松戸森のホール21でのコンサート・夜の部に行ってきました。
記事のアップが遅くなってごめんなさい。
でも、この記事をお読みいただければ、その訳をおわかりいただけるでしょうか?
私、きよしさんにハートを持って行かれてしまったので、腑抜けになってしまったみたいなんです(と一応自覚だけはごさいます・笑)。
ですので腑抜けのまま記事を書くことをお許しくださいませ。
さて、アンコールの1曲目「My love~もう一度だけ~」を唄い終えた後のラストトークでのことでした。
きよしさんは、「きよしのニッポン音頭」の歌詩を引用されて、
「なにはなくても人生は 元気印が二重丸...ですよね。『きよしのニッポン音頭』の歌詩をそのまま言っていますが(笑)」
そうおっしゃって、心の大切さについてお話しされたのです。今の年齢になって心がどれほど大切なものなのかを痛感されていらっしゃるようでした。
「最後の2曲になりました」
きよしさんがそうおっしゃると、もちろん、
”えーっ!!!”
とどよめきのように大きな声があがりました。
きよしさんはその声にうれしそうに笑いながら、
「最後はご一緒に思い切り声を出してください。そして僕に声聞かせてください」
とおっしゃったのです。
すると客席のあちらこちらから、きよしさんに声がかかりました。
その中のいくつかは”愛しています”という言葉だったのですが、きよしさんは”何でしょ?”という感じで声のする方向に耳をかたむけて、
「えっ? 何ですか? ”愛しています?” わー恥ずかしいっ!」
と、言葉に出した途端、大照れされて。
何だかとても恥ずかしそうに見えて、そんなきよしさんもチャーミングだなあと感じたのです。
そしてもう少しで幕が降りてしまう時の私たちのさびしい気持ちを、きよしさんがしっかりと受け止めてくださって、
「今夜、また夢でお逢いできますか?」
ちょっぴりはにかみながら静かにおっしゃったのです。
私はそんなきよしさんの様子に、きよしさん、きよしさんも私たちと同じ気持ちでいてくださるって思ってもいいのかしら?
”いいのよ、ね? きよしさん?” と、ひとり心の中できよしさんに問いかけて、そして気がついたらハートを間違いなく! 奪われておりました。
オープニングから熱唱が続きました。
松戸森のホール21でのコンサートは3年ぶりということでした。
「出発」では、様々な”櫻”に見惚れるように空を見つめ、そしてくるりとあたりを見回すような仕草をされて。
私はそんなきよしさんの密やかな佇まいと、「雪月花」、「櫻」と続いた透き通る歌声から、きよしさんには見えているであろう”櫻”の美しさを感じて、私の心に”櫻”の花びらが降りかかってくるように思えたのです。
春、なんですねー。
きよしさんのおかげで私の心の”櫻”、今年も満開です。
きよしさんの熱唱で、花が咲き、はんなりとした気持ちにさせていただいたオープニングでした。
「このホールは音響がいいですね。音が響き合ってライブ感があって、お客様をとても近くに感じます。遠いと孤独感を感じることもあるんです」
何て寂しがりやのきよしさんなんでしょう。
でもそんなふうに思わず心の内を言葉にされたかと思ったら、
「今日は、ありのままの僕をここで表現させていただきます!」
と力強くおっしゃって、さらに、
「年齢は関係ないですよ。同じ時代に今こうして一緒に生きているから」
と思いを言葉にしてくださったのですが、その時だったでしょうか?
”いいぞー!”
とお声をかけてくださったご主人がおられて。
きよしさんはとてもうれしかったのでしょう。
「今、ご主人が”いいぞー!”って(笑)」
とご主人の声真似までされ、いっそう高まる声援に、
「もうねー、申し訳ないくらいですよ...」
とてもカジュアルな口調でしたが、はっきりとご自身で思いを確認するかのようにそうおっしゃったので、えっ何がなのかしら? と思ったのですが、きよしさんはチケットを購入して、わざわざ会場に足を運んでくださるお客さまがありがたくて、申し訳ない思いになってしまったのだそうです。
「立ち止まれない歌の道ですから。命ある限り歩んで行きたいです。
僕には他には行くところがないから...。
僕の心のふるさとは皆さんの心ですから。
僕にはそこしか行くところがないから」
あふれる思いに言葉が追いつかなくなって...。
そんなきよしさんをあたたかな拍手が包み込んだのでした。
そこで司会の西寄ひがしさんが登場されたでしょうか(腑抜けなのでどこから西寄さんがご一緒だったのか思い出せません・汗!)。きよしさんは18歳で上京して今年で18年になることをお話しされて、
「もう東京人じゃんっ!」
とおっしゃると、
「私は21年。おれ、垢抜けてるじゃんっ!」
と西寄さんが自慢をされて、きよしさんは
「悔しいっ!」
と、おっしゃって場内を笑わせてくださったのです。
そして、
「18歳で上京した時は、カバン1個(とおっしゃっていたでしょうか・ちょっと曖昧です)とパンツ1枚」
と前置きされた時に、笑ってくださった方たちに気づいて、
「よかった笑ってくださって」
と喜ばれてから、
何度かこれから”プライベート”のお話をするということをご自身で確認されるかのようにおっしゃったのです。
何度かこれから”プライベート”のお話をするということをご自身で確認されるかのようにおっしゃったのです。
「18歳で上京して住んだアパートで、僕は寂しがりやだから、ご近所の方たちと交流させていただいていたんです。
その中に当時68歳の奥さんがいました。ご主人を亡くされていたので、未亡人というのでしょうかね」
きよしさんは、上京してからデビューするまでの3年半、アルバイトをしながらレッスンを受けがんばっていましたが初めての東京でのひとり暮らしで、時にはお金がなくて十分な食事ができないこともあったのだそうですが、その方がよくきよしさんにお食事をご馳走してくださったそうで。
きよしさんはその方のことを”おばちゃん”と会話の中でおっしゃっていました。
きよしさんはその方のことを”おばちゃん”と会話の中でおっしゃっていました。
「お金がなかったから、よくご飯を食べさせてもらったんです。
建物は築60年くらいで、床が抜けたりして(笑)。でも悲しいことや辛いことも聞いてくれて...。
真心と人情がありました。
僕も日記を書いていましたので、読み返したりして...」
その方は今では85歳。昨年、ご病気になられて、きよしさんは何度もお見舞いにいらしたのだそうです。
「85歳になっていましたからね。
昨年入院して。何度もお見舞いに行ったけど...。
先週亡くなったんです。
おばちゃんはよく手紙を自宅に送ってくれて。
昨年は15通の手紙をもらっていたので、その手紙を読み返したんです。
”きよし君がテレビでがんばっているのを見ると、おばちゃんもがんばろうという気持ちになれるよ”と書いてくれていて。
もっと会いに行ってあげられたらと思いました。
”忙しい”って”心を亡くす”って書きますでしょう。
何でプライベートの話をさせていただいたかというと、僕、皆さんにお元気でいていただきたいと思ったからなんですよ。自分のからだのことは自分しかわかりませんから、おかしいと思ったら検査に行って、大事にしていただきたいんです」
そんなふうにおっしゃったかと思います。
そしてしんみりとした場内の雰囲気を見てとって、ワントーン明るい声で、
「そういえば、おばちゃんが僕に最後に話した言葉は、”嫁さん”でしたよ(笑)」
きよしさんはおばちゃんの声音を真似されて、”嫁さん”とぶっきらぼうにおっしゃってガクッと息絶える仕草までされて、精一杯の心遣いで場内を笑わせてくださったのでした。
「うん、おばちゃん、わかったよ」
きよしさんは、おばちゃんの言葉にそう答えたのだそうです。
いつも笑顔で私たちを太陽よりも明るく照らしてくださる、きよしさん。
生きていれば誰しもいろいろな出来事があるとはいえ、きよしさんはその笑顔の陰で、人知れずたくさんの涙を流されているのですね。
そんなきよしさんを私はたまらなく愛しく思い、その愛しさの中、きよしさんの歌声に身をひたすようにしていたら自分が透き通っていくような気持ちになっていたのです。
きよしさんのファンになって、いつ頃からだったでしょうか。
私はきよしさんの歌声に、少しわかりかけてきた人生というものを感じるようになり、人として生まれてきた喜びを、人間だからこその避けられない哀しさ、せつなさを抱きしめながら感じさせていただくようになったのでした。
きよしさんに出逢っていなかったら、私、こんなふうにすべてを受け止めた上でまた前向きになることができたかしら?
いつだってそう思うのです。
きよしさんのおかげで、それまでの私よりは遥かに人に優しい気持ちを抱くようになったと感じます。
生きていくことは失うことばかりではないんだよ。
たしかに失うものもいっぱいあるけれど、年を重ねることは幸せを重ねることなんだよ。
ほら、あなたの周りにはたくさんの幸せがあるでしょう?
気づいてなかっただけでしょう?
きよしさんの歌声にそしてまなざしに、いつもそんな気持ちにさせていただいてきたのです。
ここで6月の座長公演のインフォメーションが西寄さんからあり、まだ台本ができていないという話題になって、
「まだ台本ができてないんですよー。もぉー、早くぅー」
と、ふだんの会話の延長のようにおっしゃった後、
「皆さんの声援があればがんばれます」
とおっしゃったのです。
皆さま、気合十分なきよしさんです。
東京にお越しになれない方も(そういう方のほうが多いかと思います)、参加される方も、明治座のきよしさんに熱いエールを贈りましょうね。
そして唄うほどに熱が増し、艶めき、伸びやかになっていく歌声に酔いしれ、感動のあまり何度も涙してしまったのです。
この日の「逢いたくてオホーツク」の歌唱には、自分も歌の一部になったかのような夢のような心地よさにわれを忘れてしまって…。
これが人間の出せる声なのかしら?
感動のあまりしびれて呆けた頭の奥でそんなことを考えていたのです。
私、この世の中で一番大好きと思えるものに出逢えて、今、その大好きなきよしさんの歌声に全身を包まれて、そのまなざしがそこに輝いているなんて。
夢でもこんな幸せ、味わえない...。
幸せです。
皆さま、フィナーレの”スターシリーズ”はさらなる大熱唱でした。
”氷川きよし”にはここまでという限界がないのだということをこういう瞬間にあらためて実感します。
「ときめきのルンバ」で、「♪世界の薔薇(はな)がひらくとき...」
と唄われたときのきよしさんの手の動きにドキッとしたのです。
きよしさんの手からは花が咲き出しこぼれ落ちるように見えたからです。
そんな時のきよしさんは、歌と同化して歌そのものになっているのではないかと私は感じます。
勢い余って舞台からこちらに飛び出してきそうなきよしさんの迫力にも圧倒されて、私もまた感動には限界がないのだということ再認識させていただいていました(笑)。
きよしさんも「情熱のマリアッチ」まで唄い終えると、
「ああー、キモチよかったぁー! 皆さんのおかげでスターになり切って唄うことができました。ノリノリでした」
と、感激を言葉にしてくださったのでした。
そしてアンコールでのラストトークで、
「僕の歌を皆さんの人生のBGMにしていただけるとうれしいです」
とおっしゃって、”愛してます”という客席の言葉に答えているうちに、
「”愛してます”...」
と、おっしゃてくださった方の言葉をご自身が反芻されて、きよしさんもまたそうであることをおっしゃるのかしら? と思ったら、きっと本気で言葉にしてくださろうとしたのでしょう。
「恥ずかしい...」
ぽつりとそうおっしゃったのです。
実は私、ここでハートを盗まれてしまったのでした。
以前、”間違いなく僕も愛しています”とおっしゃってくださったときもうれしかったけれど、その何百倍も何千倍もうれしかったのです。だってきよしさんの心からこぼれてきた言葉ですものね。
皆さんに、この言葉お届けしたいと思いました。
そして、名残惜しさがつのるファンの顔を見渡して、
「今夜、また夢でお逢いできますか?」
はにかんで静かにそうおっしゃったのでした。