「どうぞ、どうぞっ! ...」
きよしさんはそのとき、胸にわいた思いに言葉が追いつかなかったのでしょう。
そう、おっしゃると、そのまなざしを大きく見開いてまっすぐに客席を見つめ、言葉を呑みこむようにして静かにお辞儀されたのです。
堺市民会館でのコンサート、昼の部でのことでした。
15周年を迎えられたことへの感謝、この日の熱烈な声援への感謝の思いを述べられ、お礼をおっしゃると、大きなきよしコールがわいたのです。
きよしさんは、”うわー、申し訳ない、どうしよう?”といった様子で、あわてて”皆さんコール”を重ねてくださったのですが、そのあとさらに、決意をお話しされていて、そのような展開になったのでした。
きよしさんは、ここで先日夏木ゆたかさんの「ホッと歌謡曲」でもお話しされていたレコード店さんへの挨拶回りをされた折の出来事をあらためてお話しくださいました。
大きな拍手と歓声が起こりました。
わたし、こんな夢のような瞬間を、きよしさんにこれまで何度見せていただいたことでしょう。
きよしさんはそんなときは、もう言葉を超越しているのだろうなと感じるのです。
事務所でのご挨拶がすみ、売り場に行ってみたら演歌コーナーに男性ばかり4人のお客さまがいらしたので、きよしさんが、その方たちに、
「こんにちは、氷川きよしと申します。今度『大利根ながれ月』という新曲が出ます。よろしくお願いします」
とご挨拶されると、皆さんに、”がんばってね!”と言っていただけたのですが、そのなかでおひとりだけ反応が違う方がいらして、”ちっ!”と舌打ちされたので、きよしさんはそのまま帰るわけにはいかないと思われたそうです。
「僕、その人にダーッて近づいていったんです」
きよしさんはそうおっしゃって、ステージの上ですごい速さで近づくシーンを再現?してくださいました。
その方は、”古賀メロディーがやっぱりいいんだよ。そういうのを唄っていればいいのに、最近の若い男性歌手(このときはきよしさんおひとりに対してではないニュアンスでおっしゃっていました)はおばさま方に媚びているよ”などなど辛口なご意見をおっしゃったのですが、きよしさんは誠意を尽くしてその方のお話をお聞きになられたのでしょう(何だか想像ついちゃうんですもん!)。
最後には”がんばってね!”と言ってくださったそうですが、きよしさんはその方のご意見に感じ入ることもあったようで、
「ほんとうに人との出会いって大切ですね。僕、勉強させていただきました」
とおっしゃっていました。
でも視界良好で、好きに動くこともでき、楽しい時間を過ごさせていただきました。
夏木さんもおっしゃっていましたが、多くの人に愛されるということは、さまざまな人たちの自分への想いを受け止めていかなければなりませんから、悩みも深くなり、考えなければならないことも多くなるかもしれませんが、だからこそ成長することができ、またさらなる高みへと登っていくことができるのでしょうね。
そして、それは計算も見栄もない、真の魂のふれあい、ぶつかり合いがあって初めてできることと、きよしさんにまた教えていただきました。
そういえば昼の部はある意味、初体験のスペシャル席でした。
と書けばおわかりになる方もいらっしゃるかと思いますが、初の”立ち見席”体験をさせていただいたのです。
ライブハウスと思えば驚くことでもないかもしれませんが、きよしさんのソロコンサートでは初めてのこと。と書けばおわかりになる方もいらっしゃるかと思いますが、初の”立ち見席”体験をさせていただいたのです。
でも視界良好で、好きに動くこともでき、楽しい時間を過ごさせていただきました。
そして迎えた夜の部。
「10月以来、堺市に帰って来られて、うれしいなあー」
きよしさんはオープニングトークでそうおっしゃったのです。
「大利根ながれ月」についての思いを夜の部でもあらためて言葉にされ、
「何とか皆さんに支えていただいて、今日まで唄ってこられました。15周年を迎えることができ、歌手人生のスタートラインに立てたという気持ちです。
今回、13年ぶりのメジャー調の股旅演歌です。平手造酒をモデルに、義理人情に生きる男の道が描かれています。股旅の世界には感謝、ご恩返し、そして勧善懲悪が生きているんですよね」
そうおっしゃって唄ってくださった新曲「大利根ながれ月」、主人公のお顔がうかんでくるようでした。
なんだか、そわそわしている様子のきよしさん、
続いてのバラの画像を転写した赤と黒のジャケットにお着換えされて昭和の名曲を唄ってくださるコーナーでのこと。
「青い山脈」を唄われたあとでしたでしょうか?
ごめんなさい。今書こうとして記憶が曖昧です。
「あのう、あのですね...」
えっ? 何、何?
「すみません、お手洗いに行ってきていいですか?」
きよしさんは申し訳なさそうに客席に向かっておっしゃったのです。
そんな、だめだなんて言うはずないでしょう(笑)?
きよしさんは、「えっ、だめです、か?」
なんて舞台の上でとまどいの様子。
もう、きよしさんたらそう言っている間に早く行ってきてください~!
「僕、がまんしていたんです。でもこのまま(このコーナーの)最後まで唄えるかなって思ってたんですけど、あの」
”早く行ってきて~!”の大合唱となりました(笑)。
「スミマセン、ちょっと失礼します」
きよしさんはぺこりと頭を下げて舞台袖へと小走りに戻って行かれたのでした。
あわてて出てこられたものの、突然ステージにひとり取り残された西寄さん、
「私、2002年より司会を務めさせていただいていますが、このようなことは初めてでございます」
と空かさずおっしゃって、場内大爆笑となったのです。
お手洗いも忘れるほどに、歌に集中されていたのでしょうね。
きよしさんが戻ってこられ、ふたたびコーナーがスタートして、「王将」では、先の記事にも書かせていただきましたが、感動して涙がとまらなくなっていたのです。
大阪や堺の街への個人的な思い、感動も、きよしさんの歌の力をいただいて噴き出すようにわいてきていたのです。
ここで「教えて!!きよし君」のコーナーでした。
お一人目はこの堺市民会館で数十年前(?)に成人式をされたという方で、”懐かしい”と思うことがありますか?という質問でした。
そしてきよしさんは今日から2日間、神戸国際会館 こくさいホールでコンサート!
ご参加の皆さま、きよしさんと素敵な時間をお過ごしくださいませ。
※お祝いメッセージと投票、ありがとうございます。
「子どもの頃、平凡に暮らしていた生活が懐かしいですね。今も平々凡々な生活ではありますが、子どものころは素朴で、贅沢をすることはできませんでしたが家族3人で暮らしていた生活が懐かしい。
だって、おいしいものを食べたって、もし、それだけだったらそのときだけのことでしょう。
だって、おいしいものを食べたって、もし、それだけだったらそのときだけのことでしょう。
やっぱり仲間がいて一緒に笑い合って食べることがいいんですよね。
僕は、こうして今皆さんと一緒に笑い合って過ごせて、幸せです」
きよしさんはそうおっしゃって、さらに成人式の話題になり、西寄さんに成人式はどうしていたかお聞きになったのです。西寄さんは当時、音響の仕事をしていて、成人式当日は岩手にいらしたということでしたが、きよしさんはそれをお聞きになって、
「僕はバイトしていました。自分探しの東京の生活をしていました。
日々、苦しみは尽きませんが、今は自分と戦っていかれることが幸せです」
とおっしゃったのです。
お二人目の方の質問は、”どんな子どもでしたか?”というものでした。
「僕はひとりっこで恥ずかしがりやでした。両親が共働きだったので、保育園に行くことになったのですが、初めて連れられていったときのことは鮮明に覚えています。僕、イヤでイヤで母のスカートをグッと引っぱって泣きわめいていたんです。
でも結局預けられて無理やりお昼寝させられて。
早く卒園したいなって思ってましたね。高校までずっとそんな感じで、わんぱくで自由奔放な子ども時代を生きさせていただきました。
今も自由奔放ですけれども(笑)」
そしてここで夜の部ではきよしさんから質問。
「浅草人情」について、いくつか問いを投げかけては、きよしさんがご自身がその場で答えることを繰り返して、
”張り子”が出てきますが、何の張り子でしょう?」
”張り子”が出てきますが、何の張り子でしょう?」
と、問われました。
皆さまおわかりでしょうか?
前方の男性が”意地”と即答されていました。
きよしさんはア・カペラで「浅草人情」を数フレーズ唄ってくださったのです。
きよしさんはア・カペラで「浅草人情」を数フレーズ唄ってくださったのです。
ここできよしさんのモノローグが入って「ふるさとの風」そして「七つ星」とカップリング曲を2曲唄ってくださいました。
ここで暗転して西寄さんのナレーションで氷川きよしの歩みが紹介されていきます。
ここでのインストロメンタル演奏、八王子では「陽春」かと思ったのですが。この夜の部では「望郷の月」でした。
昼の部ではよく聞き取れなかったのですが、「風来抄」のように聞こえたのですが、実際はどうだったのでしょう・お気づきのかた、いらしたら教えてくださいね。
きよしさんは夜の部のラストトークで、
「いよいよ15周年です。
いつもいつも励ましの言葉をありがとうございます。
皆さまに歌でこの感謝の気持ちをお返しできたらという思いで唄っています。
責任感も重々承知しています。
でも自然体で自分らしく唄っていきたいです。
若い時は人のことも気になりますし、競うような気持ちもありましたが、今は戦う相手は自分だと思うようになりました。
これからも自分と戦っていきたいと思います」
きよしさんのきっぱりとした覚悟と、頼もしい言葉に、幸せな気持ちにさせていただいたのでした。
終演後、難波へと向かったのですが、難波駅で乗り換えの際、少し地上に出たときに、チラチラと小雪が舞っていたのです。
ああ、どうりで寒いはず。
でもわたしの心はきよしさんの歌声と、堺の街でお会いした方たちの真心をしっかりと抱えていたので、いっそう心の温かさを感じたのでした。
以下は余談です。
今回は前の日も仕事でかなり帰宅が遅くなりそうだったので、堺に行かれることになってからも、朝早く起きる自信のないわたしは、いっそのこと前夜のうちに高速バスで出かけようか迷っていたのです。
でも、その数日前からかなり疲れ気味だったので、やはり新幹線で行くことに決め、自由席にするとダラダラ出かける時間が遅くなっていきそうなので(恥!)、ようやく出かける前々日の24日に駅の自動券売機で指定席をとったのでした。
当日、新幹線のホームで、列車のドアが開くのを待っていたときのことでした。
ドアが開いたらすぐにすわって、コーヒーとパンを食べて、少しPC仕事をしてそのあとは眠る。
と、もう段取りで頭がいっぱい。車内が清掃されるのをぼうっと眺めていたのです。
と、そのときでした。
近くを通り過ぎた男性とふと目が合ったのです。
あれ、ええとどこかで...。
ああ、そうだ、ええ? 西寄さん!
スッポリとニット帽をかぶっておられ、トレードマーク(?)のあの髪型がまったく見えなかったのと、横を通りがかった一瞬のことだったので西寄さんとわかるまで数秒かかったのです。
西寄さんの歩いていらしたほうを見ると、ホームで何人かの方たちと談笑されていて、わたしの乗る列車に乗り込まれる様子でした。えっ、ということはきよしさんもご一緒なのでしょうか?
そう思ったら突然ドキドキしてきたのです。
座席にすわってからの段取りで頭がいっぱいだったわたしだったのに突然、何かの(なんでしょね?)スイッチが入って、シャキーンとしたのでした(笑)。
思えば駅の自動券売機で、窓際席という希望だけを選んで自動で指定された座席でしたが、わたしの車両は西寄さんが乗り込まれた車両の隣の隣だったのです。
なので新大阪で降りた際、わたしにとって進行方向前方になったそちらの車両の方を見ると、きゃあっ!
そうなのです。きよしさんの姿がすぐに目に飛び込んできたのでした。
キャメルカラー(あるいはベージュ?)のダウンジャケットで、エリはふかふかしていてマフラーをしなくてものどを守ってくださる大きなもの。
ぴったりフィットしたパンツをお召しになっていて、たくさんの人のなかにいてもひときわ素敵でした。
わたし、きよしさんだったら100メートル先からでもわかるなあなんて思いながら、下りエスカレーターの方に歩いていったのです。
やっぱり、ご一緒だったのですねー。
なんて心で唱えながら、下り専用エスカレーターまでくると、わたしの眼下をエスカレーターに乗ったきよしさんが降りていく格好になって、その長いまつ毛と、少し眠たそうなつぶらな瞳(わたしだけ見ちゃってごめんなさい。でもそのまなざしが最高に魅力的だったのです)を至近距離で見させていただくことになったのでした。
す、素敵すぎます!!
エスカレーターの列の後尾が長くなっていたので、階段から降りると、きよしさんが改札をスタッフの皆さんと通っていらっしゃるところまでその一部始終を見させていただいたのでした。
東京駅の新幹線のホームはたしか4つありますから、ご一緒の便になれるなんてまったく期待していませんでした。
なので周囲もまったく見えていず、もし西寄さんと目が合わなかったら、まったく気づかなかったことでしょう。そんなわけで西寄さんはこの日、わたしの”福の神さま”となってくださったのでした。
皆さま、15周年記コンサートの日程と会場が発表になりましたね。
そしてバースデーコンサートは島根とのこと。
ドキドキしてきますね。
それではまたお会いしましょう!
そしてきよしさんは今日から2日間、神戸国際会館 こくさいホールでコンサート!
ご参加の皆さま、きよしさんと素敵な時間をお過ごしくださいませ。
※お祝いメッセージと投票、ありがとうございます。
ファイルのページ数、増やしておりますので余裕あります。
31日いっぱい受け付けているので、引き続きのご参加どうかどうか...、
よろしくお願いいたします。