川口駅の改札を出て、まず私にとって思い出の場所を立ち止まってながめてみました。
そう、ここで松井由利夫先生と会釈を交わさせていただいたのでした。この場所に来ると、無理なこととはわかっていても、あの時に戻って、もう一度お会いできないかしら? という思いがわいてしまうのです。
きよしさんのコンサートで何度か松井先生をお見かけしたことがありましたが、いつでも笑顔で幸せそうな様子でした。いつもきよしさんを見守っていてくださっている先生のお心を、この日は尚いっそう感じさせていただきながらきよしさんの歌唱を聴いていたのです。
 
6日に34歳になり、ニュー・シングル「情熱のマリアッチ」のリリースを4日後に控えていらっしゃるきよしさん、いつも以上に様々な思いが去来したのでしょうか。
西寄さんの音頭で、きよしさんに”おめでとう!”とお誕生日を祝福させていただきましたが、この日は終始胸の内を心のままに飾らずに語ってくださったのでした。
歌の振りもここぞというところで、アクセントを付けたり、激しくしたり、きよしさんがノッているのを感じたのです。
そして歌唱も、ためたり伸ばしたり、何だか新たな試みをしているように感じられた曲もあり、その代表的なものは、松井先生が書かれた「一剣」でした。
もちろん、これは私の勝手な感想でしかないのですが、憚らずにもう少し言わせていただければ、きよしさんは過去のご自身のヒット曲を過去のものにせず、もう一度息を吹き込もうとされているのかもしれない...。
この日は歌唱からもトークからも、きよしさんの大いなる決意のようなものを感じたのです。
 
かつて
「僕はロボットじゃありません。生身の人間ですから」
とおっしゃっていたのに、この日は
「僕、サイボーグだったらいいのにって思います。そうすればコンディションに左右されずにいつもベストの状態で歌えますから」
とおっしゃったのです。
 
きよしさん。そうおっしゃりたくなるような状況があったのかもしれませんが、私はきよしさんに完璧を求めてはいないのです。 完璧ではないからこそ、持てる力以上のものを出せるということを、これまできよしさんから教えていただいてきたのです。
そう考えると、私は完璧を超える何かをきよしさんに期待しているのかもしれませんが、それは完璧以上のものではあっても完璧とは非なるものなのです。
きよしさんの”サイボーグ発言”を聞いて私は、あらためてそう思いました。
今、この記事を書きながら、あえてきよしさんがそうおっしゃったお気持ちを想像してみたのですが、きよしさんはとても高いものを目指そうとされているのでしょう。
心も身体も喉(声)も一生懸命磨いて鍛えて、サイボーグのようにぶれることのない状態を常にキープできるようになりたい。そういう意味なのではないかなと私は受け止めました。
 
そういえば、トークの時に、客席からココアちゃんのことを聞かれて、
”ココアには闇しか見えていないんですよ”
と、ココアちゃんが失明していることを知った時のことやココアちゃんへの思いを語ってくださったのです。
話しておられるうちに、きよしさん、どんどん涙声になって、涙がにじんできたのです。
”すみません。自分で話していて泣いてしまって”
そんなふうにおっしゃったかと思います。
 
この話題は、”褒められて伸びるタイプか怒られて伸びるタイプか”という質問から展開していったのですが、きよしさんはどちらかというと、怒られて伸びるタイプとのこと。
”でも怒られてばかりだとへこんでしまうので、時々は褒められたほうがよいですね”
いったん、そうまとめられたのです。
たしかに飴と鞭ではないですが、どちらも必要でそのバランスが大事なのでしょうね。
さらに、
”これまでコンプレックスを 克服しようとしてがんばってこれたと思いますし、褒められると 、心では裏腹なことを思っているんじゃなか!”
と思ってしまうのだそうです(笑)。
もちろん褒められることも大切だと思うので、きよしさんは できるだけ人を 褒めるようにしたいそうです。そしてもし、間違っているんじゃないかと思った時には
" らしくないよ " という言葉を使いたいと思っているそうです。
素敵ですね。
 
この日は前半のトークの時だったでしょうか。
”悲しい思い出は忘れてしまいましょう”
”今生きていることを当たり前には思いません”
そんなふうにおっしゃっていました。
 
そして、
「悩みました」
言葉を噛み締めるかのように、きよしさん、そうおっしゃいました。
震災の想像をはるかに超える被害の甚大さに心を痛め、地球をぐっと(こうして)押さえて、余震や被害が収まってほしいという強い衝動に駆られ、それなのに何もできない自分がとてもちっぽけな存在に思えたのだそうです。
その葛藤の中で、”歌うこと”が自分にできることなのだとあらためて思われたようでした。
そして考えたこと。
”自分は誰のために歌うのか”ということ。
その問いには ”僕の歌を聴いてくださる方のため”だと、そう思ったそうです。
すると次は、”どう(何を)歌うのか”ということを考えたのだそうです。
そして
”お聴きくださる方が元気が出るような歌を歌いたい”
そう思われたとお話ししてくださったのです。
”皆さんがふだんは言葉にできない思いを歌で僕が表現できたらと思っています”
そう言い添えておられました。
横できよしさんのトークを聞いていらした西寄さん、
”あんまり自分に厳しくしないでくださいよ。自分を責めないで下さいね”
と、言ってくださったのです。
西寄さんが皆の思いを代弁してくださったように感じて、ありがたかったです。
 
この日は曲の説明にも、いつになく力を入れてくださったのです。
「上海帰りのリル」では、
”上海に行ったことがある方?”
と挙手をうながし、そして
”上海はどんなところなんですか?”
とお聞きになられたのですが、話しているうちに
”上海帰りなんだから、上海にいるんじゃないんだ”
なんておっしゃられたりして(笑)。すっかりマイペースで場内には笑いがあふれていました。
リルは”ハマのキャバレーにいた”んですものね(笑)。
さらに「コーヒー・ルンバ」、「今夜も片想い」、「望郷しぶき」の説明も一生懸命にしてくださったのですが、すべては歌詞に描かれていますから、ついつい歌詞を諳んじるようになってしまって、ご自身でもどかしくなってしまった様子で、
「ああ、もう歌ったほうが早いですね(笑)」
ときよしさん、おっしゃったのです。
そんな、きよしさんを見ていたら、その歌手魂を感じて、うれしくなってしまった私でした。
 
9月になったのでどうかしら?と思っていた「きらめきのサンバ」、この日も歌ってくださいました。
私には「扇」と「あの娘と野菊と渡し舟」の歌唱が圧巻で、ふるえてしまったほどです。
そして「情熱のマリアッチ」、アンコールでもラストの「きよしのズンドコ節」の前にもう一度ツーコーラス歌ってくださって、まさにめくるめく感動を味わったのです。
 
”太陽よりもまぶしい存在”。
それはきよしさんです。
ああ、こんなふうにずっとずっときよしさんのお話に耳を傾け、その歌声を聴いていたいなあ。
そんな気持ちになっていました。
きよしさん、私、きよしさんが大好きなんですよ。
完璧でなくても、完璧を目指して努力しているきよしさんが大好きなんです。
それほどまでに素晴らしい歌声の持ち主なのに、まだまだといつも全力投球で一生懸命がんばっていらっしゃるあなたが大好きなんですよ。
 
私、大切なこと、たくさん教えていただいています。
きよしさん、ありがとう。
 
お伝えしたいことがたくさんあったので、記憶のままに書かせていただきました。
 
 
 
 
 
※コメント欄に内緒のおハナシ、ちょこっとだけ書いてあります。