皆さま、こんにちは。
ここのところずっと下書きをしていた記事があって、なかなかアップできずにいました。
ごめんなさい。
そしていよいよ書き出してみたら、こんなに書きたいことがあったのかと自分自身で驚くほどに思い出されること、今になってそうだったのかなあと思うことなどもあって、とてもひとつの記事に収まらない内容になることが先ほどわかりました(笑)。
最近、ひとつのテーマはひとつの記事で書き切ること(5000字が記事の上限です)を、自分の中でのルールにしてきたのですが、今回は2回に分けて書こうと思います。
最近、週刊誌などで年末の日本レコード大賞の話題を目にするようになりました。
いつでも一生懸命歌っておられるきよしさんに、すべての賞を贈りたいという気持ち。きよしさんのファンであればどなたも抱かれていると思います。
私は、きよしさんが日本レコード大賞・大賞を受賞された2006年の思い出を以前から書きたいと思いながら書けずにいましたが、この時期、おこがましいかもしれませんが、きよしさんへの応援のつもりなら書けるかもしれない(勝手な思いですが)という気持ちがわいてきたのです。
この記事のタイトルになっていますが、このブログを始める前からいずれは書いてみたいと思っていた思い出のひとつでした。
でも先日、まとまった時間ができたので当時の手帳や資料を探し出して見返し、アップする画像を用意しながら、またあれこれ考えてしまって...。
それでこれまでにこのブログで書いたことのある八王子でのコンサートでの出来事や座長公演の思い出同様、まずは下書きというつもりで書かせていただこうと決めたのです。
ちなみに前述の2テーマも下書き&仮タイトルのまま書き直す機会がありませんでしたが、そちらもいずれあらためて書きたいという気持ちは変わりません。
そして今月後半に大阪に行くその前に「ふたたびのあなた」というタイトルで、きよしさんがデビューされた2000年を振り返る記事も書きたいと思っています。
この2つの記事は今書かないとまた書く時期を逸してしまいそうなので自分から自分への宿題のつもりでいます。
これから歌手・氷川きよしさんの一ファンとしての2006年の思い出を書いていこうと思いますが、次回の記事には少しデリケートな内容も含まれるかもしれません。
それらを迷いながらも書いてみたい、お伝えしたいという自分の気持ちを頼りに書くつもりでいますので、もしお読みいただいて、”この内容はどうかしら?”と思われることがありましたら、ご意見いただけるとありがたいです。
どうかよろしくお願いします。

日本レコード大賞・大賞受賞 氷川きよしの熱く駆け抜けた1年
2006年3月15日の夜、私はNHKの505スタジオのパイプ椅子にすわっていました。
午後8時5分から生放送されるNHKラジオ第一放送の番組「きらめき歌謡ライブ」にきよしさんが出演されるので観覧に参加していたのです。
きよしさんと出逢ってからその思い出のすべてが愛おしく大切な宝物であることは言うまでもないのですが、その中でもとりわけ忘れられない瞬間があるのです。
それはあくまで私にとってのことですが、その夜に聴いたきよしさんの歌う「一剣」を今でも忘れることができません。
"氷川きよし”を思い描いた時、今でもあの瞬間の驚きと、押し寄せて包み込まれるような感動が思い出されます。
その日のことを書きとめた手帳を見ると、番組のオープニングにきよしさんが登場されて「面影の都」を歌われ、さらに「きよしのズンドコ節」をフルコーラス歌ってくださったと書かれていました。
”きよしさんはよほど声の調子が良かったのでしょう。「♪ズンズンズン ズンドコ」と歌う3つ目の”ズン”のコブシが絶妙に回ってサイコー!”
その時の感動が手帳の余白に"書きとめずにはいられない”といわんばかりに走り書きされていたのです(喜)。
その日はきよしさんにとって10枚目のシングル「一剣」の発売日でしたから、番組の後半で「一剣」を歌ってくださる予定でしたが、私はすでに番組前半でのきよしさんの「きよしのズンドコ節」の歌唱に並々ならぬ熱意と迫力を感じていたのです。
きよしさんは昼間、剣道着姿で赤坂の氷川神社を訪れて、「一剣」のヒット祈願のため、竹刀を持ったちびっ子剣士たちを伴い参拝されたということでした。
新聞に掲載されているコメントには、
「歌詩に『敵は己の内にあり』とあるように、自分も己に厳しく生きたい。歌の道を究めたいんです」と書かれていましたが、「一剣は2月1日から大阪・新歌舞伎座で開催された座長公演(27日千秋楽)から披露されていましたので、私もその公演ですでに「一剣」を一度聴かせていただいてはいたのです。
ここで時間が少し溯りますが、きよしさんは2003年に「白雲の城」で第45回日本レコード大賞・最優秀歌唱賞を受賞をされ、その年の「NHK紅白歌合戦」ではトリの前、最後から3番目に歌われ(小トリともいうそうですね・笑)
、のちのコンサートで、「僕、最後から3番目に歌ったんですよ~」と、その時の嬉しさをきよしさんには珍しく少々得意気にお話しされたことがありました。
以前、これまできよしさんを見つめさせていただいてきた中で、きよしさんが自慢らしき(あくまで”らしき”です)発言をされたのを私は一度しか聞いたことがないと書かせていただいたことがありますが、それはこの時の発言でした。
その年は歌手・氷川きよしの実力と人気。そしてあふれる才能が、世の中に広く認められた年でもあったと思うのです。
けれどもきよしさんがその喜びに浸っているのは束の間だったのかもしれません。
以後、自分が望むと望まざるとに関わらず、次は”日本レコード大賞・大賞を!”という周囲の期待がいっそう高まって、きよしさんやきよしさんを支えるスタッフにとって、その期待ははもちろん励みでもあったでしょうが、同時にプレッシャーにもなっていたように私には感じられたのです。
私はある時期からきよしさんが"結果を出さなくては”というようなことを折々におっしゃるようになって、その言葉を聞くたびに、
何で? こんなに素晴らしい歌唱ができているのに、なぜそんなつかみどころのない”結果”を追い求めなくてはならないの?
賞をもらうことより、今ここでこんなに見事な歌唱ができていることのほうが素晴らしいことなんじゃないの?
と、きよしさんの立場を少しも理解しようとせず、そのような思いを抱き、勝手に切なくなっていたのです。
応援のボードを作られ、きよしさんを励まし応援されていらした心ある多くのファンの方たちと比べると、つくづくひねくれた私ですが、それがその時の正直な気持ちでした。
きよしさんの責任感、背負っている重圧をファンとして感じていながら、それでも、そんなこと気にせず、今こんなに素晴らしい歌唱ができることをもっともっと肯定してほしい。
結果は必ずあとからついてくるでしょう?
「一剣」がリリースされたその日、私はそんな気持ちを抱いたままNHKのスタジオにいたのです。
いよいよ番組の後半、再びきよしさんが登場され、新曲ということで「一剣」を歌い出されたのですが、
私には、きよしさんの歌声がまるでおなかの真ん中にパンチを浴びているかのように(パンチを浴びたことがないので想像ですが)響いてきたのでした。
何という歌声!
その時感じた重量感をどう説明したらよいでしょう?
ボクシングでいえばボディーブロー?
おなかにズシン、ズシンと響いて椅子から飛び上がりたくなるような力を感じて、これってほんとうに人間の発することのできる声なのかしら?
あまりの歌声に圧倒されて私は呆けにとられてきよしさんを見つめました。
一振りの剣に命を賭け最大の敵である己と闘う主人公に自身を重ね合わせて、凛々しく颯爽と歌いながら、時折笑顔がこぼれて...。
そんなきよしさんから、あまりにもまっすぐな歌への愛、生きることへの情熱が胸いっぱいに感じられてきたのです。
すごい、氷川きよしはほんとうにすごい歌手!
心の底からそう感じ、感動したのです。
それまでも、いつでもきよしさんの歌声を最高の歌声だと思っている自分が、さらにその歌声の深淵に入り込み、あらためてそう感じた瞬間でした。
505スタジオのステージは50センチほどの高さしかなく客席側フロアには200席ほどのパイプ椅子を並べての観覧なので、きよしさんと至近距離であることはもちろん舞台と客席との高低差もそれほどないのです。
ですので耳はスピーカーから流れるマイクを通したきよしさんの大音量の歌声とナマ声とを区別して聴きとることはできないですが、私のそれ以外の知覚はちゃんときよしさんのマイクを通さない生の歌声のパワーや波動を感じてとっていたのではないかと後になって思うのです。
「一剣」という歌に出逢って、きよしさんにははっきりと見えてきたものがあったのでしょうか。
その歌唱から、きよしさんが周囲の雑音や雑念を振り払い、ただ歌だけを信じ、愛し、見つめていることが伝わってきて...。
きよしさんの歌声が、それまでの私の心の中のもやもやをきれいさっぱり消し去ってくださったのでした。
なんだかこんなことを書くのはまたまたおこがましいのですが、
その瞬間にようやく素直な気持ちで、きよしさんの日本レコード大賞・大賞の受賞を望み、応援したいと心から思ったのです。
2006年は2月に大阪・新歌舞伎座ので1ヶ月公演があり、コンサートツアーは3月23日 松戸・森のホールからスタート。
7月3日には「第1回HKのど自慢大会」を中野サンプラザで開催されました。
きよしさんは映画「ウルトラマンメビウス&ウルトラ兄弟」の主題歌「未来」をKIYOSHIとして歌われたので、9月17日に映画のPRを兼ね横浜スタジアムでの横浜―巨人19回戦の始球式に参加されたこともありました。
夏から秋にかけ新曲のうわさのようなものをちらほらと耳にしたこともありましたが、
きよしさんご自身が、”今年はずっと「一剣」で行きます”
とコンサートでおっしゃったと思います。
業界の内情はまったく知り得ませんが、きよしさんの日本レコード大賞・大賞受賞が現実味を帯びてきているらしいことを何となく感じていました。
そんな折、きよしさんが緊急で”7周年感謝祭”を東京ビッグサイトで開催するというお知らせがあったのです。
詳しい事情は今でもわかりませんが、このイベントは、CDをさらに売り上げて日本レコード大賞・大賞受賞への王手をかけるものだったのではないでしょうか。

イベントではミニライブがあり、CDを購入するときよしさんと握手をしていただけるという特典がありました。
握手会は午後2時10分にスタートして終了したのは6時48分。きよしさんはお客さまをお待たせするのは申し訳ないと、途中マネージャーさんが用意したミネラルウォーターを何度か後ろ向きになって(一応全方向にファンがいたのですが・笑)お飲みになっただけで5時間立ちっぱなしで声をかけながら握手をされたのです。
終了後にきよしさんのコメントをいただくためマスコミの方が多数残っておられましたが、
翌日の日刊スポーツに、
イベント終了後、きよしさんの手のひらは真っ赤に腫れ上がっていたことが書かれていました。
でもきよしさんは労ってくださった記者の方たちに、
「ファンの方の応援あっての僕ですから」
とおっしゃったそうで、記者の方はそんなきよしさんにとても感動されているようでした。
そして次の記事に続きますがこのイベントで、私は今でも忘れられないきよしさんのひと言を耳にしたのです。
勝手な思いかもしれませんが、私にはその瞬間から、きよしさんは、”氷川きよし”として生涯を生きるという覚悟をされたのではないかと感じるのです。
そして握手を待っている時に、ひとりひとりに声かけされていたマネージャーの上東さんの言葉。
またこの緊急決定したイベントを支えた日本コロムビアの方たちの想像を絶する頑張り。
次の記事で書いていきます。
1枚目の画像はイベントでいただいた風船です。
きよしさんの”ありがとう”とおっしゃる声が聞こえてきそうですね。
それではまたお会いしましょう。