先の記事で文字数の上限があって、書ききれなかったのですが、ディナーショーの後、久々に出待ちをしました。
それほど出待ちをする方がいないのでほぼ1列に並んで、きよしさんの車を待ちました。
待っていると、椿山荘から最寄駅までの送迎バスが前を通ったのですが、車内にはディナーショーに参加された方がいらしたので、思わず双方で手を振り、そしてペンライトを振ってしまいました。
きよしさんのおかげで、ファンどうしも自然と心がつながっているのですね。何だかとっても幸せな気分になったのです。
そして、きよしさんを待っている間もディナーショーの感動覚めやらず。
話がはずんではすんで(笑)、寒さも苦になりませんでした。

きよしさんの車は右手奥からいらっしゃいました。
窓を全開にして、沿道側にすわって、手を振ってくださっていました。
笑顔のきよしさんでした。
あとで、お友達数人に、
”きよし君、手に黒っぽい携帯電話を持っていなかった?”
”服装は○○だったでしょう?”
と聞かれたのですが、私は涼しい顔で、
”あの状況で、私がきよしさんのお顔以外を見る余裕があると思います?”
と答えたのでした(笑)。

さて、以下も先の記事で書きかけて、文字数の制限で収まらなかった内容です。
ディナーショーでのトークで、「旅の香り」のDVDの話題になった時、きよしさんは、以前の映像を見るのは気恥ずかしいそうで、番組の初期の頃、若気の至り(?)で、ちょっと悪ぶってみたことがありましたが、ご自身で居心地が悪かったそうです(笑)。
でもそうおっしゃりながら、”チョイ悪きよし”を演じてくださったのでした(笑)。
この12年間、どのきよしさんも素敵ですが、やはりずっと今が一番と思わせてくださって素晴らしいなあと思います。
そしてこの時のお話から、きよしさんご自身も今が一番いいと思っておられる様子でしたので、嬉しく感じたのです。
それから2011年についてお話しされた時、素晴らしいこともたくさんあったけれども震災で失われた大切な命、つらい思いをされ、今も大変な思いをされておられる方を思うと、
”素晴らしい年とは言えませんね”
とおっしゃったきよしさん。
私はきよしさんのお話を聞いていて、なるほどそうだなあと思い、そして、ではどんな年なのだろう? と少し考えたのです。
それで私の場合だったらl、”意味ある年”という表現はどうかしら? と思ったのです。
震災後、それまで当たり前だと思っていたことが、当たり前ではなく、本当に多くの方と関わり支え合って成り立っていたことを知りました。
都内では、コンビニエンスストアの棚がガラガラになり、ミネラルウォーターや乾電池が売り切れ、街中の自販機のミネラルウォーターには売り切れの赤ランプが点灯していました。
節電のため渋谷のスクランブル交差点がかつて見たことがないほど薄暗く、駅のエスカレーターもほとんどすべてが停止していたのです。
すべてがそれまでの私には想像もつかなかった現実でした。
将来、あの2011年があったから自分の生き方が変わり、今の自分があると思えるような生き方ができたらと思います。
震災のことを忘れず、自分にできることを続けながら、生きていきたいし、そうありたいと思います。
”意味ある年”は、これから自分が言葉だけでなく実際にどう生きていくかで、さらに”意味”を深めることができるのではないかなあと。
もちろん、一人では何もできない私ですから、きよしさんの後をついて行かせていただきながら、皆さまと手を取り合って生きていけたらと祈りのような思いを抱いています。
私、きよしさんのお話を聞きながら、自分自身にそんなことを問いかけたのでした。
では、皆さま、素敵なクリスマスをおすごしください。
メリー・クリスマス!