こんにちは。
仙台サンプラザホールでのコンサートの記事にコメントをくださった皆さま、ありがとうございます。
きよしさんの歌唱に感動して、拙くても自分なりに書いてみたいという気持ちが抑えられず、また、週末の仕事が入っていたので、お時間いただいていました。
夜の部のことをこれから書いていきますが、
きよしさんは、今日、明日は名古屋(日本特殊陶業市民会館・フォレストホール)でコンサートですね。
ご参加の皆さま、きよしさんと素敵な時間をおすごしくださいませ。
 
 
さてそれでは時計を18日の夜に戻させていただきますね。
オープニングからきよしさんは絶好調!
昼の部のハイテンションのまま、夜の部を迎えたかのようにエネルギッシュに唄ってくださいました。
「星空の秋子」、「満天の瞳(ほし)」の歌唱のあと、舞台が暗転してきよしさんが舞台袖に入られると、HKピュアリバーの皆さんによるインストロメンタル演奏が入ります。
「虹色のバイヨン」、「ときめきのルンバ」、「情熱のマリアッチ」のリズム歌謡3曲がアレンジされて演奏されるのですが、このときのリーダーの藤林さんの熱いプレイに耳だけでなく目も釘づけになりました。
そのお声はこちらには聞こえませんが、シャウトするように唄っておられて、もうノリノリ。
藤林さんは”歌”をとても大事にされていらっしゃるのだと思いますが、きよしさんの楽曲の演奏をされるとき、歌唱の部分はだいたい唄っておられますね。
ベーシストとしてもアレンジャーとしても才能あふれるかたですが、きよしさんのコンサートでは、きよしさんの歌唱を第一に、きよしさんとはまた違ったアプローチで歌詩、そして歌唱を聴く人に届けようとされているのだと感じています。
 
そして、股旅演歌のコーナーで、股旅姿に着替えたきよしさんは、
「おばんです~、そんなにいっぺんに見られて、おしょすい、おしょすいっ!」
すっかり堂に入った(?)”宮城弁”でご挨拶されながら、舞台上手から下手へとサーッと移動されて、「箱根八里の半次郎」を唄われたのでした。
(以後のセットリストはひとつ前の記事に書かせていただいていますので、興味のあるかたはそちらをご覧くださいませ)
 
昼の部から続くめくるめく歌唱に心地よく酔わせていただいて、この日からリニューアルされた”昭和の珠玉の名曲”を披露してくださるコーナーでは、
「誰か故郷を想わざる」、「リンゴ村から」、「船方さんよ」、「赤いランプの終列車」と熱唱が続きました。
昼の部で一度聴かせていただいていたわたしは、きよしさんがこれからどの曲を唄ってくださるかわかっている分だけではありますが、昼の部より心に余裕があったので、きよしさんの歌声に身をひたすようにして聴き入っていたのです。
個人的に「赤いランプの終列車」には思い出があります。
以前もブログに書いたことがありましたが、この歌をきよしさんがコンサートなどで唄っておられた時期、加速度的に高まるきよしさんの人気や評判に、きよしさんがとても遠い人に思えて、狭量な自分がほんとうに恥ずかしいのですが、きよしさんの人気や活躍を素直に喜べなかったのです。
「赤いランプの終列車」を聴くと、そのときのせつない気持ちが思い出されるのですが、そんな思いを、今現在のきよしさんの歌唱が、”そんなこと感じていたんだ。でも僕は何も変わらないんだよ”と優しく包んでくださるようで、わたし、たまらない幸せを感じたのです。
そのコーナーの締めくくりは「無法松の一生~度胸千両入り~」。
氷川きよしの歌唱のあらゆる魅力がつまっているなあと、聴き入り、感じ入り、きよしさんの”うなり”に、感動のあまり、”う、う~ん”と自分もまたうなっていたのでした。
 
そして、舞台が暗転すると、舞台のセンターステップの上段にいらしたきよしさん。その姿がさっと消え、視界の西寄ひがしさんによる、HKピュアリバーの皆さんの紹介となりました。
皆さま、このときの西寄さんのナレーション、最高だったのです。
昼の部でも西寄さんのお声が、自然とビブラートがかかっていてすごく艶々しているなあと感じていました。
以前、上手寄の席にすわったとき、このときの西寄さんが、姿は客席から見えずとも、舞台下手袖でどれほど力を込めてお話しされているのかを知ったのですが、
それにしてもこのときは、その声量といい、すごい~! と圧倒されていました。
西寄さんが、”迫力のサウンド、HKピュアリバー~~~~~!!!”
とおっしゃったとき、リーダーの藤林さんは、舞台の下手袖の西寄さんのほうをご覧になり、”おおっ!”と笑いながら少々のけ反られていたので、その姿も大迫力だったのだろうと想像します。
 
西寄さんも絶好調!
きよしさんの情熱が、観客ひとりひとりに伝わっていき、またそのコンサートを作り、支えておられる司会者、楽団、スタッフにまで伝わっているのだなあと、あらためて感じていました。
 
ここで”ヨーソロー!”と、きよしさんの声が聞こえてきて、マドロス姿のきよしさんが登場。
「あばよ」をダイナミックに唄ってくださったあと、オープニングトークとなりました。
「わざわざお越しくださって、ありがとうございます。
昼の部もお越しくださったかた、いらっしゃいますね」
きよしさんは客席を見渡して、そうおっしゃり、
「昼の部もお越しくださったかた?」
とお声をおかけになると、客席のあちこちで手が挙がりました。
「いいの? 同じ内容ですよ」
きよしさんは、少々恐縮されていたのですが、きよしさん、皆の笑顔がその答えです。
きよしさんに何度もでも会いたいんですもの、そして何度でもその歌声が聴きたいんですもの。
会えば会うほど、聴けば聴くほど好きになっちゃうですもの。
そこのところ、わかってくださいませ。
 
「えっ、昼の部は3階席で、夜の部は1番前になったんですか?」
と最前列のかたのお声に耳を傾けられたあと、3階席、2階席、1階席と順番にお客様と視線を合わせて、言葉を交わされて、
「今日は楽しく希望のある時間にしていきたいと思います」
と、きよしさんがおっしゃたところで、西寄さんがスキップをしながら登場されました。
”帽子を預かりましょう”とおっしゃって、きよしさんから帽子を受け取ると、鼻をくんくんとさせて、
「いい香りがします~」
とおっしゃったのです。
もう、羨ましいですね。きよしさんは、”えっ、そうかな~”という様子で笑いながら、
「僕、1日3回はお風呂に入るんですよ。
人前に出させていただくので、やっぱりよく洗わないとと思って。
でも顔はあんまり汗かかないんです。
でもそれ以外は汗びっしょりなんです。
顔に汗かいたほうが、がんばってるって感じがするなあって思いますけど、顔は汗かかないんですよね」
きよしさんのその言葉に、西寄さんが、顔に汗をかかないというのは”スターの条件”であることを強調されていましたが、ほんとうにそういうことは聞いたことがあります。
きよしさんはほんとうにお顔に汗をかかれることは稀ですが、かざした手に照明があたってその手のひらに汗がキラキラ光っているのを目にしたことは何度もあります。
 
笑顔いっぱいの客席。
仙台サンプラザホールは座席が半円形になっていて、1階席から3階席まで、、すべての座席がステージに向かっているのです。
きよしさんはまんべんなく客席に視線と笑顔を送り、手を振りながら、何度も何度も会釈されたあと、無言で客席をまぶしそうに見つめていたと思ったら、
「この風景、焼き付けよう、目に」
と、一言おっしゃったのでした。
そのときのきよしさんの、なんて幸せそうだったことでしょう。
 
きよしさんは昨年11月、ちょうど楽天イーグルスの優勝パレートにわいた日にコンサートを開催されたことをお話しされると、西寄さんが、今回、祝されるのは15周年を迎えた、きよしさんであることをおっしゃると、場内がわっとわいて、拍手と、”おめでとう”という声、そして祝福のメッセージが書かれたボードが揺れたのです。
「ありがとうございます。
皆さんとともに作ってきた、築き上げてきて迎えた15周年。
今日、お越しの皆さまが”氷川きよし”をつくってくださいました。
昔の歌手のかたを見ると(映像をご覧になったり本を読まれたりしたのでしょうか?)、”唄ってあげている”という(姿勢の)かたもいらっしゃいましたが、
僕は、やっぱり、唄わせていただいているという思いでいたいです。
皆さんに、感謝、感謝です」
 
ここできよしさんの「大利根ながれ月」のインフォメーションを西寄さんがしてくださり、24曲オリコン総合チャート初登場ベスト10入りという演歌史上初の大記録を称えて、皆で万歳をさせていただきました。
「皆さんのおかげです。万歳、万歳っ!」
きよしさんはこんなにうれしいことはありませんよというように大きく大きく万歳されたのです。
 
そして質問コーナーになりました。
ここで舞台監督のヤマノベさんのご両親がお越しくださっていることを思い出されて、
”どちらにいらっしゃいますかー”とお声をかけられました。
3階席の中央にいらっしゃることがわかると、お世話になっているお礼をおっしゃり、ていねいにご挨拶されていました。
質問のおひとりめは3階席のかた。秋田からご主人と一緒にいらしたのですが、以前「一剣」のときに秋田県民会館で、ご主人が色紙をいただいたということで辞退されたのです。
「一剣」のときのことですし、当たったのはご主人なのですから申告されなければわからないことでしたが、きよしさんの色紙をいただいて、とてもうれしかったから、その幸せをほかのかたにもと思ってくださったのでしょう。
その正直でまっすぐなお人柄、そしてそんなかたがずっと変わらずにきよしさんを応援されていることに感動したのです。
もちろん、きよしさんが、”質問だけでも聞かせてください”と望まれたことは言うまでもありません。
質問は、”最近HAPPYなことはありましたか?”というものでした。
きよしさんは、少しの間、考えておられましたが、
「先日、初めて兵庫県の明石に行かせていただいたのですが、ほんとうに盛り上がって、すごく嬉しかったんですよ」
きよしさんは初めてうかがうことになった地や、数年ぶりにうかがうことになった地にいらっしゃるとき、お客さまが来てくださるだろうか? コンサートを楽しんでいただけるだろうか? と常に心をくだいていらっしゃるのでしょうね。だからこそ、盛り上がってくださったことがうれしくてしかたないのでしょう。
以前、幕が開いて、お客様がいない夢をご覧になることがあるとおっしゃっていたこともありましたものね。
きよしさんのそんな思いを垣間見させていただいた気持ちになって、そしてそんな心配が吹き飛ぶくらい盛り上がって、きよしさんがHAPPYな思いでいてくださることをうれしく感じたのでした。
 
おふたりめは、きよしさんのコンサートに初参加というOLさんでした。
とても美しくかわいらしいお声のかただったので(お姿はわたしの席からはよく見えなかったのですが、きっととてもお綺麗なかただと思います)、きよしさんはそのお声に、”ピンッ!”と即座に反応されたのです(笑)。
そのかたは初・生きよしさんを、”すごくカッコいいです”と言ってくださったのですが、
きよしさんはきよしさんで、”すごくきれいな声。アニメみたい。”月に代わって、お仕置きよ!”とかそういうセリフが似合いそう(笑)”と、そのかたのお声をおほめになって、
「”月に代わって、お仕置きよ!”って言って? だめ?」
と懇願されたのです(笑)。
「セーラームーン」のキメ台詞ですが、そのかたがその美しい声でそのセリフを言ってくださると、きよしさんは、”思ったとおり”とばかりに、その場で足踏みして喜ばれたのでした。
皆さま、これもまた”氷川きよし”なんですよね(笑)。
 
続いての質問は2階席のかたで、”挑戦してみたいことはありますか?”というものだったかと思いますが、きよしさんはゲートボールをしてみたいとお答えになったのです(笑)。
皆は笑っていたのですが、きよしさんは大真面目な様子で、
「ゲートボールを覚えて、おじいちゃん、おばあちゃんと一緒にやってみたいんですよ」
とおっしゃっていました。
質問者のかたは松戸からいらしたということで、きよしさんのコンサートを観るために全国にお出かけになっていることをお話しされ、”次回は○○にも行きます”とおっしゃると、
西寄さんが、
「○○さん、よかったら外のトラックに乗ってください」
とおっしゃたので、場内大爆笑。
でも、わたしもできればそうさせていただけないかしら? なんてちょっと思ってしまいました(笑)。
そのかたが5周年、10周年に日本武道館で開催されたきよしさんのメモリアルコンサートに参加され、いずれも素晴らしかったので、10月の7日・8日に開催される15周年記念コンサートも楽しみにしておられることをおっしゃると、
「これまでの集大成のようなものにしたいと思っています。
皆さんに喜んでいただけるように、いろいろ、あれしています。
ぜひ、皆さん遊びにいらしてください」
と結ばれて、
「七つ星」、「ふるさとの風」と唄ってくださいました。
 
舞台は暗転。
袴姿での熱唱が続いて、ラストトークとなりました。
「微力ですが、少しでも歌で皆さんに元気になっていただけたらと思っています。
僕、東北の歌が唄いたいですねー。
僕、デビューしたころ、東北出身だと思われたことあったんですよ。
僕、なまりがありますでしょう。
でも方言ていいですよね。ホッとします。
僕は(福岡出身なので)博多弁をしゃべっているほうが自分らしいと思っています。
上京したときは、めちゃくちゃ博多弁でしたから」
と、きよしさんはここで、4月27日にテレビ朝日(系)で放送される「ぶら~りふれあい珍道中!島旅ニッポン」のロケで、長崎県の小値賀島(おぢかじま)にいらしたときのことをお話しされていました。
ちなみに、こちらが番組HP、画像もアップされています。
 
「小値賀島(おぢかじま)というところにロケで行ったのですが、誰に対しても優しくて。
僕がテレビに出ているとかタレントとだっていうことに関係なく、優しく接してくれたんです。
僕、ずっと九州弁でしゃべっていて、カメラが回っているのも忘れちゃって(笑)。
とても楽しかったんです。
でも楽しいだけじゃなくて、人の心とか情が詰まっていて...」
船に乗って、いよいよ島を離れるときには涙があふれてきたそうです。
きよしさんの胸は熱い思いでいっぱいになっていたのでしょう。
「これ以上、話すと長くなっちゃうから」
とおっしゃって、”あとは番組を見てくださいね”と結ばれました。
きよしコールが起こると、きよしさんは”皆さんコール”を重ねてくだって、ホール中にその愛がはじけて広がっているように感じられたのです。
「一剣」でエンディング。
アンコールは「陽春」に始まって、「きよしのズンドコ節」まで、絶好調の歌唱を聴かせてくださったのでした。
 
 
終演後、仙台駅に向かって歩きました。
時計を見ながら、歩いていって、少しだけ余裕があたので、駅前のスタバに寄ってコーヒーとドーナツをテイクアウトしてから新幹線の改札へと歩いていたのです。
改札口がふたつあるけど、どちらから入ろうかしら、エスカレーターを上ったところで、左右どちらにも改札口が見えたので、迷いながら、そのひとつのほうに進みました。
時計を見ると発車10分前。
改札付近で、コンサートにいらしていたと思われるかたたち(持ち物でわかりますね!)を、何人も見かけたので、きよしさんたちも今日、お帰りになるのらしいことに気づいたのです。
でも、わたしの乗る便は、歩いてきたとはいえ、わたしでさえギリギリの時間。
きっと皆さんはもっとあとの便に乗られるものと、納得していました。
ところが新幹線の改札に入ろうと近づいていったら、あれ、どこかで見たことのあるかたが。
タータンチェックのシャツ(だったかと思います)をお召しになったそのかたは?
ふふ、皆さま、どなただったと思います?
そう。
西寄さんだったのです。
にこにこ笑顔の西寄さん。このときは帽子をかぶっておられず、ステージで見るより髪がふわふわとしていて、目が黒目がちでキラリン!
あれ? ということは、もしかしたらもしかして、きよしさんもその便に乗車されるのかしら?
何だかドキドキしてきました。
そして、西寄さんにもこの距離なのだから、お礼の一言でも申し上げたいという思いもわいたのですが、悲しいかな気の利いた言葉が出てきませんでした(涙)。
でも、目礼して、心のなかでお礼を言わせていただいたので、自己満足ですが、きっとなにがしかは伝わったと思わせていただいています。
と、そのときにも、きよしさんをお待ちになりながら、”西ちゃ~ん! ありがとう”なんて、お声をさりげなくかけられていらっしゃるかたもちらほらいらして...。
いいなあ、わたしもそんなふうにさりげなく声をかけられたらと思ったのです。
 
新幹線のホームに行ってみると、きよしさんが乗車されると思われる車両近くに、お見送りをされる様子のかたたちの姿が見えましたが、わたしはそこから少し離れた別の車両に乗車することになっていたので、そのまま自分の乗る車両まで移動して、発車5分ほど前に乗り込んだのです。
そんなわけできよしさんがその列車に乗車されたのか確かめることはできませんでしたが、さまざまな状況から(?)、やっぱり同じ列車に乗っていらっしゃるのかしら? と想像して。
もうそれだけで幸せな気持ちにさせていただいていたのでした。

わたしは終点まで行かず途中下車したほうが在来線との連絡がスムーズなので、東京駅より前の駅で降り、在来線に乗り換えるため新幹線のホームを乗り換え口方面の階段に向かって歩いていきました。
途中駅なので、降車する人も少なく、遅い時間なのでホームも静かで、人影もまばら。
乗換口への階段へ向かって歩いていくうちに間もなく発車する旨のアナウンスが流れてきたのですが、そのとき、右前方に10数名のかたたちが固まって新幹線に向かって手を振っているのが見えました。
もしかしたら?
あわてて早足で近づいてみると、ホームにいるかたたちに、にこやかに手を振っていらっしゃる、きよしさんの姿が見えたのです。
と、もう発車のベルが鳴っていて、お見送りの皆さんの後ろに加えさせていただいたものの、間もなくきよしさんを乗せた新幹線は、スーッと滑るように走り出しました。
そんな一瞬にひとしい時間でも、ガラス越しでもきよしさんにお逢いできたことが嬉しくて!
わたしはさらに走り去る車両を見つめていたのです。
そうしたら、きよしさんが、そのままくるりとからだの向きを変えてホームを振り返ってくださったので、一瞬のそのまた一瞬に、きよしさんの優しさを感じて何だか涙ぐみそうになりました。
気がついたらゴミ箱があったら捨てようと、ストローをさしたアイスコーヒーのカップを右手に持ったままでした(汗)。わたし、もしかしてこのカップを持ったまま、きよしさんに手を振ってしまったのかしら?
そこはよく思い出せないのです。
というより、うかぶのはひたすらに鮮やかなきよしさんの優しい笑顔なんですもの。

ところで、このお見送りの一団(?)のなかには、HKピュアリバーの藤林さん、大宮さん、丸山さんもいらしたのです。
そして、きよしさんを乗せた新幹線が走り去ると、10数名は皆、ゆっくりと乗り換え口への階段を降り、自然解散という感じでそれぞれの帰る方面へと歩き出したのでした。