この日はオープニングであらためて、東日本大震災の影響で延期になったこのコンサートがこうして開催できること、多くの方がご来場してくださったことに、きよしさんが感謝の気持ちを述べられたのでした。
離れていても心はひとつ。きよしさんもあの時期、私たちと変わらぬ気持ちでコンサートの中止を受け止められ、そして被災地の方のご無事を祈っておられたのだなあと、あらためて感じたのです。
そしてこの日も輝くような笑顔のきよしさんでした。
オープニングの「虹色のバイヨン」から、その振りには力がみなぎり、きよしさんの身体が沸き立っているかのようにリズミカルで、情熱的! その一挙手一投足に客席がわっと沸くのを、きよしさんご自身が楽しまれているように感じられました。2日間4公演目を最高のものにしたいというきよしさんの熱い思いが伝わってきたのです。
そして心にしみる熱唱が続いたのでした。
「黒百合の歌」で歌に入り込みすぎたのでしょう。その後に歌われる曲の紹介をされる時に、「今夜も片想い」の後に歌う曲名が一瞬、出てこず(笑)、
会場のあちこちから「望郷しぶき」と声があがりました。
「皆さんの方がよくご存知で。いつもお越しくださって、本当にありがとうございます」
きよしさん、そんなふうにはにかみながら答えたのです。
”僕は歌手なので、本当はこうしてお話をせず、歌ですべてをお伝えできたらいいのかもしれませんが、”
とおっしゃると、
”そんなことない”、”お話もいいです”と答えが返ってきました。
きよしさん、お話がMCと聞こえたようで、
「MCなんてしゃれていますねー。ところでMCってどういう意味なんでしょう?」
と客席に向かってお聞きになったのです。
すると西寄さんが下手袖に出ていらして、司会者や番組進行役を英語でマスター・オブ・セレモニー(master of ceremony)といい、その略であること。今では番組やコンサートなどで、演奏の合間に演奏者が話をすることやその時間のこともMCというようになったことを教えてくださいました。
きよしさん、
「西寄さん、さすがですねー。こちらにいらっしゃいませんか?」
と声をおかけになりましたが、西寄さん、笑いながらそのまま舞台袖に戻っていかれたのです。きっと私たちファンに遠慮してくださったのでしょうね。
そして「あの娘と野菊と渡し舟」を、歌ってくださったのです。
「♪帰りたいなァ… 夢でいいから もういちど あの娘と野菊と渡し舟」
ひたむきに、何かに祈るように歌う、きよしさんの歌声に、まなざしに、姿に思わず涙がにじみました。
ここで西寄さんが登場され、トークがはずみました。
「情熱のマリアッチ」の話題になると、
「僕はシンガーソングライターではありませんが、それでも自分自身の気持ちを歌にのせて伝えたいと思って、水木先生にもいろいろと相談させていただいたんです」
以前からご自身の思いを歌にのせさせてほしいと思われていたそうですが、20代では生意気なのではと控えておられ、30代になってから、少しずつご自身のお気持ちを詩を書いてくださる先生方にお話しするようになったそうです。30代になったことは、もちろんかもしれませんが、水木先生をはじめ、きよしさんのために詩を書いてくださる先生方と、これまでに深い信頼関係を築かれたからこそだと感じます。
そして、この後、
「皆さんもいろいろな思いを抱かれているでしょう、この後こうしたいとか、明日ああしたいとか」
とおっしゃってから、
”たとえば食パンを食べたいとか”
と、その辺から、お話はどんどん横道へそれていったのです(笑)。
昨夜(11日)、コンサート終了後、帰宅してからは春雨のスープを作って、食パンを1枚(6枚切りだそうです・笑)召し上がったことを教えてくださったのです。
「34歳の男の一人暮らしですからねー」
と、わびしさ(?)をアピールされたのです。
そしてココアちゃんとミルクちゃんのお世話をしたそうで、すっかりお母さんのような気持ちのきよしさんでした。
最初だけミルクちゃんが羽根布団に粗相をしてしまいましたが、今はミルクちゃんも一緒に眠るのだそうです。ココアちゃんの定位置はきよしさんの足の間で、ミルクちゃんはきよしさんの肩の辺りということでした。
きよしさんはコンサートの前日はお酒を飲まないことにしているのだそうです。
「さびしい気持ちになることもあります。コンサートで皆さんにお会いできるから幸せなんですが、終わると、さびしくなってしまうこともあって...」
というようなことをポツリポツリとおっしゃっていて、少し何かを考えてから、
「嫁さんに来ませんか」
と、客席に向かって突然おっしゃったのです。
会場には約1800人の方がいたのですが、きよしさんがあまりに自然体でそうおっしゃったものですから、私などは耳を疑いましたし、リアクションがバラバラになってしまいました(笑)。
今思い出してみても、何だかドラマのワンシーンのようです。
「だめですかね」
きよしさん、そうおっしゃって、さらに
「♪嫁に来ないかぁー」
と新沼謙治さんの「嫁に来ないか」の一節を歌ってくださったものですから、場内は騒然となりました(笑)。
だめだなんて、そんなことあるはずありません。
きよしさんさえよろしければ、会場の老若男女全員が”きよしさんのお嫁さん”に立候補したことでしょう。
私、熱が出そうな気分でした(笑)。
きよしさんは1曲、1曲、ひと節、ひと節に、心をのせて歌ってくださっていました。
その歌唱は、この部分でそんなに力をこめて今まで歌われたことがあったかしら? と思うことしばしばでした。
ラストトークの時に、”きよしコール”が起こりました。
きよしさん、”うわあ、どうしよう”と恐縮されながら、”皆さんコール”をしてくださったのですが、お話ししたいことがあったようで、”ハイッ、ありがとうございます”というようなことをおっしゃってコールがおさまったのです。
そして、少し考えられてから、「三味線旅がらす」をこの日、歌った時のことを話してくださったのです。
「さっき、『三味線旅がらす』を歌うのに階段から降りてきた時に、デビューする前の時のことを思い出したんですよ。突然。何でなんでしょう? 僕、あの頃は演歌歌手になれるのかさえわからなかったんですよね。それがこんなにたくさんのお客さまの前で歌わせていただいているなんて、夢じゃないだろうかと思いました」
“なんででしょう? なんでそんなこと思い出したんでしょうね。”
しきりにそうおっしゃっていたのです。そして
「僕、歌手になってよかったですかね」
と客席に問われたのです。
なぜそんなことをお聞きになるのでしょう?
よかったに決まっているじゃないですか。もしきよしさんが”氷川きよし”として私たちの前に現れてくださらなかったら、どうしていたでしょう?
きよしさんに代わる人がいたでしょうか? 私はまったくそう思えません。だってきよしさんのファンのほとんどの方が、
”こんなことは初めてです”
と折にふれ、おっしゃいますものね。
私だって、”きよしさんのためでなければ”ということの連続ですし、このブログだって書くことはなかったでしょう。
話題が思わず横道に逸れてしまいましたが、もちろん会場からは
”よかった!”の大合唱が返ってきたことは言うまでもありません。
そして、そんな客席を見回しながら、きよしさんは何とも幸せそうに微笑んでくださったのでした。
この日の「教えてきよし君」では、87才のお母様を初めてコンサートにお連れになったということで、その方にお声をかけて、健康の秘訣などをうかがいました。”円満でいること”とおっしゃったかと思います。
そしてもうひとつは、小学校4年生の女の子からで”とかげをさわったことはありますか?”という質問でした。きよしさんの住んでいたアパートにはとかげがたくさんいて、きよしさんはとかげがお好きだったと話されていました。
そういえば以前、”とかげになりたい”とおっしゃっていたこと、あったような気がします(笑)。 小学生の方のお名前の読み方を
”○○ちゃんで合っていますか?”というやりとりがあり、”合っています”の声がなかなか伝わらず、”○”で表現されたのでしょうか(私からは見えなかったのですが)、きよしさん、その瞬間「♪エンヤーまる」と歌ってくださったのでした。
西寄さんが13日の「木曜8時のコンサート」、16日の「NHIKのど自慢」へのご出演を紹介されると、「木曜8時のコンサート」の番組の題字が美空ひばりさんが書かれたものだということをお話しされ、
「ええと、今日は何日でしたっけ? ええと...」
とスケジュールを確認されようとすると
「14日は虹の架け橋コンサートで、来週は大阪でコンサートですよ。15日は存じ上げませんが(笑)」
西寄さんがフォロー。
「ひゅうー。目が回るゥ!」といいながら目をくるくる回しておどけてみせてくださったのですが、
「楽しみたいですね」
静かな笑顔でそうおっしゃたのです。
ここまで書いてきて、思い出したのですが、「扇」の出だしでかかった”日本一”というかけ声にきよしさん嬉しくなってしまって、笑いがとまらなくなる一幕がありました。もちろん”ヨーッ!”のかけ声は見事に決めて、その後はシリアスモードになられたのですが、
「皆さんのかけ声を聞いて、嬉しくなってしまったんです。本当は芸に生きる厳しい男性を演じるところなのですが(笑)」
うふん(ごめんなさい。何だかそんなふうに言ってみたい気分です・笑)、そんな自然体なきよしさんが、みんなやっぱり大好きなんですよね。
そういえばきよしさんの虹色ペンライトの電池が切れてしまったのです。ボタン電池が6個必要なのですが(皆さん、ご存知ですか?)、地元のセブンで4個しかなく、あと2個は五反田で購入すればよいと思っていたら、そこここで売り切れ。駅前の電気店でうかがうと、1個だけあるとのことで1個購入したのです。
ああ、あと1個どうしよう? と思ったのですが、ゆうぽうとから少し離れたコンビニでゲットできました。
電気店のご主人が「今日はボタン電池、あるだけ全部売れてしまったんですよ。何かあるんですかね?」と言っていました。
私、「さあ?」と答えたのですが、それはやっぱり、きよしさんの虹色ペンライトのせいですよね(笑)。
※最後に、今年のきよしさんのデビュー記念日に多くの皆さまにメッセージをお寄せいただきましたが、その時にご協力くださった皆さまに申し上げたいことがあります。
皆さま、その節はお忙しい中、限られた期間にご参加くださり、ありがとうございました。
「♪花咲く季節は続くよ 続くよ永遠に」 をおこがましくもイメージして、皆さんのメッセージを転記し繋がせていただきました。きよしさんにカードをお送りした翌日2月3日だったでしょうか。今回のコンサートのチケットが届いたのです。Kさんが1日目夜、私が2日目夜を申し込んでいたのですが、どちらもメールでなく思わずお互いに電話で報告したくなる良いお席でした。
私、その時、感じたのです。メッセージを託してくださった皆さまがどれほど喜んでくださったのかを。
理屈では説明できませんし何の根拠もないことなので、マルルはおめでたい人だなあと、もちろん笑ってくださってもかまいません。
でも、私にはあのタイミングで起こったその出来事が偶然とは思えず、皆さまのお気持ちが何かに作用して、私とKさんにとって何よりもうれしいご褒美をいただけたのだと感じたのです。
というより、そうとしか私には思えなかったのです。
今回7か月後とはなりましたが、2夜、素晴らしいコンサートに良いお席で参加させていただけて、あらためて、ご協力くださった皆さまにKさんと2人で感謝しました。
皆さま、あの時、ありがとうってたくさん思ってくださったのですね。
そんな皆さまのおかげで、素晴らしいご褒美をKさんといただきました。
ここでどうかお礼を言わせてください。
ありがとうございました。