堺市民会館での夜の部が終わって、難波へ向かって南海線に乗りました。
今回で堺も3度目でしたから、勝手知ったるというのもおこがましいのですが、進行方向右側の車窓から通天閣が見えるので、反対側のシートに座ったのです。
 
そういえば2000年に放送された、きよしさんの大阪キャンペーンに密着取材したワイドショーでも、まさにそんな風景が写っていました。
これはそのワイドショーの画像です。
 
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さて、皆さま、先の記事のあと、諸々仕事が山積みでしたので、いったんアップさせていただきましたが、再び続きを書き出そうとしたら、どうしてもヤマブキレコードさんでのことと堺の街への思いを書かずにはいられなくなってしまい、とても個人的な思いではありますが、ご報告の前に書かせていただくことにしました。
コンサートのことはこのあとの記事になりますので、こちらはもしよろしればお読みいただけると幸いです。
 
車内は空いていたので、予定していたより早い時間の電車に乗れた安心感もあり、そこでひと息ついて、気になっていたものを、帰宅するまで待ち切れずにようやく手にしたのでした。
それはヤマブキレコードさんの奥さまからいただいたお手紙。
前回、訪れたときに気持ちばかりのものをお渡しさせていただいたのですが、奥さまはそのことをお心にとめてくださっていたのでした。
ありがたいことにちょうどいらっしゃったので、奥さまにもお会いしてお話しできたのですが、わたしが数日前のブログに堺にうかがうことを書かせていただいたところ、ブログを読んでくださっている方がそのことをすぐに伝えていてくださったようで、もし、奥さまがいらっしゃらないときにうかがうことになっても大丈夫なようにご主人に託されていたということでした。
袋のなかには心惹かれる上品な箱にハート型のクリップで封筒が留められていたので、お手紙? と気になっていたのです。
奥さまからのお手紙には、堺市民会館がリニューアルのため休館になるので、きよしさんを近くで感じられる日もヤマブキレコードさんとしてはしばらくお休みになるさみしさと同時に新会館への期待も書かれていました。
そして、
”氷川きよしさんの近況や、きよしさんへの想いを私達にも発信しつづけて下さい。楽しみにしております。”
と結んでくださっていて、わたしはその優しく美しい文字から伝わってくるあたたかな思いが胸いっぱいに広がって泣きそうになっていましたが、そのとき、車窓に通天閣が見えてきたのです。
昼夜、フルコーラスで唄ってくださった、きよしさんの「王将」が耳奥に蘇ってきました。
あるときまで、わたしにとって大阪はなじみのない、遠い街だったはずだったのに...。
今ではこんなに身近に親く感じているのです。
堺の街にくることができた嬉しさと同時に、これから帰らなければならないさびしさにおそわれたのでした。
 
その日、わたし、ご主人からもいただきものをしていたのです。
それはきよしさんが、「箱根八里の半次郎」の50万枚プレスを記念してキャンペーンに来店された時のスナップ写真。写真は帰宅してゆっくり見させていただいたのですが、臨場感あふれるその何枚もの写真に写っている22歳のきよしさんは輝くような笑顔で、「箱根八里の半次郎」が大ヒットした嬉しさと、店内いっぱいに集まってくださったお客さまの声援を受けながら唄う幸せがはじけてくるようなのです。
”今度、いらしたら差し上げたいと思っていたんですよ”
ご主人はそうおっしゃって、気軽に袋を手渡してくださったのですが、それがきよしさんの写真とわかった瞬間、わたし、驚いて飛び上がりそうになったのです。
昨年10月にお会いしたばかりなのに、おふたりにお会いできたこと、ヤマブキレコードさんにうかがうことができたことがもう懐かしくて懐かしくて、そしてお心がありがたくて、うれしくて。
これからきよしさんのコンサート(昼の部)に行くというのに、もう胸がいっぱいで、ああ、堺に越させていただけてわたしは何て幸せなのだろうと、また皆さんに笑われてしまいそうですがわたし、すでに満足してしまっていたのでした。
 
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こちらもワイドショーの画像です。
2000年8月31日に来店されたときに、きよしさんもお乗りになったクーラーボーックスは今も店内にキープされています。
ちなみに来月は、こちらのお店に、きよしさんの後輩である、はやぶさの皆さんがキャンペーンで来店されるそうです。
 
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そして今回は、初めて堺に行ってみようかしら? と思ったときに、いろいろ調べて気になっていた場所があったことを思い出して、昼と夜の部の間にトライしてみたのです。
それは、仁徳天皇陵。
 
社会科や歴史の授業に出てくるのでご存知のかたも多いかと思いますが、全長486メートルでクフ王ピラミッド、始皇帝陵と並ぶ世界3大墳墓築王は5世紀中ごろ。
小学生のころ、その存在を知ってドキドキしたのです。
その仁徳天皇陵はあまりに大きすぎるので近くに行っても森のようになっていて全体をよく見渡すことが難しいのですが、堺東駅から堺市民会館へ向かう途中にある堺市役所の高層館の21階展望ロビーから、全景が見えることを知って、行ってみたいと思ったはずなのに、ヤマブキレコードさんを訪れて大感動したわたしはそれどころではなくなり、過去2回は忘れ去っていたのです。
初心にかえってというわけでもないのですが、そのことを思い出した今回は日曜日。お役所はお休みなのであきらめていたのですが、会館に行く途中、市役所に警備員のかたをお見かけしたので、だめもとでお聞きしたら、日曜日も開放していることを教えていただいたのです。
 
それで昼の部が終わったあと、市役所に行ってみたのですが、こんもりした森のように、街の向こうに仁徳天皇陵が見えて、その大きさにはほんとうに驚きました。
 
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そして、仁徳天皇陵を左手に見たときに、右手には堺市民会館の建物があり、その向こうには堺港が見えたのです。
思っていたよりずっと堺港は近いのですね。
そして、あくまできよしさん中心にしか考えることができないわたしですので、今、きよしさんのいらしゃる堺市民会館を高層から眺めてみると、左手にはあまりにも巨大な仁徳天皇陵、右手には美しい堺港が光っていて...。
3月に堺市民会館は閉館するけれど、いずれまた新しい会館がオープンするのだなあ。
堺市民会館を眺めながら、漠然とそんなことを考えていました。
それは5年ほど先のことになるようですが、そうであれば、そのときはきよしさんは20周年!
わたし、そうしたらまたきよしさんの20周年でも、この堺に越させていただいて、この場所から、新たに誕生した堺市民会館を眺めさせていただこう。


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この画像の中心にある白い建物が堺市民会館で、上のほうが堺港です。
夕方で光量が少なかったので白っぽく写っていますが、実際はもっとクリアで美しい微妙な色合いの空になっていました。
次回の堺行き、それは行きたいと望む自分だけの思いだけで叶うものではありませんので、
”どうか、どうか、越させてくださいね。よろしくお願いします。”
堺の街に心からお願いをしたのです。
 
”どうか、どうか”といえば、思い出すのは、堺市民会館でのコンサート、昼の部でのきよしさんの言葉です。
次の記事はその言葉からスタートしますね。