皆さま、2011年のお正月、いかがお過ごしですか?
昨年の大みそかの「NHK紅白歌合戦」の感動の余韻が、未だ覚めやらずの私です。
うまく説明できないのですが、録画をしたのに、録画を見返す気持ちになれないというか...。
こんな気持ちは初めてなのです。
私のテレビは3Dではないのですが3D以上にテレビからきよしさんが飛び出してきてくださったというか...。
自宅にいるのに、きよしさんが歌っている時はその場が自宅ではなくなっていたというか...。
きよしさんの前に歌われた坂本冬美さんの熱唱、そして歌い終えた時の涙に心打たれましたが、ひとたびきよしさんが登場すると、正確にはテレビの画面に引き込まれたというべきなのかもしれませんが、きよしさんの方がものすごいエネルギーでこちらに飛び出してきてくださったように私には感じられてしまったのです。
皆さんには、こんなことを言っても驚かれたり、変に思われたりしないでしょうか? たしかにお酒を飲んではおりましたが(笑)。
私はきよしさんが、
「年末はテレビを見てくださっているお一人お一人の方の心に感謝の気持ちが届くように歌います」
とおっしゃっていたその言葉の重み、そしてそのきよしさんの心をこれほどまでにダイレクトにわが身でも感じることができたなんて、今さながらきよしさんの思いの強さ、深さ。そしてそれらを表現することができる力量に感動し、胸がいっぱいになったのです。
何だかまだ録画を見る気持ちになれないのはその幸せな余韻をもう少し味わっていたいからかもしれませんが、もっとじっくり見たいという気持ちも強くありますので(笑)、気持ちが落ち着いたら録画を見てみようと思います。
 
それから元旦にきよしさんから届いた年賀状、とても素敵でしたね。
カレンダーの1・2月と同じシチュエーションですのでカレンダー撮影時のショットだと思いますが、個人的にカレンダーより年賀状のショットの方が視線がカメラ目線でないこともあるかもしれませんがナチュラルで好きです。そして文字が伸びやかで美しくてきよしさんの心が形になっているように感じられますね。書を習いたいとおっしゃっていたきよしさん、習っておられるかはわかりませんが、書をたしなまれておられるのかもしれませんね。
 
さてこのブログは、きよしさんの軌跡を書きたいと思って始めたのですが、昨年は春頃に仕事でいっぱいいっぱいになってしまい1ヶ月ほどお休みさせていただきました。
おかげさまでその後は今日まで何とか続けることができましたが、8月後半からコメントへのお返事が滞ってしまい、ずっと気になり心苦しく思っていました。昨年末にあれこれそのことを考えて自分なりに答えを見つけられたように思いますので、どのようなことを考えたのか、そして滞っていた約4ヶ月分のコメントへのお返事を近々に記事でアップします。
お返事を書けないのにおこがましいのですが、コメントはとてもありがたく嬉しいものなのです。コメントのおかげで一方通行になっていないかどうかを確認でき、そして壁に向かってものを言っているのではないかという憂慮も吹き飛ばすことができ、感謝しているのです。
 
さて、以下は2009年の5月に一度アップした画像です。
19歳のきよしさんのショットです。
雑誌のページを撮影したものの画像を友人からいただいたものなので、その時は1日限りの掲載とさせていただきましたが、その後、見られなかったので見てみたいというお声もいただいていましたが再掲載の機会がありませんでした。
今回、私自身が初心に戻ってまたブログを書いていきたいという思いを込めて、決して興味本位での掲載ではなく、こんなに小さな画像からもきよしさんが修行時代もそして今現在も大切にされているものは何も変わらないと感じさせてくれること。そして”人前に出るのが苦手”とおっしゃっておられるその言葉どおり、かなりはにかんで写っておられます。
また数日間の掲載予定ですが、皆さんのお心に伝わるものがあればと再掲載します。
 
 
【画像は1月4日をもって掲載終了とさせていただきます】
 
 
この画像を掲載した折、ブログを始めた思いについても書いていました。今回、その時の内容をベースに今の気持ちを書かせていただこうと思います。
 
2002年の初めてのコンサートツアーの時、きよしさんは満身創痍だったと思います。
立って歌っているのが不思議なほど心身疲労困憊されていたこともあったのではないかと想像します。
マイクスタンドにぶつかってしまったり、場内から沸き起こるきよしコールに、感極まって思わず泣き出してしまったことも多々ありました。若いからと言って済まされる仕事量ではなかったと思いますが、きよしさんは、いつもいつも1曲、1曲、身を削って声をふりしぼって、けれどもはじけるような笑顔で歌っておられました。
私はそんなふうに、いつもいつも掛け値なしで歌う、きよしさんに魅了され、今日までついてこさせていただきました。本当に幸せなことです。
今あらためて思います。
”氷川きよしは他の誰でもない氷川きよしであり続けるのだ”と。
もともとそのようなことを考えてこのブログのタイトルもつけたのでしたが、もうすでに”氷川きよし伝説”を日々、きよしさんが更新し続けているのですね。誰の真似をすることもなく、”氷川きよし”という孤高の道を歩まれていると言ってももはや過言ではありませんね。
 
私が初めて、きよしさんの名前と姿を目にした時は、おそらくこの日本で”氷川きよし”を知る人はデビュー前でしたし数百人だったのではないかと思うのです。それこそ、きよしさんにしてみても、氷川きよしを知る人より山田清志を知る人のほうが多かったことでしょう。
その時から、今日まで何と輝かしくも険しい道を歩んできたのでしょう。そう思うと深い感慨に包まれるのです。
そして私はそんな氷川きよしという歌手の軌跡&奇跡を書いてみたいという気持ちでこのブログを書き始めたのでした
書きながらわいてきた迷いもありましたが、きよしさんご自身が初心を忘れないように、悔しかったことや辛かったことなど、書いて読み返していらっしゃる(冷蔵庫にはってあるなんてちょっとおどけておっしゃっていましたが)ということをおっしゃっておられたので、よし、やっぱり書こう!という気持ちにさせていただけたのです。
 
これからもこのブログを少しずつでも書いていきたいと思っていますので、皆さま、これからもどうかよろしくお願いいたします。