皆さま、コンサートのことを書いていたのですが、「櫻」を歌うきよしさんの歌唱が、思い出されて、また涙が止まらなくなってしまったのです。
私は、3コーラスめの
”愛する心は永遠だから 春が来るたび あなたは帰る”での、
きよしさんの、”愛する心は永遠だから”のそのフレーズが、耳の奥、そして心の奥でリフレインしています。
そして、そのリフレインも、私の涙も、どうにも止まらないのです。
 
コンサートのご報告を書き出してみて、また「櫻」を思い、感じたことを書いてみたいというか、書いて自分の中で整理してみなければ、コンサートのご報告も何だかしっくりしないものになりそうに思えてきました。
それで、先に「櫻」のことを書いて、それからコンサートのことを書き、ふたつの記事を同時にアップすることにしようと思います。
これからここで書くことは、だいぶ感情的な内容になりそうですので、読まれた時に、自分勝手な思い込みの強い感想を押付けられたような気持ちになる方もおられるかもしれません。
そのことを承知で、あえて好きに書かせていただこうと思います。
皆さま、それぞれの「櫻」への思い、きよしさんへの思いがおありかと思いますので、もう少し感情を控えるべきかもしれませんが、
”それでもかまいません。ちょっとお付き合いして、読んでみますよ”
と思っていただけそうでしたら、お読みいただければ幸いです。
また、ここまでお読みになられて、何だかいやな予感が...。と感じられた方は、どうかここまでにされて、次のコンサートの記事の方をお読みいただければありがたいです。
 
 
「櫻」に思うこと
 
昨日、府中の森芸術劇場で開催された「氷川きよしコンサートツアー2012」初日に昼・夜参加しました。
1月9日に「氷川きよし節」(文化放送)で2月8日にリリースされる「櫻」がワンコーラス流れましたが、この日、遂に「櫻」をフルコーラスを聴いたのです。
きよしさんの歌唱は私の想像を遥かに超える素晴らしさで、私はふだん心にまとっているものをすべて剥ぎ取られてしまうかのようでした。
この後の記事で「櫻」と同じコンビで、なかにし礼先生が詩を書かれ、平尾昌晃先生が曲を書いてくださった「出発」についてもう少し書きますが、「櫻、櫻、櫻、櫻...」とメジャー調で歌う「出発」にも惹き込まれ、きよしさんの軽やかで優しい歌声、そして等身大のきよしさんが歌っているような魅力があって、とても好きになり、感動したのです。
「櫻」はそんな「出発」と対を成しているように思えますが、一方で、昨年後半、太陽のような愛を込めて大切に歌われてきた「情熱のマリアッチ」と、見事に呼応しているように感じられたのです。
この日、きよしさんは「情熱のマリアッチ」で、歌い出しのイントロで屈んでいて立ち上がるという振りは、”震災から復興する”という思い、祈りを込めて考えたものだったことをお話ししてくださいました。
私は、昨年大晦日の「NHK紅白歌合戦」で着用された、平和の象徴であるグリーンのベルベットの衣装に身を包んで、きよしさんが歌ってくださった「情熱のマリアッチ」を聴いていて、「情熱のマリアッチ」がどれほど自分が”好きな曲”であるのかをあらためて感じたのです。
「櫻」を聴くと、「情熱のマリアッチ」できよしさんが表現したい、伝えたいと思っていたことをあらためて考えさせられ、感じ入ってしまうのでした。
2月8日に発売される「櫻」に間もなく勝負曲の役目をバトンタッチすることになりますが、そのことでさらになぜ、3月11日の震災後に”氷川きよし”が歌う曲として「情熱のマリアッチ」が生まれたのか、そして、きよしさんがどんな思いを込めて歌っておられたのか、その意味がいっそうわかるように思ったのです。
 
 
きよしさんは「櫻」を紹介される時に、「”憧れの平尾先生”に曲を書いていただきました」とおっしゃいますね。
以前、何かで、きよしさんご自身が、中学生の時に平尾先生のミュージックスクールの試験を受けて、合格したけれども通うことがかなわなかったことをお話ししてくださっていましたが、今回、もう少し詳しくお話ししてくださいました。
13歳、中学1年生の丸刈りのきよしさんは歌手に憧れて平尾先生のミュージックスクールに入りたいと思い、入学試験を受け、平尾先生の前でチャゲ&飛鳥さんの「SAY YES」と同郷の森口博子さんの曲(曲名は聞き取れず、あるいはおっしゃらなかったかもしれません)を歌ったそうです。
そして、”僕、歌手になりたいんです”と、きよし少年が言うと、
平尾先生が、優しく
「そうなんだー、がんばってねー」と言ってくださって、きよしさんはずっとその時のことが心に残っていらしたということでした。
「まだ演歌と出会っていない時のことでした。その時から20年なんですよ。ほんとうに縁を感じます」
きよしさんは、平尾先生にお目にかかると13歳の時のご自身の歌手になりたいというお気持ちを思い出されるのでしょうね。何だかその話題をされると、かわいらしく見えてきます(そういえばこの日も自分で”きよしちゃん”とおっしゃっていて、”きよしちゃん”がお気に召していらっしゃる様子でした・笑)。
 
きよしさん、その時は合格したのですが月謝のことなど諸事情があって通うことはかなわず、引き続き押入れの中での”セルフレッスン”を続けていたのだそうです。
平尾先生にその時のことをお話しされると
”そうなんだー”と言ってくださったそうですが、
西寄さんが”覚えてくださっていたんですかね”とお聞きになると、きよしさん、少し笑って、
「そう、思いたいですね」
とおっしゃったのです。
私は、きよしさんのその言葉を聞いて、ああ、素敵な言い方だなあと感じました。
 「NHK紅白歌合戦」のリハーサルの時に、平尾先生は「蛍の光」の指揮をされておられますので、きよしさん、平尾先生にご挨拶をしに行って、先生に抱きついてしまったそうです。
すると先生は
「来年もがんばろうね」
「(来年は)行こうね!」
※( )は私が想像して補足しています。
とおっしゃって、きよしさんをハグしてくださったのだそうです。
夜の部でも、その時のことを話されて、
「平尾先生に、”(来年は)行こうね!”と、言っていただいたんです」
と、ほんとうに嬉しそうに、おっしゃっていたのです。
きよしさん、すっかり平尾先生の口真似もマスターされたようで、場内大うけでした(笑)。
平尾先生は
「桜の歌はたくさんあるけれども、氷川くんに日本人として本物の桜の歌を歌ってほしいんだ」
とおっしゃられたのだそうです。
レコーディングの時に、OKになった録音をお聴きになって、平尾先生はお泣きになったそうです。
「『桜』は震災で亡くなられた方への追悼(哀悼)の思いをこめて作られた曲です。詩を書いてくださったなかにし先生、曲を書いてくださった平尾先生の真心を、僕が歌で伝えさせていただければと思って、歌っています」
きよしさんは、そうお話してくださったのでした。
 
私は、ブログにも書きましたが、きよしさんの歌う「櫻」が「氷川きよし節」(文化放送)でワンコーラス流れた時に、きよしさんの、踏み入ることも触れることもはばかるほどの美しい心が、まるで鏡に映し込まれたかのように歌とともに立ち上ってくるのを感じたのです。
きよしさんが、なかにし先生が書かれた詩を読んで、なぜ涙されたのかは、フルコーラスを聴いた今、よくわかります。なぜなら、今、思い返しても私も泣きそうになってしまうからです。
 
きよしさんの歌う「櫻」を聴いていたら、私は、心の奥底にしまってあった”涙の箱”のふたが突然開いてしまったのでした。
私たちは生きていくために、前を向いてその悲しみにふれないようにある意味、ふたをしているだけで、かけがえのない愛する人、大切な人を失って、心に刻まれた悲しみは決して消えることはないのですよね。
それは耐え難く、つらいことなので、心のずっと奥にある”涙の箱”にしまって、大切な人、愛した人の思い出を蘇らせることはあっても、失った時の悲しさには封印をしているのだろうと思うのです。
でも、そんなふうに決して消えることがないほどの悲しみにこそ、実は永遠が宿っているのかもしれませんね。
もう二度と会うことがかなわない大切な人、愛した人。その人のことを思い出すと、悲しさで押しつぶされそうになり、その人のいない世界に生きていることがつらくてたまらなくなるかもしれません。 
私は「櫻」を聴きながら、描かれている主人公を思い浮かべていたら、きよしさんに重なって一人の男性の姿が浮かんだのでした。
 
その男性は、こんなふうに語りかけるのでした。
 
あなたの悲しみはいかなるものにも癒されることのない深いものかもしれない。
でも、それほどまでにその人を思うあなたの心にこそ、何ものにも侵されることのない永遠があるんじゃないかな。
あなたの悲しみが簡単に癒されるはずないよ。
励ましてもらっても、がんばる気持ちになれない? 
そう思って当然だよ。
それでいいんだよ。
でもね、それが、今、あなたが生きているということなんじゃないかな。
そして今生きているからこそ、あなたの心に、それこそあなたの悲しみの中にさえ、あなたの大切な人、愛した人が生きているんじゃないかな?
どうだろう?
 
僕は、そう思えた時、初めて永遠を感じたよ。
そして、今自分が生きているということを、はっきりと確かに感じたんだ。
そうしたら、どうしたことだろう?
僕は今、”櫻”の花びらひとひらにさえ、そこに宿っている命を感じ、すべての命に愛しさを感じているんだ。
 
私の勝手な想像ですが、「櫻」を歌うきよしさんに重なって、そんな男性の姿がうかんだのでした。 
愛する人、大切な人、また大切なものを失った方の悲しみに寄り添いながら、命の重み、輝きを感じて一緒に生きていこうという強くあたたかなメッセージを「櫻」から感じて、私は深く深く感動しています。
 
※まったく勝手な思いながら、いつも正直な思いを書かせていただいてそれをお読みくださっている皆さまには、なぜ「櫻」にこれほどまでに感動したのかを、お伝えしたくて、恥ずかしさも顧みず、書きました。
お読みいただけたかしら? と思う頃に消させていただこうと思います。