昨夜の「NHK歌謡コンサート」、ご覧になりましたか?
きよしさんが唄ってくださった「きよしのソーラン節」、年の始まりにふさわしい華やかでエネルギッシュな歌唱でしたね。
きよしさんのファンになって以来、毎年、ゆく年を一緒に送り、くる年をまた一緒に迎えさせていただける幸せを感じます。
そして、毎年、年明けとともにツアー初日までが待ち遠しくなってきて。
いっそうきよしさんを恋しく思う今日この頃なのです。
 
ブログの更新がなかなかできない日が続きましたが、6日放送されたNHKスペシャル「父と子 市川猿翁・香川照之」を、見て、新年早々に”絆”というものを感じ、胸熱くなったのです。
当日、帰宅が遅かったので録画しておいたものを見たのですが、7日に母が、8日に父が見たいというので、またついついそれぞれ一緒に見てしまいました。
昨年末の「NHK紅白歌合戦」での福山雅治さんが唄う際に、市川猿之助さんと市川中車(香川照之)さんが口上をされ、お二人で宙乗りまで披露された感動をブログにも書かせていただきましたが、この番組を見て、あらためてさまざまな"絆”というものを感じたのです。
それは必ずしも血のつながりゆえの”絆”だけではなく、猿翁のもと、志を共にする澤瀉屋の一門の結束と”絆”、このドキュメンタリー番組のナレーションもつとめられている福山さんと、香川照之さん、市川猿之助さんの友情という”絆”です。
 
そして1月2日に、見つからずあきらめていた長良会長の聞き語りエッセイ「氷川きよしを生んだ男 長良じゅんの人生是浪花節」(週刊朝日)が、本棚のあるべき場所にちゃんとあったことに気づいて、一気に読み返したことを書かせていただきましたが、その中に息子さんへの思いが書かれた回があり、今、あらためて読んでみて、その深い思いに感動したことともあいまって、いろいろと考えていました。
 
長良会長のエッセイを読んでいたら、私は昨年亡くなられた中村勘三郎さんのあるエピソードを思い出したのです。
勘三郎さんは舞踊について、坂東流の家元でもある親友の坂東三津五郎さんに一目置かれていたので、ご自身の息子の勘九郎(当時は勘太郎)さんと七之助さんには舞踊を三津五郎さんに教えていただいたそうなのですが、そのことを思い起こさせることがエッセイに書かれていました。
 
それは連載第41回に「倅は田邊さんを親だと思って慕ってるもんな」というタイトルで書かれていました。
聞き書きは岩切徹さんです。
私は、きよしさんが「ウルトラマンメビウス」の主題歌である「未来」と「believe~あきらめないで~」を唄われた時に、「未来」を作曲した和也さんがFtC(FANATIC◇CRISIS)ファナティッククライシスの元メンバーだった方でしたので、そのことから、長良プロの神林社長がその方たちがメジャーデビューした時の会社の社長をとつとめられていたことを知りました。
そのご縁から「未来」も生まれたようでしたし、時折、きよしさんの会話に登場するようになった社長さんについて、ほとんど何も知り得ていなかったものの、そんな情報の端々からずいぶんユニークな方なのだなあと思っていたのですが、このエッセイを読むと、親子の”絆”の深さ、そして息子さんに寄せる信頼の深さを感じてじんときてしまうのです。
 
長良会長は田辺エージェンシーの社長である田邊昭知さんとは、田辺さんがバンドをやっている時(ザ・スパイダースの前身である田辺昭知とスパイダースの時代)に知り合われ、田辺さんが芸能プロダクション・田辺エージェンシーを始めてからも親しくされていたのだそうですが、エッセイにはこのようなことが書かれています。 
 
「田邊さんの生き方にはムリがないし、付き合っていて全然疲れない。
同じマネージャーといっても、オレはご承知の通り、現場からの叩き上げ。かたや田邊さんはスタープレイヤーからマネージャーになり、その両方を身をもって知っている人だから、人間的にもオレにないものをいっぱい持っている。 
そういう人だから、オレは倅を預かってもらった。
倅は若いころロンドンに留学し、帰ってきてからは東芝EMI にしばらくいたんだけど、その後、田辺エージェンシーにお世話になって、田邊さんの元で7年半修業してるんだよ。
そこでしっかり育ててもらったあとに独立。10年間自分でやってたところを、3年前にうちの会社に来てもらった。
倅の教育に関してはまったくの白紙。
これからは彼らの時代だからさ、自分の判断で自分の道を行けばいいという考えなんだ。
ただひとつ、礼儀だけはちゃんとしろとはいってるけどね。だから親のオレに対しても礼は欠かさないし、そういうふうに育ってくれた。
息子の場合、そういうことも含めて、7割方は田邊さんの教育ですよ。
それに田辺エージェンシーで修業してるときに、彼はいろんな人たちと出会うことができた。
倅にとってはそれは大変な財産だと思うよ。まあ、それも田邊さんが親代わりをしてくれたから広がった縁なわけだし、本当に田邊さんには感謝している。
息子を見て、うちの女房がよくいうもの。
『ほんとに義弘はあなたに似てないわね。考え方も仕事の仕方も、何もかも田邊さんにそっくり』
ハハハ、いや、ほんとにそうなんだ。
倅はオレより田邊さんのことをずっと尊敬しているし、いまだに田邊さんを親と思って慕ってるもんな。
親代わりといえば、田邊さんは倅の結婚式の仲人もやってくれた。
彼が誰かの仲人をしたのは後にも先にもその時だけだと思う。親バカでいうんじゃないけど、そらもう立派な結婚式だったよ。
(中略)
そういう付き合いなんだ、あの人とは。一生の付き合いだよな。
といって、しょっちゅう会うわけでもない。彼は酒を飲まないからいっしょにクラブに行くこともない。
でもゴルフはやるから、たまにいっしょに回るんだ。つい先日もいっしょに回った。オレのはワイワイガヤガヤ、気楽なゴルフだ。
一方 田邊さんのはキチッとした球筋の、マジメなゴルフですよ。同じ歳なのに正反対なんだ、持って生まれた性分が。
逆に、だから合うんだろうな」
 
長良会長のお声や笑い声が聞こえてきそうですね。
息子さんを誇らしく思われ、でもそのすべては田邊さんのおかげと嬉しそうにおっしゃる長良会長の謙虚さにもまた心を打たれました。
 
そういえばこのエッセイの1週前の回にも田邊さんのことが書かれていました。
水原弘さんが失意のドン底にいた時のこと。それまで数え切れないほどいた取り巻きも皆逃げ出してしまい、付き合っているのは長良会長だけだったということでした。
そんな頃、長良会長が水原さんと銀座を歩いていたら、田邊さんとバッタリ会ったのだそうです。
田邊さんが、
「この近くに美味いステーキを食べさせる店があるんですよ。せっかくだから今日はそこでご馳走させてください」
とおっしゃったそうです。
以下はそのエッセイの内容ですが、
「水原は何が嫌いって、他人におごられるのが一番嫌いだっていう男なんだ。
そりゃもう徹底していた。でもそんときにかぎってイヤな顔ひとつせず、気持ちよく田邊さんの誘いに乗った。
まあ、それぐらい田邊さんのことを好きだったし、特別気を許してたんだね。
3人でいろんな話をしたよ。
(中略)
バンドのプレーイング・マネージャーとして何よりメンバーの先々のことまでキチッと考えてる彼の誠実さには感心した。
店を出て別れたあと、水原がしみじみといったよ。
『チョウシャ、昭坊はいい男だなあ。今日は会えて嬉しかった』
水原もよっぽど嬉しかったんだろうな。
仲間だと思ってた連中にはそっぽを向かれ、世間からも冷たい視線ばっかり浴びているところに、ふっとあったかいものに触れることができたわけだからね。
オレも田邊さんの何気ない厚意が胸に沁みたもの。だからいまだにはっきり覚えてんだよ、行った店の名前からご馳走になった料理までこまごまと」
  
”心こそ大切”
きよしさんの言葉が胸に沁みます。

きよしさんとの絆。
そしてきよしさんを通してつながり、結ばれていく絆を大切に生きて行きたいと思うのです。