2013年2月2日にいよいよデビュー14年目に突入されたきよしさん。
この日は中野サンプラザホールでの2日目のコンサートが開催され、私は昼、夜と参加させていただきました。
約2200名の観客を前に、きよしさんはオープニングの「雪月花」に始まってアンコール・ラストの「きよしのズンドコ節」まで熱唱につぐ熱唱を繰り広げられたのです。
この日はトークもはずみ、デビュー時のエピソードや思わずもらされた本音トーク。
あふれる感動に身を任せ、そのために起こったアクシデント等など。
そのすべてが感動的でしたが、何より1曲、1曲どの歌唱も素晴らしかったことを最初に書かせていただきたいと思ったのです。
きよしさんのデビュー記念日を迎えたあふれる喜びも、氷川きよしとしての歩みを思い返した深い感慨も、今やレコード会社や事務所をしょって立つ気概も、そして氷川きよしとして抱く未来の夢。ファンへの愛...。
そういったすべてが、この日の1曲1曲の歌唱に込められているように感じられたのでした。
きよしさんのファンになってから、"歌は人なり”と思うようになりました。
きよしさんの歌唱を初めて聴いた時、歌の天才だとはっきり感じたのですが、
当のきよしさんは今まで少しも慢心することなく人知れず血のにじむような努力を重ね、その天賦の才能をさらにさらに磨かれてきました。
きよしさんの歌に対する誠実さ、そして”僕は器用ではないので”と、自身を冷静に見つめ人の何倍も努力をされるその一生懸命さも、また天才とあらためて思うのです。
今現在の最高の氷川節を思う存分、心ゆくまで堪能させていただき胸がいっぱいでした。
昼の部でのオープニングトーク。
「今日は僕のデビュー記念日です。
皆さま、皆さま(と二度力を込めておっしゃり)ありがとうございます。
思い返せば22歳の時でした。
CDを初めて出していただいて氷川きよしという芸名を付けていただいて。
実感がわかないままずっとやってきて、最近ようやく(自分が)氷川きよしなんだなって思えるようになりました。
最初のマネージャーさんは僕の父親くらいの年齢の方でしたが、キャンペーン先で歌詩を間違えると、”飯抜きだ!”って怒られて。お昼を食べさせてもらえないこともありました。
でもその中でああ、歌詩を間違えることはいけないことなんだなって身をもって知ることができたんですよ。
2人でCD店をまわって”CDをお店に置いてください”とお願いするのですが断られることも多々あって。正直さびしい思いもしました。
男性演歌歌手がとても難しい時代でしたからね。
でも今はそのことにも感謝しています。それがあったから、よし、もっとがんばるぞ!という気持ちにさせていただけだんですよ」
きよしさんはそんなふうにキャンペーン時代のことを語り、
「デビューして13年が経って、最高の幸せは皆さんにお逢いできたことです」
とおっしゃったのです。
そして、さらに、
「あなたに逢いたくて! 僕は氷川きよしとして誕生したんです」
ひときわ大きな声で、そう言ってくださったのです。
2月13日にリリースされる「しぐれの港」についての紹介が昼夜ともありました。
「この曲はシンプルで”ザ・演歌”という感じです。主人公は男らしくて一途です」
と説明されましたが、今回は水森英夫先生の曲が先にできていて、その曲に石原信一先生が詩をつけてくださったそうです。
「今の氷川きよしを愛していただけたらという思いがあるので、等身大の自分が描かれたような『しぐれの港』は今までで一番好きな曲なんですよ」
うれしそうにそうおっしゃってワンコーラスをすべてア・カペラで唄ってくださったのでした。
何色にもきらめく”氷川節”にうっとりと聴き惚れたことは言うまでもありません。
この日NHKで放送された「コロッケぱらだいす ごきげん歌謡笑劇団」についての話題も出ました。
きよしさんは”ごきげんコロコロ劇場”での台詞を完璧なものにして収録に臨まれたのですが、何と現地で台詞が追加されて。
「台詞は西寄さんに相手役になっていただいて練習して完璧だったんです。それが現地で急遽台詞が増えて。やっとこさ覚えたのに~と思いました。
その台詞は三沢市の魅力をお伝えするものだったので間違えたら失礼になりますからね。カンペを出していただきました(笑)」
番組をご覧になられた方はおわかりになりますね(笑)。
また昼夜とも2月16日に放送される「MUSIC FAIR」での”氷川きよし特集”の話題になりましたが、きよしさんは、うれしくて仕方ない様子。
番組では「きよしのズンドコ節」を唄っていた当時の映像も流れますが、きよしさんは恥ずかしくて見られなかったそうです。
「キャラクターのイメージを作っていたということもあるんですが、おもちゃの子供みたいでしたね(笑)」
と形容され、
さらに夜の部では、
「うれしいことはたくさんありますが今までで一番うれしいというくらいのうれしさです。
番組の菊池プロデューサー(きくち伸さん)にも感謝しています。
皆さん、どうぞ16日をお楽しみに!」
と力強くおっしゃったのでした。
必見ですね。
それからニューシングル「しぐれの港」の紹介で、カップリング曲違いでAタイプ(「きよしのニッポン音頭」)、Bタイプ(「逢いたくてオホーツク」)の2種をリリースされることについて、
「なんかすいません。迷わせてしまって...。
だったらひとつにしろよ!
ですよね...。
でも時代の流れや戦略とかあるんですよ、やっぱり生き残っていかないとならないから。
ご了承いただければ...」
とついつい本音を言葉にされ、きよしさんは頭を下げられたので、
”いいのよ~(きよしさんの真似!)”と言わせていただきたくなりました。
きよしさん、大丈夫です。
それから私は昨日の夜の部に参加した時に気づいたのですが、「情熱のマリアッチ」のアレンジが大きく変わっていますね。
専門家ではないので詳しい違いは説明できないのですが、ベースがとてもきいていてリズミカルで、奏でるメロディーの印象は、勝手に言わせていただくと”ミラクル系”という印象なのです。
いいですなあ(またもきよしさんの真似!)藤林さんのベース。
きよしさんも唄っていて気持ちよいのではないかしら? と想像してしまうのです。
昼の部でのアンコールのラスト、「きよしのズンドコ節」では感動のあまり大開脚ジャンプをしてくださいました。バリッと音が聞こえたわけではありませんが、その時、どうもあのニュースペーパー柄の燕尾服のパンツに異変があった様子。
きよしさんは片手をお尻にあてて舞台中央のステップを昇り、客席に向き直ってから、大げさに股下を覗くような仕草までされたのです。
幕が下りる際にも、わざとそのことを強調するようなジェスチャーをされたので、逆に実は大丈夫だったのかしら? とも思ったのです。
でも夜の部で、かなり危うかったことを教えてくださいました。
夜の部のことでした。
「今日でデビュー14年目に突入させていただきました。
皆さま、本当にありがとうございます」
ときよしさんがおっしゃると、”きよしコール”が起こり、きよしさんは着流し姿でコールに合わせて踊ってくださいました。
そして、
「皆さん、いつもお手紙やプレゼントをありがとうございます。
お手紙読ませていただくと、僕のことを恋人みたいな気持ちで書かれているものや、読んでいて恥ずかしくなってしまうものもありますよ(照れ笑い!)。
皆さんのそういったお手紙を読ませていただいて、ああ、僕のことをこういう気持ちで応援してくださっているんだなって」
そうおっしゃったかと思うと、客席に向かって、
「あなた!
あなたですよ!」
と言葉を重ね、さらに
「僕、皆さんの様々な思いに、胸が切なくなることもあります」
そんなふうに心の内をお話してくださいました。
さらに、
「僕は、あなたに逢いにきたんです!」
ひときわ大きな声でそう言ってくださったのです。
また昨年を振り返り、
「昨年は事務所の会長が亡くなって、心が痛い1年でした。
負けられないという気持ちで、事務所の僕たち歌手や社長もがんばってきました。
氷川きよしの灯は、絶対に絶対に消せないんです」
あえて、"絶対に”という言葉2度繰り返された、きよしさん。
何てたのもしかったことでしょう。
そして、
「これからも心を込めて唄います。
歌は唄うのではなく、語るのだと言った方がいます。
僕は歌を語って、皆さんの心にお届けしたいです」
着流し姿でそうおっしゃって。
よほどうれしいお気持ちだったのでしょう。
「今、うれしくて跳び上がりたい気持ちなんです。
でも昼の部でパンツの股が裂けてパックリお尻が出てしまいました(客席からは見えていませんけれども・笑)。
今は着流し姿なので裂ける心配はないのですが、前がはだけてしまいますから(笑)」
とおっしゃっていたでしょうか。
「虹色のバイヨン」での即興的にも見えるダンスも歓喜の思いゆえなのでしょうし、上着の胸元を開けるサプライズ演出も、唄っているうちにハイテンションになり、ごく自然にされたことのように感じられるのです。
筋書きのない、きよしさんの思いからあふれ出だすダンスや仕草。
だからこそ、私たちもいっそう心ときめき、幸せな思いにさせていただけるのでしょう。
デビューの頃を振り返り、
「日々勉強でした。
スターの方にお会いすると、緊張してふるえていました。
”うわあ、芸能人だ~”って。
実は今もそうなんですけど(笑)。
僕は一色にとどまらずにいろんな色を表現できる歌手になりたいです。
心の器も大きくなるように。人を励ます生き方をしていきたいです」
と話されました。
きよしさんはこの中野サンプラザで初の単独コンサートを開催されましたが、
その「チャレンジステージ」のDVDを恥ずかしくて見ることができないそうです。
演出家の先生に、中野サンプラザは大きな会場なのでふりを大きく大きくするようにと言われ、生真面目なきよしさんは思い切り大きなふりをされ、「箱根八里の半次郎」も右に左に大きく身体を動かして唄っていらしたのですが、そのふりを再現されるきよしさんに、
”サッカーのゴールキーパーみたいですね~”
と西寄さんが一言(笑)。
「僕、真面目なので、先生に言われたものですから。
あの時は、幕が開いてお客さまがいらっしゃらなかったらどうしようってドキドキしていたんです。
でも幕が開いたら、お客さまがいてくださいました。
僕、幕が下りてから、うれしくて号泣していたんです。
そうしたら会長がいらして、”なんだ、きよし、泣いてるのか?
泣くなよー”っておっしゃってくださったんですよね」
きよしさんは懐かしそうに会長の思い出をお話しされました。
また夜の部では「逢いたくてオホーツク」の話題になると、
”胸の灯は消えない”
という歌詩が、お好きだそうで、そのフレーズだけ唄ってくださったのです。
「ちょっと高めでしんどいんですけどね」
ともおっしゃっていましたが素敵でした。
「今日は、また新たなスタートを切らせていただいたという思いです」
あらためてそのようなご挨拶もされて。
エンディングの折、きよしさんは、
「僕、皆さんのこと愛してますよ」
とおっしゃいました。
”僕の気持ち、わかってくれているよ、ね?”
”伝わっているよ、ね?
大丈夫だよ、ね?”
大丈夫だよ、ね?”
わかってくれていると思っているけど、やっぱり言葉にしておくからね。
そんな思いが込められたように感じられた一言でした。
夜の部の終演後、西寄さんのナレーションが長めだったので、きよしさんの声のお見送りを期待していた私は、今日はやっぱりないかしら? と思っていたら、
”氷川きよしさんからご挨拶があります”
と西寄さん。
「皆さま、氷川きよしでごさいます」
ときよしさんは律儀におっしゃって(笑)。
「今日は本当にありがとうございました! どうぞお気をつけてお帰りください。」
とご挨拶してくださり、さらに、
お礼をおっしゃったのでした。
きよしさんの声のお見送りのおかげで、幸せなコンサートがさらに幸せなものになったのでした。
※ごめんなさい。仕事が立て込んでいるので数日お休みいただきますが、次の記事できよしさんに贈らせていただいたコラージュブックのご報告させてくださいね。