皆さま、こんばんは。
堺市民会館でのコンサートに昼夜、参加しました。
もう、何をおいてもお伝えしたい素敵なきよしさんのこと。
そして1年ぶりに訪れたヤマブキレコードさん(山吹電器さん)でのこと。
これから夜更かししながら書いていきたいと思っています。
でも、私が、この日感じたきよしさんの素敵さを、皆さまにちゃんとお伝えすることが私にできるかしら? とちょっと自信ないのです。
でも、いつも優しくて素敵なきよしさん。
堺で出会った皆さま。
そして、大阪に快く迎えてくださるコメントをくださった薔薇美さま、くり様、jun78様。
お会いできませんでしたが、気にかけてくださり、ヤマブキレコードさんとのご縁を作ってくださった内緒のYさま。
そして、ブログをお読みくださっている皆さま。
ありがとうございます。
皆さまへの感謝を込めて一生懸命書いてみるつもりです。
堺といって思い出すのは小学5年生の頃。
与謝野晶子の「君死にたまふことなかれ」という詩を担任の先生が教えてくれて、声に出して読んでみたことがありました。
その中に”堺の街のあきびとの 旧家をほこるあるじにて 親の名を継ぐ君なれば”という部分があって、私はそこで初めて”堺”という街を知ったのだと思うのです。
私はきっと、きよしさんのファンにならなければ、堺の街を訪れることはなかったのではないかなあと思うのですが、
こうして2度も訪れることができ、ましてお会いしたい方がその街に住んでおられるなんて。
その何もかもが夢のように思えてきます。
2000年のきよしさんのパネルとサインをヤマブキレコードさんで見せていただいた足で昼の部のコンサートに参加しましたので、司会の西寄ひがしさんの「箱根八里の半次郎」の紹介の言葉が、まさにまさにそのとおりと、聞いていて涙が出そうになったのでした。
”デビュー曲にしてミリオンヒット!”
”あの日、あの時、あの瞬間の感動”
まさに奇跡のような14年間だなあとあらためて感じ、でもさらに素晴らしいのは、その奇跡は何か特別な力が働いたためではなく、きよしさんと一緒に、”氷川きよし”を愛する人たち(ファン&スタッフ)が作ってきた奇跡だということだと思うのです。
ね、こうして前置きのつもりで書き出してみて、もうすでにこんな調子なんですよ。
元来、感激やさんの私ですが、今日は心のふたが開いてわきだしています。
不思議なご縁に結ばれたこの堺の街は、私がファンとしての原点に立ち返る場になっているのですね。