水木れいじ先生へお手紙(メール)を書いていました。先生にお手紙を書くのは初めてです。何だかとりとめなくなってしまって書き直していて、ふと気づくと日にちが変わり、雪が降ってきていました。このまま積もるのでしょうか。
さて、私がなぜ水木先生へお手紙(メール)を書いていたかといいますと、昨日の午前中、ブログをお読みくださっているSさんから、「水木先生がブログにマルルさんのブログのこと書いてくださっていますよ」と教えていただいて先生のブログを更新されたことを知り、先生が書かれた記事を読ませていただいたのです。
そこには先生から励ましのメッセージが書かれていました。私は先生からのメッセージを読んだ途端、先生の優しさが心にしみて、涙がこぼれました。
本当に光栄でありがたくて、嬉しくて…、うまく言葉になりません。
最近の記事に水木先生への思いも書きたいと書いてきましたが、先生が昨年末に書かれたブログで、6月に起きた事故で記憶障害がひどく、一時期は引退まで考えられていたことを知り、先生が書いてくださった「虹色のバイヨン」や「最終フェリーで着いた町」を聴いては、うっとりとし幸せな日々を送らせていただいていた私は、とても驚きましたし、もう回復されていらっしゃるのでそのようなことを書かれているとわかっていても読んでいて生きた心地がしなかったのです。
「日本作詩大賞」の授賞式の時に、徳光さんが水木先生ときよしさんは運命共同体とおっしゃっていましたが、おこがましくも、自分にとって水木先生がこんなに近しく大きな存在になっていることにあらためて気づいたのです。
そして先生がお元気になられて、そして引退されることなくまた素晴らしい作品をお書きくださり、私たちがその歌を聴くことができる幸せを思ったのです。
そんな思いをこのブログで書こうとしているうちに、記事より先に水木先生にお手紙を書きたいという気持ちが大きくなって、先生にお手紙を書いてから、記事にその思いを書くことにしたいと考えたのです。
ところがなかなか思いがまとまらず(遅筆なのです)、延び延びになっていたのですが、今回、励ましのお言葉を読ませていただいて背中をぐっと押していただけてお手紙を書くことができたのでした。
先生のあたたかなお言葉を胸に、また記事を書いていきたいと思います。
そして今ひとつ、私がずっと気にかけていたことがありました。
1年ほど前のことです。きよしさんのファンである奥様のために、私のレポートをプリントアウトして奥様にさしあげていらっしゃるとコメントをくださった方がおられました。
「妻はあなたの記事を読んでコンサートに行った気になっているようです」
という言葉をいただいて、こんな私でも誰かのお役に立てているのかと思ったら、ありがたくて、嬉しくて涙があふれてきました。ご主人のコメントからはそのお人柄と真心が伝わってきて胸がじーんとしたのです。
奥様はどんな方なのかしら? 喜んでくださっているかしら?
そんなふうに時々、お二人のことを勝手に想像していたのです。そしてきよしさんへのお祝いメッセージを転記させていただいていた時に、ご家族が闘病されていることを書かれていらっしゃる方がいて、そのメッセージを転記していたら、なんだか急にお二人はお元気でいらっしゃるかしら? と気になってしまったのでした。よく考えてみると、そんなことを気にかけるなんておこがましいいことなのですが 。
ブログで呼びかけるのも失礼だし…4日の市川市文化会館でのコンサートからの帰り道、友人にそんな思い、そして水木先生にお手紙を書きたいと思っているというようなことを話したのでした。
そうしたら、思いは通じるのですね。5日の朝に、そのご主人からコメントが届いたのです。
ご主人は”お忘れかと思いますが”と書き添えられていましたが、ご主人の真心、忘れることはありませんでした。それどころか、本当に前日にも話題にさせていただいていたのでした。
まだ奥様はコンサートにいらっしゃるのは難しい状況とのことでしたが、お二人のお幸せそうな様子がコメントから伝わってきました。そしてまた励ましのメッセージをくださったのです。私は嬉しくてタタタンッという感じで小躍りしてしまいました。そしてとり急ぎ簡単なお礼のコメントを書いたのでした。
h様、奥様、どうかどうかお元気で、そして心はひとつ、一緒にきよしさんの応援をよろしくお願い致します!
そして、こうして私もまた、皆さんに励ましていただくことで、そしてお読みくださる方がおられるのだということで、また書いていこうという力が湧いてくるのです。
ブログだから一人で好き勝手に書くものだと最初は思っていたのですが、一人で勝手にだったらとても書き続けられるものではないということが、書けば書くほどわかってきたのです。
氷川きよしさんに、そして皆さまに、いつも心から感謝しています。
さて個人的にいろいろと感慨深かった4日の市川市文化会館でのコンサートなので、その時、考えたあれこれについて少し書いておこうと思います。
コンサート会場まで行く道々、きよしさんのファンにならなかったら、この町には来るようなことはなかったかもしれないけれど、きよしさんのおかげで、1年に1回とはいえ、もう何度この道を歩いたのかしら? と思ったら感慨深いものがありました。
今年でコンサートツアーが10年目を迎えたことを思うと、司会の西寄ひがしさんとも、そしてバンドリーダーの藤林さん、ギターの山本さん、パーカッションの大宮さんとも長いお付き合いをさせていただいていることになるのですね。ご縁て不思議なものですね。
そしてチケットを見てみました。2002年と2008年には行っていないのですが(多分開催されてはいたのでしょうけれども、私が参加できなかったのだと思います)、それでも今回で8回目です。2003年に訪れてから8年が経っているのですねー。あらためてそう考えると、きよしさんの12周年の重みをズッシリと感じます。
下の画像の左は2003年のコンサートツアーのチラシです。市川のものはなかったので大田区民ホールアプリコのものです。そして右は2004年のものです。
その年はずっとその画像を目にしていたことになるのですが、こうして時間が経って久々に見ると懐かしいですね。



いかがでしょう?
左上から2003、2004、2005、2006、右上から2007、2009、2010、2011
と並んでいます。こうして並べてみるとやはりきよしさんの歩みが感じられませんか?