なかにし礼先生がお書きくださり、氷川きよしさんが歌う「櫻」が、
第45回 日本作詩大賞に輝きました。
なかにし礼先生、
氷川きよし様、
そして長良じゅん様、
きよしさんの歌う「櫻」を愛されている皆さま、
おめでとうございます。

今年の春、「櫻」を聞きながら、”櫻”に埋もれてひたすらにシャッターを切って撮影した1枚です。
おだやかな日でしたが、時折、風が吹き、花びらが待ったのです。
自分のその時の「櫻」という歌への感動が、どんな言葉を尽くすより、表れているように感じられたのでした。
昨夜は出先でしたが、お友達から「櫻」の大賞受賞を知らせていただいて、番組は帰宅してから録画で見たのです。
帰宅して録画を見たら、ブログを書くつもりでいたのですが、きよしさんの歌唱(ノミネート作品披露の時と受賞時共にです)に心を奪われ、その涙を目にして、胸がいっぱいになってしまって、とてもその思いにふさわしい言葉がうかんでこなかったのです。
長良会長が不慮の事故で旅立たれ、きよしさんがどれほど深い悲しみに襲われたのかを、これまで以上に感じて。
そして、去来する様々な思いがあふれ出すのを抑えようとして静かにお泣きになる姿を、ぼうっとしながら見つめていました。
一夜明けて少し気持ちが落ち着いてきたので、受賞への思いや番組のことを書きますね。
先の記事にお祝いコメントをくださった皆さま、ありがとうございます。記事の更新が遅くなり、ごめんなさい。
以下は放送をご覧になられた方にはご存知の内容になりますが。
なかにし礼先生に花束を贈り、言葉を交わされていたら、
きよしさんは、もう言葉が何も出ず、言葉のかわりにあふれ出した涙、涙、また涙...。
これから受賞曲の「櫻」をもう一度歌うのだけれど、
きよしさん、
きよしさん、
きよしさん、
大丈夫だよ、ね?
そう思った瞬間、徳光さんが、”大丈夫、歌えますか?”というような言葉で声をかけてくだいました。
きよしさんは深くうなづかれて、
「歌わせていただきます」
とおっしゃったのです。
私は、あの時のきよしさんに手を合わせたくなりました。
そして、一度お辞儀をされたのですが、歌い始める前にもう一度深々とお辞儀をされて。
そして歌い出されたのでした。
見事な歌唱でした。
なかにし礼先生に花束を贈られた時、
「素敵な作品を、素晴らしい作品をありがとうございました」
と、きよしさんがおっしゃると、
なかにし先生は、
「あなたに歌を書くチャンスを与えてもらってありがとう」
とおっしゃったのです。
私はその言葉に涙があふれました。
そのチャンスは長良会長が作ってくださったのですものね。
そしてなかにし先生はがんを克服されてのこの日の授賞式でしたから、
”今日ここに来られたことが奇跡です。その上、賞までいただいて...”
そんなふうにおっしゃっていたかと思います。
最後に、いつもきよしさんをあたたかく見守り応援してくださっている司会の徳光さんが、
「あなたの歌唱だからこそ、大賞に結びついたわけでございます」
とおっしゃってくださいました。
うれしく、ありがたいお言葉ですが、ほんとうにそうだなあとファンの欲目を差し引いてもそう思います。
いつも天から見守ってくださっている長良会長も、昨夜は会場にいらしてくださっていたのではないでしょうか?
そんなふうに感じるほどあたたかな愛が広がっていくのを感じたのです。
きよしさんは「櫻」を生涯、大切に歌っていかれるという決意を折々に言葉にされていらっしゃいますが、
「櫻」という曲は、歌うたびに、自身の歌唱や心が映し出され、今現在の自分を見つめ直すことができる1曲なのかもしれません。
そうであれば、この「櫻」はきよしさんが守って育てていかれると同時に、氷川きよしという歌手を守ってくれる曲といえるかもしれませんね。
なぜだかそんなことを昨夜考えたのでした。
きよしさんが歌ってくださった「北の螢」、素晴らしかったですね。
私は「最後と決めた女だから」の中の「♪唐紅に燃える胸~」と、きよしさんが歌われると、
なぜかしら「北の螢」の中の、
「♪もしも私が死んだなら、胸の乳房をつき破り 赤い螢が翔ぶでしょう」
を聴いた時に浮かぶイメージが重なって、その赤さを感じていたのです。
「♪もしも私が死んだなら、胸の乳房をつき破り 赤い螢が翔ぶでしょう」
を聴いた時に浮かぶイメージが重なって、その赤さを感じていたのです。
皆さま、
「きよしこの夜」が近づいてきました。
きよしさんのおかげで、幸せが続きますね。
氷川きよし号に乗って、
キャプテンきよしと共に参りましょう!