アルバム「演歌名曲コレクション14 ~あの娘と野菊と渡し舟」の発売が6月1日、そして明治座での座長公演が2日に迫ってきましたね。
アルバム、早く聴きたいので、一日早く明日受け取ってきたいと思っています。
さて少し記事が中断していましたが(遅くなってごめんなさい)、2002年の新歌舞伎座へと、皆さま、ご一緒にタイムスリップいたしましょう。
残念なことに当時は詳細を書きとめてはいなかったので記憶があいまいな部分も多々ありますが、最初に当時のコンサートの構成に少しふれておきたいと思います。
「きよしこの夜Vol.2」を見ていただくとおわかりいただけるのではないかと思うのですが、”ふれあい”をテーマにしていたこともあり、ほとんどの歌を、きよしさんはワンコーラス歌うごとに、上手、下手、中央(順番は様々ですが)と移動されていたのです。私は、きよしさんのコンサートに行ってみて、そのことにとても驚きました。そしてとても大変だろうなあとも思ったのです。もちろん私たちはセンター席ではなくても、きよしさんが舞台の左右までまんべんなく移動して歌ってくださるので大感激でしたが、動きが多い分、きよしさんは消耗するでしょうし、歌う曲によっては1番、2番、3番と気持ち高めながら歌いたいものもあるでしょう。ですので、ファンを喜ばせようという、その惜しみない心遣い、熱意に感激しながらも驚いたのです。
きよしさんは”少しでも多くのファンの方とふれあいたい”、”また僕のコンサートに来たいと思っていただきたい”。そんな思いをこめて歌っていらしたのでしょうね。
80箇所160公演、縦横無尽にステージを動きながら、1曲、1曲真心こめて歌い上げ、2002年12月25日、ファーストコンサートツアーを感動のうちに完走したのでした。

ここで2002年12月26日の日刊スポーツの記事を紹介しましょう。
~サンタ羽織~
演歌歌手の氷川きよし(25)が、大阪・新歌舞伎座でクリスマスコンサートを行った。アンコールで氷川は、サンタクロースを意識した赤いコートを羽織り登場。満員の観客を前に、感極まり声を詰まらせた。終演後には、来年の座長公演に触れ「ピーターパンか、ピノキオをやりたい」と話していた。
※画像できよしさんが羽織っている赤いローブは、「きよしこの夜Vol.2」で着用されていたものです。
12月25日の夜の部は16時30分に開演しました。
私はこの夜の部、花道横の1列目にすわっていたのです。きよしさんは笑顔いっぱいで疲れなど微塵も感じさせずに、幸せそうに歌ってくださっていました。
随所で、1年間コンサートツアーを続けさせていただくことができた感謝の気持ちをおっしゃっておられました。
初めてコンサートツアーをさせていただけたこと。そのおかげで全国のファンに会うことができたこと。そして今、伝統ある新歌舞伎座の舞台立つことができ、大好きなファンとクリスマスを過ごすことができること。大晦日に3年連続で紅白歌合戦に出場させていただけるようになったこと。
そのすべてはきよしさんの努力の賜物に違いないのですのが、きよしさんは、ポツリポツリと感謝の気持ちを話されたのです。


コンサートは和やかに進んでいきました。
そしてラストトークで、ひとしきりお礼の言葉をおっしゃり、来年、そして未来への思いを力強く語られたのです。
”応援よろしく、お願いいたします!”
そうおっしゃって、きよしさんは深々と頭を下げられました。
エンディングは「箱根八里の半次郎」だったでしょうか?
実ははっきり覚えていないのです。
そしてアンコールとなりました。
きよしさんは再び舞台に戻られて歌い出したのですが、涙があふれてしまって、どうにも止まらないのです。きよしさんはそれでもとびきりの笑顔を見せてくださり、まさに泣き笑いのようになっていたかと思います。
そして最後の曲でも中央、上手と移動され、花道のある下手側にいらっしゃったのです。
きよしさんは何度も何度も涙を手でぬぐっておられました。
私は、そんなきよしさんに両手を前方に掲げて拍手をしたのです。
私もまた泣いていました。とめどなく流れる涙をふきふき、きよしさんの一挙手一投足を見逃すまいと、ひたすらに見つめていました。
すると、きよしさんは涙声で「ありがとうございます」とおっしゃりながら、右手でこちらを制するようなジェスチャーをされました。きよしさんはその時、もう言葉が何も出てこないという状態だったのですが、そんなきよしさんの様子に、
”僕のために拍手をありがとうございます。もう、十分すぎるほどいただきました。もう、胸がいっぱいです。ありがとうございます。ありがとうございます”
という声にならない誠実な思いが伝わってきたのです。
間奏の間、花道付近で拍手をしているファンひとりひとりの目を見つめながら何度も何度も会釈をされ、歌い出すと、きよしさんは少しずつ少しずつ花道の方に進まれたのでした。
花道を使う演出はなかったようなのですが、もっともっとファンの近くにという思いが、きよしさんにそうさせたのでしょう。
歌いながら、泣きながら、少しずつ少しずつ移動して、最終的に花道の1メートルくらいのところまで移動されたのです。そのため、最初は目の前にいらしたきよしさんが、ちょうど真横に立って歌うという状況になったので、私にはマイクを通さないきよしさんの泣き声が聞こえてきたのです。
それほどまでに感動し、肩を震わせ、全身でうれし泣きしているきよしさんを、その時、私はどれほど愛おしく思ったことでしょう...。
きよしさんの深い感動が新歌舞伎座の客席にあふれて、私たちをあたたかく包みこんでくださったのです。
そしてアンコールの最後の1曲を歌い終え、エンディング用にアレンジされた「箱根八里の半次郎」のインストロメンタルが流れる中、きよしさんが上手、下手、中央とお辞儀をされて、いよいよ緞帳が降りたのです。
ああ、これで無事にすべてのコンサートが終了したのだ。
そう思っていたら、緞帳が3分の2ほど降りてきたところで再びスルスルと上がっていったのです。
”エッ 何で? 緞帳が壊れちゃったのかしら?”
なんて思っていたら(笑)、藤林さんはじめHKピュアリバーの皆さんが笑顔で演奏をされていて、きよしさんの笑顔も目に入ったのです。そして司会の西寄ひがしさんも舞台に戻られたのです。
160公演の最後ということでの粋な演出でした。
きよしさんはあらためて1年間の思いを語ってくださったのです。


さまざまな出来事が思い出されたのでしょう。コンサートの後半からアンコールまで涙されながらも気丈に歌っておられたきよしさんだったのですが、もう、涙、涙、涙です。言葉が何も出てこず、しばらくその場で泣いておられたのです。
そんなきよしさんを西寄さんもバンドの皆さんもあたたかな笑顔で見つめておられました。
そして、西寄さんが「1年間、いろいろなことがありました。生身の人間ですから、正直、コンディションがよくない日もありました。それでも休むことなく、常に笑顔で心を込めて歌い続けてきたのです。本当に立派です。お疲れ様でした」
というようなことをおっしゃると、きよしさん、
「僕だけじゃないです。西寄さんだって一緒にがんばってきてくださったんです」
と西寄さんを労われたのですが、西寄さん
「とんでもありません。私なんかたいしたことしていません」
と、おっしゃられたかと思います。すると、きよしさんが少し強い語調で
「そんなことないです。本当にがんばってくださったんです。あの時、西寄さんだって...。」
西寄さんには、きよしさんのその一言で思い出される出来事があったのでしょう。
一瞬絶句されて、そして話そうとしても、涙で何も言葉が出てこなくなってしまったのです。
西寄さんは、少し後ろを向かれたかと思います。そして、また何かを話そうとしたのですが、どうしても言葉にならず
「司会なのに申し訳ありません。泣いてしまって申し訳ありません、申し訳ありません...」
と、やっとのことでおっしゃったのです。
場内にわれるような拍手が起こりました。
苦楽を共にされたきよしさんと西寄さんの間に生まれた深い信頼に感動せずにはいられませんでした。ちなみにその間、きよしさんはずっと横で泣いておられました(笑)。
私は今も、この時の西寄さんは、これ以上ない最高の司会をされたと思っています。ですのでこのことを書いても司会者として不名誉にはならないと思い、今回書かせていただくことにしたのです。
私は、あの西寄さんの姿を見て、きよしさんは、なんという素晴らしい司会者に出会えたのだろうかと、心からその出会いに感謝したのです。



そして西寄さんが再び、いつものように軽妙なトークをされ、きよしさんも涙がおさまったようで晴れやかな笑顔で、ご挨拶をされ、再び緞帳が降り、正真正銘のフィナーレとなったのです。
私は終演後、心の中でまだ熱く燃えている感動の余韻を味わっていました。幸せな時間、至福のときめきに足取りも軽く、夜の難波の街を歩き出しました。後ろを歩いていたご夫婦が
「氷川くん、いい子だね、来年も応援したろな!」(こんな感じだったと思うのですが、関西弁、うまく表現できなくてごめんなさい)と話されているのが耳に入り、思わず一人で相槌を打っていました(笑)。
大阪に住む友人と夕食の待ち合わせをしていたので、そのまま心斎橋へ向かったのですが、寒かったという記憶はまったくありません。何だか春の夜のように幸せであたたかで、見るものすべてがキラキラと輝いて見えたのです。
こうしてこの日のことを書いてみて、思い出せないことは多々あるのですが、あの時の、まさに燃えるような感動はまったく色褪せることなく、私の中に残っていることに驚きました。

番組では終演後の舞台の様子も紹介されました。藤林さん、大宮さんもいらっしゃいますが、お二人ともお変わりありせんね。

そして終演後には打ち上げパーティーがあったのだそうです。




番組では、その後、きよしさんは西寄さんと小枝さんと3人でカラオケに行き、2003年の抱負をお話しされたと紹介されていました。
以下、一気に画像掲載します。


最後は私の好きな伏し目がちなきよしさんの画像です。
伏し目がちな人を好きだったのではなく、きよしさんが伏し目がちなので、伏し目がちの人を好きになったのかもしれないなあ、なんて最近になって気づきました。

きよしさんは、最近、よく
「忘れません!」
と言ってくださいますね。
私、本当に忘れていませんでした。きよしさんと過ごす時間、そして共に分かち合った熱い感動の思いは、何年経っても消えることなく、深く魂に刻まれているのだということをあらためて感じたのです。