6月の明治座での座長公演が近づいてきましたね。
私も、チケットが到着して、ああ、いよいよなんだーと実感がわいてきました。
携帯公式サイトの「きよし日和」でも、18日からお稽古がスタートしたと書いておられましたね。指折り数えて”きよし平次”に会えるその日を待ちたいと思います。
そして今日から少しずつですが、「明治座への道」というタイトルでこれまでの座長公演と劇場コンサートを振り返ってみようと思っています。思いつくままに書いてみたいので、タイトルは共通にして通番を付けるだけにしていきますが、できれば後で副題を付けたいと考えています。
 
まずは最初の座長公演(2003年)の前年である2002年のきよしさんの足跡をたどってみることにして、ファイルなどの資料をもとにあれこれ調べていたら、あまりに目まぐるしくて...。何だか目が回ってしまったのです。きよしさんのあまりにも膨大な仕事量に今さらながら驚嘆せずにはいられません。
マネージャーの上東さんはじめ、スタッフのご苦労も尋常ではなかったとあらためて思います。
 
私はきよしさんに出会うまで、自分の人生の中で新宿コマ劇場に行くなどということはないだろうと思っていました。なぜなら座長公演なるものを見たいと思ったことはただの一度もなかったのです。それが、きよしさんとの出会いでそれまでの価値観が一変し、コンサートも含めて老舗の劇場のいくつかにまで足を運ぶことになり、新歌舞伎座、中日劇場、新宿コマ劇場、御園座、明治座と続きました。明治座にはお芝居や舞踊を見に行ったことがありましたが、それ以外の4劇場にはきよしさんに出会わなければ、訪れることはなかっただろうと今でも思っています。
 
きよしさんがファーストコンサートツアーを行ったのは2002年。
その年はどんな年だったのでしょう?
そうです。「きよしのズンドコ節」が世に出、きよしさんが何とNHKの朝の連続テレビドラマ小説「まんてん」に主人公の兄の役で準レギュラー出演していた年でした。
 
きよしさんは、2月6日に「きよしのズンドコ節」をリリースしてオリコンシングル総合チャート初登場5位となります。そして2月28日、沖縄・那覇市民会館大ホールからコンサートツアーをスタートさせたのです。
ツアーのタイトルは「氷川きよしコンサートツアー2002 ~30万人ふれあいの旅~」でしたが、その年のコンサートのチケットには「演歌燦燦! 南から北へ 氷川きよしコンサート2002」とタイトルがあります。
8月2日には「星空の秋子」をリリース。この曲はオリコンシングル総合チャート初登場3位となります。
この年の7、8月には、テレビ東京の「夏祭り にっぽんの歌」(渋谷公会堂(当時)でのコンサート終演後、近くのライブハウスからの中継でした)、NHK「ふたりのビッグショー」(天童よしみさんと)、雪村いづみさんの50周年記念リサイタルなどにも出演され、私もそれぞれの観覧に参加しました。
そして9月3日から放送が開始したNHK連続テレビ小説「まんてん」にヒロインの兄・英雄役で出演したのです。「まんてん」はNHK大阪放送局の制作だったので、きよしさんは収録のために東京と大阪を頻繁に行き来しながら、さらにコンサートツアーで全国を回っていたのです。
「まんてん」は2003年3月まで半年間の放送で、前半はきよしさんの出番も多かったのです。1話15分の放送とはいえ、週6日放送ですから収録はとても過酷なものなのです。
以前、メインキャストになった方に取材したことがありましたが、朝、暗いうちにスタジオ入りし、夜遅くまで(場合によっては深夜まで)撮影するので、”もう何日、お日様を見てないだろう”とヒロインの夫役を演じたその方はおっしゃっていました。
 
ましてや、きよしさんは「歌謡コンサート」や「BS日本のうた」、「のど自慢」にもコンスタントに出演され、「旅の香り」のレギュラーでもありましたし、ラジオ番組も持っておられたのです。それにこの年はバラエティー番組への出演も多々ありました。
私のHKファイルを見ると、10月には「わが心の愛唱歌大全集」(NHKホールで公開収録)、東京国際映画祭のオープニングセレモニー、11月には虹の架け橋コンサートの前身である三宅島救援コンサートにも出演されていました。
そして80ヵ所160公演を見事に終え、12月12日、東京国際フォーラムでの「きよしこの夜 VOl.2」を開催し、2002年を締めくくったのです。
ところでこの2002年の公演数ですが、今回、参考にさせていただいた日本コロムビアのHPのきよしさんのプロフィールには70ヵ所140公演となっているのですが、たしか当時も、そして最近も、きよしさんや西寄さんが80ヵ所160公演とおっしゃっていますので、そのままにしました。
後日、当時のスケジュール表で確認したいと思いますが、当時は細かなことを記録していなかったので、すぐには確認できなくてごめんなさい。
 
さあ、その締めくくったはずの2002年。
なんと大阪の新歌舞伎座で12月24、25日と2日間・4公演を行うことになったのです。それまでの私は、コンサートや舞台のために都内以外に出かけるということはほとんどなかったのですが、行ってみたいという気持ちを抑えられず、”よし、チケットが取れたら大阪に行こう!”と決めたのです。4公演の最後、25日の夜の部のチケットが取れ、気合が入りすぎたのが幸いしたのか、きよしさんのコンサートで初めて1列目が取れ、ますます大阪に行くことを自分自身で正当化したのでした(笑)。
まだお友だちもいず、一人でコンサートに出かけていた時のことでした。
きっとその翌々年に新歌舞伎座での座長公演がもう決まっていて、それゆえ実現したスペシャルコンサートだったのだと想像したのですが、クリスマスをきよしさんと過ごすなんて、天にも昇る気持ちになったのです。 
 
そして翌年2003年に入って2月19日に「白雲の城」をリリースし、オリコンシングル総合チャート初登場3位。
いよいよ7月1日~25日に名古屋・中日劇場で初座長公演「草笛の音次郎」を開催します。この時は5万人を動員したそうです。
9月12日~14日、ハワイ・ホノルルでのアロハ・フェスティバルに参加。
10月1日、初のデュエット曲「ラヴリィ」をリリースし、オリコンシングル総合チャート初登場5位。
その翌日10月2日~28日まで新宿コマ劇場での座長公演「草笛の音次郎」を開催。全公演満員御礼で10万人を動員します。
 
2004年には1月21日に「きよしのドドンパ」をリリース。オリコンシングル総合チャート初登場第4位に。そしてその月の31日から2月26日まで、大阪の新歌舞伎座にて座長公演。「草笛の音次郎」を見事に演じ納め、8万人を動員したのです。
 
こうして主だったものを書き出しただけでも、これだけの活躍をされている、きよしさん、本当に頭が下がります。
今回の記事は全体の前置きのようなものになりますが、私自身がこれからの記事を書くために再確認したかったことなのです。おつきあいくださってありがとうございます。
次回はずっと遅れ遅れになっていた2002年末の新歌舞伎座でのクリスマスコンサートの思い出を書きますね。