14日はきよしさんが大竹まことさんの「ゴールデンラジオ」(文化放送)と夏木ゆたかさんの「ホッと歌謡曲」(ラジオ日本)に出演されるので、できればラジオを聴きながら終日家で仕事をしていたかったのですが、お仕事や夕食のお誘いが入ってきて、急に忙しい1日になってしまったのです。
今、録音しておいたきよしさんたちの楽しい会話を聴きながらこの記事を書いています。
13日に高知県立県民文化ホールで開催された「BS日本のうた」の公開収録では、鳥羽一郎さんとスペシャルショーをされたそうですね。
演歌を志した時からずっと憧れていらした鳥羽さんとのステージ。想像しただけでもう感動してしまいます。
放送は10月7日(日)午後7時30分~8時59分 (BSプレミアム)。見逃せませんね。
そんなきよしさん、「ホッと歌謡曲」で夏木さんとトークをしていた時のこと。
マネージャーの上東さんがきよしさんのトークをお聞きになっていて”アホッ!”とおっしゃったそうで(笑)、
「今、マネージャーの上東さんから”アホッ!”って言われました(笑)」と夏木さんにわざわざ説明されたのです。
いつも頼もしい上東さん。そしてそんな上東さんに”アホッ!”と言われたことが嬉しい様子のきよしさん。
相変わらずの素敵な関係ですね。
「新春演歌まつり」は”長良会長の思いがすごくあるお祭り”なので、どうやって毎年コンスタントに続けていくか、まず来年を大いに成功させたいと事務所が総力をあげて取り組んでいるのだそうです。
そして、きよしさんは前日は高知で公開収録だったので収録後はホテルに泊まったそうです。
そして朝、お風呂に入ってトランクを開けたところ、替えの下着を入れるのを忘れていたことに気づいたのだそうです(汗!)。
「黒い下着だったんですけど、さすがに2日連続同じ下着は着たくないなと思って...。
それでああ、どうしよっかなと思ってトランクの中を見たら、海水パンツがあったんですよ。
今、海水パンツをはいています(笑)」。
とおっしゃって、夏木さんにはいている海水パンツをチラッとお見せになったのでした(笑)。
何だかほほえましいきよしさんですが、それにしても海水パンツがあってほんとうによかったですよね。
「ホッと歌謡曲」では、「最後と決めた女(ひと)だから」にさらに「夜霧のエアポート」と「哀傷歌」も流れ、大サービスでした。
「哀傷歌」は長良会長の亡くなった奥様への思いも込められていて、"ふりむけど 君の影なく”という歌詩は会長ご自身の思いであり、きよしさんはその歌詩に接して、長良会長の奥様への深い愛を感じられたのだそうです。
ところで皆さま、私の夕食のお誘いは浅草でしたので、三田で用事を済ませてから田町で待ち合わせて、日の出桟橋までタクシーで行き、水上バスに乗って浅草に行ったのです。夜の浅草寺をお参りし、天晴地蔵さまにもお参りしてきました。
「最後と決めた女(ひと)だから」が大ヒットしますように!
とお祈りさせていただきました。
そういえばたまたま通った新仲見世商店街にある宮田レコード店さんには、入り口のいちばん目立つところにすでに「最後と決めた女(ひと)だから」のポスターが貼られていました。
さて、そして以下は先日、少し書かせていただいた「スケッチ・オブ・ミャーク」のことをもう少し。
沖縄県宮古諸島に沖縄民謡と異なる知られざる唄があります。
それは厳しい島の暮らしや神への信仰から生まれた”アーグ”と”神歌”で、宮古諸島に点在する集落の中でひっそりと歌い継がれ、数世紀に渡って口承で伝えられたものだそうです。
音楽家の久保田麻琴さんが、その唄を生んだ人々の暮らしを追う中で根源的な自然への怖れと生きることへの希望を見い出していくのですが、その過程を収めたドキュメンタリー映画です。
音楽家の久保田麻琴さんが、その唄を生んだ人々の暮らしを追う中で根源的な自然への怖れと生きることへの希望を見い出していくのですが、その過程を収めたドキュメンタリー映画です。
その映画の中で登場したのが嵩原清さん。
大正9年に宮古諸島池間島に生まれ、理髪店を営みながら、歌、三線、踊りの名手としてその名はとどろき、島の慶事に欠かせない存在だったそうですが、その方の歌う「池間口説(イケマクドゥチ)」がなんとも素晴らしいのです。
ここ、宮古島の歌の名手も“KIYOSHI”なのだなあ、なんてひとり納得していた私でしたが、かつては歌自慢、三線自慢の人はその日の仕事を終え、夕食を済ませると、辻に座って三線を奏でて歌うのですが、上手だと人がどんどん集まってきて、拍手や歓声が大きくなり、その拍手や歓声がさらに遠くの集落に届いて、また人が集まってきて、ますます聴衆が増えていったということでした。
1970年代初頭に池間島の廃屋で録音されたものが残っていて、その音源があったおかげで、久保田さんがダビングとアレンジを加えて70年代風ヒッピーソウルに仕上げ、CDにも収録されています。
世界中の音楽にふれてきた久保田さんが嵩原さんの歌声を聴いて、池間島で生まれて育った嵩原さんのグローバルな歌声に驚かれていたのです。
予告編の後半で少し流れるので、興味のある方はご覧いただけると幸いです。
今回、この映画に寄せて 中島渉さんが「歌の始原への旅」というタイトルで”人はなぜ唄うのだろうか”というテーマでコラムを書かれています。
「ウタという語の背後に「うったふ(訴ふ)」を見たのは折口信夫だった。
誰かになにかを伝えようとするとき、それはウタとなる。
また、ウタは「うつ(打つ)」から来たとする説もある。魂が激しく揺さぶられたとき、そこにウタが生まれるのだ。
「うつ」は「うつろ(虚ろ)」にも繋がるだろう。
器であるひとが感動や大いなる事態に出会したとき、ひとは唄う。」
そんなふうに書かれた中島さんの言葉、深く心に残りました。
「スケッチ・オブ・ミャーク」は今日9月15日から東京都写真美術館で公開です。
そしてアップが中断してしまいましたがコメントへのお返事です。
いつもありがとうございます。遅くなってごめんなさい。
みず穂さまへ
コメントをありがとうございます。
私にはなかなか情報のフォローやアップは難しいのですが、その時々の自分の思いを書きとめています。
そのような内容でもお役に立てたのでしたらほんとうに嬉しいです。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。
みなみ様へ
コメントをありがとうございました。
「櫻」の新曲イベントの記事にお寄せくださったのでしたね。お返事が遅くなってしまいごめんなさい。
もう来週には「最後と決めた女(ひと)だから」の新曲イベントですものね。
いろいろなことがあった約半年。
きよしさんのおかげで充実した日々をすごさせていただいたなあとあらためて思います。
これからも少しずつでも書いていきますので、どうかよろしくお願いいたします。
みゆみゆ様
コメントをありがとうございました。
「お台場フォーク村」の記事にコメントをありがとうございました。
あの記事では自分の感動を久々に思い切り書かせていただけたかなあと思います。
お友達から番組の録画を貸していただいたのですが、ライヴとはまた違った趣で楽しめました。
地を這うようなコールもきよしさんが歌っていらっしゃる時では初めての体験で、忘れられない思い出になりました。
あの時は内容も状況も何もわからないまま、HPに公開されているこれまでのセットリストを見て、あとは”勘”だけで行きたいと思ったのですが、結局ひとり寂しく参加することになり、ロビーや廊下でも見知った方には出会えず、ブログにも書いた長良プロの方だけが唯一見知ったお顔でした。これからもよろしくお願いします。
みる様へ
コメントありがとうございます。
優しく励ましてくださったこと、今でもありがたく思っています。
これからもきよしさんの魅力や与えてくださる感動を書いていきたいと思います。
不定期更新で心苦しいのですが、どうぞこれからもよろしくお願いいたします。
百舌鳥さまへ
コメントをありがとうございます。おかげでとても励みになりました。
きよしさんへのスタンスは、司会の西寄ひがしさんや、「氷川lきよし節」(文化放送)の寺島さんのきよしさんへの接し方、言葉遣いが、聞いていて気持ちがよいなあと感じたので、そのようにしてみたところから始まっています。
書いてみたいことが未だ書けずにいますが、少しずつ形にしていきたいと思っています。
これからもよろしくお願いします。