記事の更新がとどこおっていてごめんなさい。
「おひさま」のことは後日にさせていただいて、今日は「HKのど自慢」のことを。
HKのど自慢のことも、5月末から書きたいと思っていて書けないままま、今日は東日本の予選会ですね。
この、”ですね”の一言からおわかりいただけるかと思いますが、応募はしましたが第一次審査通過できませんでした。
震災後、歌の練習をする気持ちになれなかった時期もありましたが、5月に入って、俄然チャレンジしようという気持ちになり、練習の時間は限られましたが、やる気さえあれば何とでもなるもので、仕事の合間に30分でも時間ができたら近くのカラオケ店に入って練習し、夜遅く帰宅するような時は、まわりに人がいないのを確認して、歩きながら練習したのです。
「あの娘と野菊と渡し舟」は、口ずさんでいる分にはわからなかったのですが、きちんと歌おうとすると、ゆったりたっぷり歌うことになり、最初、私などは息が続かなかったのです。
そして5月後半、このブログで「明治座への道」を書き始めた頃まで、そうやって少しずつでも練習を続けていたのです。
前回の「三味線旅がらす」の時と違って、今度はフルコーラス歌詞を見ずに歌えるようになり、実際にそうなってみて、それは基本中の基本なんだなあと感じたのです。
それが1ヶ月間、自分なりに一生懸命歌ったことで気づいたことでした。
でも、予選に出られないとわかった時には、とてもとてもがっかりして、明治座できよしさんが「あの娘と野菊と渡し舟」を歌っておられるのを聴いていたら、われ知らず涙がにじんきてしまったのでです。
そして
”こんなにまで、がっかりするのなら、あんなにがんばらなければよかった”
そんなうしろむきな気持ちまでわいてきたのです。
でも、その日のきよしさんのひたむきに演じ、歌う姿、そしてあたたかな微笑みを見ているうちに、
大人になるにつれてどんどんずるくなって、逃げ場がないほどにがんばるということをしなくなっていた自分の姿が見えきたのです。
そうしたら、”こんなにがっかりするほどに、自分自身がんばることができたことって、もしかしたらすごいことじゃないの?”
と、終演後には思えるようになっていたのです。
お話が前後しますが、歌詞を見ずに歌えるということは、歌詞に描かれたものが自分の中に入っているということで、私はようやくその基本中の基本に、1ヶ月かかって到達することができたのですが、もうひとつ、一生懸命練習したことで得られたことがあったのです。
それは、ある時、歌っていてこみあげてくるものがあり、涙声になってしまったのです。
理屈では到底説明できない感情でした。
この感情はどこから来たのかしら?
自分のことながら、びっくりしました。
これまで歌っていて涙されるきよしさんに感動させていただくことはあっても、自分自身が歌っていてそんな体験ができるなんて!
自分のできる状況の中でのことでしたが、自分なりに歌に真剣に向き合って、一生懸命歌ってきたので、
「あの娘と野菊と渡し舟」からのご褒美だったのではないかと思ったのです。
きよしさんの先日の言葉を借りていえば、たとえ下手くそでも、一生懸命だったから、歌に宿っている魂にふれさせていただけたのではないかなと、なぜだかそんなふうに感じたのです。
昨日の「氷川きよし節」(文化放送)で、カラオケの採点機能を楽しむ話題が出ていましたね。
娘さんがカラオケで99点を出されたということで、「星空の秋子」をリクエストされた方がいらっしゃったのですが、私も採点機能を活用させていただいきました。コンピュータとはいえ、あなどれないものがあるのではないかと感じます。
お店によってもっと細かい採点のものもありますが、歌い始めた2月には80点台後半だった私が、応募する頃には10点ほどアップできたのです。
自分なりの成果のつもりで記念に写メしておいたものです。
応募も終えて、きよしさんの座長公演も3日に観ることができ、肩の力も抜けた6月7日のことでした。
私にとってはそれまであり得なかった、一番の高得点でした。

やればやるだけ、少しずつでも成果が出るということも教えていただけたことのひとつかもしれませんね。
これからも歌うこと、少しずつでも続けていきたいと思います。
東日本、西日本、それぞれの予選会に出られる皆さま、その素敵な歌声で心のままに「あの娘と野菊と渡し舟」、歌ってくださいね。
本選へのチケットは限られてはいますが、どなたが本選に出場されてもおかしくない実力のある方が予選に選ばれているのだと思います。
応援しています!