グリーンホール相模大野でのコンサート、夜の部に行ってきました。
オープニングで「虹色のバイヨン」を歌ってくださった後のご挨拶で、会場の隅々まで見渡し、
「暑い中、お越しくださって、皆さんのお顔を見ていると、じんときちゃう」
そうおっしゃっては、何度も会釈をされたのです。
それで、きよしさん、どうしたのかしら? と少し思ったのです。
夏真っ盛りということで「きらめきのサンバ」が加わり、
「虹色のバイヨン」の後は、「ときめきのルンバ」、「上海帰りのリル」、「コーヒー・ルンバ」。そして「きらめきのサンバ」です。
ルンバ、タンゴ、ルンバ、サンバとダンサブルな曲(リズム歌謡)が続きました。
「きらめきのサンバ」を歌うきよしさんって、何であんなに楽しそうなんでしょう? 見ているこちらまで心が浮き立ち幸せになってきました。
 
さて、皆さま、13日の「思い出のメロディー」ご覧になりましたか? 
「愛は勝つ」を皆さんと一緒に歌うきよしさん、素敵でしたね。そして「きよしのズンドコ節」をローズピンクのジャケットをお召しになられて熱唱されて。どれほど多くの方を勇気付けられたことかと感動しました。
この日、西寄さんが前日に生放送された「思い出のメロディー」のことを話題にされ、きよしさんの歌唱の素晴らしさを称えてくださいました。
きよしさんは終演後、大阪で1泊し、朝7時の新幹線で東京に戻られたのだそうです。
そして、「思い出のメロディー」の幕間の楽屋でのことをお話ししてくださったのです。
オープニングに登場された後、後半の「愛は勝つ」を歌うまで時間がだいぶありましたので、きよしさんは楽屋で少し仮眠され、その時に、”悪夢”をご覧になられたのだそうです。
なぜか夢の舞台は鎌倉だったということでしたので、鎌倉芸術館ということでしょうか? 
コンサートのオープニング、幕が開いて「虹色のバイヨン」を歌い始めたのですが、客席を見るとお客様がひとりもいらっしゃらず、お客様を探して、そのまま舞台を降りて通路を通って、階段を上って2階席に行ってみたのだそうです。するとお客様が3人いてくださった。それでああ良かったと思い、そのお客様のために歌ったということでしたが、それがとてもとてもリアルな夢だったようなのです。
幕が開いて、お客様がおひとりもいらっしゃらない!!
きよしさんは言い様のない怖さを感じられた様子でした。
 
そのお話を聞いて、この日は客席のお客様の顔をご覧になって、ああ良かったと安堵されていらしたのかなあと感じたのですが、きよしさんは、さらに、
 「僕の居場所はここしかありませんから。他に行くところがないんですよ。皆さん、僕のこと忘れないでくださいね」
そんなことをおっしゃったのです。
それで、私は、前夜の「思い出のメロディー」で、きよしさんが出演者の皆さんと一緒に歌ってくださったKANさんの「愛は勝つ」の歌い出しが浮かんで、
”きよしさん、心配ないからね!”
と思ったのです。
こんな時のきよしさんは、何だか急に子どもみたいに見えてきます。
そして切なくさせられ、愛しさがわきあがってくるのです。
”私たち、ついてきてるでしょう。今日だってここにいるでしょう。ずっとずっときよしさんについて行くって言ったでしょう。それなのになんでそんなに心配するの? もう心配しないで、心配ないからね!”
そんな思いを込めて、ひたすら拍手を贈らせていただきました。
 
きっとトップを歩き続ける方でなければわからない様々な思いもおありなのでしょうね。
もちろん幸せも感じられているでしょう。でもふとさびしくなったり、怖くなったり、不安になったり...。
私たちがそうであるように、きよしさんも一人の生身の人間ですから、様々な思いが去来されるのだろうなあとあらためて感じたのです。
 
そういえばオープニングのご挨拶の時に
”平日のお忙しい中”
ときよしさんが言いかけると、”今日は日曜日ですよー”と会場のあちこちから声が上がり、きよしさん、笑いながら訂正されていましたが、そんな時、どんなに多忙な日々を過ごされているのかを思います。
今日はむし暑かったので、ホールの中もじっとしていても汗ばむほどだったのですが、きよしさんは暑さをものともせず、颯爽と歌ってくださり、一節、一節がしみ渡っていくのを感じたのです。
 
そして、質問コーナーになりました。
ご自宅のお庭にこうもりの赤ちゃんがいるのを見て”ビビッた”という方が、きよしさんが最近”ビビッた”ことありますかと問われたのです。
すると、”ビビッたというのではないかもしれませんが”と、最近ご覧になったテレビ番組のことをお話ししてくださいました。
それは7月23日に放送された志村けんさんの「天才! 志村どうぶつ園」で、きよしさんは録画されて、ご覧になったそうですが、その日の番組の中で紹介されたグレーデルという介助犬と飼い主の方との深い絆に号泣されたということでした。
きよしさんは、そのエピソードを私たちに説明してくださっているうちに、みるみる目に涙があふれてきて、
「泣けてきちゃいますね。僕も犬を飼っていますから、気持ちがよくわかるんです。目が見えなくなっているとわかってから、ますますかわいく思ようになって...。愛しくなって...(涙・涙・涙)」。
そんなふうにおっしゃって、はらはらと涙をこぼされたのです。
途中、何度か涙をこらえようとされたのですが、
「思い出しちゃって...。いいです。最近泣いていなかったから...」
とご自身に言い聞かすようにして、またお話ししてくださったのです。
 
この時のことを受けての言葉だったのでしょうか?
ラストトークの時に、
「僕も年齢を重ねて涙もろくなりました。父も年をとってさらに涙もろくなりました。そして母も涙もろくなりました。これはどうしようもないですね。そういう性格なんですから」
たしかそんなふうにおっしゃったでしょうか。
 
私、誰しも心が自由になって素裸になれた時に、涙もろくなるのだと思うのです。
心にまとっている鎧を脱ぎ捨て、心の扉を開けられた時、はじめて人の気持ちもわかるようになるのではと。
そして、私はそんな心優しく、自分に正直で、涙もろい、きよしさんが大好きだなあと思わずにはいらませんでした。
 
それから小学生の男の子から夏の思い出を聞かれて、
”先日の「歌謡コンサート」でもお話ししましたし、もう何度もお話しさせていただいていることですけれども”と前置きされてから、八女に住んでいらしたお祖父様の家へ遊びに行った時のことをお話ししてくださいました。
お祖母様はきよしさんが小学校3年生の時に他界されたので、お祖父さまは一人暮らしをされていたそうです。
きよしさんはお祖母さまのことも少し話されました。保険の外交をされていて、人柄の良い方だったので成績も良かったそうです。よく思い荷物を持っていたので、きよしさんが手伝おうとすると、”大丈夫”とおっしゃってきよしさんに荷物を持たせるようなことはされなかったそうですが、きよしさん、この日はお祖母様の歩き方や仕草を真似してくださっていました。きよしさんはそんな”ばあちゃん”が大好きだったそうです。
 
そんなお祖母さまが亡くなられて、お祖父さまがおひとり暮らしていらした家に、きよしさんが夏休みに泊まりに行った時のことです。
虫に刺されないように蚊帳を吊ってくださって、きよしさんはそのことがとても嬉しかったとおっしゃっていました。
八女のお祖父様の家は近くに山も川もあって、きよしさんが朝6時頃に虫かごを持って近くの雑木林に行くと、クワガタ、蝶々、カナブンといった昆虫がたくさんいて、わくわくされたそうです。
近所にあったオレンジというお店で購入した虫かごにクワガタを入れて持ち帰ると、お祖父様も一緒に喜んでくださって、きよしさんは自宅に持って帰ったのですが、昆虫は寿命が短いので、間もなく死んでしまい、自宅の裏に埋めて、ガリガリ君の棒に”クワガタの墓”と書いたものを挿してあげ、とても悲しい気持ちになったのだそうです。
このエピソードでもまた少し涙ぐんでしまったきよしさんでしたが、ああ、きよしさんて本当に愛されて育った方なんだなあとしみじみ思いました。
とりわけ意識されていたわけではなかったと思うのですが、きよしさんのおかげで自然とお盆にふさわしい質問コーナーとなったのでした。
きよしさんは質問された男の子にお父さんやお母さん、おじいさん、おばあさんを大切にするようにおっしゃり、
「じいちゃんやばあちゃんがいなかったら、僕も今ここにいなかったわけですから。感謝しないといけませんね」
そんなふうに締め括ってくださいました。
 
そしてアンコールの「きよしのズンドコ節」まで、熱い熱いきよしさんの歌声に、いつしか暑さを忘れ、心地よさに包まれたのでした。
きよしさんはエンディングの時に、すぐにはお辞儀をされずに客席のあちらこちらに視線を送りながら、両手を大きく千切れんばかりに何度も何度も振ってくださったのです。
いよいよ緞帳がきよしさんを隠す位置まで降りてきて初めて、深くお辞儀をされたのでした。
その様子がきよしさんがお別れを名残惜しく思ってくださっているように感じられてならなりませんでした。
「お元気で! またお会いしましょう!!」
きよしさんの言葉が深く心に残ったのです。
 
 
さて、私はきよしさんが号泣されたという「天才! 志村どうぶつ園」を見ていなかったので帰宅して調べてみました。
番組のHPに詳細が載っていましたので、ご覧になれる方はこちらをどうぞ。
 
以下はHPをご覧になれない方のために内容をご紹介しますね。
この番組には犬と会話ができるハイジさんという女性が登場するのですが、この時は、日本で初めて介助犬となったグレーデルというラブラドールレトリバーに会いに行ったのです。
グレーデルは人間でいえば100歳という高齢で、介助犬を引退してからも後輩の介助犬と共に野口さんと一緒に暮らしています。
介助犬というのは体が不自由な人の手足となり、生活のサポートをすることができるのです。
子供の頃から、体の筋肉が次第に衰えていく筋ジストロフィーという難病を患っていた野口さんはグレーデルと出会ってから積極的に外出するようになり、人との交流も生まれ、生きる歓びを感じられるようになったと話されていました。
けれども人生を共に歩んできた相棒に等しいグレーデルも17歳(人間でいうと100歳)という高齢になり、起きることもできなくなっていました。
そこでハイジさんが野口さん宅に行き、グレーデルの声を聞こうとするのです。
すると、もうほとんど目は見えていないのに、知らない人の匂いを嗅ぎ取り野口さんを守ろうと一生懸命吠えたのです。2代目の介助犬として一緒に暮らしているマーブルという犬を呼んでいるというのです。
動けない自分のかわりに野口さんを守ってほしいという思いからのようでした。
ハイジさんは
「グレーデルは、”こんな体になってもあなたを守りたい” その想いだけよ」
と言うのです。そして
「グレーデルの望みは、一生あなたのパートナーでいること。”いつもそばにいるよ” って言っています」
と続けます。
それから2か月後、グレーデルは野口さんに見守られながら安らかな眠りについたのだそうです。 
 
 
時間が限られた質問コーナーでのやりとりでしたので、きよしさんも掻い摘んでお話ししてくださったのですが、お話しされながら、ご覧になったグレーデルや野口さんの映像を思い描いていらっしゃったのでしょうか。
きよしさんの気持ちが痛いほどに伝わってきました。
それにしても何て心優しい方なのだろうと、あらためてきよしさんのお顔を見返すと、笑顔になったそのほほに涙の痕が光っていたのでした。
 
この日のきよしさんに、メロメロです。
素晴らしい歌声とあまりにピュアな人柄に、心奪われて...。本当に、もう困ってしまいますね。