今朝、朝一番にお友達のKさんからメールが届きました。
そう、今日、7月3日はKさんと私が出逢った記念日なのです。
2004年に銀座三越の屋上で開催されたきよしさんのイベントで、事情があってお母様がいらっしゃれず少し遅れておひとりでいらしたKさんが、私が持っていた「番場の忠太郎」のうちわをご覧になって、どこで配られているかを尋ねられたのがきかっけでした。
私も母が当日の暑さに体力的に自信がないということでひとりで参加させていただいていたのです。
私は、皆が移動してしまい誰もいなくなったスペースに1枚うちわが落ちているのを見つけて、きよしさんのお顔が踏まれてはと思い、捕獲(?)して2枚持っていたので、もう配り終わって係の方がいなくなっていたこともあって、
「2枚あるので、1枚どうぞ」
とKさんに差し上げたのです。
数年経って、その話題になった時に、Kさんは、私のことをずいぶん気前のよい人だと思ったのだというとを聞いたのですが、私も1枚は落ちていたものだったことを初めてお話ししたのです。
Kさんは「知らなかったわ(笑)」と言い、二人で大笑いしたのです。
一応言い訳させていただくと、落ちていたものもまったく綺麗な状態でしたので、Kさんにはどちらが落ちていたうちわかわからくなっていた状況で1枚を差し上げたのです。
そしてKさんが2部にも当選していらしたのでお誘いいただいて、2部に参加した折にもう1枚うちわをいただいたのでした。
 
 
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当時のHPをプリントアウトしたものがファイルにありました。
 
炎天下の中、「番場の忠太郎」をコスチュームのスーツに着替えて屋根のないやぐらの上で唄ってくださったきよしさんの熱唱も忘れることはできません。
以後、毎年、この日になるとKさんはとてもお忙しい方なのに、必ず朝一番にメールをくださるのです。
 
きよしさんとの奇跡のような出逢いのおかげで、これまでに素敵な方たちに出逢わせていただいてきましたが、最初に出逢った方がKさんでした。
ありがたさで胸がいっぱいになった朝でした。
 
さて、先週、美容室に行って雑誌を読んでいたら、作家の小澤征良さんが「往復書簡 カメオのピアスと桜えび」について書かれた書評が心に残りました。
 
 
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私もまだ本を読んでいないので出版社の集英社さんのHPからの抜粋になりますが、先に本の内容を少し紹介しますね。
「遠く海を隔てて暮らす友から、久しぶりに届いた一通のeメール。
それは、彼女の最愛のパートナー、写真家・有田泰而さんの逝去を知らせるものでした――
癒えることのない悲しみと、大切な人の不在の重さに耐えかねたとき、
心を支えてくれたのは、女ともだちと交わした毎日のeメール。
本書は、文筆家・清野恵里子が、北カルフォルニアの雄大な森にひとり暮らす友・有田雅子と交わしたメールをまとめた往復書簡集です。逝ってしまった人を想いながら、ひとりになった暮らしのこと、なにげない日々の出来事、食のこと、ファッションのこと、人生のことなど、日々綴られたふたりのメールの集積には、生きて行くうえで、大切にしたい言葉のエッセンスがちりばめられています」
 
この「往復書簡 カメオのピアスと桜えび」について小澤さんは
「たましいとたましいで触れ合うことのできる友人をもった人は、幸福だ。それは神さまが与えてくれたのだろうと思うほどに稀有で、尊いギフトだから――。
本書を読む人は、その素晴らしさを目の当たりにすることになる。読むうち、人は人に力を与えることが本当にできるのだ、という、なんとも頼りがいのある勇気もむくむくわいてくることだろう。そのような友人をもつ人の人生と、もたない人のそれとは恐らく比べ物にならない。前者にはそれだけで圧倒的な豊かさがあるからだ。立場や年齢や職業と関係のない、裸のたましい同士の、だからこそ誤魔化しようのない、確かな絆だけがもたらす豊かさ。暗い森に温かいひかりが差し込むように、痛みに倒れ込んだ心を、電子メールに乗った想いが照らし出してゆく。
(中略)
世界は目に見えないものに支えられている。それが見られる人、信じられる人は必ずいる。目に見えなくても善きものが実在していると実感できること――この本はそんな清々しい感覚に満ちている。」
 
と書かれていて、その言葉のひとつひとつが私の心に響き、重なって、本もぜひ読もうと思い書名を控えたのです。
と同時に小澤さんの素敵な言葉と、まだ読んでいないのですが、きっと素敵に違いない本のことを、ブログをお読みくださる皆さまにお伝えしたいと思ったのです。
”たましいとたましいで触れ合うことのできる友人をもった人は、幸福だ。それは神さまが与えてくれたのだろうと思うほどに稀有で、尊いギフトだから――。”
という言葉に、きよしさんは友人という存在ではないかもしれませんが、
”歌を通して、たましいとたましいが触れ合うことのできる人”と置き換えさせていただくと、皆さま、ああそうね、その通りと思っていただけるのではないかと思うのです。
朝いただいたKさんのメールを読ませていただきながら、小澤さんが書かれた書評の言葉を思い出して、
”氷川きよし”という歌手に出逢えたことも、そのおかげでさらに出逢った方たち、ブログを書かせていただいて、お読みくださる皆さまと出逢えたことも、訪れた場所も、知り得た世界も...。
それらすべてはほんとうに、”ギフト”なのだとあらためて思ったのです。
 
私達は、”氷川きよし”という稀有なアーティスト(表現者)のおかげで、すでに
”人は人に力を与えることが本当にできるのだ”ということを教えていただていますものね。
そして
”立場や年齢や職業と関係のない、裸のたましい同士の、だからこそ誤魔化しようのない、確かな絆だけがもたらす豊かさ”も、教えていただいて、
目に見えなくても善きものが実在していて、実はそれらに支えられていることを実感させていただき、
何よりも”心”こそが大切なのだということを、その歌や生き様で私たちに示していただいているのだと感じるのです。
 
そんなきよしさんは、
”日本一の富士になりたい!
富士のような心を持つ人に!”
と、思いを「きよしメガネ」に書いてくださっていました。
 
きよしさん、今日もありがとうございます。
富士のような心を目指すあなたに、どこまでも真っ直ぐについていかせてくださいね。


皆さま、正直を申し上げると、千秋楽のご報告を書かせていただいたら、もう叩いてもホコリも出ませんという状態になっていました。
心は満たされていますが、ホッとしたらからだには心地よい疲れが押し寄せてきて...。
仕事は待ったなしということもあってちゃんとがんばれましたが、きよしさんのカレンダーをめくろうめくろうと思いつつ、それさえもできずに2日を過ごしました。

でも今日は、ようやくカレンダーをめくれました。
そうなのです。
すっかりからだも元気になれたのです。

きよしさん、
また新たな2ヶ月が始まってわくわくしています。
どうぞよろしくお願いします。