「Kさん、唐紅に燃える胸って、どんな胸なのかな?」
渋谷公会堂でのコンサートの帰り道、「最後と決めた女(ひと)だから」をワンコーラス歌えるようになった私。
明治神宮前に行く道すがら、Kさんと歩きながら歌っていて(笑)、2コーラス目をおぼろな歌詩で歌っていた時に、”唐紅”という言葉を口にして、はたと歌うのをやめて聞いたのです。
「唐紅っていうのはどういう意味なのかしら?」
今度はKさんが聞きました。
「とても濃い紅色のことだと思うけど」
私がそう答えると、
「そうなの...。じゃあ、情熱的な色ってことよねー」
Kさんはそう言いました。
「紅色よりもっと濃く紅く燃える情熱的な胸っていうこと?」
Kさんと私は夜の代々木公園を「最後と決めた女(ひと)だから」の話題に目を輝かせ、大いに盛り上がりながら駅へと向かって歩いたのでした。
幸せなコンサートでした。
渋谷公会堂でのコンサート夜の部に参加したのです。
そういえば私には初めて聞く響きでしたが、西寄さんもきよしさんも渋谷公会堂を"渋公(シブコウ)”と省略されていたのです。それであとでロゴを見たら、たしかに渋公(シブコウ)SHIBUKOとなっていました。
私、知らなかったので勉強になりました(笑)。

「ねえ、ところでマルルさん、『王将』、好きだったの?」
Kさんに聞かれました。
うわあ、泣いていたのをしっかりKさんに気づかれていました(汗!)。
セットリストが少々変わって、「王将」を歌ってくださったのですが、私、きよしさんの歌う「王将」を聴いていたら、なぜかしら泣いてしまったのでした。
昨年11月に「わが心の大阪メロディー」で「王将」を堂々と歌ってくださって、山鹿の旅館できよしさんの勇姿を見ながら乾杯をした、あの時の自分の気持ちを思い出したこともありましたし、命を賭けて闘う主人公の生き様や覚悟にきよしさんが自身の心を重ねて歌っていらっしゃるように感じられて...。
言葉にするなら、それは幸せの涙だったかと思うのです。
9月19日にリリースされる新曲「最後と決めた女(ひと)だから」がセットリストに入ったため、曲目や衣装も少々変わりました。
ちなみにこのブログもこのタイミングで背景を変えてみましたがいかがですか?
私なりの「最後と決めた女(ひと)だから」のイメージです。
オープニングの「獅子」から力みなぎっていたきよしさん。
スタッフも力みなぎりすぎてドライアイスを焚きすぎてしまったのか、きよしさんのお顔が”靄の中”に(笑)。
コンサートのトークで、西寄さんが”スタッフも並々ならぬ力の入れ様”とドライアイスのことをおっしゃっていましたが、でも素晴らしかったのは、ドライアイスを焚きすぎなのでは? と思った瞬間、きよしさんのお顔目がけてサーッと風があたって煙がすっと消えたことでした。
私、いつも裏方さんのそういう一生懸命さにたまらなくじんときてしまうのです。
きよしさんは「ときめきのルンバ」で再び登場された時には、エアハグをしてくださったのでした。
さて、9日のホテルニューオータニ大阪でのディナーショーの様子を教えてくださった皆さま。
ありがとうございます。
きよしさんはオープニングトークで、
”おおきに”
”ほんまですか”
と思わず言ってしまい、
「大阪の余韻が残っています(笑)」
と嬉しそうにおっしゃっていたのです。
そののちのトークでも
「昨日は大阪でディナーショーをさせていただきました。
これまで東京では何度かさせていただいていますが、大阪はデビュー13年目にして初めてだったんです。
僕、嬉しくて...。
そして最高でした」
と大好きな大阪の地での初めてのディナーショーへの感動を言葉にされていらっしゃいました。
参加された皆さまと一緒にきよしさんご自身も夢のような時間を過ごされたのだなあと感じて、私は参加できませんでしたが、きよしさんの感動が伝わってきて、私まで感動してしまったのでした。
そして、
夢みたい...。
私がそう感じたのは、「情熱のマリアッチ」。
昨年の「ベストヒット歌謡祭」で着用されたロングマント付きの黒色の衣装から、夏仕様ということで昨年の「日本有線大賞」で着用された鮮やかなブルーの衣装にチェンジされ、イントロでの屈んだポージングが復活しましたが、この日はワンコーラスを舞台中央上段の踊り場で歌った後、そのまま階段を降りてこられ、何だかあらかじめ決まってはいず(ほんとうは決まっているのだと思いますが)、心のおもむくままという感じで、下手に数歩、また数歩と進んで歌ってくださったのです。
私、きよしさんのこの”数歩、また数歩”という感じで、構成があるはずなのにまるでその時、思い立って心のままに動いているのかしら? と思わせてくださる所作にはドキドキさせられますし、ほんとうに大好きなのです。
さて「情熱のマリアッチ」を歌ってくださった後の昭和の名曲を歌ってくださるコーナーの曲目と衣装がチェンジされていました。
きよしさんは”櫻”色の衣装で登場され、
「奥飛騨慕情」
「王将」と歌ってくださいました。
私、いつも「奥飛騨慕情」を聴いていると涙ぐんでしまうのですが、今回はその後さらに「王将」で冒頭に書かせていただいたように涙してしまったのです。
そして「櫻」と「出発」を歌ってくださったのです。
その涙のわけはもう少し心を冷静にして。今晩もコンサートに行くので、そのご報告の時にあらためて書かせていただこうと思います。
「西寄さん、僕とずーっと一緒で飽きるでしょう?」
トークのコーナーで、”できることなら西寄ひがしを皆さんと交代してさし上げたい”とおっしゃった西寄さんに、きよしさんはそんなふうにおっしゃったのです。
西寄さんは一瞬、ぽかんとした様子で(笑)、
”ということは氷川さんが私に飽きていらっしゃるということも?”
よく聞き取れなかったのですが、そんなことをおっしゃったかと思います。
私は微笑ましいお2人のやりとりを聞いていて、”交代してさし上げたい”とおっしゃる西寄さんのお心に初めて気づいたのでした。
これまでは、”きよしさんの身近にいることができる”からそうおっしゃってくださっているのだと表面的にしかとらえていなかったのですが、ああ、そういうことではなくて(もちろんそういうこともあるにはあるでしょうけど)、きよしさんがどんなに素敵な方なのか、西寄さんだからこそ知り得るきよしさんの魅力がたくさんあって...。
そのことをなかなか伝えることはできないけれども、
”皆さん、コンサートやメディアを通して氷川きよしをいつもご覧になって、その魅力を十分ご存知でしょうけどね、でもねでもね、素の氷川きよしは、抱きしめたくなるほど魅力的なんですよ。皆さんにお伝えしたい! その、目で見て感じていただきたいなあ”
そんな深い思いがあるのだということを感じたのです。
6日のバースデーコンサートが富山で開催されましたが、前夜は温泉(U温泉と参加されたお友達に聞きました)に宿泊され、和室に洋間が併設されたお部屋に泊まられて、きよしさんは和室、西寄さんは洋間でおやすみになって、2つのお部屋の間はふすまで仕切られていたのだそうです。
夜中の3時前、お手洗いに起きた西寄さんは、きよしさんを起こさないように抜き足差し足忍び足でベッドを出られたのですが、
用を足してお部屋に戻ると、ふすまがバッと開いて、きよしさんが!
西寄さんはほんとうに驚いたそうで(笑)、その様子をきよしさん、西寄さん双方が再現してくださいました。
きよしさんは「最後と決めた女(ひと)だから」のPVのことでスタッフの方と電話でやりとりをしていて、まだ起きていらしたのだそうです。
この日はきよしさんの35歳のお祝いもさせていただけて、楽しいトークの後、いよいよ 「最後と決めた女(ひと)だから」の披露となりました。
ジャケットの色はブラック。星々の瞬きのような細かなスパンコールが入っていて襟とポケットの縁はサテン。
シャツは白で襟はフォーマルなウィングカラー、このシャツは“櫻”色の衣装の時と同じなのではないかと思います。
ボタンは多分スワロフスキー。蝶タイ、カーフベルトは黒のサテン。パンツは黒でした。
ボタンは多分スワロフスキー。蝶タイ、カーフベルトは黒のサテン。パンツは黒でした。
きよしさんは「最後と決めた女(ひと)だから」への思いをご自身の言葉で語り、そして歌ってくださり、自然に手拍子が起こっていましたが、私は間奏は手拍子をし、あとは静かに聴かせていただきました。
きよしさんの艶やかでのびやかな歌声。そして絶妙なこぶし回し...。
花も実もある35歳になったきよしさんの歌声でした。
そして、私はカップリング曲の 「夜霧のエアポート」と 「哀傷歌」をこの日初めて聴かせていただいたのです。
心の傷がぱっくり口を開けているかのようなきよしさんの絶唱に、すべてを忘れ、時間も止まり、言葉を失った私でした。
感想はまた今晩書いてみたいと思います。
西寄さんの口上で始まる「浪曲一代」からは構成も曲目も変わりませんが、衣装が白のラメ入りの着物に紺地に銀の文様の入った袴にチェンジしていました。
そしてラストトークの時でした。
舞台で歌える幸せを語っていらしたきよしさんが、
「皆さんに僕のことを忘れてほしくないなって思うんです」
と、突然おっしゃったのでした。
氷川きよしを忘れるですって?
どうやったら忘れられるのでしょう?
嫌いになれるのでしょう?
きよしさん、そんなことをおっしゃるのなら、
忘れられるものなら忘れさせてください。
嫌いになれるものなら嫌いにさせてください。
私の中でそんな思いがわいていました。
でもそれは絶対に無理というもの。
氷川きよしが好きということは、私たちファンの中では宇宙の法則にも等しい明らかなことなんですもん!
きよしさん、この日、「夜霧のエアポート」で”愛は死なない”って歌ってくださったでしょう?
そうだったら、私、もう何も怖くありませんから。
だからどうか忘れられるなんてこと二度と思わないでくださいね。
きよしさんはお誕生日を迎えて、35年間生きてこられたこと、氷川きよしになって13年目を迎えたことを思って、様々な感慨を抱かれた様子で、
「僕、あらためて皆さんのこと愛しているって思いました」
ぽつりとおっしゃったのでした。
氷川きよしとしてデビューした途端、猛ダッシュの日々。
一気に走り出した”氷川きよし”に追いつけないと感じたこともあったとラジオ番組で話してくださったことがありましたね。
以前もこのブログに書いたことがありましたが先に信じてくださったのも、愛してくださったのもきよしさんだったのです。
私たちファンはそのきよしさんの愛に引き寄せられ、きよしさんが下さる愛に、私たちなりにまた愛を返させていただいて今日まで一緒に歩ませていただいてきたのだと感じます。
この日、客席の方の洋服に目をとめて褒められたきよしさん。
西寄さんが、
”皆さま、氷川さんのために選び抜かれた1着をお召しになっていらっしゃるんですよ”
とおっしゃると、きよしさんは、
”ありがたいですね。だから僕、皆さんのお召し物を見せていただきたいなと思って。つい目がいっちゃうんです。
どなたも個性があられて、様々なおしゃれをされていますね”
そのようなことをおっしゃったかと思います。
そうですね。老若男女、皆、様々な装いをしていて、ひとりとして同じ人はいないけれど、でもその様々な人たちが等しく好きな歌手、それは氷川きよしなのです。
そう思ったら、またじんときてしまった私です。
以上駆け足でのご報告で失礼します。
今晩は2日分の感動を書かせていただけたらと思っています。
またお会いしましょう。