「僕はそれも愛だと思っています」
夜の部でのことでした。
遠方から、ご近所から、皆が様々な方法で会場に足を運んで集まっているそのことを愛だと感じていることを、きよしさんはそんなふうに言葉にされたのです。
「僕、皆さんの愛に歌でしかお応えできないと思っていますから。一生懸命唄っていきます」
そうおっしゃって、さらに15周年に向けての思いを語られたのでした。
「15周年はどんな年になるんでしょうか?
どんな曲に出逢えるんでしょうか?
僕、デビューした頃、”歌の声としゃべり声が違うね”とよく言われたんです。
デビューする前、バイト先の人にも演歌を唄うって信じてもらえなくて、唄ってみたことがあったんです。
”演歌、唄えるじゃん”
”唄えますよ~”って(笑)」
アルバイト先の方たちとのやりとりまでそんなふうにして再現してくださってから、
「来年、最高の15周年になるように、年末に向かって『満天の瞳(ほし)』でがんばってまいります」
と結ばれたのです。
きよしさん、
「15周年は、歌手・氷川きよしとしての勝負であり、スタートでもあると思っています」
とおっしゃっていましたね。
あなたのそんな言葉が私には胸につきささるようでした。
きっと、15周年に向けて私達が想像もつかないようなサプライズやプレゼントを考えてくださっているのでしょうね。
でもね、今この時も、私、きよしさんのおかげで最高に幸せなんですよ。
きよしさんに出逢ってからのまる14年。きよしさんのおかげでわくわくどきどきしながら過ごしてこられたのです。
氷川きよしの15周年。
感謝の思いを抱いて、自然体で笑顔で一緒に迎えさせていただけたらと思っています。
今年2月1日。デビュー記念日前夜のきよしさんの姿が思い出されます。
思いが言葉にならず、ただただ涙されていたあなたを。
そんなあなたの歌手人生にファンとしてどこまでもずっとついて行かせていただきたい。
心からそう思ったのです。
きよしさん、どうかがんばり過ぎないでくださね。
皆さま、こんばんは。
昨日は習志野文化ホールでのコンサートに昼夜参加しました。
この会場でのコンサートは2002年のファーストコンサートツアーの時以来11年ぶりということでしたが、めくるめく情熱の歌唱。そして西寄さんの制止をものともせず、きよしさんのお話はノンストップの勢い(笑)。
そして私はといえば、きよしさんの歌唱に感動してぼうっとするばかり...。
さあ、では私がなぜこんなにとりとめなくなってしまったのかを、これまたとりとめなく書いて行くことにいたしましょう。
先日からセットリストが新しくなったようですが、私、今、この時期に、きよしさんに「おんなの宿」を聴かせていただけるとは思ってもみなかったのです。
山本さんのガットギターが奏でる伴奏で、きよしさんが唄ってくださった「おんなの宿」。
なんて陰影に富んだ歌声なのでしょう。
コンサート会場の座席に身をしずめるようにして聴き惚れていました。
私の目はきよしさんを見ているようで、きよしさんをすり抜け、意識がきよしさんの歌声に集中して、まるで自分が耳だけになったかのようになっていたのです。
いつか逢いたかった”氷川きよし”。
そして、いつか”聴きたかった氷川きよし”でした。
「おんなの宿」はきよしさんが2003年にリリースされた「演歌名曲コレクション3~白雲の城~」に収録されているので、その年にコンサートで唄われ、当時ずいぶん大人っぽい歌なのにみごとに唄いこなしているなあと思って聴いていましたが、ほぼ10年を経て聴かせていただいた「おんなの宿」に感無量。
きよしさんに出会えて、今日までずっとファンでいられた幸せをかみしめずにはいられなかったのです。
そして、
「♪もえて火となれ 灰になれ 添えぬ恋なら さだめなら...」
と唄う3番の歌詩がぞっとするほど好きなので、欲張りな私は、いずれフルコーラス聴かせてほしいなあなんて思ったりもして。
今回は「おんなの宿」のあとに唄われた「影を慕いて」のワンコーラス目もギター伴奏でしたし、アンコールでの「幾千もの祈り」のワンコーラス目はピアノ伴奏で唄ってくださって、きよしさんがオープニングのご挨拶で、”堪能してください”とおっしゃった言葉そのままに、その歌声を存分に堪能させていただいたのでした。
「この時間を最高の時間に変えてみせます!」
昼の部のオープニングでそうおっしゃったきよしさんの「春嵐」、「櫻」、「出発」でのみなぎる気迫に圧倒されそうになり、またこの日は「出発」の歌唱が心にしみたのです。
続いてのコーナーが”昭和の名曲”ということで、きよしさんは大阪のホテルニューオータニでのディナーショーでお召しになられた着物で登場されました。
着物の色は紺瑠璃(あるいは瑠璃色そのもの)で、白地の亀甲紋が前身頃から後ろ裾にかけてと右袖下外側と、左袖下内側に描かれ、細帯は光沢のある白、細かな格子の地紋が付いているように見えました。
そして番傘も白にチェンジ。
「関東春雨傘」、「おんなの宿」、「影を慕いて」、「ソーラン渡り鳥」、「きよしのニッポン音頭」と唄ってくださいました。
続いて新曲「満天の瞳(ほし)」の披露。歌声がいっそう艶やかで切なさが増してロマンチックな世界へ誘ってくださいます。
「雨降り坂道」について、”皆さんと一緒に長崎の坂道をお散歩しているような気持ちで唄っています”とおっしゃられたので、そんなことを考えながら唄ってくださっているのだと、その曲が近しく思われ、幸せな気持ちで聴き入りました。
そして「一陣の風」でした。
私はこの曲には”一耳惚れ”でしたが、唄うほどに聴くほどに素晴らしさを感じるのです。
「お客様の近くで唄うとホッとするんですよ。近いとひとつになれた気がして。
(あの時は)、僕がどこにいるのか、皆さん、探されたと思います(笑)。
すごく楽しい時間を過ごさせていただいて、感謝しています」
ときよしさんは思いを言葉にされたのですが、
「(あの演出には)びっくりしました!」
と西寄さんがおっしゃると、
「僕もびっくりしましたよ(笑)」
と返されたので、ドッと笑いが起こりました。
これは昼の部でのことでしたが、
「すごく僕はねー、楽しみなんだよー!」
きよしさんは、年末の話題から、あっという間に時が経って、年をとってしまいそうとだご自身でおっしゃってから、そのことを諌めるかのように大きな声であらためて前向きな思いを言葉にされたのです。
そして、
「年を重ねることは幸せを重ねることですからね。それに演歌は年齢を重ねると渋味やダシ、うま味が出てくるので、僕もいいダシが出せるようにがんばっていきたいです」
そうおっしゃると、”ダシつながり”と前置きされて、大阪で召し上がったおいしいぶたしゃぶの話題に(笑)。
白地の着物に黒の袴姿で、
「浪曲一代」、「大井追っかけ音次郎」、「箱根八里の半次郎」、「白雲の城」と唄われ、
カラフルフラワースーツにチェンジ。メガネのフレームは赤。
「虹色のバイヨン」、「ときめきのルンバ」、「情熱のマリアッチ」と怒涛の熱唱でした。
アンコールでの「幾千もの祈り」では、きよしさんの熱い思いが胸に迫ってきて...。
きよしさんが、ひとりひとりをがっしりと受け止めて唄ってくださっていることを、なぜだかはっきりと感じたのです。
私、夢を見ているわけじゃないのよね?
思わず自分に問いかけてしまいました。
昼夜、”きよしコール”が起こりましたが、
お別れに”ええーっ!”という声が起こると、
昼の部では、
「別れがあっても、また出会いもあります。でも別れもあって」
言ってしまってから、”あれ?”という感じで少し微笑まれて、
「やだねったら、やだね?」
ときよしさんが客席に語りかけるようにおっしゃると、
”いやだー!!!”の大合唱(笑)。
「やっぱりね、そうだろね」
きよしさんが、とっさに歌の歌詩で答えてくださったので、大きな笑いが巻き起こりました。
それはきよしさんと皆の心が響き合った幸せな瞬間に私には思えたのです。
夜の部でのオープニングトークで、昼の部にも参加された方に気づかれて、
「コンサートの内容は同じですけれども...。
でも新しい気持ちになってやっています」
”新しい気持ちになって”という言葉の誠実な響きが私の心に深く響きました。
昼の部が終わるとシャワーを浴びて汗を流し、気持ちもリセットして夜の部に臨まれていると以前おっしゃっていたことが思い出されました。
そしてトークはノンストップ状態(笑)。
「僕もこう見えても、ひとつひとつ集中してやっていますから。集中しているとあっという間に時間が経ってしまうでしょう」
きよしさんは、そんなふうにおっしゃった話の流れから、
「主婦業もほんとうに大変な仕事ですよね」
と客席に問いかけ、西寄さんが片付け上手という話題へと進んでいったのです(笑)。
西寄さんはお皿1枚とってもいつでもピカピカにしてくださるそうですが、あるとき、打ち上げか何かでスタッフの方が分担して片付けをされ、きよしさんがお皿をしまおうとしたら裏側がきれいになっていなかったことがあったそうで、きよしさんはそのことにふれ、
”そんな人、嫁さんになれん!”
とおっしゃったのです。
ね、皆さま、やっぱり、きよしさんて九州男児ですよね(笑)。
それでこうなったら、西寄さんがお嫁さんになったら? という展開になって(もう、こうして書いていてもすごい流れ・笑)、
きよしさんが突然、
”ニシコさん!”
と、西寄さんのことを呼ばれたのです(笑)。
困惑気味の西寄さんにさらに、
”ニシコデラックス!”
と(笑)。
もちろん場内、大爆笑。
きよしさん、最高です。
きよしさん、最高です。
その落差がまた魅力なんですものね、皆さま。
夜の部のラストトークで、”きよしコール”が起こると、しばし恐縮されてコールに合わせてうなづくような仕草をされていたかと思います。
そして思い立ったかのように”皆さんコール”を重ねて励ましの言葉をたくさん言ってくださったあと、
”おしまいです、さよおなら”
と言おうとして、
”おならがよ”と数度言ってしまったきよしさんでした。
その様子からすると狙っておっしゃっていたわけではなく(?)、ほんとうに言い間違えてしまったように見えたのですが、持てるすべてを出し切っての昼夜2公演だったのですから、いい間違いもあってしかりですよね。
私、そんなふうにカッコつけず、スキがいっぱいあるきよしさんも、大好きです。
きよしさんの歌唱にハートを鷲掴みにされ、われを忘れさせられて、そして魅惑のステージに心踊らされたかと思えば、大いに笑わせていただいて...。
14年を経て、先日の西寄さんの言葉を拝借して言わせていただきます。
きよしさん、
聴けば聴くほど好きになっちゃう。
逢えば逢うほど好きになっちゃう。
大好き過ぎて、時にはちょっぴり切なくなるときもあるけれど、でもいつでも幸せなんですもの。
皆さま、報復絶倒トークばかりではありません。
きよしさんは夜の部のアンコールで「幾千もの祈り」を歌われたあとだったでしょうか。
ふとこんなお話をされたのです。
「唄っていて客席を見ていると、時々写真を抱えていらっしゃる方がいるのに気づきます。
遺影を持ってこられているんですね。
ああ、僕のコンサートに一緒に来てくださっていたんだなあと思うと、胸が痛くなります。
一度でもコンサートに来てくださった方のこと、僕は家族だと思っていますから。
皆さんに、お元気でいていただきたい、幸せでいていただきたいと思っています。
ほんとうに僕、皆さんのこと思っているんです」
そして、
「皆さん、一緒に歌でも口ずさんでまいりましょう」
静かに微笑んで、おっしゃったのでした。
「きよしのソーラン節」、「きよしのズンドコ節」と唄ってくださり、幕が降りたのでした。
幕が降りかかると、
”あっ!”
急に何かを思い出されたかのように、そんなふうに声を発せられて皆をドッキリさせてくださいました(笑)。
皆の反応に、いたずらっ子のように笑いながら、
”ご近所の皆さんによろしくお伝えください~!”
とおっしゃって、大きく大きく手を振られたのでした。