昨夜、帰宅してやりかけの仕事をしていたのですが、その時にその日放送された「氷川きよし節」(文化放送)の録音を聞いていたら、すっかり惹き込まれてしまったのです。
そして書きとめずには他のことが手につかなくなってしまいました。
それほどにきよしさんの言葉が私の心に響いたのでした。
これからお聞きになる地域の方もいらっしゃるかとは思いますが、昨夜書きとめましたので、少しそのことについて書かせてください。
13日の「氷川きよし節」(文化放送)は木曜日ですので毎回”演歌名曲コレクション”からのリクエスト曲が紹介されますが、この日は「会津の小鉄」がリクエストされました。
アルバム「演歌十二番勝負!~面影の都~」に収録されている一曲ですが、
”また珍しいリクエストを”
と、きよしさん、おっしゃっていました。
昭和42年 初代京山小枝若さんが歌ってヒットをとばしたそうですが、この曲は、きよしさんがデビューする前、レッスンでずっと歌っていた曲だったそうです。
「懐かしい曲です。もうしみついていました」
そうおっしゃった後の会話が、あまりに濃密で、番組をお聞きになることができなかった(あるいはできない)方にぜひともお伝えしたいという気持ちになりました。
※以下――の後が寺島さんの会話、「 」内がきよしさんの会話です。PCの方はきよしさんの会話部分を太字にしておきますね。
――最初にレッスンした時に歌った時と、やっぱりレコーディングをした時とは雲泥の差になっているんですか?
「レコーディングした時も自分自身まだ葛藤していたっていうか。『演歌十二番勝負!』の頃は、歌の表現をどうしたらいいかって葛藤していた時期だったんです。
自分の中でもがいている自分が(すごく)出ていますね。成長段階でした。まだまだ成長段階ですけど。やっぱり歌って気持ちで歌うんだっていうのを、30代になって感じるようになりましたから」
――進化したんですねー。
「いや、まだまだです」
――でも「会津の小鉄」をレッスン時代に歌っていた時はついていくだけで精一杯って感じだったんですか?
「そうですね。おっしゃるとおりで。ついていくだけで精一杯でした」
――やっぱり歌ってのは心?
「心ですよね。気持ちで歌わないと。相手に届かないと歌っている意味がないっていうか...」
――それはレッスンで技術をちゃんとある程度のところまで持ってきて。そこからのものなんでしょうね。心っていうのもね。
「レッスンして水森先生の歌い方をいただきましたし。あとは氷川きよしの歌い方を作っていくっていうか。日々修行ですね。はい」
ここで私ごときがきよしさんの歌唱について語るのはおこがましいので控えますが、
私たちは、きよしさんについていく限り、これからも様々な”氷川きよし”に出会えるのですね。
日々進化する”氷川きよし”であればこそ、今日の”氷川きよし”の歌唱は、今日だけしか聴けない歌唱なのですね。
だからこそ、氷川きよし”の歌唱に、生きている輝くような一瞬一瞬の大切さを教えられるのでしょう。
医師の日野原重明先生が”いのちの授業”と題した公演会を全国の小学校などで行っているそうですが、その中で、いのちについてお話しされている様子がドキュメンタリー番組で紹介されていました。
私はたまたま出先で一部分見て、テレビに釘付けになりました。
その番組の中で印象に残ったことで皆さまにお伝えしたいことがあり、あらためてNHKオンデマンドで見ることができましたので、そのことはまたあらためて記事にしますが、その中で、日野原先生がいのちについてこんなふうに子ども達にお話しされていたのです。
”時間というものは、(たとえば)明日の時間にはさわれないし見ることもできない。同様に昨日の時間にもさわれないし、見ることもできない。でも今の時間は君たちが自由に使うことができる。いのちを持っているということは使える時間を持っているということ。いのちとは、ひとりひとりに与えられた時間なのです”
と。
先生は、その大切ないのちを自分のためだけでなく、人のためにもつかってほしいとおっしゃっていました。
その言葉が心に残っていたところに、また昨日のきよしさんの言葉。しみました。
最後に。
いつもながら、きよしさんの思いを引き出して言葉にするお手伝いをしてくださる聞き手の寺島さんに、限りなく感謝しています。
今、記事をアップしながら”ありがとうございます”と寺島さんに手を合わせています。