いったんご報告が中断してしまってごめんなさい。
今朝はワイドショーで、イベントの様子が放送されましたね。
昨日は1階の最後列に何台ものテレビカメラが取材に入っていて、受賞者の発表の後、皆さんがきよしさんを中心に整列され、先生方もカメラに向かって手を振られたのです。
西寄さんが
「せっかくですから、客席の皆さまもからだをねじれる方は、手を振っていただいて(笑)」
とおっしゃったので、私たちも振り返ってカメラに向かってひとしきり手を振ったのです。
500組1000人の当選ということでしたが、なんとなく1000人以上の方がおられるように感じていたところ、やはり1500人と日刊スポーツに書かれていました。予定より大きな会場を使うことができ、当選者数を増やしてくださったのですね。少しでも多くの方にというコロムビア様のお心遣いに感謝です。
さてイベントのご報告に戻ります。
「あの娘と野菊と渡し舟」の歌唱レッスンとなりました。
水森先生が歌う時の姿勢を伝授してくださり、変わらずレッスンを受けにいらっしゃるきよしさんのことを、ほめておられたことは先に書きましたが、水木先生は、アドバイスにかえてこの歌が生まれ、世に出ることになったエピソードをお話ししてくださったのです。
水木先生が19歳の時のことです。お父様が県北(岡山県)にあるご自身の生まれ故郷に連れて行ってくださったのだそうです。とても美しい場所で、目の前に山がそびえ、その山裾までレンゲの花が咲いていて、水車小屋もあったのだそうです。
”ああ、何て美しいのだろう...”
その風景の美しさに感動された水木先生は、将来、作詞家になったらこの風景を詩に書きたいと強く思い、夢をかなえて作詞家になられてからも変わらずその思いをずっと抱いていたのですが、書く機会がなかったのだそうです。
「あの美しさ、清らかさを歌うことができる歌い手さんに出会えなかったからなんです。それが氷川さんに出会って、氷川さんのような心の美しい方になら、歌っていただけると思ったのです」
水木先生は、そうおっしゃいました。
「ですので、皆さん、氷川きよしさんのように歌っていただければと思います」
たしか、そのような言葉でアドバイスを結ばれたと思います。
そんなにまで大切にされてきた、先生の宝物が、きよしさんとの出会いで素晴らしい詩になり、横でそのお話を聞いておられる水森先生が曲を書かれ、伊戸先生がアレンジされ、きよしさんが歌い、外村ディレクターがCDにしてくださり、私たちのもとに届いたのですね。
「あの娘と野菊と渡し舟」。聴くほどに味わいがまし、感動が深まる秘密がまた少しわかったように感じました。
その時、私の心は感動のあまり、グルグルと回っているかのようになっていて...。何だか記憶が随分とんでしまっているのですが、そういえば伊戸先生や外村ディレクターにはデビューからずっとお世話になっている話題になった時に、きよしさんが、
「僕は、ずっと素晴らしい方々とご一緒させていただけて、本当に幸せです。ありがたいですね。」
としみじみおっしゃっていたことが印象に残っています。
そして皆で「♪懐かしいなァ...」の部分から後半をきよしさんと練習し、その後で、きよしさんは歌わずに、観客だけで1番を歌うことになったのです。
レッスンの時に、きよしさんが「水森先生、歌ってください」
と、おっしゃったのですが、先生は「今日はお昼ごはんを抜いてきたので」と遠慮されるやりとりもあったのですが、
伊戸先生の指揮で演奏されるHKピュアリバーの皆さんの演奏に合わせて、皆で歌い始めると、いつの間にか水森先生がマイクを持ち一緒に歌ってくださっていたのです。水森先生と一緒に歌わせていただけるなんて...。
そして感動のあまりかすんでしまった目で、再びよく見ると水木先生がマイクフォローをされて外村ディレクターも一緒に歌ってくださっていたのです(外村ディレクターは歌の名手なのです)。
下手に司会の西寄さん、きよしさん。そして中央寄に伊戸先生、中央に水森先生、上手寄りに水木先生そのお隣に外村ディレクター、舞台に「あの娘と野菊と渡し舟」を作られた皆さんが勢ぞろいされていて。
その皆さんと一緒に全員で声を合わせ、心をひとつにして歌った「あの娘と野菊と渡し舟」。
感動でくらくらしてしまうほどでした。おおげさでなく、椅子にすわっていて本当に良かったと思いました(笑)。
くらくらするといえば、本選に浴衣を着て出場された男性は、きよしさんにコメントをいただいていた時にマイクを差し出してくださっている西寄さんの手につかまるような仕草をされたので、どうしたのかしら? と思ったのですが、大好きなきよしさんに歌をほめていただけて、感動のあまり気が遠くなり、倒れてしまいそうになって西寄さんの腕につかまったのだそうです。
ああ、その気持ち、わかりますよね。そして、私だったらきっと気絶していることでしょう。そう思いました。
場内があたたかで幸せな空気でいっぱいになったところで、いよいよ審査結果の発表となりました。
審査委員長の水森先生が受賞者を発表されました。
まず審査員特別賞はカワサキ ヨシミさん。外村ディレクターが技についてのアドバイスをされた方です。素晴らしいコブシまわしと歌声でした。
そして優勝は福島から参加された9歳のオグラ コウヘイさんでした。前回の大会、あるいはティーンズカラオケ大会に出場されていたでしょうか? 歌声を聴いていて、この方の歌声を聴いたことがあると記憶がよみがえってきたのです。
水森先生が講評で
「ちょっと、おじさんはびっくりしましたね。今日は全世界の人に、コウヘイ君の歌を聴かせたいね」
そうおっしゃったのです。
子どもが上手に歌うと、どこかイヤミを感じさせるものなのに、
”コウヘイ君にはそのイヤミがない”と美空ひばりさんの例を出されて絶賛されていました。
審査員全員一致で決定したそうです。
きよしさんも、
「おじちゃん、感動しちゃった」
なんておっしゃっていました(笑)。
聴いていて涙が出たそうです。
「今日は勉強させていただきました。皆さん、本当にありがとうございました」
出場者の皆さんに、きよしさんがお礼をおっしゃって、「第3回HKのど自慢」は終了となったのでした。
水森先生はオープニングの時に、”皆さんには氷川きよしが第一なんだということを感じました”と、悪天候をものともせず集まったファンを前におっしゃってくださったのですが、今回の講評での中で、「あの娘と野菊と渡し舟」のCDやカセットを購入していただいたこと、氷川きよしを応援していただいていること、そして会場に来ていただいたことへのお礼をあらためて言葉にされました。
また、この日の大会に出場された方がどれほどの激戦を勝ち抜かれてきたか、そしてどの方の歌唱もその方しか歌えない唯一無二の歌唱であることを称え、特に完成度の高い前回の優勝者の方の歌唱をさり気なくおほめになりました。先生の全体を見渡し、おひとりおひとりのお心を思いやってくださるあたたかさに感動せずにはいられませんでした。
そして、先生はさらにこんなことをおっしゃったのです。
「氷川きよしは、これからいろんな曲を歌っていくでしょうが、汚れていない、無垢な男です。
皆さんにその支えになっていただければ...。」
水森先生のこの言葉を、きよしさんはどんなふうに受け止められたことでしょう。
私は嬉しくて、ありがたくて...。きよしさんが深々と頭を下げられたのはわかったのですが、涙が止まらなくなってしまって、きよしさんのお顔がもうはっきりとは見えなかったのです。
きよしさん、水森先生にあんなにまで褒めていただけてどんなにか嬉しかったことでしょうね。
先生がおっしゃっていた”お世辞には聞こえない。本気で言っているから”
という言葉をそのまま、この時の先生のお言葉に置き換えられると感じていました。
先生の言葉は先生の真心そのもの。
これまできよしさんと一緒に生きてきたファンにどうしてもおっしゃりたいと思ってくださったのでしょう。
ご縁とはいえ、何て素晴らしい方に出会えたのでしょう。あらためてそう思いました。
第3回「HKのど自慢」東京会場は、こうして幕を閉じ、握手会となったのです。
私、この日は、なぜだか”不思議”という言葉が何度も何度も浮かんできたのです。
今、自分がここにいる不思議、きよしさんに出会えた不思議、「あの娘と野菊と渡し舟」に出会えた不思議。
こんなにまで感動する不思議、深く幸せを感じている不思議。
あんまり何度も浮かんできたものですから、帰宅して語源を調べてみて、驚きました。
不思議とは仏教用語の不可思議の略で、不可思議は仏や菩薩の神通力や行為のように、言葉に表すことも思いはかることもできない境地を意味するのだと書かれていたのです。
それが転じて人間の判断力では及ばないことを意味するようになり、さらに転じて常識では理解できないことを表すようになったそうなのです。
”言葉に表すことも思いはかることもできない境地”というのは、まさに私の気持ちを表すのにぴったりに思えたのです。
握手会はスムーズ&スピーディーに進んでいきました。
そして、またここでも私にはミラクルと思える出来事があったのです。
私の前の前の方が遠慮深い方で、握手の時にきよしさんとの距離をずいぶんとられていたので、スタッフの方がそれを見て、”せっかくなんですから、思い切り近づいてください”とおっしゃったのです。
それで私は言われるままに(思考能力が停止していたので、何も考えずに)テーブルに近づいた状態で進んだものですから、いざきよしさんと相対した時には、私にはありえない至近距離になってしまったのです。
そして前の方からきよしさんの視線がこちらに移る瞬間にはなぜか額の生え際までしっかり見、左のこめかみに汗が光っているところまで見えたのです。
そして、数秒のことではありますが、ラブシーンさながらの至近距離(よく気絶しませんでした・笑!)で、きよしさんの目をしっかり見つめて、そして
「ずっとついて行きます」
「ありがとうございます」
というやりとりをさせていただいたのです。
きっとスタッフの方があんなふうにあのタイミングで言ってくださらなかったら、そのようなことはなかったかと思います。
きっときよしさんには、この人、何でこんなに近いんだろう? と変に思われたかもしれませんね(笑)。
台風の影響が心配されましたので、19時終了を目標にスムーズに流れていったかと思います。
握手をしたら退出となりますので、西寄さんにお礼とご挨拶をして、舞台から降りたのです。降りる時、補助をされるために待機されている方が手を拳に握ってひじを出して、あくまでも手にさわりませんからという体勢でいらっしゃったことにも感激しました。
スタッフの皆さんお一人お一人が、きよしさんが大好きな私たちの身になってくださっているのですね。
きよしさんがファンやスタッフをいつも愛して大切にしてくださっている証のようにも感じられたのです。
客席出入口には、「銭形平次」の制作発表会見の時に使用された巨大ボードが飾られていました。
もちろん、この後、ボードの前で記念撮影をしたのです。

とんでしまった記憶を集めて、まとめてみました。
きよしさんのファンになれた不思議、こうしてブログを書いてる不思議、皆さまにお読みいただける不思議。
生きている不思議...。
私の不思議には”幸せ”という名前がついているようです。
皆さま、いつも本当にありがとうございます。