皆さま、こんばんは。
深夜の更新です。
昨日はお芝居を2本観てきました。
お昼からは渋谷のBunkamura シアターコクーンで、わたしの心のお師匠さまである蜷川幸雄さん演出の「冬眠する熊に添い寝してごらん」、夜は青山劇場で「真田十勇士」。どちらも満員御礼でした。
「冬眠する熊~」は、昨年のうちにメーンキャストのおふたりに取材させていただくため分厚い脚本をいただいて読みましたが、あの脚本があそこまでの舞台になるなんてと驚嘆しました。
世界的にも高い評価を得ている蜷川さんが制作発表会見で、これまでになかった作品にチャレンジすることで演出家としてレベルアップできるのではという野心から作家の古川日出男さんに脚本を依頼されたことをお話しされ、その飽くなき向上心に驚き感動したのです。
「真田十勇士」のほうは中村勘九郎さん、松坂桃李さんが大活躍でした。
 
さて、月末・月初の仕事や原稿の締切がほぼ決まり、堺市民会館でのきよしさんのコンサートにに行かれることになりました。FCでは夜の部のみ当選でしたが一般発売で昼の部のチケットも入手でき昼夜参加します。3月に閉館するそうなのできよしさんと一緒に名残を惜しませていただいてきます。
思えば2000年にきよしさんの密着ドキュメンタリー番組で見た堺や大阪に、今やこんなに親しさを感じていることに不思議な気もしますが、これもきよしさんからいただいた宝物のひとつですね。

ところで皆さまから投稿に混ざって諸々のメッセージもいただいております。
わたしの意見は2月2日のデビュー記念日以降に書いてみたいと思いますが、恋愛でも仕事でも友情でも一生懸命になればなるほどリスクも伴うと、わたしは思っています。
わたしは”氷川きよし”を知ったとき、このブログにもそのことを何度か書いたことがありますが、その風貌にも人柄にもほとんど興味がありませんでした。
もちろん、きよしさんを素敵と思わなかったわけではありませんよ、念のため(笑)。
そのときの気持ちを説明しづらいのですが言ってみればそれくらい、ただただその歌声に魅せられていたのだと思います。興味がないということは歌以外のことにはほとんど期待をしていなかったということなのですが、だからといってきよしさんを穿って見ていたわけでもありません。
でもそんな風にポカンと何もない地点から、きよしさんのことを見つめることになったわたしは、ある意味、当初かなり醒めた目できよしさんを見つめていたのだと振り返ってみて思います。
1999年中に、きよしさんのアルバイト先の同僚の方のお友だちから、”氷川きよし”の存在をデビュー前に知ることになったわたしは、きよしさんの歌声を聴く前に、”人柄の良い方だから、応援したい”というその同僚の方の真心だけが伝わってきたのでした。
思えば不思議な出会いでした。でもそれも必然だったのだろうと今になってはっきり思わずにはいられないのです。
 

さて、今日は22日のラジオ番組でのきよしさんのトークをお伝えしたくなり、記事を書いています。
ではラジオで印象に残ったことを。
「もう全部やったらいいね」
「夏木ゆたかのホッと歌謡曲」で、夏木さんがきよしさんにそう言ってくださいました。
夏木 「今までいろんなパターンの歌にチャレンジさせてもらって歌手冥利に尽きるよね」
氷川 「ありがたいですね」 
夏木 「『きよしこの夜』から、あっちからこっち、変な言い方だけどあっちゃこっちゃいろんな歌もらってるんだもん」 
氷川 「そうですね(笑)、ありがたいですね、ほんとうに。タイプがまったく違いますし主人公の人格も違います」 
夏木 「これからもうあと5~6年、いや10年くらいは歌作りだけはマネージャーとレコード会社と先生方にみんな任せて、ラテンだったらラテンも唄う。もう全部やったらいいね。 
氷川「いいですよね、僕、ラテン、いいなあと思って」
 
そんな会話がコーナーの終盤で交わされました。
この日は「満天の瞳」、「七つ星」、「大利根ながれ月」が流れたのですが、きよしさんは「大利根ながれ月」については、 
「15周年ですから、やっぱり明るく。平手造酒の義理人情や男気を表現したい」
と、その思いをお話しされました。
 
オープニングでは、
夏木 「ずっと氷川さんとこうやって何十回としゃべっていて、資料調べてたら一番最初のころに”短距離選手にほんとうはなりたかったんですよ”っていうのが出てきたけど、記憶ある?」
氷川 「えっ、何ですか、それ?」
夏木 「短距離選手に大きくなったらなりたかったんだけどリレーの選手に選ばれなかったからめげちゃった」 
氷川 「子どもの頃は2位とかでしたよ。短い距離をバーッと」
夏木 「リレーの選手に選ばれなくてめげちゃった。気の毒な人生を歩んできたんですね」 
氷川 「そうですね。地味な人生ですね。デビューする前まではね(笑)。クラスでも一番はじっこにいるタイプでしたからね。目立つのがイヤだったので」 
夏木 「先生に気に入られるタイプじゃなかったの?」 
氷川 「僕。先生にもはらわらないタイプだったから。何だったんでしょうね?」 
夏木 「友だちどうしでは?」 
氷川 「友だちどうしでも見せられなかった。歌手になってほんとうの自分を見つけられたというか。ああ、これが自分なんだって。それまで自分ていうのが何だろうって思いながら育った少年だったような気がするんですよ」 
夏木 「水森先生と一緒に来た頃は、そうやって言われてみればそんなに激しくオーラが出る少年じゃかなったね、伏し目がちっていうか。」 
氷川「そうそうそうそう。怒られたくないからね。でも怒られたほうがいいんですよね。やっぱり怒られていろいろ覚えていくので。初代のマネージャーさんには相当怒られましたよ。
歌間違えたらその日はご飯抜きだったり。でも芸の道って、歌の道ってそういう厳しさも必要なんだなって。今振り返るとありがたいなって」
そして夏木さんが、きよしさんがご両親にソファーや冷蔵庫を贈られたことをおっしゃると、
氷川「やっぱりまず親にちゃんとしてあげないと」
とおっしゃり、さらに
夏木「それから4畳半から6畳に移ったときは何とも感動だったと?」
との問いに、
氷川「いやあ感動しました、ほんとに。4.5畳の部屋に4年近く住んでいたので」
としみじみおっしゃっていたのです。
夏木「そうやってひとつひとつがんばって行って、ファンの皆さんが応援してくれて。(中略)結果を残していくと、またその先に夢の明かりが見えてくるんですよ」
と言っていただいて、
氷川 「そうですね、やっぱり日々がんばらないと、そこまでたどり着かないから」
とお答えになっていました。
 
そして今年のお正月にご両親を東京にお呼びになった話題に。
夏木  「ご両親と久方ぶりに?」
氷川 「正月に僕の家にずっといて。父は”もう早く結婚しろ”とか言うんですけど、母は、もううるさい。誰がイヤだとか、これがイヤだとか。女性選ぶというか。やっぱり女性どうしの」
夏木 「照れくさくてしゃべれないでしょう、お父さんが」
氷川 「僕にですか? ああ、そういうところは箇所箇所に見えますね。何かちょっとライバル的な感じなんですよ。カラオケにも行ったんですけど、すごい僕に競ってくるんですよ、父親が」 
夏木 「天下の氷川きよしに?」
氷川 「(父は)歌が好きなんで。カラオケに行ったら”おまえ、まだまだだなって言われて(苦笑)。”全然よくない、おまえの歌は”って」
夏木 「そりゃ、わたしがちょっと意見してあげますよ(笑)。まだまだって天下の氷川きよし、つかまえて、たとえ親であろうと」
氷川 「でもちょっとまだまだだったんですよ。ちょっとあの(笑)、だらーんとしてたんで、お正月なんで。父は張り切っているんで。父は上手なんですよ。今、点数が出るじゃないですか。父は点数が98点とか出るんですよ。僕が70点とかになって。”へたくそ!”とか言われて。めっためたに言われて。
あとは僕がお雑煮作ってあげました。
母はがめ煮を作ってきてくれて。
お雑煮は、”きよし、やっぱり手際がいいね”って。”きよしが作ったほうがおいしい”って。だけど逆に申し訳なかったですね。母に作らせたほうがよかったかなって。でも僕、作るのが好きなんですよね。
それで結局3日に帰ったんですけどね。1日に来て、3日に帰ったんです」
 
夏木「何か(帰り際にご両親と)言葉をかけ合ったのですか?」
との夏木さんの問いに、
氷川 「ああー...。”もう、帰るね”って、急にパッと帰ったんです、ふたりで。
うち、部屋が小ぢんまりしてるんで、さすがに2泊くらいしたらもうストレスになってきて。
”もう帰れば”って言ったんですよ。そうしたら、”わかった帰る”って。新幹線で帰ったんですけど。
やっぱりさすがに離れて暮らしているので生活習慣が違うじゃないですか。
それぞれ勝手なことされると、何かちょっとイラッーとくるんですよ(笑)。
”こっちのしきたり守ってよ”って」
夏木 「よくわかります(笑)。わかりますけれども」  
氷川 「わかるでしょ?」
夏木 「喜んでくれてた?」
氷川 「やっぱり顔見ることが大事なんで。特に何かするとかは。」 
夏木 「今日、家に帰ったらノートに書いておきますよ。”こっちのしきたり守ってよ”って。しきたりって言うほどのもんでもないでしょうけど(笑)」
楽しい話題が続いて、 
きよしさんは先日レコード屋さんまわりをされたことについて、 お話しされたのです。
氷川 「僕、この間、レコード屋さんに行きまして、演歌コーナーでお買い物している男性の方たちに、”『大利根ながれ月』って新曲が出るので、氷川きよしと申します”って挨拶したんです。”ああ、がんばれよ”って言ってくださって。
それで最後の方に挨拶したら舌打ちされたんですよ。”ちっ”て、僕の顔見た瞬間。
”あっ、こんにちは”、”ちっ”て言うから。これはもう帰れないと思ってバーッと近寄って行って、"氷川きよしと申します。よろしくお願いします”って言ったんですよ。
そうしたら、”最近の歌はあれだねー”とかいろいろ厳しい言葉を言われて。”古賀メロとかああいうのが一番いいんだよ。みんな、演歌求めてんだよ”って。
すごい言われて。”おばさん方に媚売りやがって”とか」
(夏木さんは、そこまで言われたの?と言わんばかりに手を叩いて大爆笑!)
氷川:「全然僕そういうつもりないんですけど、見え方的にそんななってるのかなって思って。
でも求められるときにはやっぱり応えていきたいっていう気持ちもありますし。すごい僕、悩んだんですよ。
 夏木 「でもね、それだけ氷川きよしさんは僕らの手の届かないところまで来ているということですよ。いろんなことに悩み、いろんなこと考えて、そういうお客さまの全部をまた(ファンとして)増やしていかなきゃ」 
氷川 「それでも最後はそのご主人が、”じゃあ、がんばってね”って言ってくれたんですよ」
 
これも必然?
きよしさんが昨年から、”忌憚のない意見を聞いてみたい”と思っていらっしゃったからの出会いなのでしょうか。
でも夏木さんがおっしゃったように全部唄ったらいいというか、唄ってくださることを望み、願っています。
 
それにしても、きちんと挨拶したことに舌打ちするのは失礼なことだと思うのですが、逆にその方に近づいてきちんと挨拶されたきよしさんが何より素敵。
だからこそ相手の方も心を少しずつ開いて思っていることをきよしさんにおっしゃったのでしょう。
それはやっぱり人を信じて、そして自分と自分の歌を信じていなければできないことですよね。
 
わたしもそんな人になれるでしょうか?
すぐには無理でもいつかそうなりたいです。
 
それからその前に出演された大竹まことさんの「ゴールデンラジオ」では、「大利根ながれ月」のレコーディング中に水森先生が変えられたフレーズがあったそうで、そのフレーズまで唄ってくださったのです。
先日、コンサートで少し唄ってくださったマイナー調バージョンといい、本番さながらに完成品として唄い込んでいるから忘れないのでしょうけど、大竹さんたちも、変える前のメロディーをきよしさんが即座に唄ってくださったことに驚いていらっしゃいました。