昨年のきよしさんのコンサートツアーでの企画である「演歌名曲コレクション・リクエストコーナー」で、ツアー最終日にどの歌を歌ってくださるのか、多数の皆さまにご協力いただいて予想大会をさせていただきました。あらためてお礼申し上げます。
最終日前日に「玄海竜虎伝」、最終日には「玄海船歌」を歌ってくださいました。
そしてその予想大会の時に、
「もしきよしさんが自分のために歌ってくださるとしたら、どの歌を歌ってほしいですか?」
という問いも付け加えさせていただきました。多くの方がご参加くださいました。
その集計をさせていただきながら、私はどの歌をリクエストするだろうか? と考えてみて、うかんだ歌があり、ご協力いただいた皆さまへのお心にお応えできるとしたら、やはり結果とともに、私の曲目とその理由を書かせていただかなければと考えたのです。
ところがそう思った時から、どんなふうに書けばよいのか書き進まなくなってしまって、数ヶ月が経っていました。
ご報告が遅くなって本当に申し訳ありませんでした。
2004年のことでした。
それまで皆に守られて、たいした苦労もせずにのほほんと生きてきた私が、その時、唯一体験した絶望、そしてその絶望の後にわいてきた希望の灯についてふれなければなぜリクエストさせていただきたいのかの理由にはならないと思いましたので、個人的な思いではありますが、書いてみたいと思います。
さて、皆さまの投票結果は以下のとおりです。
昨年末、「きよしこの夜VOl.10」やディナーショーで「誓い」を歌ってくださったので、もしその後にこのアンケートをさせていただいたら、「誓い」を選ばれた方がもっと多かったのではと思います。
Q:もし、氷川きよしさんがあなたのために歌ってくださるとしたら、どの歌をリクエストされますか?
第1位 『夢銀河』
第2位 『母さん日和』
第3位 『ふるさと一番星』
第4位 『誓い』
『星空のロマンス』
第6位 『陽春』
『ラブリィ』
第8位 『キヨシこの夜 Angel of mine』
『白雲の城』
『初恋列車』
『無法松の一生』
第12位 『赤いシャツ着て』
『でんでん虫』
『虹色のバイヨン』
第15位 『ときめきのルンバ』
※以下1票ずつ
『川千鳥』 『君こそわが命』 『君去りて今は』 『きらめきのサンバ』 『玄海竜虎伝』 『月太郎笠』 『箱根八里の半次郎 』 『波止場のマリー』 『骨まで愛して』 『望郷の月』 『夕顔の女』
結果は以上です。
そして私がリクエストしたい歌はどの歌と思われますか?
それは「初恋列車」なのです。
以下なぜかということを書いていきますが、きよしさんのこととは離れ、とても個人的な内容であることを最初におことわりさせていただきますね。
「初恋列車」がリリースされた2005年、私は仕事で相当に無理をしていました。
2004年から2005年は週刊誌の仕事をしていたので、毎日何かしらの締め切りがあり、息つく間もないような逼迫感を抱いていて、それでも仕事はどんどん進んでいき、私、けっこうがんばれるじゃないと、自分を過信していたのでした。
少しずつ体内時計が狂い、そのためホルモンバランスも崩れていっていることにまったく無頓着でいたのです。
そして気づいたら不正出血がひどくなっていました(ごめんなさい。男性の方はよくわからないかもしれません、このあたりはスルーしてお読みくださいね)。
そしてある日、仕事先で出血が止まらなくなり、病院にそのまま駆け込みました。
診察をしてくださった先生は、ひとおとおりの検査をし、止血剤を処方してくださいました。このひとおりの検査の中にはガンの検査も含まれていました。
「診察をした限りではガンの心配はないかと私は考えますが、こればかりは検査をして結果を見てみないと確実なことは言えないのです。今回の症状からはまずガンの可能性も疑わなければなりません」
先生はそうおっしゃいました。
結果は1週間後に聞きに行くことになったかと思います。
それから数日は眠れない夜を過ごしました。ある女優さんが同じような症状でガンになり闘病された手記が思い出されもしました。あとになってみれば、検査の結果が思わしくなければ予定日を待たずに連絡をいただくものと思ったのですが、それまで病院とほとんど縁のなかった私は、そのようなこともわからず、結果を聞く前夜、鏡に映った自分の顔を見つめてみました。
私はやっぱりガンなのかな? 自分に問いかけてみました。もしそうだったらこれから私はどうなるんだろう?
”なったらなった時だよ”なんていう人もいますが、ガンになったからといって、そのまますぐあの世に行くわけではないことに愚かしくもその時、初めて気づいたのです。
そしてそんな状況になっていることは心配性の母には最後まで(今までも)言いませんでした。結果が出ないうちに心配してもらっても自分が余計辛くなるだけだと思ったのです。
生まれて初めて、死というものが目の前に現れたのでした。
その頃、仕事でご一緒していた方が、「この本を作ることができたら、もう死んでもいい」と言った時、私は、ああ、その言葉をこれまでに何度か自分も使っていたけれど、何て軽々しかったんだろうと思いました。”死んでもいい”なんてことは絶対にないんだなあとはっきり思ったのです。
まだ出血も完全にはおさまっていませんでしたので不安は消えず、この世の中に自分ひとりだけが取り残されたような気持ちになっていました。こればかりは誰にも助けてもらえないんだなあ。自分で現実に向き合うしかないんだなあ。そう考えたら悲しさと恐ろしさ、いろいろな感情がないまぜになっていたように思いますが、そんな時には不思議なもので涙も出てきませんでした。
結果を聞きに行く日、病院に行く前に一度「初恋列車」を聴こうと思いました。
そして聴く前に思いました。もしガンを宣告されたら、その後、私はこの「初恋列車」をどんな気持ちで聴くことになるのだろうと。
きっと今のような気持ちで「初恋列車」を聴けるのは、もうこれきりかもしれないと思いながら、「初恋列車」をフルコーラス聴いたのでした。
そうしたら、どうしたことでしょう? われ知らずムクムクと力がわいてきたのです。
それまでも折々にきよしさんの歌声、そして笑顔に励まされてきましたが、それほどの状況でも(あくまで私にとってですが)、どんな結果が出てもがんばっていこう。もし状態が悪くても前向きに闘病していこう。くよくよしてなんかいられない。そんな気持ちがどんどんわいてきて、きよしさんの歌声の持つパワー、そしてプラスのエネルギーに驚かされたのです。
その時は、正直なところ、励ましを期待して聴いたのではなく、「初恋列車」を通して、それまでの平和な自分の生活が終わることを覚悟しようとして聴いたのでした。そんなに絶望的な気持ちになっている自分を、これほどまでに前向きな気持ちにさせてくれた、きよしさんの底知れぬパワーを実感し、そしてその歌声に、存在に限りなく感謝したのでした。
結果はガンではなく、ホルモンバランスの乱れによるもので、それによって併発した極度の貧血の治療が必要ということでした。以後7年が経ちますが、おかげさまで今日まで元気に過ごさせていただいてきました。
その後、友人に、その時の話をしたことがありました。
すると、「言って!」と大きな声で友人が突然言ったので、驚いて顔を見ると、
友人はもう一度「言って!」と怖い顔でそう言ったと思ったら、その目から涙がこぼれ落ちたのです。
「私にだけは言って。一人でそんな思いをしていたなんて」
友人はそう言いました。
私は「うん」
とだけ言うのがやっとでした。
そして夜、一人になってから初めてそのことで泣いたのです。
もし、今度そのようなことになっても、渦中ではやっぱり友人に言わないかもしれません。
でも、そのことを知ったら友人が一緒に泣いてくれると知った今は、もうあんな孤独や絶望の思いは抱かずにすむだろうと感じたのでした。
そしてどんな時も傍らに、きよしさんがいてくれるのだと感じているから大丈夫、がんばれる。
そう思ったのでした。
私はあの時の自分の気持ちを思い出すと”死んでもいい”という言葉は絶対に軽々しく使うまいと思うようになったのですが、きよしさんがコンサートで、「僕たちは生きるか、アレするしかない。だったら生きていきましょう!」とおっしゃることがありますね。
私、自分の尺度での考えでおこがましいのですが、きよしさんがあえて”死”という言葉を使わずに”アレする”とおっしゃるのを聞く度に、もしかしたら、きよしさんは私たちのうかがい知らないところで”死”と向き合うような思いをされたことがあるのではないかしら? と考えるのです。
個人的な思いを長々と書かせていただきましたが「初恋列車」にはそんな思い出があるのです。
今回のアンケートでは歌のタイトルだけを書いていただきましたが、投票してくださった皆さんにも、それぞれの思い出がおありかと思います。
家族、友人たちに支えられ、今の自分があり、そしてそんな自分の傍らで、きよしさんはまるで伴走者のようにいつも一緒に走ってくださっているのだなあと感じるのです。
自分を支えてくれている周囲の人たちにあらためて感謝し、そして、また氷川きよしさんに出会えたことに、感謝せずにはいられないのです。