数日前から「雪の降る街を」という歌について書きたいと思っていたら、14日の夕方頃からどんどん雪が降り出して積もり、東京の街にも銀世界が広がっています。
ところでなぜ「雪の降る街を」なのかといいますと、先日、コメントに
”お忙しいと思いますが、お母様との時間を大切にされて下さいね。 ”
とお書きくださった方がおられました。ありがとうございます。
帰宅して遅めの夕食を食べようとして携帯で新着情報を確認していて気づいたのですが、まだ起きて炬燵で本を読んでいた母にそのことを伝えると
「何で?」と聞くので、
「きよしさんの今度の新曲の『あの娘と野菊と渡し舟』を聴くと、亡くなったお母様のことを思い出すそうなの。特に2番の『耳をすませば聞こえてくるよ 小川のほとりで呼ぶ声が』というところでは、元気だったお母様が小さな川のそばに立ってその方の名前を呼ぶ風景が浮かんで、声も聞こえてくるのですって。だから『あの娘と野菊と渡し舟』はその方と亡きお母様を結んでくれるのだそうよ」
そんなふうにお書きいただいたコメントの内容を母に伝えると、
「その人の気持ち、とてもわかる気がする」
そう言って、母の「雪の降る街を」という歌の思い出を話してくれたのです。
母は上野の下町で生まれ育ったのですが、小学生の頃、父親(私の祖父)に「タバコを買ってきておくれ」と頼まれて、夜、買い物に外に出たのだそうです。外には雪が降り積もって地面が真っ白になっていたそうです。タバコを買って家に帰る道々、どこからともなく「雪の降る街を」が流れてきたのだそうです。
「不思議なの。『雪の降る街を』を聞くとね、50年以上も前のことなのに、雪が降り積もった真っ白な地面や、地面についていた足跡、街灯の明かり、吐く息の白さが目の前にうかんでくるの。
私が『タバコ、買ってきたよ』と言って帰ったら、「『お帰り、ありがとう』と言ったお父さんの声まで聞こえてくるんだもん」
母はそう話してくれました。
母の両親(私の祖父母)は他界していますが、2年ほど前、母と上野近辺に行った時、母の家があった場所に行ってみたことがあります。今は駐車場になっていました。
「こうして駐車場になってみると、ずいぶん狭く感じるけど、ここで家族5人で暮らしていたんだよね」
母は駐車場のあたりを歩きながらながらそう言っていました。
そういえば、先日のコンサートで、きよしさんが、実家があった場所は、今は駐車場になってしまっているけれども、思い出は心の中にちゃんとありますというようなお話をしてくださっていました。
私はきよしさんのお話を聞いていたら、母もそんなことを言っていたなあと思い、きよしさんは今の若さでそんなふうに大切なものをわかっているのだなあと感心してしまったのでした。
そして素晴らしい歌は、人の心と心を結び、また過去と現在をも結んでくれるのですね。
いっそう感慨深い思いで「NHK歌謡コンサート」での「あの娘と野菊と渡し舟」聴きたいと思うのです。
そしておかげ様で母は元気にしております。
私が今度「眠狂四郎」の舞台のことでGさん(いつも具体的なお名前を出せなくて申し訳ないのですが、このヒントでしたら、おわかりになるでしょうか?)に取材することになったのですが、そのことを話すと
「場所は決まっているの? 外でいいから待っていちゃだめ?」
母はGさんを一目見てみたいというのです。どちらかというとクールな母なので驚いてしまいました。
これもまた先日のコンサートでのこと、司会の西寄ひがしさんが、実家でお正月を過ごされた際、お土産に持っていった、きよしさんのDVDを一緒にご覧になったそうなのですが、
「おふくろが、きよし君を見ていて”きゃあっ!” と言ったんですよ。おふくろにそんな一面があることを初めて知りました(笑)」
とおっしゃっていましたが、西寄さんのお気持ちが今ならわかる気がします。
そして、私の場合、やはりこの母にしてこの子ありなのかもしれませんね(笑)。
※孔雀草さん、コメントありがとうございました。「あの娘と野菊と渡し舟」が亡きお母様と孔雀草さんを結んでくださるなんて、本当に素晴らしいことですね。かけがえのない存在、時間は当たり前ではないのですね。感謝して大切にして生きていきたいという気持ちにさせていただきました。