昨日、明治座で開催された「第15回 長良グループ 夜桜演歌まつり」、夜の部に参加しました。
東京23区を23年かけて、桜の時期に長良グループの皆さんでコンサートをして回るという壮大な企画です。
そして、入場料の一部(以前はチャリティーオークションの収益金もプラスして)を、開催区の社会福祉に役立てていただくよう、贈呈するということも続けておられます。
 
先に昨日写メした画像を中心にひとつ記事をアップさせていただきました。
すでにワイドショーなどで、先の記事のタイトルの”あのかた”がどなたなのか、皆さま、おわかりかと思いますが、そのかたと、きよしさんとのやりとりが最高に楽しくて、とてもとても限られた時間では書けそうもないなあと思い、昨夜はオープニングのところまでにさせていただきました。
 
 
 
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なんて...。
もちろんそのせいもあるのですが、午前中まで本来は前日までの締切を引きずって、苦しんでいたので、その解放感と、きよしさんにお逢いできるうれしさに舞い上がってお財布を忘れたわたしでしたので、心地よい疲れも押し寄せていたということもありましたから。
お許しくださいませ。
それに、きよしさんのおかげで、記憶がポンッと飛びそうになる一幕もあったのです。
 
 
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そのときの画像ではありませんが、こちらはこの日の会見での画像です。
水森かおりさんが「結婚します」とおっしゃって、それがエイプリルフールにちなんだ”ウソ”とわかった瞬間、きよしさんは、”あらら~”と前のめりにズッコケたのだそうです。
この画像手前のきよしさん、思いっきり寝そべっていますね(笑)。
なんか、寝そべっているうしろ姿も素敵じゃありません?
もう、わたし、きよしさんが何をしても素敵で、愛しいんですもの。
 
でも、夜の部では、舞台の上で、もっとすごいことになって(とわたしには思えたのですが)、大げさでなく記憶が飛びそうになりました。
お客さまを喜ばせるためだったら舞台の上で、どんなことも厭わないきよしさんに、あっ!と驚いたあとで胸がキュンとした瞬間でした。
わたしの左隣の男性は水森かおりさんのファンのかたでしたが、きよしさんの思い切ったズッコケぶりに、
”きよし君!”
と思わず声に出されていました。
 
さあ、ではでは、”あのかた”(すごくもったいぶっていますね・笑)とのことも含めて、書いてまいります。
 
開演5分前。
西寄ひがしさんのお声が聞こえてきました。
 
いよいよ開幕!
緞帳があがると、出演者の皆さんが横一列に勢ぞろい。
”第15回 長良グループ 夜桜演歌まつり”という桜のイラストに飾られたプレートが舞台の上に掲げられ、舞台は”夜桜色”の照明に照らされていました。
山川豊さんを中心に、舞台下手から、はやぶささん、きよしさん、市川由紀乃さん、藤野とし恵さん、山川豊さん、田川寿美さん、水森かおりさん、椎名佐千子さん、岩佐美咲さん。
皆さんで「二人の銀座」を唄ってくださいました。
皆さん、黒っぽい名刺大の歌詩カードを手にされていました。
きよしさんはブルーグレーのサテンのスーツにとも布のカマーバンドに蝶タイ、白のシャツに靴は黒のエナメルという出で立ちで、3階席までいっぱいの客席で、たくさんのペンライトが揺らめくと、きよしさんはまぶしそうに客席を見渡して、うれしそうに微笑まれました。
そして間奏になると、待ちきれなかったというように、
”イェー!”
と客席に向かって呼びかけられ、客席から”イェー!”と大きな声が返ってくると、さらに、
”イェー、イェー!”
さらなる大きな反応に、
”ヨーッ!”
とお声をかけられたのです。
もちろん、客席から”ヨーッ!”と大きな声が返っていきました。
 
唄い終えると、出演者の皆さんがおひとりずつご挨拶されました。
「こんばんは~」
きよしさんはそうご挨拶されると、客席に向かって、あらためて(?)、
”イェー!”
”ヨッ!”
と呼びかけられ
ると、大ノリの客席に、すっかりうれしくなった様子で、
”ポンッ!”
とさらに呼びかけられたのでした。
 
「みなさんのおかげでデビュー15年めに突入させていただきました。
『夜桜演歌まつり』には、デビュー(の年)から出させていただいて15年目になります」
そして、いつも事務所の先輩や後輩の皆さんと楽しく唄わせていただいてきたことへの感謝の思いを言葉にされてから、
「今日も一生懸命、全力で唄わせていただきます」
と結ばれたのです。
 
それぞれの歌手のかたのご挨拶で、そのかたのファンのかたたちから大きなかけ声がかかると、
”すごいっ!”と、他の歌手のかたが口々におっしゃられ、きよしさんは、水森さんのときにも、
”かおりんちゃん!”と、水森さんのファンのかたたちと一緒にお声をかけ、田川さんのときには、
「僕もいいですか?」
と前置きされてから、
”寿美ちゃ~ん!”
とお声をかけられたのです。
オープニングのご挨拶は、山川さんがまとめてくださり、こうして全員が一同に会する機会は1年に数えるほどなので、とてもうれしいのだとおっしゃっていらしたかと思います。
そして、山川さんが「わが娘(こ)へ」、田川さんが「花になれ」、水森さんが「伊勢めぐり」を唄ってくださり、いよいよ、きよしさんの登場。
唄ってくださったのは、
「きよしのズンドコ節」でした。
わたしは茨城県民文化センターでのコンサートのときに初めて目にさせていただいたかと思うのですが、
”♪ズン ズンズン ズンドコ!”
と唄いながら、 つま先を浮かせて細かくリズムをとりながら、その場で軽くステップを踏むようにして、勢いよく唄ってくださるきよしさん。
エネルギッシュで躍動感あふれる、きよしさんの歌声にマッチしていて、きよしさんは、「きよしのズンドコ節」でさえも、大切に唄う一方で常に新しい可能性を考えてくださっているんだなあと、驚かされます。
 
ここで西寄さんが登場されて、颯爽としてあまりにも鮮やかなきよしさんの様子に、
「タキシードって、ああやって着るんですね」
と一言。
明治座にどっと笑いがあふれました。 
 
続いて、市川さん、椎名さん、藤野さんが登場され、
市川さんが「海峡出船」、椎名さんが「泣きむし海峡」、藤野さんが「女の流転」を唄ってくださり、ゲストコーナーとなりました。
 
最初はビリケンのおふたり。
「太陽がくれた季節」、「花ことば」を唄ってくださり、今年1月にニューヨークのカーネギーホールで歌唱されたこともお話ししてくださってから、”ここだけの話”と前置きされて、
「カーネギーホールも素晴らしかったですが、明治座のほうがいいと思います」
とビリーさんがおっしゃっていました。
”視力8.0を活用して”、客席の隅々まで見渡して唄ってくださるというビリーさんのユーモアいっぱいの優しい言葉に、お人柄だなあと感じたのです。
 
そして、”あのかた”の登場となりました。
「皆さん、このかたは板前じゃございません。歌手です」
と紹介されたのは西寄さんだったでしょうか。
そう、グッチ裕三さんがいらしてくださったのです。
15回目にして初出演。白と黒のストライプのジャケットをお召しになって、「上を向いて歩こう」を唄われて、見事な口笛まで披露してくださいました。
”楽しんでますか?” ”盛り上がってますか?”
と気さくに客席に声をかけてくださいました。
 
「最初にハッキリと言っておきますが、僕は歌手です。板前じゃないんです。板前は世を忍ぶ仮の姿で、僕はソウル・シンガーです。
モダン・レトロなコンテンポラリー・アーバン・シンガー?
自分で言っていてわかんなくなっちゃった(笑)」
グッチさんがそんなふうにご挨拶されたところで西寄さんがステージに登場。
「今日から演歌歌手になります」
とグッチさんが真顔でおっしゃったのを、すっかり真に受けた西寄さん、
「本当にですよ」
と念押しされると、
「今日は4月1日ですよ~」
とグッチさんに言われたのです(笑)。
こういう何気ないやりとりに、西寄さんの実直なお人柄も感じられますね。
 
「ぜひ、グッチさんにお礼を申し上げたいというかたがいらっしゃいます」
との西寄さんの言葉に、客席から大きな歓声がわいて、きよしさんが出てきてくださったのです。
きよしさんはグッチさんに駆け寄って、ハグして固く握手を交わされたのです。
グッチさんの手を握って離さない(?)きよしさんに、
「そろそろ(手を)離していただけますか?」
とグッチさん。
わたしには、生涯言えないセリフです(笑)。
”さっき会ったし、昼の部もありましたからね(笑)”
なんて、おっしゃいました(笑)。
そこできよしさんが、「きよしとこの夜」で2005年から2009年までお世話になったことへのお礼をおっしゃると、番組が終わるときにいただいた視聴者のかたからのお手紙の話題になりました。
”番組が終わると知って、(おばあちゃんだったでしょうか?)の元気がすっかりなくなって、生き甲斐がなくなってしまう”という内容に胸が痛んだということをグッチさんがお話ししてくださると、きよしさんは、
「(そのお手紙を読んで)、届いているんだなって思って、うれしい思いと、(そのかたのお気持ちを思って)さびしい思いがしました」
とおっしゃっていました。
 
そしてグッチさんがマシンガンのようにきよしさんのことをお話ししてくださいました。
きよしさんは、よく”あれ”とおっしゃいますが、山川さんときよしさんの会話が”あれ”で意味が通じ合っているのを目の当たりにしたことをお話しされて、
「あの二人の間には入り込めないですよ(笑)」
と。
そして「きよしとこの夜」のなかで、グッチさんが作ってくださった料理をきよしさんは必ず自分で作ってみたそうですが、そのことについても、
「きよし君はね、必ず家で作って、その証拠写真を撮って次の収録のときに見せてくれるんだけど、よく見ると食べた後の写真なんだよね。あれ、どういうこと?」
あらためてそのことを聞かれて、
「おなかがすいていて、作る前は写真撮らなきゃって思ってるんですけど、作っているうちにどっか飛んじゃうんですよ。それで(出来上がったら)おいしくて、(食べていて)気が付いたらかけらになっちゃって」
きよしさんは”すみません”という様子で、そうおっしゃったのですが、
「あれじゃ、何だったかわからないよ」
とのグッチさんの言葉に、
「そこまでは言いすぎですよ~(笑)」
と苦笑されたのでした(笑)。
 
そしてきよしさんが、グッチさんのお誕生に贈られたプレゼントの話題になりました。
「親方のイメージで選びましたって言うから、なんだろうって思ったんだけど。きよし君から脚立もらいました」
”なんで?”
というグッチさんに、以前、グッチさんのお宅にお邪魔したときに大量のCDが棚に並んでいたので、上のほうのCDを取るときのためにと考えてのプレゼントだったことを、きよしさんが説明されると、
「一生の思い出です」
と言ってくださったかと思います。
 
そして西寄さんが、以前きよしさんがグッチさんからいただいた玄関マットの話題をふってくださいました。
このマットのことは、きよしさんがこれまでお話ししてくださったことがありますので、皆さまもすでにご存じと思いますが、”KIYOSHI”とロゴが入った世界にたったひとつのオリジナルマット。
ベランダに干しておいたら、風に飛ばされて行方不明になってしまって。
きよしさんは当時、だいぶ探されたようですね(この日も、今も捜索中とおっしゃっていました)。
きよしさんは、
「いまだに探し続けてるんです。思い出しただけで悔しくて、涙が出てくるんですよ」
と、おっしゃって。大切なあまり、毎日ほこりを払っては干していたことが裏目に出て、突風にさらわれて飛んでいってしまったのだとその状況をお話ししてくださったのですが、
「びっくりしてですね、近所の人とか管理人さんに、”知りませんか?”って聞いたんですけどね」
思わず博多弁になっていたきよしさんだったのです。
 
ここでもう1曲、グッチさんが唄ってくださるということで、きよしさんは再度握手を交わされたのです。
「第15回なので、『オンリー・ユー』を15回唄います」
とおっしゃってから、ご自身で、”エイプリルフールですよ”とフォローされると、イントロが流れてきて、きよしさんは上手袖に戻ろうと数歩歩かれたのですが、
”この曲はですね”
とグッチさんが突然おっしゃると、イントロがストップして突如スーツを着たスタッフのかたが3名ほど舞台にあらわれました(笑)。
通行人を装って、キャリーカーを持ったかた、グッチ裕三様と書かれた紙袋を持ったかた、ネームホルダーを付けたビジネスマン風のかただったかと思うのですが、そのかたたちが、歩を止めて、ガクッとズッコケたのです。
そう、皆さま、ここでなのです。
きよしさんは西寄さんがこの日も絶賛された”麗しのスーツ姿”でガクッとズッコケるのみならず、そのままからだごと床に勢いよく転がって、ほぼ仰向け状態で足をパタパタされてから、ころんと起き上がられたのでした(笑)。
えっ、今、目の前で何が?
と思ったときには、きよしさんは軽やかに立ち上がって笑っておられましたが、わたし、ほんとうにびっくりしました。
そして、なにごとにもそんなにまで一生懸命なきよしさんが愛しくなって胸がきゅんとしたのでした。
でも、そう思ったのはわたしばかりではなかったと思います。
だって、グッチさんがそのあとで、
”ナイス、ズッコケ!”
と、きよしさんに言ってくださったんですもの。
 
そして、ご自身が中断されたかと思うのですが(笑)、
「唄わせてっ!」
とおっしゃって、ミラーボールがスルスルと降りてきて、キラキラとした光を放ちながら、「オンリー・ユー」を唄ってくださいました。
 
後半は新曲披露のコーナーとなりました。
市川さん、椎名さん、藤野さんが登場されて西寄さんを交えてトークをされてから、
市川さんが「流氷波止場」、椎名さんが「あなたのせいよ」、藤野さんが「浅草情話」
を唄ってくださいました。
 
続いてのコーナーは長良グループのフレッシュコーナーということで、はやぶさの皆さんと岩佐さんがステージに。
4人で「東京ラプソディー」を唄ってから西寄さんを交えてトーク。
はやぶさの皆さんは「なんで 横浜…」、岩佐さんは「鞆の浦慕情」を歌唱。
 
そして、きよしさんが、山川さん、田川さん、水森さんと一緒に登場されました。
きよしさんは、「NHK歌謡コンサート」でお召しになっていた、黒地に葦の葉と川を描いた着流し姿でした。
「大利根ながれ月」についての話題になって、
「イントロを聴くとホッとしますよね」
 ときよしさんがおっしゃると、
西寄さんが、
「氷川さんのこぶしは日本の宝ですよ。着流しも似合って男の色香が漂っています」
ときよしさんのことを絶賛してくださったのです。
すると、先輩方も、きよしさんのことをほめてくださって。
とりわけ、水森さんが、
”着流し、似合う~。顔が小さいし、足が長いから”
 と言ってくださると、きよしさんは相当に照れてしまわれたのでしょう。
お鼻の下を指でちょんとふれたのです。
そして10月7日、8日の2日間(3公演)おこなわれる日本武道館でのコンサートのインフォメーションを西寄さんがしてくださいました。
田川さんが4月に新歌舞伎座(上本町)で1か月座長公演をされるというインフォメーションを受けて、以前の新歌舞伎座(難波)で、史上最年少の20歳で座長公演をされたという話題になったのです。
そして、きよしさんがデビューする前年の1999年(12月)に、田川さんが新宿コマ劇場で座長公演をされていたときに、きよしさんが出演させていただいたのだそうです。
山川さんと田川さんがお話ししているときに、”ああそうだっ”と思い出されて、今このときに言わなくてはと思ってのことだったようで、”えっ、何?”と会話を中断してきよしさんにお二人が向き直ると、
「うわ、割り込んじゃって、すみません」
とおわびされてから、そのことをおっしゃったのです。
そして、
「誰もまだ僕のことを知らなかったときのことです。出させていただいてありがとうございました」
と、きよしさんはあらためてそのときのことを思い出され、お礼をおっしゃったのです。
デビューしてからも、田川さんの新歌舞伎座での公演に、きよしさんが1日だけ出させていただいたことは、観覧されたかたから教えていただいていましたが、ほんとうに先輩というのはありがたいものですね。
そしてそういう受けたご恩を、こうして折々に思い出されるきよしさんのことをいっそう尊敬せずにはいられません。
 
そして、きよしさんの提案で、何かお芝居のセリフを言ってみましょうという展開になったのです。
まずは言いだしっぺのきよしさん、
「やいやい、おれを誰だと思ってやんでい、」
までは勢いよかったのですが、
「えっと、何だったっけ?忘れちゃった(笑)」
ですって。
いいんですよ、新しいものを入れるためには過去のものを出していかないと、記憶の容量は変わらないんですから。
山川さんたち先輩もセリフにトライしてくださって、笑いあふれるコーナーとなったのです。
そして、きよしさんは、
「大利根ながれ月」を唄ってくださいました。
たくさん笑って、すっかりリラックスしたあとに、うって変わってピーンと心地よい緊張感が漂って、きよしさんの豊かで鮮やかな歌唱にすっかり聴き入ったのです。
きよしさんの唄い終えたときの爽快な笑顔が今も心に残ります。
その歌唱に、15周年を盛り上げ、さらに20周年を迎える日のための素晴らしい1歩を、この日また刻まれたことを感じて、胸がじんとしたのです。
水森さんが4月9日にリリースされる新曲「島根恋旅」、田川さんが「一期一会」、山川さんが「優しい女に会いたい夜は」を唄われて、フィナーレとなりました。
オープニング同様に出演者の皆さんが横一列に並ばれて、センターにスペシャルゲストのグッチさんとビリケンのおふたりが加わりました。
最後は毎年恒例の「夜桜」。
 
 毎回、出演者のかたには申し訳ないのですが、このときばかりは、わたしの目はきよしさんに照準を合わせて、きよしさんだけをクローズアップさせていただいてしまうのです。
今回は、こぶしが回る部分などなど、きよしさんの歌唱も部分聴き分けられて。
唄うほどに、曲の世界に入り込まれたのでしょうか?
抑えていたマイクを持っていないほうの手(右手だったでしょうか?)、ほとばしる感情の発露のように、しなやかにはらりくるりと動かされたのでした。
はじめて「夜桜」を聴いたときは、きよしさんにはずいぶん大人っぽいなあと感じたものですが、今ではしっくりくるように思えます。
山川さんが「夜桜」をリリースされた年齢からすれば、自然なことなのかもしれませんが、
 
「♪夜桜舞い散る 春なのに」
で始まって、
「♪背中(せな)に甘える いとおしさ 泣かすやつだよ おまえってやつは」
が1番の結び。
 
そして、3番の歌詩は、
「♪ふたりを掠(かす)めて はらはらと 散りゆく春よ 不幸(かなしみ)つれて行け
わかれる時は 死ぬ時よ おぼえていてよねと
小指からめる 泣き笑顔
ばかなやつだよ おまえってやつは」
ですから、わたし、きよしさんが、ソロで「夜桜」を唄ってくださるのを聴いたら、いったいどうなってしまうか、もうわかりません。
きよしさんのソロを想像しながら毎年1度、「夜桜」を、桜の季節に聴かせていただけることが、わたしにとって最高の幸せなのかもしれません(ちょっとやせガマン?)。
 
最後は山川さんが、
「来年はどこで開催されるかまだわかりませんが、来年も桜のこの季節に23区のどこかでお逢いしましょう!」
とご挨拶を結ばれて、今年も大盛況のうちに幕を降ろしたのです。
 
1年のあいだにはどなたもいろいろなことがおありかと思います。
わたしもまた今年、こうして「夜桜演歌まつり」に参加させていただけたことに心から感謝します。
 
そしてその感動をこうして書きとめさせていただいて、皆さまにお読みいただけることにも、ありがたさでいっぱいです。
 
皆さま、ありがとうございます。