「こんなところで拍手いただいてしまってすみません。えっ? 共感してくださっているんですか」
昼の部のあと、楽屋に運ばれたお手紙に目をとおされたきよしさん。その中に”台中”と書かれていたものがあったそうで、
「今日は、台湾からお越しくださった方もいらっしゃいますよね。手紙に”台中”って書かれているものがあったから。」
と客席に声をかけられたのです。
すると台湾からお越しのファンの方が夜の部にもいらっしゃいました。
そして、
「皆さんからの手紙、読んだよ~。皆さんからいただいたお手紙やお品に心があるのを感じてうれしいんです。心こそ大切ですね」
とおっしゃった言葉に大きな拍手がわき、きよしさんは恐縮されたのでした。
でもそうなのです。
きよしさんの言葉から、今度はきよしさんの心があるのを感じて、私たちがうれしくなって思わず拍手をしたのです。
それはきよしさんのおっしゃるとおり共感の拍手だったのでしょう。
先日のバースデーコンサートの折もたくさんのお手紙や真心のお品をいただいて、贈ってくださった方の心を感じ、
”心打たれました”
とおっしゃるきよしさんの言葉が心に深く残りました。
司会の西寄ひがしさんが、
「きよしさんの夢は皆さんの夢。
皆さんの夢はきよしさんの夢。
きよしさんとファンの皆さまと、そうやって思い合っているところがいいですよね。
そんな氷川きよしは世界一幸せな歌手と思います」
そうおっしゃってくださいました。
誰よりもきよしさんの身近にいらして、きよしさんを支え、見守ってくださっている西寄さんの言葉ですから、それはきよしさんの思いも慮っての言葉と感じ、胸熱くなったのです。
きよしさんが世界一幸せな歌手と思ってくださるなら、私たち、世界一幸せなファンになれますね。
きよしさんが世界一幸せな歌手と思ってくださるなら、私たち、世界一幸せなファンになれますね。
私がこの日、JR五反田駅に到着したのが午後5時56分。
仕事が長引いてしまって、それでも途中の乗り換えをがんばって1本早い電車に乗り換えられたものの、きよしさんのコンサートの開演は6時。
うわ~ん、今日こそは間に合いません。
でもでも少しでも早く会場に!
と早足で向かったのですが、開演が少々遅れたようで、「春嵐」のイントロが流れる中、客席に向かい、きよしさんが登場される直前に着席できたのでした。
五反田ゆうぽうとホールでのコンサート夜の部、オープニングの「春嵐」から熱く激しい歌唱は繰り広げられたのです。
「春嵐」のロングジャケットを脱がれると、黒のシャツとパンツに早変わりですが、この時、サスペンダーを付けていらっしゃるのが、またいい感じだなあと思うのです。
ラメが入っているとはいえ、黒の上下で唄う「櫻」は、「春嵐」の世界とつながっているようでもあり、聴くたびにドキッとするような凄味を感じる瞬間が最近はあるのです。
最近、きよしさんの歌唱に、尊い人たちの死を乗り越え、それでも生きていくことへの壮絶な覚悟が感じられて、ただただ見惚れてしまうのです。
新曲「満天の瞳(ほし)」では、先日の新曲発表イベント(東京&兵庫)で着用された、アクアブルーのスパンコールジャケットに、レモンイエローのパンツ姿で登場されたのですが、昼の部では先週の「NHK歌謡コンサート」でも着用されていた白の衣装だったそうで、それは昼と夜と衣装をチェンジするという、きよしさん流の”OMOTENASHI(おもてなし)”(滝川クリステルさんを真似てきよしさんがおっしゃってくださいました)だったようです。
きよしさんが登場される時、今日こそはという感じでステップからジャンプされる瞬間を見つめていたら、6段目くらいからジャンプされていたので、びっくりしました。
その歌声から情熱がほとばしるのを感じて、酔いしれるばかり...。
きよしさん、私ね、あなたの歌声がほんとうに大好きなの。
なんでこんなに気持ちよくなれるのかしら?
なんでこんなに幸せを感じるのかしら?
不思議、不思議ね...。
そんな思いがぐるぐると頭の中を駆けめぐっていました。
トークコーナーで、ごく自然にオリンピックの話題になりました。
”オリンピックできよしさんに唄ってほしい”とおっしゃってくださった方がいらして、ここでも共感の拍手が起こったのです。
きよしさんは、やはりとても恐縮されていました。
そして、
「日本て南北に長くて、まるで龍の如くというか。それは日本人に宿る大和魂とか負けん気とか、勤勉さを象徴しているようにも思うんです」
きよしさんはそんな日本人だからこそ、戦後の焼け野原からがんばって今日を築いたのだということを歌をとおしてあらためて感じ入っておられるようで、お話の流れから突然、「リンゴの唄」を唄い出されたのです。
そして、さらにこんなことをお話ししてくださいました。
「東京でのオリンピック開催が決まった時、世界は日本のことを忘れないでいてくれたんだ。
震災で大変な思いをした日本のことを世界の人たちは思っていてくれたんだ。
そう感じて、嬉しくて僕は泣きました」
きよしさんて、なんて心ばえの美しい方なのでしょう。
私はきよしさんのお話を聞いていて、涙がこぼれました。
2020年は7年後。きよしさんはご自身が43歳になられていることをおっしゃり、
”どんなふうになっているんだろう?”
と問いかけられると、西寄さんが、
「最高の時じゃないですか。43歳。ますます男盛り。
私はますます太って(笑)」
とおっしゃってくださいました。
そうですよ。43歳になったきよしさんも、きっと素敵でしょうねー。
そしてどんな素晴らしい歌を聴かせてくださることでしょう。
きよしさん、どうか一緒に夢見て、そして夢を追わせてくださいね。
西寄さんもおっしゃっていましたが、今の日本で、”氷川きよし”ほど老若男女、幅広い世代に知られ、愛されている歌手はいないのではないでしょうか。
私もそう思います。
ところで、私は以前もきよしさんが唄ってくださる「ソーラン渡り鳥」について書かせていただいたことがありますが、聴くたびに涙腺がゆるんでしまうのです。
津軽の海が目に浮かび、波音までが聞こえてきます。
風に優しくゆらめくハマナスの花...。
なんという表現力でしょう。
きよしさんが唄うと魔法のように、言葉が命を吹き込まれてたちのぼってくるのを感じるのですもの。
きよしさんは、「満天の瞳(ほし)」について、まだまだ多くの方に知っていただくためにがんばりたいとお話しされて、
「CDをアレして(買って)いただくのは、ほんとうにうれしいんですよ。でもアレして(買って)いただくのは申し訳ないような気持ちもあって。
ただ聴いていただくためにはアレして(買って)いただかないとならないけど、やっぱり聴いてほしいから。
『演歌名曲コレクション』の『しぐれの港』にもいい曲がいっぱいあるので、そちらも聴いてほしいと思うし...。そんな気持ちの行ったり来たりなんですよ」
ただ聴いていただくためにはアレして(買って)いただかないとならないけど、やっぱり聴いてほしいから。
『演歌名曲コレクション』の『しぐれの港』にもいい曲がいっぱいあるので、そちらも聴いてほしいと思うし...。そんな気持ちの行ったり来たりなんですよ」
きよしさんは心にそんな葛藤が生まれることもあるようでしたが、
客席のあちこちから、
”いいんだよ~!”
”大丈夫!”
という声が聞こえてきました。
さらにきよしさんはその他にもたくさん聴いてほしい曲があることをお話しされると、
「(オリジナル曲を集めた)ベストアルバムとか作れたらいいですね。皆さんのお好きな曲を並べてCDをってみたいですよね」
とおっしゃり、
”まだ僕が勝手に言っているだけですよ”
と、スタッフの方と具体的なことを何もお話しされていないことを断った上で、そんな楽しい夢を、きよしさんは気さくに語ってくださったのでした。
「そうしたら皆さんも氷川きよし号に乗っている感覚で一緒に人生を歩んでいただけたらと思います」
とさらにおっしゃって。
これはもしかしたら、氷川きよし号の乗船券はきよしさんの”ベストアルバム”になるかもですね。
期待して待っていたいと思います。
カラフルフラワースーツで唄う”スターシリーズ”のコーナーでは、
”盛り上がっていきましょう~!”
と客席に呼びかけ、一気にパワー全開のきよしさん。
勢いあまって、
”ゴンッ!”。
マイクが落ちたのでした。
”失礼しました”
と素早くマイクを拾い上げ、しきりに恐縮されるきよしさんを見ていたら、その飾らなさ、ひたむきさにじんときてしまったのです。
きよしさんは申し訳なさそうにしながら、同時にご自身でおかしくなってしまったようで、笑いをかみ殺しておられました(笑)。
そういえばトークコーナーで客席に7歳の男の子をみつけたきよしさん、会話をするうちに、ご自身のおばあちゃんの思い出に話題が及び、おっぱいにまつわる話題で皆をドッキリさせ、さらに思い切り西寄さんを慌てさせたのです(笑)。
かと思うと、
チーム氷川の皆さんとがんばって「満天の瞳(ほし)」のPR活動をがんばっているけれども、”100”やってようやく”1”伝わると思っておられることをお話しされ、
「うぬぼれちゃいかん! 初心!」
と、ご自身で声に出しておっしゃったのでした。
そんなリラックスした気さくなきよしさんと、厳しい歌の道を歩まれる凛としたきよしさん。
どちらも愛さずにはいられません。
アンコールでは「幾千もの祈り」を切々と唄い上げ、もう一度「満天の瞳(ほし)」を唄ってくださいました。
今回はテレビバージョン。
そういえば先日のバースデーコンサートの時にうかがったのですが、「NHK歌謡コンサート」では、新曲でまだ評価が定まらない曲は3分以内という約束事があって。
でも、ヒットして、多くの人がその歌を聴きたいと望んでくださるようになると、フルコーラス(かそれに近い形)で唄わせていただけるようになるのだそうです。
そして「きよしのソーラン節」、「きよしのズンドコ節」でお別れとなったのです。
幕がいよいよ下がるその時、
”あのう...”
ときよしさんがおっしゃたので、何? 何ですか?
と瞬時に耳を象のダンボのように大きくしたのです。
「ご近所の皆さんにもよろしくお伝えください」
きよしさんは律儀にそうおっしゃったのでした。
以上駆け足での報告で失礼しました。
12日も夜の部に参加します。
開演午後5時と早いのですね。うっかりして気づかなかったら危なかったですね(笑)。