今年は2014年。
松井由利夫先生が旅立たれてから5年の月日が経ったのですね。
きよしさんがその前年の大晦日に「NHK紅白歌合戦」で大トリをつとめられ、松井先生はきよしさんが「きよしのズンドコ節」を唄う姿をテレビでご覧になられたそうですが、今年は先生がきよしさんのために書いてくださっていた「大利根ながれ月」とともに氷川きよしの15周年を迎えさせていただくことができ、感無量です。
”きよし君、15周年、ほんとうにおめでとう!”
祝福してくださっているが先生の笑顔が浮かんできます。
ほんとうに時はどんどん過ぎ去っていきますね。
少し前の記事にも書かせていただきましたが、昨年から折々に松井先生が書いてくださった歌詩の重さ、深みにいっそう感じ入ることが多くなってきました。
わたし自身が年齢をそれなりに重ねてきたということもあるのでしょうが、きよしさんの歌唱を通して松井先生の作品にふれることがほどんどのわたしですから、それはやはり、きよしさんの歌唱力や表現力が深まっているからなのだとあらためて感じています。
この記事を書こうとして、松井先生が旅立たれたときのきよしさんの公式コメントを読んで、その思いの深さ、そして誠実さに心打たれましたので、先にそのコメントを。
「なぜ、こんなことに…
残念でなりません。お元気になって、もっともっと長生きしていただきたかったです。
お見舞いに伺ったとき、できたばかりの『浪曲一代』のCDを聴いて、とてもよろこんでくださいました。
残念でなりません。お元気になって、もっともっと長生きしていただきたかったです。
お見舞いに伺ったとき、できたばかりの『浪曲一代』のCDを聴いて、とてもよろこんでくださいました。
それに、僕のために新しい作品をかいてくださっていると張り切っていらっしゃいました。
また、10月の日本武道館の(10周年記念)コンサートまでには、元気になって必ず見に来てくださると約束もしました。それなのに…本当に残念でなりません。
『浪曲一代』がオリコン総合チャート初登場1位になったときも、”松井先生!!”と、真っ先に先生にお電話しました。
”よかった。うれしいね”と、先生はとてもよろこんでくれました。それが、先生との最後になりました。
奥様から、『きよしのズンドコ節』を聴きながら、眠るように亡くなられたとお聞きしました。
『浪曲一代』がオリコン総合チャート初登場1位になったときも、”松井先生!!”と、真っ先に先生にお電話しました。
”よかった。うれしいね”と、先生はとてもよろこんでくれました。それが、先生との最後になりました。
奥様から、『きよしのズンドコ節』を聴きながら、眠るように亡くなられたとお聞きしました。
また、お嬢さんの葉子さんが、”父の大トリも『きよしのズンドコ節』でした”とおっしゃったとお聞きして、もう涙がとまりませんでした。ありがとうございました。
いつも長良会長から、松井先生の背筋がピーんと伸びた姿勢と生き方を見習うように言われていまして、松井先生のことを本当のおじいちゃんのように思っていました。
レコーディングのスタジオでお会いすると、いつも合掌して、”どうも”とニコニコしながら声をかけてくださいます。
今度、レコーディングするときも、またそうやって松井先生がいてくださるような気がしてなりません。
松井先生が残してくださった演歌の心を歌い継いでいくことが、先生に対するご恩返しだと思っています。これからも、一言、一言、詞の世界を大切に伝えるべく、心を込めて歌って参ります。
松井先生、ありがとうございました。そして、いつまでも見守っていてください。
氷川きよし」
いつも長良会長から、松井先生の背筋がピーんと伸びた姿勢と生き方を見習うように言われていまして、松井先生のことを本当のおじいちゃんのように思っていました。
レコーディングのスタジオでお会いすると、いつも合掌して、”どうも”とニコニコしながら声をかけてくださいます。
今度、レコーディングするときも、またそうやって松井先生がいてくださるような気がしてなりません。
松井先生が残してくださった演歌の心を歌い継いでいくことが、先生に対するご恩返しだと思っています。これからも、一言、一言、詞の世界を大切に伝えるべく、心を込めて歌って参ります。
松井先生、ありがとうございました。そして、いつまでも見守っていてください。
氷川きよし」
「大利根ながれ月」を、松井先生は執筆された当時はどんな思いで書かれたのでしょう?
先生は、歌手としてはもちろん人としても大きく大きく成長され、まぶしいばかりの"氷川きよし”が、その輝かしい15周年の幕開けに唄う姿を、想像されていたでしょうか?
きよしさんが「浪曲一代」がオリコンのシングル総合チャートで第1位になった報告を電話でされたとき、松井先生は電話口で泣いていらしたと、のちにきよしさんがお話しされていたことがありましたね。
勝手なイメージですが、
天国の松井先生が、「大利根ながれ月」の出来栄えと、”氷川きよし”の雄姿に、
長良会長と手をとられて、
「やった!!」
とおっしゃり、
「きよし、俺たちはおまえとともに生きているんだ」
と長良会長がおっしゃってくださっている様子が浮かんでくるのです。
さて、以前からブログに書いてみたいと思っていて書けないままでいることのひとつを今日は書いてみようと思います。
一昨年のことでした。
一昨年のことでした。
きよしさんがデビューする前のことを知る方から教えていただいて、きよしさんをデビュー前から励まし、ずっと応援してくださっているかたのお店にお友だちと行く機会がありました。
その後何度か訪れているそのお店には、きよしさんのメッセージとサイン入りの最新ポスターがいつも貼られているのですが、ポスターをお持ちになった、きよしさんが、ご自身で貼っておられるのではないかしら?という感じさえするのです(ごめんなさい)。
それまで、自分がなぜこんなにまで"氷川きよし”を好きになってしまったのだろう? と自分のことながら不思議に思い、"氷川きよし”は何ものなのだろう? という思いを抱え、漠然とその答えを求めて福岡をはじめ、さまざまな地にも行ってみたのですが、
ああ、わたしが求めていた答えはここにあったんだなあと、しみじみ思ったのでした。
そのときにはっきり思っていたわけではなかったのですが、こうして振り返ってみると、そのときを境に、
わたしの"氷川きよしへの旅”は、ようやく終わり、"氷川きよしとの旅”が始まっていたのではないかと思えるのです。
もちろん最初から、"氷川きよしとの旅”をされているかたもたくさんおられると思うのですが、わたしは、”氷川きよし”とは何なのだろう? そしてその”氷川きよし”にこんなに心惹かれるわたしは何なのだろう? という、ある意味、きよしさんを通しての自分探しを同時にしていたのかもしれませんが、そんな心の紆余曲折があり、そのゴールがそのお店に漂っていたあたたかな空気だったのかもしれません。
そのお店は常連さんしか来ないのでは? と思われるのですが、
お客さまは皆さんくつろいでお話しされていて。
おひとりでいらしてママさんとの会話を楽しまれているかたもお見かけします。
お料理にはとても研究熱心で、話題の食材を取り入れ、レシピをうかがうと、ああ、こんなふうにしたらこんなにおいしくなるのだと感心することばかり。
そしてわざわざ食材をお取り寄せして、お店のメニューにされているものもあって、それで利益があるのかしら? と心配に思うこともあります。
1,2ヶ月に一度のペースでうかがう仕事先の会社の近くにあるので、お店のママさんには仕事でときどきこちらに来るのでと、きよしさんのファンであることはお伝えしていませんし、これまで一度もきよしさんの話題をしたことはありませんが、お話の感じでは何となくお気づきなのかもしれません。
そのお店の開店記念に贈られたメッセージボードもカウンターに飾られてというより、ちょこんと置かれているのです。
一度、このことを書きたいと思いながら、うまくまとまらず1年以上が経っていましたので、今日ここに書かせていただくことにしました。
哀愁さん、少しそのことにふれたとき、コメントくださいましたが、お知らせが今になってしまいました。
お待たせしてごめんなさい。
それから先の記事で予告していた「うずしお通信」ですが、来月、きよしさんが鳴門市文化会館でコンサートをされるので、母との春の旅行を四国にして、コンサートにうかがう予定にしているのです。
はじめての四国なので、他の地域もまわってとプランを考えていますが、鳴門ということで”うずしお”を見てみたいと思って、調べたら、どんどん興味が増して...。
そして、松井先生が「夜明け前」に書かれた歌詩も浮かんで...。
心が”うずしお”のように渦巻いて、わくわくドキドキしているのです。
では、ここで「夜明け前」を(ヤフーさんが許可を得てくださったので大手を振って全文掲載です)。
夜明け前
花の命が 輝くときは
花燃え尽きて 散るときさ
はまなす海峡 潮路の果てに
どんな明日が きてもいい
涙で流れる 夢もいい
人のこころは 渦潮だから
身をもむことの くりかえし
はまなす海峡 霙がいつか
雪にかわれば 日も変わる
夜明けが近づく 北の海
雪のすだれで 千島は見えぬ
見えたらきっと 泣けるだろ
はまなす海峡 ふたりを乗せた
船の汽笛が こごえても
君さえいたなら 寒くない
皆さま、
"人のこころは 渦潮だから 身をもむことの くりかえし”
って、どんな心境なんでしょうね?
鳴門で渦潮を見ながら、その世界観を味わってみたいものです。
なんて考えていたら、ほんとうにわくわくドキドキしてきてしまって、その日を待って”うずしお通信”を壁新聞のノリで、作ってみたいなあと、修学旅行を待つ中学生だったころの気持ちがよみがえってきたのでした。
今日は「大利根ながれ月」と、そんな個人的な思いから「夜明け前」を聴いてすごしたいわたしなのです。