昨日、宇都宮市文化会館で開催されたコンサートに昼夜参加しました。
帰宅して少し書く内容を迷いました。
一番書きたいこと、それこそが私にとってのサプライズだったので、これから参加される方にはお知らせを控えるべきだとも考えたのです。
もちろん今回が初お披露目ではないことをこの記事を書くにあたって知ったので、すでにご存知の方もおられるでしょう。
そんなことも合わせて考えてみた上で、さらに迷いましたが、好きなことを書くことを身上に続けているブログですので、前置きさせていただいた上で一番最後に書かせていただこうと思います。
ちなみに西寄さんからのインフォメーションで、5月17日の神奈川県民会館でのコンサートからセットリストがリニューアルされる旨、お知らせがありました。そちらも楽しみですね。
 
※ではこれからコンサートのことを書いていきます。
最後の方でその内容に触れる前で、もう一度赤字&☆☆☆でお知らせします。
ですので、すみませんがコンサートにこれから参加される方はお読みにならないでくださいね。
 
「大好き?」
きよしさんは右手を耳に寄せて客席に向かって聞き返され、そして、うれしそうに笑って、
「僕も大好きです。皆さんの心がキて(来て)います」
胸(ハート)をそっとおさえておっしゃいました。
昼の部のことでした。
オープニングのトークで会場から大きな歓声がわき、その中の”きよし君、大好き!”という声がきよしさんの耳に届いたのでしょう。
約1年ぶりの宇都宮でのコンサートはオープニングからすっかりうちとけて和やかなムードでスタートしたのです。
「春ですねー」
しみじみとそうおっしゃってから、客席を見渡して、
「目と目を合わせていただいて...。あの、見つめていいですか? 僕じゃダメですか?」
ちょっぴり遠慮がちなきよしさんのチャーミングな様子に場内がわっとわいたのでした。
歌うほどにのびやかで情熱的になっていく歌声...。
聴くほどに心地よくなって夢の中にいるような気持ちになったのです。
オープニングのリズム歌謡を歌われる時に、深く開けている胸元をさらに開く仕草をされることがありますが(この日はこの後のコーナーでパンツがバリッと音を立てる一幕も!)、この日は「虹色のバイヨン」の間奏の時だったでしょうか? 衣装が破れてしまわないかしら? とドッキリさせられるほど思い切り開けられたので、場内から大きな嬌声があがりました。
まぶたに濃くのせたアイシャドー、耳のピアス...。
きよしさんは思い切りセクシーな主人公を演じて見せてくださっているので、ついついビジュアルに心奪われてしまいがちですが、その歌唱こそ、ビジュアル以上にセクシーなのですから、ほんとうに時々(ここは見栄をはらずに”いつも”と正直に書くべきかしら?)困ってしまいます。
 
夜の部のトークで、
「約1年ぶりの宇都宮。コンサートはもちろん、ロケでうかがったりしていますので、宇都宮は大好きなんです。昨夜はなんだか僕、よく眠れなかったんですよ」
そうおっしゃると、客席に向かって、
「昨夜、よく眠れなかった方?」
とお聞きになったのです。するとたくさんの手があがりました。
「同じ時間に起きていたんですね?」
きよしさんはそうおっしゃって、眠れなかったといっても12時にはベッドに入って布団をかぶっていたことを話され、
「何ででしょうね? 明日はコンサートだと思ったらドキドキしてしまって。そして始まったら本番はワクワクしてるんですよ(笑)」
そう言ってきよしさんは幸せそうに笑われたのでした。
 
この日は、「櫻」を歌った後、カップリング曲について、きよしさんからさまざまなお話がありました。
まず、「出発」について、きよしさんは、コンサートでお客さまと一緒に合唱するという夢を描いていたことを話され、キーボードの伴奏だけでほとんどア・カペラできよしさんが「出発」のさびの部分「♪櫻、櫻、櫻~」を歌いながら歌唱指導をしてくださったのです。
「僕、皆さんと一緒に『出発』を歌えたらいいなあーなんて、思っちゃったりしちゃってますー」
なんだか、先日のラジオで披露された”天晴きよし”のキャラを思わせる、ライトムードなきよしさんでした(笑)。
最初は一緒に歌い出しても、皆の気持ちは一緒です。
きよしさんの美しい歌声に聴き惚れて、つい歌うのを忘れてしまうのでした(笑)。
「この主人公は”櫻”が自分に笑いかけているように思えているんです。心の持ちようで悲しく見えることもあるでしょうし、様々に見えるのですねー」
そんなふうにお話ししてくださって、再び”きよし先生”によるレッスンとなりました。
「ああ、いいですねー。素晴らしいっ! 最高です!」
右耳に手をあてて客席の声に耳を傾けながら、舞台の下手から上手へと颯爽と移動されるきよしさんの姿になんだかじんときてしまいました。
「もうちょっと、声聴かせてほしいなー、なんて」
と首をかしげるようにして、きよしさんが客席に向かっておっしゃったものですから、皆、俄然スイッチが入って大音量の合唱となったのです。
これまでも思ってはいましたが、ほんとうに”きよし先生”は教え上手ですね。
歌うことが楽しくて幸せにいっそう思えてきます。
皆で一緒に歌った「出発」。素晴らしかったです。
合唱が起こると、きよしさんのお顔がぱっと明るくなるのがわかりました。そして笑顔で歌ってくださりながら、昼の部では2コーラスめを歌っていらした時に涙ぐまれていらっしゃる様子で、きよしさんがどれほど真心をこめて歌っていらっしゃるのかを感じて感動せずにはいられませんでした。
きよしさんの真心は笑顔の中に咲いた真白で小さいけれども輝く花のように思えたのです。
 
そして前後しますが、この「出発」の前に歌われた「峠春秋」の台詞(語り)が生まれるエピソードを話してくださったのです。
きよしさんは「峠春秋」の歌詩を見せていただいた時に、自分はまだまだ未熟だけれども、それでも13年歩いてきてたんだなあという感慨がわいたようです。
「最初は台詞(語り)はなかったんですよ。
ただ歌詩を読んだ時に、まだまだ未熟で若輩者なんですが、13年歩いてきたんだなあという自分の心情や心境を言葉にできたらいいかなあって思ったんです」
きよしさんはそう話されました。
そしてそのことをプロデューサーの方たち(レコード会社の方や長良会長)に伝えたところ、やってみたらということになり、トライしてみて、いいじゃないかということで出来上がったのだそうです。
「ふと自分の心から出てきた言葉でした。まだまだ駆け出し者ですが、13年歩いてきたんだなあと思って。そんな思いを込めさせていただいています。13年、長かったようで短かったような。短かったようで長かったような...。そして人生はやっぱり同じ場所にとどまってはいられないんですよね。ひとつ峠を越えたら、また次の山を目指して登っていく。その繰り返しですよね」
そんな思いを語ってくださいました。
 
この日昼の部で満席の客席に向かってお礼をおっしゃった後、
「本当にここが僕の居場所なんだなって思います。ここ以外の居場所はありません。これからも(僕の)居場所にさせてください」
そして、少し微笑みながら
「もう帰る場所はありません」
とおっしゃったのでした。
ふふと少し笑われ、にこやかにされていましたが、密やかできっぱりとした決意を感じて、私は胸熱くさせられたのです。
 
「最近、陶芸や絵、楽器(ギター)を始めました。新しいことにチャレンジしてみたいと思って。でももちろん何よりも歌手・氷川きよしとして常に新しい世界を皆さまにお見せしたいという思いでいます」
そして夜の部で、
「芸能界ってこういうところなんだーと思うこともありましたが、僕はその中にいても真心を持って感謝の気持ちと初心を忘れずに歌っていくことが大切なのだと感じました。
これからも誠実に真剣に。そして情熱を持って歌っていきます」
と歌への熱い思いをおっしゃったのです。
 
その言葉を体現して余りある熱く愛あふれるアンコールでした。
ラスト、プレゼントボックスの上でそれまで持っていらした”赤いステッキ”が”赤い傘”に変わっていました。
ステッキが傘に変わるというマジック=魔法を見せてくださりたかったのでしょうか?
それとも? 
きよしさんのことだから、そんな何気ない小道具のチェンジにも思いが込められているのではないかしら? 
そう思うのです。
さてその他の印象に残ったお話はまた別の機会に書かせていただきます。 
 
以下ご存知ない方にはサプライズになると思う内容です。
すでに宇都宮以前に行われていたそうですが、私自身はそのことを知らずにまったくサプライズで聴いたおかげで、われを忘れるほどに感動し、恥ずかしくも大泣きして「浪曲一代」のワンコーラス目は涙でなんにも見えなくなってしまったのです。
 
☆☆☆☆☆☆☆☆
きよしさんが「出発」を歌い終え、和服姿で登場されるのを待っていた時のことでした。舞台後方のスクリーンの画像は3面の舞扇に変わりましたが、拍子木の音が響いたと思ったら、西寄さんが語り始めたのでした。朗々とした口上に、あれ? どうしたのかしら? もしかして何かが変わるのかしら?
そう思った瞬間、再び、拍子木の音が大きく鳴り響いて、
そして、
「♪地所(ところ)変われば~~~ 水~変わる~~~」
夢にまで見た、きよしさんのうなる浪曲でした。
なんて、気持ちよいのでしょう。
壮麗にして雄大! 風に乗ってどこまでも流れていくようなその響き。
なんて、素晴らしいのでしょう。
あまりに感動すると、時間が止まったかのように自分のすべての動きも停止したかのようになることを知りました。
ため息も出ませんし、目をつぶることも忘れていたのです。
ただぼうっとしてその響きに耳を傾けていました
そしてきよしさんのあまりに素晴らしい”浪曲のうなり”に一瞬静まりかえった場内でしたが、きよしさんの姿が見えた途端、歓声があがったのでした。
私は輝いてまぶしいばかりのきよしさんを見つめていたのですが、なんだかだんだんぼやけてきて、ほほを伝う熱いものに気づいたのです。
あれ、私、泣いている? それもこんなに?
そう思ったら、急に恥ずかしくなって、まわりが明るすぎるように思え、少しうつむいたのでした。
それでも涙がとまりません。そのままではきよしさんが見えないので、ハンカチで目をふいたのでした。
 
私もすっかり忘れていたことでしたが、このブログを始めた頃、「浪曲一代」の語りについて、”実際に浪曲をうなったほうが良いのではないでしょうか(氷川くんはもっと勉強すべきなのではないですか?)”というようなご意見を寄せられた方がいて、皆でちょっぴり論争になったことがありました。
私はその時、ジャンルを超えて多くの方に受け入れやすくするために、きよしさんが浪曲をうなれば、それはそれは見事なもののはずだけどあえて語りにされたのではないかと書きました。
そしてさらにそれまでにきよしさんが披露された”詩吟”や”浪曲を思わせる語り”の素晴らしさを例に出して、いつかきよしさんの浪曲を聴くことがあったら、惚れ惚れするほど素晴らしいはずと書かせていただいたのです。
その日から夢に見ていた、きよしさんの浪曲でした。
夜の部で少し冷静に(?)なって聴いてみたら、出だしの数フレーズで、昼の部に初めて聴いた印象より実際は短いことに気づきました。
でも大げさでなく、数フレーズであっても、きよしさんが魂を込めて歌う「浪曲一代」フルコーラスにも匹敵するほどの衝撃と重みを感じ、感動したのでした。
 
それでは皆さまこのへんで。
駆け足にて失礼します。
また印象に残ったこを、あらためて書きますね。