昨日書いた大宮ソニックシティでのコンサート7日夜の部のご報告に一部加筆修正しています。
こちらの記事と連動する部分もありますので、よろしければあらためてお読みいただけますと、ありがたいです。
さて、8日夜の部で、
「この曲を歌うと、いつかではなく、今、始める。今、出発するという気持ちにさせられます」
きよしさんは「出発」を歌う前にそうおっしゃったのです。
私はその言葉を聞いて、ほんとうにそうだなあと思いました。
「櫻」、「峠春秋」、「出発」という順番で歌われましたが、「出発」の2コーラス目で、思わず涙されたのです。
そんなきよしさんを見ていて、ああ、デビュー13年目でいただいたこの3曲は、きよしさんにとって、ご褒美のような曲でもあるのでは? と感じたのでした。
私には「出発」という曲にきよしさんが感じ取っていらっしゃることこそが、”氷川きよし”の生き方なのではないかなあと思えてならないのです。
きよしさんに出会った頃、言葉が悪いですが、”くさっていた”と表現するのがふさわしいような私でしたが、きよしさんこそが、”今、この時から始める”ことを、私に教えてくださったのでした。
どんな時でも笑顔で、誠実にひたむきに歌うきよしさんに、心に希望を持ち、今できること、今日やるべきことをひとつひとつやっていけばいいんだ。
思うようにいかなくても、失敗しても、もう一度トライすればいいんだ。
一番いけないことはあきらめて何もしないことなのだと、教えていただいたのです。
これは私の想像ですが、きよしさんは「出発」を歌いながら、まさにこれまでのご自身の人生を思い返されることがあるのではないでしょうか。
そして「櫻」、「峠春秋」、「出発」と、大切なこの3曲を心を込めて歌っていると、
”それでよかったんだよ”、”大丈夫なんだよ”、”また一歩ずつ歩いていけば大丈夫。迷うことないよ” と心底感じることができるのではないかなあと、きよしさんの歌唱を聴きながら(あくまで勝手にですが)想像しているのです。
冒頭に”ご褒美のような”と書かせていただきましたが、それもきよしさんが歌手を志したその日から日々一生懸命生きてこられたからこそ、それを”ご褒美”と感じることができるのでは? と書き添えておきたいと思います。
きよしさんの「出発」の熱唱に胸熱くなって前置きが長くなってしまいました。
さて、8日夜の部の大宮ソニックシティでのコンサートに参加しました。
7日のご報告にも書かせていただきましたが、私が参加した2公演でのきよしさんの歌唱は絶好調で、1曲1曲
どう素晴らしかったのか、全曲について書きたい思いになりました。
そんな思いを抑えつつ、印象に残ったことを書いてみたいと思います。
両日を通じて、度肝を抜かれるほど熱い歌唱だったのはアンコール2曲目の「きよしのソーラン節」だと感じました。
7日の夜の部で、珍しく、きよしさんが舞台上でバンマスの藤林さんに何か話されていたのです。
きっときよしさんの中で、こんなふうに歌いたいという”わきたつ思い”が生まれて、その場で要望をお伝えしていたのかなあと感じたのです(これもあくまで私の想像ですよ)。
アンコール1曲目「寒紅梅」を歌われた後、「きよしのソーラン節」は太鼓のリズムを伴奏に掛け合いで始まりました。
”どっこいしょ、どっこいしょ!”
”ソーラン、ソーラン!”
きよしさんに応えて、私たちも掛け声をかけます。
掛け合いはどんどん激しくなっていって、きよしさんのからだに力がみなぎって今にもはち切れそうになっているのを感じたのです。
恐ろしいほどの気合でした。
そして、きよしさんが拳を掲げて
”ワン、ツー、あっ、ワン、ツー、スリー、フォー!」
とおっしゃると、耳馴染みのある「きよしのソーラン節」のイントロに転じたのです。
が、8日夜の部ではこのやりとりがどんどん加速していって、ほぼ倍速になっているように感じられ、伴奏も1小節を半拍分縮めたような感じになっていたかと思います。
それはまさに「きよしのソーラン節 ロックンロールバージョン」といいたくなるようなものでした。
ふーっ、もう、熱い、熱い、熱いっ!
ほぼ倍速(?)の「きよしのソーラン節」、最高でした。ペンライトもほぼ倍速(?)で振ることになるのですが、きよしさんの波長に、皆、見事に同調していたのです。
きよしさんはまさにジャンルの垣根を軽々と超えて、”魅せて”くださったのでした。
印象のままに書いているので、コンサートの構成の順番と異なってごめんなさい。
コンサートの前半の”きよしさんと歌で世界旅行”のコーナーのラスト、「情熱のマリアッチ」を歌われる前の演出で、きよしさんの台詞が入ることを先の7日のご報告で書かせていただきました。
HKピュアリバーの皆さんの奏でるメロディに乗せて、きよしさんの台詞が流れてきます。7日夜に初めて聞いた時は、きよしさんの歌声が聴こえているように感じたのですが、それだけきよしさんの台詞が音楽のように美しかったということのようで、歌声は入っていないようでした(何だかあいまいでごめんなさい。また台詞に心奪われてしまいました)。
それはこんな感じです。
スペイン語の部分は「エキサイト」を利用して訳してみたので、実際におっしゃっている台詞とは異なるかもしれませんが。
” En cuanto a este tiempo cuando pude encontrarselo, estoy muy contento”
「あなたに逢えたこの時間はとても幸せです」
”Siempre pienso en usted”
「あなたのことをいつも思っています」
”Habrá él muy juntos”
「ずっと一緒にいましょう」
”Gracias”
「ありがとう」
きよしさんのスペイン語の響きはまるで歌っているかのように流麗で、甘く、惹き込まれてしまうのです。
そして、”昭和の名曲”のコーナーで、「有楽町で逢いましょう」を歌う時には、雨降る街の効果音が入って、きよしさんが、
「ああ、今夜も雨かー」とため息をつかれますが、この日はそうおっしゃった後、再び”ああー”とため息。
もう、それだけでうっとりさせられますね。
きよしさんは、どんな素敵な方を待っていらっしゃるのでしょう?
その情景が自然と想像されるのでした。
相変わらず、下手、上手、センターと舞台の上を心のままに動きながら歌ってくださるきよしさん。
歌いながら移動されることもありますが、筋書きのない何気ない所作に、きよしさんの人柄や折り目正しさが感じられるように思うのです。
8日夜の部での「人生峠」、きよしさんの怖いほどの迫力に皆、魂を抜かれたようにぼうっとした後、この日、最高の拍手と喝采が起こったのです。
きよしさんは割れるような拍手にとても感激されて
「皆さん、ほんとうにありがとうございます。皆さんの情熱が素晴らしいです」
とお礼をおっしゃったのです。
でも、きよしさん、お礼を言いたいのは私たちの方だったんですよ。
きよしさんは、この日、よほとご機嫌だったのでしょうか。
なかば唐突に”コマネチ”を2度も披露されたのでした(笑)。
でもきっと20代以下のファンの方には、”???”でしょうね。
この日も熱唱の後、温泉のお話をされて、
「(皆さん)、楽にしてくだせえよ」
とおっしゃるきよしさんでした。
トークでは自然体で語ってくださりながら、めくるめくような歌唱をされて。
私は1曲聴くたびに心の底からうなり、感動のため息をもらさずにはいられませんでした。
7日夜の部では「箱根八里の半次郎」を歌詩のひと節ひと節に思いを込めて歌っているあまり、いつものテンポとは微妙に異なった歌い方になっていて、何だかゾクゾクしたのです。
その日、きよしさんは「箱根八里の半次郎」のことを、
”22歳の時の曲ですから、デビュー曲を歌うのが気恥ずかしく感じられることがあるんですよ”
とおっしゃっていたのですが、きよしさんなりに思うところがあっての歌唱だったのだと感じました。
大げさでなく何万回と歌ってこられた曲ですものね。
私が8日夜の部で我を忘れるほどに感動したのは 、
「玄海船歌」でした。
ささくれていて、ざらざらしていて、もしかしたら塩味がするかもしれないけれども、そこに飾らないむき出しの愛があるのを確かに感じたのでした。
あの歌唱は忘れることはできません。
この日の、熱く、時に荒々しく、そして厳しさをも感じさせる歌唱から、きよしさんの強さ、懐の深さを感じて、きよしさんが心優しく誠実でいらっしゃるのは、ほんとうの意味で強くたくましいからなのだと思ったのでした。
アンコールの衣装について書いていなかったのですが、きよしさんのご自身の新聞記事がプリントされた生地で作られたスーツを着用されていますが、とも布でできていた蝶タイとポケットチーフが赤い布地で作られたものに変わり、靴も赤のエナメルになっていました。
帽子はつばの浅い黒のフェルト帽(ごめんなさい。いざ書こうとしたら色と素材の記憶があいまいです)でした。
赤のアクセントがきいていて素敵です。
そして最後はプレゼントボックスの上に立ち上がって両手を大きく振られてお別れとなったのでした。
高所恐怖症のきよしさんからの、最大のプレゼントですね。
皆さま、トークの話題まで行き着きませんでした。ごめんなさい。
あらためてご報告しますね。
そして明日は「大地の恵み 音楽祭」の公開収録に参加します。
昨年の第40回は3月12日(土)に開催予定でしたが、震災のため中止になったのです。
今年は第40回の日本農業賞受賞者の方も同時に表彰されるそうです。
そちらのご報告もさせていただきます。
こちらは入場整理券です。左が中止になった昨年のもの。右が明日開催の今年のものです。
あの震災の日から1年が経つのですね。
さまざまな記憶がよみがえってきます。
