか? 3台あります」
と言ってくださったのです。
もうこうなったら、”氷川きよしのツアートラック乗車体験”企画してくださらないかしら?
 
ここで客席に男の子の姿を見つけると、
「何歳?」
とお声をかけ、”6歳”というお返事が返ってくると、
「1年生? そう。今日は来てくれてありがとう。これからもいい子でいてね、見守っているからね~」
とにこやかに話しかけられたのです。
 
続いては岡谷市からいらした方。年に一度の長野でのコンサートにずっと参加されてきたそうで、
”ずっとずっと応援しています。松本で見るきよしさんは最高!”というようなメッセージが読まれました。
ラストは92歳のおばあちゃま。息子さんと一緒にいらしたそうです。
「92歳ということは大正生まれですね?」
ときよしさんがおたずねになると、”大正12年生まれ”とのお答え。
その立ち姿や風貌は90歳を越えていらっしゃるかたとは思えない若々しさと、わたしも思ったのです。
「元気の秘訣は何ですか?」
との問いに、演歌が好きで、きよしさんの歌を唄っているとのこと。
「どんな歌を唄われるんですか?」
との問いに、返ってきたお返事は”「白雲の城」”でした。
5名のかたに色紙が手渡されて、和気あいあいとしたムードがいっそう増したのです。
きよしさんの歌唱もますます熱がこもっていきました。
 
ところで、予想以上の晴天で気温が上昇していたこともあり、空気がとても乾燥していて、わたし、夜の部では何度も唇がつっぱるように感じたのです。
そう、その環境はきよしさんとて同じこと。
「浪曲一代」を唄っておられるときに、だんだん涙目になっていったので、どうしたのかしら?と思った瞬間、きよしさんは、のどを押さえて整えようとされたのです。
えっ? えへん虫でしょうか?
きよしさん、大丈夫?
ある意味、手に汗握ってしまいましたが、きよしさんは無事唄い終えると、
「すみません、むせてしまって、失礼してちょっとお水飲ませていただいてよろしいですか?」
とおっしゃって舞台上手袖にドリンクボトルを取りに行かれたのです。
すると下手にいらした西寄さんが、ご自身がきよしさんに代わってドリンクボトルを取りに行こうとしてステージをサーッと下手から上手へと走って行かれたのです。
もちろん、きよしさんに追いつく前に上手側のスタッフさんがドリンクボトルをきよしさんのほうに持ってきて渡してくださいました。

西寄さんは下手袖にいらしたのにと、驚くと同時に、たとえ下手にいようともとっさにそうせずにはいられなかった西寄さんのきよしさんを思うお気持ちにじんときてしまいました。

きよしさんはドリンクボトルを受け取られて上手側で給水(?)されたのです。
そして落ち着かれると、
「すみませんでした。
 あの、僕、もう1回唄いましょうか?」
客席に向かって申し訳なさそうにそうおっしゃられたのです。
もう、そのお気持ちで皆胸がいっぱい。
ほんとうは何度だって、きよしさんの歌唱を聴かせていただきたいけれど、その思いを超えて、きよしさんの真心が伝わってきて、
”いいんですよ、素晴らしい歌唱だったんですから。満足していますよ”
と、そんな思いが込められた拍手が鳴り響いたのでした。
その瞬間のきよしさんの満足そうな笑顔がわたしには忘れられません。
 
”あれ、何か様子が変?”と思っていたら、みるみる目が涙目になってきて、むせそうになるのをこらえてこらえて懸命に唄ってくださったきよしさんでしたから、その歌唱をこうして思い返して書いていると、きよしさんの誠実で真っ直ぐな人柄を感じて、胸がきゅんとするのです。
そして舞台を下手から上手へ走り抜けられた、きよしさん思いの西寄さんのことも思い出されてきて...。
正直その渦中ではどうなってしまうのかしら? とハラハラドキドキしましたが、そのすべてが筋書きのないライブならではの出来事であり、そこで感じたきよしさんの誠実さ、あたたかさ、西寄さんのお人柄など、何とかお伝えすることができたらという思いで書かせていただきました。
 
きよしさんはこの「浪曲一代」のあと、最後の曲である「一剣」を唄う前のラストトークで、
「15周年を迎えて、皆さんのおかげで(歌手として)スタートラインに立たせていただくことができました。
ありがとうございます。
これからが勝負だと思っていますので、皆さんにおよろびいただけるような歌を唄っていきたいと思っています。
どうかこれからも、氷川きよしをかわいがってやってください」
きよしさんは、そうおっしゃって、マイクを持つ手を下におろして、”ありがとうございます”とおっしゃりながら数歩うしろに下がられてお辞儀されたのでした。
初めての松本でのコンサートには地元のかたもずいぶん参加されているようでしたが、このとき、大きな大きな”きよしコール”と手拍子が起こりました。
きよしさんは、「ありがとうございます」
とおっしゃり、その1コール、1コールを受け止めるような仕草をされてから、”皆さんコール”をしてくださったのでした。
 
アンコールでも大いに盛り上がって、ラストの「きよしのズンドコ節」では、下手側で、3番を唄っておられて、
「♪錦飾って!」
と唄いながら、きよしさんは大きくジャンプされたのでした。
その瞬間、”うれしくってたまらない、幸せでたまらないんだよ”というきよしさんの思いがはじけて、ホールに広がったように感じられたのです。
 
終演後、出待ちをしました。
楽屋口の前の駐車場に、多くのかたが整列していたので、その後ろに立って、きよしさんを待ちました。
きよしさんがお乗りになる車が楽屋口に到着して、しばらくすると、スタッフのかたがきよしさんのバッグ(だと思います)を持っていらして、車の後部座席に入れ、ケットのようなものもセットされていました。
何分くらい待ったでしょうか?
その日は松本に泊まるため、帰りの時間の制約がない気楽さもあって時間の感覚がなくなっておりました(笑)。
すると、スタッフのかたがいらして先に車に乗り込まれたと思ったら、きよしさんがいらっしゃいました。
車の前にまわって、会釈され、何度も手を振ってくださっていました。
きよしさんの笑顔がはっきりと見えて、満足と思った瞬間、きよしさんが両手を口にかざして、一言おっしゃいました。
「ありがとうございます」とおっしゃたかと思います。
歓声できよしさんの声が少々かき消されてしまったのですが、きよしさんはさらに大きな声で、
「お気をつけて」
と言ってくださったのでした。
そして深々と会釈されてから車に乗り込まれると、きよしさんは車の窓を開けてペンライトを振って、振って...。
きよしさんを乗せた車はゆっくりと走り出したのでした。
 
 
こちらはきよしさんをお見送りしたあと、会館の壁面を撮影しました。
夜はこんなふうに水泡をモチーフにした窓が点灯して、まるで水の中にいるような浮遊感さえ感じられます。
きよしさんも、車の窓からご覧になられたかしら? と思いながら、帰り道に撮ってみました。
 
 
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皆さま、入り待ちはできませんでしたが、わたしには1日すべてがきよしさんだけのためにあったと思わせていただけるまさに”氷川きよしフルコース”を味わわせていただきました。
夜の部の「浪曲一代」のことは書くのに迷いましたし、書きながらまた迷って少しお時間いただいてしまいました。
 
※読み直しができていないので変換ミスや読みにくい部分などお許しください。