すっかり春めいてきて、今日の都内は4月の陽気。
都内の桜は”3月31日頃満開”との予想が発表(ウェザーマップ)されたので、4月1日の「夜桜演歌まつり」は、満開の桜に包まれての開催になりそうですね。
 
昨夜、四国の旅から帰って参りました。
帰宅したらすぐにしなければならない諸々があって、その後の記事の更新が今になってごめんなさい。
でも22日放送された「MUSIC FAIR」は旅先で見ることができなかったので、帰宅していちばんにその録画を見ました。
「真っ赤な太陽」をゴスペラーズさん、THE ALFEEさん、谷村新司さん、森山良子さん、さだまさしさん、南こうせつさんとコラボしての歌唱。
ご覧になられたかたにはおわかりいただけると思いますが、きよしさんを中心に開かれた扇のように左右に皆さんが一列に並ばれて唄われていましたね。
その立ち位置同様、歌唱においてもきよしさんがその要になっていることを、その歌声に感じて、うれしくさせられたのでした。
 
さて今日はこの記事をアップしたら、新しいパソコンを購入したので、その入れ替えをする予定。
なかなかまとまった時間がとれなかったのですが、セッティングがスムーズにできるかちょっと心配なので、その前にしておかないとならないことをすませておいたのです。 
 
そんなこんなをしていたところ、”きよ進”(氷川きよしFC)から会報が届いて、うれしいお知らせ満載。 
なかでも個人的にいちばんうれしかったことは、”氷川きよし衣裳展”のお知らせでした。
15周年には”衣裳展がきっとある”、”考えてくださっているはず”と、”超超”期待していたのです。
開催場所はまだ未定とのことですが日本武道館での「15周年記念コンサート」に合わせて10月9~13日(予定)に開催。
そこで”もう一度見たい! あの衣裳”を大募集してくださり、ハガキ、氷川きよしモバイル、長良プロダクションHPから応募できるそうですので、力入ってしまいそうです。
ちなみに、きよしさんにとってとりわけ思い出深い衣裳は、デビューキャンペーン時代にお召しになっていた玉虫色のスーツとデビュー5周年の日本武道館コンサートのオープニングで着用された赤のロングジャケットの衣裳と、今回の会報でお話しくださっていました。
受付期間が7月31日までと余裕があるので、きよしさんの衣裳のことも今後ブログでも語ってみたいですね。
 
また、4月15日の「NHK歌謡コンサート」への出演のお知らせもあり、さらに期待していた15周年記念の写真集&DVDセットの発売のお知らせと申込書が同封されていました。
沖縄で撮りおろされたそうで、とても楽しみです。
 
 
 
イメージ 1
 
さて、ではここからは3月23日に鳴門市文化会館で開催されたコンサート・夜の部のご報告の続きです。
そのときの空気を思い出すために、会場に向かう途中でのところから書いていきますね。
コンサートの日は鳴門公園内にあるホテルに泊まることにしていて、鳴門駅から車で15分くらいのところだったので、先にホテルに行って荷物を置き、大ブリッジから、うずしおを見て、ふたたび鳴門駅に戻ったのです。
そして駅からホールに向かい、途中からは撫養川(むやがわ)沿いのプロムナードを歩いていきました。
プロムナードの壁にはグリム童話にちなんだかわいいレリーフがところどころにあり、さらに真っ赤な夕陽が右手に見え、自分自身が夕陽に染まっているのがわかったのです。 
寒くもなく、暑くもなく、心地よい川風に吹かれて、1歩、また1歩とホールに近づいていきました。
 
 
 
イメージ 2
 
ホールの周りにはたくさんのかたが入場するために列を作っていました。
わたしはその向こうにツアートラックが見えたので、列を横目に通りすぎ、ツアートラック撮影隊(?)に加わったのです。
先の記事にアップしていますが、ツアーパンフレットやクリアファイルの中野サンプラザホールで撮影したきよしさんの画像のトラック、素敵ですね。
そして「大利根ながれ月」のツアートラックも写メしたのですが、すぐお隣にもう1台のトラックが停まっていて、うしろに下がって全体図を納めることが難しかったため、そちらはわたしの記念用に部分だけ撮影しました。
 
先の記事に、オープニング曲が「星空の秋子」になっていたことを書かせていただきましたが、そのときの衣装は、昨年の「輝く! 日本レコード大賞」で着用されたものでした。
ダンサーさんの衣装も同系色のショート丈のドレスにチェンジ。春らしくてとても素敵です。
 
鳴門市民文化会館でのコンサートは3年ぶりということで、幕が開く前から客席がすでにかなりのハイテンションになっていて、
とりわけ地元のかたたちの、
”きよし君、わたしたち待っていたんだよ!!”という心の声が聞こえてくるようでした。
 
鳴門市文化会館は定員1600人ですべて1階席です。
あまりの熱烈歓迎ぶりに、
「そんなに歓迎していただいたら、もう100曲ぐらい唄っちゃおうかな」
と、オープニングトークできよしさんはおっしゃったのですが、後方の席のかたのことも気にかけていらして、"前方と少し温度差があるかもしれませんが”と、ひと言添えられていました。
(最近、ときどきこの”温度差”という言葉を使われますね)
きよしさんは、この日も開場前に、客席後方にいらして後方席からステージをご覧になられたのでしょうか。
何気なく添えられたひと言に、きよしさんがわたしたちと同じ目線に立ってくださっているに違いないことを感じたのです。
「のちのち思い出していただける、いい思い出にしていただけるコンサートになるよう、がんばっていきたいと思います」
きよしさんがオープニングでそこまでお話しされたところで、司会の西寄ひがしさんが登場。
「今までありがとうございました」
ときよしさんがあらためてお礼をおっしゃったのですが、”ました”と語尾が過去形だったので、
「もうこれで終わりということでしょうか?」
と西寄さん(笑)。
きよしさんは、”そんなことあるはずないじゃないですか”というように、
「これからもよろしくお願いします」
とおっしゃり、向き合ってあらためてお2人で、”よろしくお願いします”とご挨拶されたのでした。
 
ここからどんどんお話がはずみました。
「僕、おみやげに徳島ラーメン、箱で5つ買いました。徳島に少しでも貢献できたらと思って」
とこのときに、きよしさんがおっしゃっていたのです。
そして、これまでにシングルを25枚リリースして、デビュー2曲めの「大井追っかけ音次郎」から「大利根ながれ月」まで24曲すべてがオリコンシングルチャート総合で、初登場トップ10入りしているのは演歌ではきよしさんだけ。
その偉業をあらためて西寄さんが紹介され、大きな拍手が起こると、
「15周年が始まったばかりですので、もっともっと盛り上がるように、熱く情熱的に唄っていきたいと思います」
きよしさんは、決意にも等しい思いを言葉にしてくださったのでした。
 
と、ここで上手側にかわいらしい女の子を見つけた、きよしさん。
「どこから来たの?」
とお声をかけました。
「どこから来たの? えっ、あっちから? 僕はこっちから」
なんて、気さくに話しかけられたのですが、その女の子は7歳。お名前をお聞きになると、
「○○○ちゃん、いい名前だねー。将来の夢はあるの? うん? お花やさんかな? それともお嫁さん? まだ決めてない?
”きよし君のお嫁さん”ってまわりの人が言いなさいって言ってる(笑)」
きよしさんはそうおっしゃって笑っていたのですが、その女の子が”きよし君のお嫁さん”と言ってくださったようでした。
「ええと、今7歳。女性は20歳、いや16歳で結婚できるんだったっけ?」
きよしさんはご自身の年齢と計算をして、
「いいじゃない!」とおっしゃったのですが、
別のかたで自ら立候補されたかたがいらしたようで(笑)、
「えっ、尽くしてくださる? いや、他のかたから今、どうかって言われて...」
そして、
「よろしくお願いします」
きよしさんはそうおっしゃっていたでしょうか(笑)。
そのやりとりが上手側の席で、下手側の席だったわたしにはマイクを通さない客席側の皆さんのお声が届かず、きよしさんご自身による”実況生中継”によるものでしたので、雰囲気だけでお伝えできればと思い、書かせていただきましたのでその点、お許しくださいね。
 
そしてこのへんで、アップするかどうか迷った画像です。
これまでわたしが参加した関東圏のコンサートではホール内での撮影自体が認められていませんでしたが、こちらではホール内の撮影はもちろん、先にアップしたきよしさんの全身パネルや、色紙の撮影もOKでしたので列に並んで写メさせていただきました。
 
このようなことはコンサートの主催者に委ねられていることなので違いもあるのでしょう。
でも今後の関東圏のコンサートでは変わらず撮影は認められないと思えるので、画像を記事にアップすることを迷ったのです。
それで今回は、画像にスタンプ(星)を押させていただいてアップすることにしました。。
 
イメージ 3
 
そんな客席とのやりとりのあとで、
「教えて!! きよし君 質問コーナー」となったのです。
お1人目のかたは三重からいらした男性でした。
奥さまが地元のかたで、結婚してちょうど1年。奥さまと奥さまの親族を伴って、コンサートにいらしたそうです。
ちなみに奥さまの実家は、すだちの産地として有名な神山町とのこと。
そのかたが、
”同世代として応援しています”
とうれしくなるような言葉をおっしゃってくださったので、西寄さんが年齢をお聞きになると、37歳ということでした。
お名前を呼ばれると立ち上がって会釈され、マイクを通したお声もよく通り、お話から真っ直ぐなかたと感じていたのですが、そんなかたの心からの言葉に、きよしさんは照れてしまわれたのでしょうか?
「じゃあ僕が23歳なので...」
と、なぜか年齢をおもいきりさば読み(?)されたのですが、次第に小声になって、そこで
「きよしさん、ウソつくと口とんがるんですね」
と空かさず西寄さんのひと言(笑)。
そんなふうにすっかりうちとけたところで、質問に答えられたのです。
 
質問は、”今まででいちばん緊張したのはいつですか?”というものでした。
「いつも緊張していますからねー。
(そのなかでも)特に、緊張するのは、日本有線大賞ですね。それとレコード大賞。
(自分で)なぜ緊張するのか、そのときの気持ちを考えてみたのですが、いろんな気持ちがあって。
やっぱり有線大賞というのは、全国47都道府県の皆さんにリクエストしていただいたことで、いただける賞ですから、できることならいただきたい、(賞を)いただいて、(応援してくださった)皆さんに喜んでいただきたいと思うんですよね。レコード大賞もそうです。
それでそういう思いを抱くと、僕、緊張するんですよね」
きよしさんはそんなふうに答えてくださったと思います。
 
質問された男性に西寄さんが、
「よろしいですか?」
とお聞きになると、そのかたは、
”誠実にお答えいただいて、ありがとうございます”
とていねいにお礼をおっしゃったのですが、わたし、その言葉が自分のことのように嬉しかったのです。
きよしさんは、あともうひとつと、紅白歌合戦を挙げられて、
「紅白歌合戦も緊張しますね。
翌日が1月1日なんだという、めでたい気持ちと、ああ、1年間、多くのかたに応援していただいて、ありがたいという感謝の気持ちがわいてくるんです。
そうすると緊張しますね~。
でも緊張することも必要ですからね。そうでないとだらーんとしちゃうから(笑)」
きよしさんの言葉に聞き入っていた質問者のかたに、
「もっとお話ししませんか?」
と西寄さんが、おっしゃると、
”いや、かなり緊張しているんです”
とのお答え。
その言葉を聞いて、
「緊張することありませんから」
ときよしさんは優しくおっしゃったかと思います。
そしてご一緒されたご家族のことをうかがうと、
”里のおばあちゃんの部屋には、氷川さんのポスターがいっぱい貼られているんです”
とのお答えに、
「最後におばあちゃんの声、聞かせてください」
ときよしさんが呼びかけると、
”はーい!”
とお元気なお声が返ってきたのでした。
 
※こちらは先にアップした画像のなかの右側の色紙です。
今年のコンサートツアーがスタートして早々から飾られています。
 
イメージ 4
 
続いての質問は徳島県内のかたで鳴門まで1時間半。お母さまがファンになったことがきっかけで、そのかたもファンになられたそうです。
お母さまは85歳。今は外出することが難しくなり、この日もお母さまの写真を持っての参加ということでした。
きよしさんはそのかたのお話をうかがうと、
「ご病気と闘っていらっしゃるんですね。
いつも見守っているからねって。
健康になろうねって、氷川きよしが言っていたって」
と、おっしゃったのです。
その場で質問者のかたの色紙にお名前を入れるのですが、お母さまと質問者のかた、おふたりのお名前をきよしさんは書いてくださっていました。
お母さまにとって、何よりのお薬になりそうですね。
 
さて質問は、”徳島では阿波弁を話すので、きよしさんの博多弁を聞かせてください”
というものでしたが、わたしがここで聞き取れた阿波弁は”ほなけんど”だけでした(汗!)。
ちなみに”ほなけんど”は、”だけど”という意味だそうです。
 
きよしさんは、うーんと少し考えてから、
「鳴門は良かとこたい。
僕は九州・博多の出身なので、鳴門は珍しかばい」
というような会話をしてくださいました。
この日も大盛り上がりとなった”質問コーナー”はきよしさんの博多弁でフィナーレとなりました。
 
※今回、きよしさんの阿波弁でのご挨拶の言葉も、きよしさんの発音がよすぎて、初めてその言葉を聞いたわたしには聞き取れず、お隣にいらした地元のかたに教えていただきましたし、このときの地名もよく聞きとれず、帰りのタクシーの運転手さんに教えていただいたのです。
初めてお邪魔させていただいた四国は、わたしにとっては、言葉や知名をとってもみても、それくら初めて尽くしの地だったのですね。
 
※こちらは先にアップした画像のなかの左側の色紙です。
デビュー記念日の2月2日に中野サンプラザホールでのコンサートから飾られています。
 
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質問コーナーのあと、きよしさんの語り付きで「ふるさとの風」、「七つ星」を唄ってくださいますが、このときのきよしさんの語りは毎回少しアレンジされていて、きよしさんのお心が伝わってきます。
 
続いての「月が笑ってる」では、衣裳チェンジされていました。
昨年、東京国際フォーラムで開催された「きよしこの夜Vol.13」で着用された”幼稚園児”をテーマにした衣装での登場でした。
ご覧になったかたにはご存知のことですが、赤いベレー帽に、グレンチェックのショート丈のジャケットはエリとポケット、袖口が黄色いテープで縁取られています。白いシャツに赤い蝶タイ、グリーンのショートパンツに黒(あるいはネイビー)のハイソックス、靴は赤だったかと思います。
「きよしこの夜Vol.13」では、胸に”きよし”と書かれた赤いチューリップの名札を付け、ハイソックスは白、靴は赤でしたが、少々アレンジされていました。
ダンサーさんたちはプリーツスカートでした(詳細を書けるほどには覚えていなくてごめんなさい)。
 
全国のファンの皆さんにいろいろな衣装をお見せしたいというお気持ちからでしょうし、きよしさんのかねてからの思い入れのある大切な衣装と今は了解しています。
でも、きよしさんの「月が笑ってる」が大好きで、自分のなかで、自分が頼りたくなる“大人なきよしさん”というイメージができてしまっていたのか、この日”幼稚園児”をテーマにした衣装でのきよしさんの「月が笑ってる」の歌唱が、正直なところ、わたしには受け止めにくかったのです。
それでこのときはきよしさんの歌唱を聴くことに集中させていだきました。
この曲への思い入れが強く、勝手にイメージを固定させてしまっていたということに気づきましたので、次回はまた違った受け止め方ができることでしょう。
このことを書くかどうか迷ったのですが、これまでずっと正直な気持ちを書かせていただいてきたので。
ごめんなさい。
 
「月が笑ってる」のあとは「カラスの口紅」を唄ってくださり、
「かあさん日和」では、ベレー帽とジャケットを脱がれての歌唱でした。
場内はしんと静まり返り、きよしさんの愛に包まれて、その余韻に抱きしめられている思いになったのです。
 
ラストトークで、きよしさんは、来場とこれまで応援していただいたことへのお礼をおっしゃると、
「あっという間の15年だったように思います。
そして、ようやくスタートラインに立たせていただいて、ここからがスタートだという気持ちにさせていただいています。
今、ここからスタートしていきたいです」
そして、ここででしたでしょうか?
どの会場にもできれば1年に一度はうかがいたい思いであることをおっしゃって、
「来年も鳴門でコンサートさせていただきたいですね。
そのときは、またお越しくださるというかた?」
きよしさんが挙手を求められると、多くのかたの手が挙がりました。
 
きよしさんはそのとき、大きくうなずかれたかと思います。
そして、
「あたたかくなってきましたが油断すると風邪ひきますからね。あたたかくしてください。
皆さん、日々、笑顔で健康でいてください」
とおっしゃり、右手を高く掲げて、
「約束です!」
と大きな声でおっしゃったのでした。
 
その日、うずしおを見てきたからでしょうか?
このとき、心の奥底から、感動という言葉ではあらわしきれない、胸がふるえるような思いがぐるぐるとうねるようにわいてきたのです。
氷川きよしがこの世に誕生して、まる14年。
これまで唄い続け、どれだけ多くの人たちを勇気付け、悲しみや苦しみを癒して幸せな気持ちにさせてくださってきたのかを感じて、
”きよしさん、15周年おめでとう!”と、心から思ったのでした。
 
 
※初めての四国でしたが、多くの心優しいかたに出逢いました。
 ”うずしお通信”を書かせていただく材料も、限られた時間のなかでたくさん集めることができましたので、またそちらも書いていきたいと思います。