仙台サンプラザホールでのコンサート・昼の部。
オープニングトークで、被災された皆さまへのお見舞いの言葉をきよしさんおっしゃられたのです。
「未曾有の大震災があり、何気ない平凡なことこそが大事なのだと教えられました。僕はテレビやラジオ、雑誌など、公けの場で発言させていただく機会がありますから、いつも良い言葉、前向きな言葉を使っていきたいです。励ましの言葉、励ましの歌をお届けするこが氷川きよしの使命だと思いました」
そんなふうにおっしゃられたかと思います。
9月21日に「情熱のマリアッチ」を発売したので、セットリストに「情熱のマリアッチ」に加えてカップリング曲の「浮雲道中」、「冬の月」が加わりました。この2曲は「あの娘と野菊と渡し舟」の後で歌ってくださいました。
「情熱のマリアッチ」の紹介と、この曲に込められたきよしさんの思いをお話ししてくださった後です。
このカップリング曲の魅力をここで書きたいところなのですが、ここではコンサートのご報告を優先して、また別の記事で書くことにします。
※以下、お話しされた順番どおりではない部分が多々あることをお許しください。
「目をそらさないでください。僕を見つめてください!」
きよしさん、そうおっしゃって客席をゆっくりと見回してくださったのです。
「歌手になる前は、皆さんの前で歌えたらいいなあなんて憧れの気持ちでいましたが、歌手になってから、歌うことの厳しさ、大変さも知りました。でもどんなに苦しくても辛くても、その倍、喜びがありました。
苦しんだり、悲しんだ分、その倍、喜びがあると思います。震災で大変な思いをされた皆さんは幸せになるべきだと思います」
力を込めてそうおっしゃいました。
さらに
「毎日思っています。毎日祈っています...。」
とお話しされ、きよしさんご自身がその言葉をかみしめているかのようでした。
「情熱のマリアッチ」への思いをお話しされた時でした。
「僕は、皆さんの愛をいつも感じています。皆さん、僕、愛していますから。僕がいつでもついています」
とおっしゃったかと思うと、小声で
”お嫌でなければ”
と言い添えておられました(笑)。
そして「おしえてきよし君」のコーナーでのことだったでしょうか。
「僕も生身の人間なので体力の落ちる時もあります。肉体は34歳になっているんですよね。
正直、風邪をひいています。
そのことについてはプロとしてあってはいけないことですから、申し訳ないと思っても許されることではないとわかっています。でも、僕は、今、できる限り、持てるものすべてを出し切って、歌います。今の僕にできることを精一杯させていただくことで皆さんにお応えしたいと思って歌っています。
この気持ちだけは皆さんに伝えたいんです。」
ここまで熱唱が続いていました。
そしてはじけるような笑顔のきよしさんでした。
風邪のことおっしゃらなくても通ったでしょうし、おっしゃらない方がほとんどだと思います。
でも、おっしゃるのが”氷川きよし”なのだと感じました。
そしておっしゃらずにはいられなかったのだと感じました。
なので、私もあえて記事に書きたいと思ったのです。
この日のきよしさんを見ていて、私、”一生懸命”という言葉の意味を感じたのです。
私たちも生身の人間ですから、肉体も精神も一定の状態を保てるわけではありません。
自分が余裕がある時には笑顔にもなれるし、他者を思いやることもできるかもしれませんが、そうでない時にも、どれだけがんばれるのだろうかということを、きよしさんを見ていてよく考えさせられるのです。
先日の川口でのコンサートで
「今日の氷川きよしの歌は今日しか聴けないのです」
と、西寄さんがおっしゃっていましたが、まさにそうなのです。
その時々に、きよしさんがその命を燃やして歌ってくださる歌唱に、姿に魅了され、励まされて今日までついて来させていただいたのです。
そんなあれこれをぐるぐると考えていたら、きよしさんがたまらなくまぶしく、愛しく感じられたのです。
そして ”教えてきよし君”のコーナーでは、
避難所からいらした81歳の女性が書かれたメッセージが読まれました。
きよしさん、いろいろうかがいたいと思われたようで、
”どちらにいらっしゃるんですか?”
と客席に問いかけられたのです。
お元気そうな女性が手を挙げられました。
この日は
”高いところからすみません”と、西寄さんと一緒にしゃがんでおられたのです。そしてその方にいくつか質問をされたのですが、その方のお声がきよしさんまでよく届きません。
きよしさん、一生懸命聞き取ろうとしていて、西寄さんをチラチラとご覧になりました。
”西寄さん、お願いします”
ときよしさんが一言小声でおっしゃると、西寄さん、ひらり!と、階段もない舞台から客席にマイクを持って降りられたのです。そしてその方のお隣でマイクフォローをされたのでした。
「この日を毎日毎日待っておりました」
その女性が大きな声でそうおっしゃると、場内から大きな拍手が起こりました。避難所から来てくださったそうで、いつもきよしさんの歌を歌ってくださっているとおっしゃいました。
「何を歌ってくださっているのですか?」
きよしさんがお聞きになると、「大井追っかけ音次郎」という返事が返ってきたのです。
すると
「歌ってください」
ときよしさん、おっしゃり、その方は「大井追っかけ音次郎」を歌ってくださいました。きよしさんもところどころ一緒に歌われました。
「どうか、おからだに気をつけて、いつまでもお元気で。いつも皆さんのことを思って歌っています。避難所の皆さんにも氷川きよしがそう言っていたと、どうかお伝えください。
音楽は音を楽しむと書きますから、どうぞこれからも歌を聴いて歌って楽しんでくださいね」
そんなふうにおっしゃられていました。
その女性は
「私は氷川きよしの歌しか聴きません。他の人の歌は聴きません」
そうおっしゃいました。
そのお話ぶりから、その方の実直さが伝わってきたのですが、きよしさんにはその方のお気持ちがとりわけ嬉しかったのでしょう。
「ありがとうございます。そう言っていただいたこと忘れません」
と、おっしゃり、嬉しそうにされていました。
最初の質問では舞台下手側にいらしたので、今度は上手側に移動されました。
たくさんの方がきよしさんに声援を送られていました。その中で”どちらから?”と、客席と自然にやりとりが交わされると、石巻、気仙沼、福島からいらした方がおられました。
そのやりとりの中で、鮮やかなピンクの上着をお召しになった女性に、きよしさんがお声をかけたのですが、96歳ということでした。そして実はその方の質問(メッセージ)が、次に読まれることになっていたことが西寄さんのトークでわかりました。
「 震災後、コンサートも中止になりましたから、24時間ずっとテレビを見ていました。
悩んだんですよ。悩みました。
本当は被災地にすぐに行きたかったんです。でも僕が行っても逆にお邪魔になってしまうと思って、できませんでした」
きよしさんは悩まれたことを、何度も言葉にされたのです。
客席の方がたと、ごく自然にコミュニケーションが交わされました。
立場上、きよしさんは舞台の上にいらっしゃるのですが、心は客席に降りてきているかのような親近感がわいていたのです。
お孫さんをお連れになってきた方がいて、
「嬉しいですね」とおっしゃったかと思うと、”女性に年齢を聞くのは失礼かもしれませんが20歳くらいですか?”とそのお孫さんにも声をかけられ、
”お嫁さんには行かないの?”
”まあご縁ですからね。縁があったら。できれば1回で(笑)”
なんて気さくにお話をされたのです。
「おばあちゃんを大切にしてくださいね。 僕のおばあちゃんは早くになくなりましたし、おじいちゃんもデビューして2年目の時に亡くなっているので、大人になってもおじいちゃんやおばあちゃんがいる方が、僕、うらやましいんです。僕は一人っ子ですし、やっぱりさびしいんですけど、でも皆さんと同じ空間で過ごせることでさびしくなくなるんです」
そんなやりとりの中で、まだまだ思うように復興が進まないことを、きよしさんにお話しされた方がいらっしゃいました。
きよしさん、真剣に聞いておられて、
「そうなんですか。僕は歌手で政治家ではないので専門的なことはわかりませんが、でも僕も微力ながら、僕にできることをしていきますから」
とその方を励まされました。
その方は、
”いろいろなことがあったけれど、今日、きよし君に会えて、歌を聴いて、気持ちが晴れ晴れしました。これからがんばります”
そんなふうにおっしゃってくださいました。
きよしさん、
「僕はおしゃべりが苦手なので、歌でお伝えしたいです。募金もさせていただきましたが、これからは、もっと僕ができることを、微力ですが行動して元気に歌っていきたいと思います」
そう言われたのでした。
先日(23日)の三重でのコンサートで、
”三重の 皆さん 魅力的”
と”み”で韻をふんで、キャッチのようなものを作られたそうで、今回も何か考えましょうということに。
そこで、きよしさん、うーん...としばし考えられ、
”宮城 未来は みんな明るい”
大きな大きな拍手が起こりました。
この後カップリング曲の「浮雲道中」と「冬の月」を歌ってくださり、衣装チェンジをされて「情熱のマリアッチ」でした。
何て何て、熱いのでしょう。そして優しいのでしょう。
きよしさんの歌声に2000人の観客が等しく抱きしめられているような一体感を感じていました。
きよしさんの肉体はひとつなのに、こんな感覚になるなんて、不思議ですね。
私の座席の周りには仙台市内の方が多数おられたのですが、
「涙、出ちゃう」
きよしさんが歌い終わると、東北訛りでそうおっしゃって、しきりに涙をふかれていました。
私のお隣の方が、私の方を向かれて、
「きよし君、ほんと、ステキ。マリアッチ、最高、涙止まんなくて...。」
とおっしゃられて、私もすでに泣いていたのですが、さらにその方と手をとって一緒に泣いてしまいました。
歌の力、そしてきよしさんの力。素晴らしいですね。
そしてラストトークの時だったでしょうか。
「皆さん、今日は僕に会いにきてくれてるんですよね。そう思ってもいいですよね。そう思っても、僕、うぬぼれてないですよね」
この日は風邪を跳ね飛ばそうとするかのように、エネルギッシュで、いつも以上に男気あふれるきよしさんだったのですが、ふとそんなふうに自信なさ気にされたものですから、場内からは大きな大きな拍手と声援が起こったのでした。
「皆さん、どうか明日もお元気で! 僕は大丈夫です。僕なんかの心配はいりません。僕は何があっても立ち上がる性格ですからね。だからこそこんなに厳しい世界で12年間やってこられたと思っています」
きよしさん、一生懸命に皆を励ましてくださったのです。
そしてアンコールとなり、
「寒立馬」、「星空の秋子」と歌った後、
「もう一度歌わせてください。今度は言葉のひとつひとつが皆さんに届くように歌わせていただきます」
とおっしゃり、再び「情熱のマリアッチ」となりました。
私、何という歌唱を聴いてしまったのでしょう。
感無量です。
きよしさん、涙で言葉を詰まらせながらも明るい笑顔で歌い上げ、会場いっぱいにきよしさんの愛が広がって、再び優しく包まれ、抱きしめられているかのように感じたのです。
そして「きよしのズンドコ節」を歌ってフィナーレとなったのです。
「皆さん、明日もお元気でがんばってください。僕は夜の部もがんばります」
そして、何度も何度も何度も
「お元気で!」
とおっしゃり、大きく大きく両手を掲げて左右に振られたのでした。
※ごめんなさい。昨夜終わりまで書き上げれませんでした。
この後、夜の部のご報告をしますね。
そして、きよしさんは、今日、 高田文夫さんの「ラジオビバリー昼ズ」(ニッポン放送・11:30分~13時)と、夏木ゆたかさんの「ホッと歌謡曲」(ラジオ日本・15時からきよしさんは16時10分頃の出演のようです)に生出演されるそうです。
教えてくださったS様、ありがとうございます。
それぞれ番組HPです。