今日は「演歌名曲コレクション14 ~あの娘と野菊と渡し舟~」の発売です。
ますます冴えわたるきよしさんの歌声、そして深まる表現力にうっとりしています。個人的に大好きな「ラブユー東京」、素敵すぎます! きよしさんの艶やかな歌声に、時にため息をつきながら聴き入っています。
そして明日6月2日から、いよいよ明治座での座長公演がスタートします。
出演者、スタッフの皆さん、そして観覧される皆さまの健康と、公演の大成功を日々、お祈りしたいと思います。
途中、なかなか進まなかった「明治座への道」は今回(8回)でしめくくりたいと思います。
2007年に入って、コンサートツアーがスタート。3月10日は「NHKのど自慢 グランドチャンピオン大会」にゲスト出演されていました。この時、優勝されたのが清水博正さんでした。
そして5月9日には「あばよ」と「きよしのソーラン節」をリリース。きよしさんにとって初の2曲同時発売でした。発売日当日は広島厚生年金会館でコンサートを開催。デビュー8年で888回公演という記録を打ち立てたのでした。
6月1日から新宿コマ劇場で三度(みたび)座長公演が行われたのです。東京では2年ぶりでした。
6月1日~6月27日 新宿コマ劇場
氷川きよし 特別公演 「きよしの一心太助」
6月7日の読売新聞に掲載された劇評(西田浩氏)の結びに
”正味3時間半の長丁場は、主役のキャラクターを前面に出した、極めて良質なエンターテインメント。座長公演のあるべき姿を体現したと言えよう。かわいい息子や弟、そして永遠の恋人として、ファンに愛される源泉を実感できた。”
と、書かれていました。”永遠の恋人”って素敵な言葉だなあと思った記憶があります。
この時は新宿コマ劇場でのチケット販売は、コマ友の会の優先電話予約もなくなり、ハガキでの応募のみでした。ファンクラブでは取れませんでしたが一般発売で幸運にも千秋楽のチケットを取ることができ、ファンクラブで取っていただけた他の日のチケットもあり、新宿コマ劇場に4度ほど足を運んだのでした。
第2希望も書いておきましたので、新宿コマ劇場から宅配便が届いた時には、ドキドキしてなかなか封筒を開けることができなかったのです。後で見たら宛名に” 0627 昼S2 12000×2 24000”なんて書かれていたのですが。

初日から数日間、HKピュアリバーの藤林さんが体調をくずされたそうで、山本さんがバンマスを務め、ベースは助っ人の方が来てくださったのです。私は初日の翌日の週末に1回目を観に行ったので、どうしたのかしら? とかなり心配に思ったのですが、数日お休みされただけで復帰されたと、その後の公演にいらした方から聞いて安心したのです。
その後、ちょうど私のバースデーにも公演があり、行くことができたのですが、その時はもう藤林さんもお元気な様子でした。
私はその時に、「こぶしはいつまわせるようになったのですか? 誰でもまわせるようになるのでしょうか?」と書いた質問をきよしさんに読んでいただけたので、最高のバースデープレゼントをいただいたことになりました。今思い出してもドキドキしてしまう素敵な思い出です。
そして、その数日後の週末の公演の際には、キャンペーンで全国をまわったエピソード、とりわけ金沢での思い出を話してくださったのです。
このエピソードはその後、何度かお話しされていらっしゃいますが、スーパーの横の小さな小屋のような所の前で歌っていて、最初は10人の方が聴いてくださっていたのだそうです。当時のきよしさんが歌ったのは最大5曲。「箱根八里の半次郎」、「浅草人情」、「兄弟船」、「命くれない」、そして再び「箱根八里の半次郎」を歌っていたのですが、歌っている間に1人減り、2人減り...。最後にはどなたもいなくなってしまったのだそうです。
きよしさんは”その時のさびしい気持ちを今でも思い出すことがあるんです” そうおっしゃり、「命くれない」をワンフレーズ、ツーフレーズ、と場内の反応をみてとりながらアカペラで歌ってくださいました。その何とも感動的な歌声、そして金沢でのきよしさんの思いが伝わってきて、涙がどーっとあふれたのです。
するとアンコールのラストは「箱根八里の半次郎」でしたが、この日はきよしさんが、涙、涙になってしまい、何度も何度も絶句されて歌えなくなってしまったのです。きよしさんが今どれほど幸せな気持ちでいらっしゃるのかを感じ、切ないほどにうれしくなったのでした。
そして迎えた6月27日の千秋楽。
アンコールの「箱根八里の半次郎」を歌い終えたきよしさん、両膝を舞台に着き
”終わったぁーー”と叫んでガッツポーズをされたのです。
その後、共演者の皆さんが舞台に勢ぞろいされ、「きよしのズンドコ節」をワンコーラスずつ歌って幕を閉じたのでした。
共演者の方が「これからも彼をよろしく!」と、あたたかな言葉をおっしゃり、その言葉にきよしさんが恐縮されながらも嬉しそうにされている姿に、胸が熱くなり、じわっときてしまいました。
終演後には新宿コマ劇場周辺にきよしさんを送る方の列ができたのです。
共演者の方や楽団の皆さんは徒歩で帰られたり、近くの新宿コマ劇場の駐車場まで歩かれていったのですが、その度に、大きな歓声がわき、”ありがとうございました”、”お疲れ様でした”というやりとりがありました。
新宿コマ劇場のスタッフの方が”場所が場所だけ(歌舞伎町ですから)に、悲鳴をあげたりしないでくださいね。事件と思われると、警察の方にも迷惑がかかりますから”とおっしゃったことが印象に残っています。
私もこの日は皆さんと一緒に、きよしさんのお見送りをさせていただきました。
きよしさんは車に乗って、窓を開け、ゆっくりと笑顔で手を振り、繰り返し会釈をされながら新宿コマ劇場を後にされたのでした。
その後、中日劇場と新歌舞伎座での公演があるのではと私も思っていたのですが、この公演はこの日が演じ納めとなったのです。
きよしさんご自身が「もう、これが最後です。この次はありません」と千秋楽のごあいさつでおっしゃっていたので、少し意外に感じたのです。
でも、その後のきよしさんが、"歌・命”という思いで、歌に集中されて、これまで熱唱されてきたことを考えると、きよしさんなりのお考えがあったのだろうなと思うのです。
これほど皆に望まれて、そして”座長公演のあるべき姿を体現した”とまで評されても、しばらくはまさに座長公演は封印されることになったのです。
そんなきよしさんが満を持して銭形平次に挑戦されるのです。どんなに期待してもしすぎることはありません。
私は、昨年亡くなったつかこうへいさんの薫陶を若き日に受けられた俳優さんに、お話をうかがう機会が先日ありました。当時、まだ20歳そこそこだったその方が、オーディションに合格して地方から上京し、つかさんの稽古を受けた時のこと。
”やっぱり芝居らしいことをしなくちゃいけないんだろうな”
と思い、憧れのつか氏の前で、自分なりの芝居らしきことをして見せた途端、ものすごく怒られたのだそうです。そして、
「それはお前、ウソだろう! お前は普段そんなトーンでしゃべっていないじゃないか。芝居はテクニックでやったって1時間ともたないぞ。舞台ではお前の哲学を見せるんだ」
とおっしゃたのだそうです。
私はそのお話をうかがって、すぐにきよしさんのことが浮かんだのです。
そして初座長公演のその時から、常にきよしさんの舞台には"氷川きよしの哲学”が貫かれていたのだということに気づいたのです。私はきよしさんの命を燃やした舞台に心ときめかせ、きよしさんの存在、そして生き様そのものに魅せられていたのだということをあらためて知ったのでした。
さて、ここまで頑固なほどにこだわって、書きたかったことを書かせていただきました。
特に2002年の新歌舞伎座での思い出、そして「草笛の音次郎」の新歌舞伎座での演じ納め(千秋楽)は、このブログを始めた時から書く予定にしていたことでしたが、ずっと書けないままでいましたので、今回は、きよしさんへの感謝をこめて、限られた時間でのことになってしまいましたが、この機会に書かなければ、またいつ書けるかわからないという思いで、書かせていただきました。
お読みくださる方のことをおざなりにしてしまっている部分も多々あり、読みづらいかと思うのですが、お許しいただければ幸いです。
どうしても座長公演の前日の6月1日までにいったんしめくくりたいと思ったものですから、初座長公演を追ったドキュメンタリー番組の録画を見直したり、詳しい資料を確認できないままに書いた部分も多々ありますが、また今後、書き直してみたいと思った時に(しつこく)書かせていただこうと考えています。
ところで先に書いた「きよしの石松売り出す 初恋道中」の新歌舞伎座での千秋楽での感想が当時の手帳に書きとめてあったので、部分をご紹介しますね。
千秋楽の前日に大阪に行きました。この時は、このブログによく登場する友人のKさんと一緒でした。久々の大阪を見て歩き、夕方、新歌舞伎座に行ってみると、ちょうど夜の部の公演を終えた、きよしさんに遭遇したのです。それで前夜から気持ちは最高潮に達していて、きよしさんが利用されている新歌舞伎座近くのホテルに泊まっていたのですが、ドキドキして何だかよく眠れなかったのです。
以下は手帳からです。
声がのびやかで疲れをまったく感じさせず、千秋楽にふさわしい歌唱だった。花道での歌唱も素晴らしかった(この時は花道で歌う演出があったのです)。新御三家の歌もこれで聴き納めでしょうか? 歌謡ショーが終わった後の出演者の方たちの千秋楽のあいさつまで、きよしさんは涙をこらえていた。
「ほんとうに男らしくなりましたね」とおっしゃった西寄さんに同感! 前回のように「こんなに泣かれて、どうなってしまうのかしら?」なんていうことは、もうないのでしょう。
それだけ多くの修羅場を乗り越えてきたからこその成長であり、きよしさんは普通の人の数十年をこの数年で一気に駆け抜けてこられたに違いない。
私はそんなきよしさんにどんなにか励まされてきたことか。あらためて、感謝を捧げようと思う。
さあ、いよいよ明日2011年6月2日 「銭形平次 ~きよしの平次 青春編~」開幕です!
※ここまで「明治座への道」をお読みくださった皆さま、本当にありがとうございました。かなり荒い文章で申し訳ありません。見直しができていないので、ミスタッチ、表記ミスなど、これから修正していきたいと思っています。
※私は明日は仕事でうかがえないのですが、3日に参ります。またご報告しますね。