さて、2003年も休む間もなく始動したきよしさん。1月22日には「BS日本のうた」で、初のワンマンショーにチャレンジされ、コンサートツアーもスタートしたのです。
3月24日にはTBS系の時代劇「水戸黄門」にゲスト出演され、きよしさんが演じたのは渡世人風の若者「音次郎」。実は幕府から派遣された目付で、黄門さま一行とともに悪事を暴くというストーリー。
きよしさんは3月5日まで京都・太秦の東映京都撮影所などで収録をしたそうで、東京で立ち回りの稽古を2日間積み、写真撮影の折は黄門さまを演じる里見浩太朗さんに目線や表情の作り方、刀の構え方を指導していただたということでした。
里見さんは、
「せりふの抑揚などきちっとできていたように思う。一生懸命やっていくうちに、本当の時代劇の芝居ができるようになる」と、きよしさんを励ましてくださったのだそうです。
放送時に見て、録画をしたのに見返す機会がないままでしたが、座長公演よりも先にお目見えした音次郎、とても爽やかで魅力的でした。ちなみにこの時は鬘をつけています。
 
その後もコンサートツアーで全国をまわり、いよいよ7月1日から名古屋の中日劇場で初座長公演に挑戦することになりました。
中日劇場の方が、いち早く、きよしさんに注目されて、2000年のうちに出演交渉をされたと、うかがいました。
こういうことを”先見の明があった”というのでしょうね。
私はファンクラブでチケットを取っていただき、千秋楽のみに参加したのですが、チケットの発売日には、中日劇場に大変な列ができたのだそうです。その中にはご高齢の方も多数いらっしゃったので、中日劇場の方は体調をくずされる方がいては大変と、とてもハラハラされたそうです。
 
きよしさんが演じた「草笛の音次郎」は、オール読物に連載された山本一力さんの「草笛の音次郎」を中島丈博さんが脚色されました。
江戸・今戸の賭場の若い衆が佐原の香取神社の祭りに招かれた親分の名代として旅をするという股旅ものに、きよしさんならではということで、”瞼のおばあちゃん”のエピソードを盛り込んでくださっています。
駆け出しの音次郎が親分の名代に大抜擢されて佐原に旅立ちますが、その道中で様々な出来事に遭遇しながら成長していく姿が、コメディタッチで描かれていました。もちろん泣かせどころもあり、きよしさんらしい爽やかで感動的な舞台になったのです。
 
2003年7月1日~7月25日 中日劇場 
氷川きよし 納涼特別公演 「草笛の音次郎」
 
21世紀歌謡界のプリンス
全国の先駆け
初の座長公演を
中日劇場で挑みます!
 
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私、きよしさんが座長公演をされると知った時、正直、興味が持てなかったのです。
きよしさんの歌声が好きだったので、なんでコンサートだけではダメなの? なんて思ったのです。
私と同じお気持ちの方、いらっしゃいますか? 
ましてや仕事の上でも歌舞伎やミュージカル、ストレートプレイを多々観てきていたので、役者さんとしてのきよしさんに遭遇した時、自分自身がどんな思いを抱くのか想像がつかず、何だか複雑な気持ちになったのです。
でも、きよしさんが一生懸命挑まれると思うと、やはり観ずにはいられず、一公演だけの申し込みをしたのでした。
 
 
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言うまでもなく、いっそう加速を増す超過密スケジュールが続いて、お芝居のお稽古の時間もなかなか取れなかったようです。そして夏風邪がなかなか治らないまま、ゆっくり静養もできず、きよしさんのこの時の座長公演を追ったドキュメンタリー番組があるのですが、お稽古の時も傍らにロッテののど飴の袋(あの強力なタイプのものです)が置かれていました。
時どき空咳をするきよしさん、とても痛々しかったです。もちろんドキュメンタリー番組は後になって見ましたので、きよしさんがそんなに大変な思いをされているなんて、思ってもみませんでした。
当日の取材で、「昨夜はよく眠れましたか?」という記者の方の質問に、笑顔で答えることができなかった、きよしさんでした。
そんなきよしさんを後にも先にも私は見たことがありません。
まさにこの時の25歳のきよしさんにとって、この座長公演は一世一代の大舞台。私たちには想像もつかない大きな大きな重圧を感じておられたのでしょう。
コンディションもベストではなく、準備の時間も十分とれず、肉体的にも精神的にも相当に追い込まれたこともあったかのではないかと想像し、胸が痛みました。
けれどもひとたび幕が開くと、公演は大盛況。きよしさんは持てるすべてをその舞台で披露し、観客を魅惑の世界へと誘(いざな)ってくださったのです。
 
 
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私は千秋楽のみの観覧でしたが、さらなる氷川きよしの魅力に邂逅したのでした。
お隣の席に座られた方は名古屋在住で、公演を2日おきくらいで観たそうですが、きよしさんは千秋楽まで完全には鼻声が治らなかったとおっしゃっていました。でも、毎回、毎回、熱演、熱唱で、”どうしてあんなにがんばれるんだろう? はじけるような笑顔をみせてくれるんだろう”と思い、”夢中になった”とおっしゃっていました。
私はその日の一公演を観て、その方の気持ちがよくわかりました。
きよしさんの存在そのものが光であり、私を幸せにしてくださるのだということを知ったのです。
 
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この番組の時だったでしょうか? あるいは別の取材の時でしょうか?
「現実からは逃れられませんから」と、おっしゃったきよしさんを思い出します。私より年下なのに、どれほど苦労をされてきたのか、ほんの少しうかがい知る思いがしました。
 
 
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以下は中日劇場の公演パンフレットに掲載されている、きよしさんのメッセージです。
 
いつも温かい応援をありがとうございます。
デビュー四年目の今年、皆さまのお陰でまた一つ大きな夢を叶えることができました。
はじめてのショーとお芝居の劇場公演――まだまだ未熟ですが、大先輩方の胸をお借りして、精一杯つとめさせていただきます。
「草笛の音次郎」は、僕が等身大で演じられる愛すべき人物です。決して背伸びせず、伸び伸びと自分らしく演じ、皆さまの心にあったか~いものをちょっぴり残せたらと思っています。
一生懸命の音次郎をどうぞよろしくお願い申し上げます。
 
氷川きよし
 
 
今回の明治座では、きよしさんのグッズが多数発売されるようですが、中日劇場でもユニークなグッズがあったのです。私は千秋楽にしか行かれなかったので、すべて売り切れていて入手できず、この後、この類の商品が作られることがなかったので心残りに思っていたのですが、のちのちお友達にゆずっていただいてはっぴハンカチは2つそろったのです。確か4種あったのではないかと思います。
 
 
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とてもかわいいでしょう?
 
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"氷川きよし特別公演”と文字が入っているだけですが、このようなハンカチも何種かありました。 
 
満員御礼、完全燃焼! 日々、熱演、熱唱したきよしさん。大きな感動を5万人の観客に与えて、その幕を閉じたのでした。
 
きよしさんはその数日後にはすぐに仕事でまた全国を飛びまわったのです。
8月9日には「思い出のメロディ」に出演され、9月13日には第57回アロハ・フェスティバルにメインオフィシャルゲストとして招かれ、フローラルパレードに参加されました。 その夜、シェラトン・ワイキキでディナーショー。翌14日にはカクテル・ショーがありました。
 
さあ、そしていよいよ新宿コマ劇場での座長公演がスタートします。
 
 
2003年10月2日~10月28日 新宿コマ劇場 
氷川きよし 颯爽公演 「草笛の音次郎」
 
この時を待っていた!
新宿コマ劇場初座長公演!!
 
きよしさんの人気はとどまることを知らず、この公演ではB席までもが完売てしまいました。ファンクラブで申し込んでもチケットを入手できなかった方が多数出てしまったとうかがいました。
この時は枚数制限がなく、先に友の会の優先予約、その後、一般発売と他の公演同様、先着順での販売だったのです。
たまたまお隣になった方から貴重なお話をうかがいました。これまで書く機会もなかったのですが、当時の手帳に書きとめてありました。
その方はどうしてもチケットを取りたくてアルバイトの方を頼んで、並んでいただいてチケットを購入されたのですが、途中で差し入れをしたり、何度か様子を見に来たのだそうで、詳しい状況を私に教えてくださったのです。
チケットの発売は9月1日だったのですが、3日前の8月28日には約80名の方が新宿コマ劇場に並んでいて、発売当日は朝4時の時点で150名、5時には300名、そして9時には1500名がチケットを購入するために並んだのだそうです。
すごいことですね。聞いて驚きました。もしかしたら新宿コマ劇場の歴史の中でもめったにあることではなかったのでは(あるいは前代未聞?)と思います。
 
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さて、以下はきよしさんの新宿コマ劇場での公演パンフレットに掲載されたメッセージです。 
 
いつもあたたかい応援をありがとうございます。
7月に続き、またさらに大きな舞台に挑戦させていただけることに感謝の気持ちでいっぱいです。
初舞台の緊張と興奮が昨日のことのようですが、諸先輩方に見守られ、自分らしく伸び伸びと”草笛の音次郎”を演じることができました。
芝居の上でのことなのか、それとも自分なのか・・・クライマックスでは熱い涙が次から次へとあふれ、「お芝居って楽しい!」と心から思うことができました。
この経験は僕の一生の宝物です。今回もまだまだ未熟ですが、先輩方の胸をお借りして少しでも成長した”音次郎”をご覧いただけるよう頑張ります。
また、歌手としての本業であるショーもますますパワーアップして楽しいものになりました。みなさまにもどんどん参加していただいて一緒に盛り上がりたいです。
早いもので、明年はデビュー5周年を迎えます。思い返すと、いつも僕の目の前には一生懸命応援してくださるみなさまの笑顔がありました。その笑顔におこたえできるよう初心に戻って全力で頑張りますのでこれからも応援よろしくお願い申し上げます。
 
氷川きよし
 
 
後日、うかがったことですが、この公演のある日、きよしさんが、お客さまをお見送りしたくて、エントランスの階上に突然姿を現したことがあったのだそうです。場内は騒然となり、きよしさんを一目見ようと皆、辺りにある上れるものに思わず上ってしまったということでした(笑)。
それはそうですよねー。私だって絶対にそうすると思います(笑)。
 
私はこの時にはチケットが取れず、千秋楽は観られなかったのですが、きよしさんは無事に全公演を終え、再び年末に向けてコンサートツアーをスタートさせたのです。
ちなみに以前、記事に書いた「レ・ミエン レビュー HIBARI 」には10月5日の11時からの昼の部を終えてから、出演されていましたし、休演日に九州地方で番組収録をされていたかと思います。
 
そして11月21日、倉敷市民会館で2003年のコンサートツアーを無事終え、次の年には新歌舞伎座での座長公演、とびうめ国文祭も待っていたのでした。
 
※さて次は2004年のことを書きますね。